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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第九章 血の宿命と、親子
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第十六話 出会いし二つの災厄

 エストガレス王国北部、コルヌー大森林――。


 ハルメニア大陸において、最大の面積を誇る温帯広葉樹の森林である。

 その面積は、隣国であるダリム公国をすっぽりと飲み込むほどである。


 広いがゆえに、行商や旅人の通過するような比較的開けた安全な場所と、冒険者でもないかぎり足を踏み入れることなどない魔の秘境が同居している地域である。


 主に南側が、ダリム公国・エストガレス王国・ノスティラス皇国の3国を結ぶ街道と緩衝地域になっている地帯。

 “血の戦女神”レエテ・サタナエルが、仇敵サタナエルと初の戦端を開いたとされる場所。


 そして北側が――。鬱蒼とした森林の中に、数々の魔物の巣や遺跡が存在するといわれる、古来より人間を拒絶する地帯である。


 ここは1500年以上前、現在のハーミア教成立以前に大陸で広く信仰されていた、カマンダラ教の聖地があったと伝えられる場所だ。

 当時この地域を支配していたローデシア王朝の国威を脅かすほどの力を持ち、数十万の信者を抱えた「都」であったという。その名は、ティフェレト。

 教祖が設計構築した巨大なる建造物は、現在も無人のまま威容を誇る。教祖自身や宝物の安全を外敵や内部の反乱から確保するために、入り組んだ構造かつ巧妙な罠の仕掛けられた迷宮のようになっており――。かつ内部には古代より繁殖を続けた怪物どもが(うごめ)くという。

 その名もグラン=ティフェレト遺跡――。


 一部、その怪物は遺跡外部に流出しており、冒険者にとっては討伐し功名を得る標的となっているが、多くは無数の犠牲者の一人と化している。


 そのような危険地帯であるゆえ、国が警戒のための砦を設けるのは必然であった。

 ただ、永い年数が経過し怪物の行動範囲も知れてくると、多くの砦は打ち捨てられることになった。


 ここヘイムダル砦も、そのような砦の一つ。

 コルヌー大森林の北東部に位置し、すでに100年の間顧みられることのなくなった廃砦。

 しかしながら石造りのその外観は極めて保存状態も良く、廃墟とはほど遠い。

 しかも現在――どうやらここは無人ではないようだった。

 闇夜が訪れ始めた森林を照らす、煌々とした松明の、光。


 その内部の一室で――。

 ルーミス・サリナスはその目を覚ました。


 目覚めと同時に、全身のあらゆる箇所を激しい痛みが襲う。

 特に折られた両腕と、皮を引き剥がされた――頸の後ろ。

 自らの法力によって、常人とは比べ物にならない治癒を可能にするルーミスでも、未だ完治にはほど遠かった。


 自分の身体は、石で出来た椅子に、オリハルコンの鎖で巻かれて固定されていた。

 抵抗する気も起きない位、完璧な緊縛だ。

 当然だ。相手はこの世の悪徳と犯罪を象徴する組織サタナエル。

 そしてこのような状況も、初めてではない。

 つくづく、自分の無力さを痛感させられる。


 視線を上げると――。やはり、居るべき人物がそこに居ることを確認できた。


「――サロメ・ドマーニュ、だったか……。ここは……どこだ」


 30畳ほどの広さの部屋の中央に、六つの椅子と大きなテーブルがあり、その一つに足を組んで腰掛ける――サタナエル将鬼、サロメ・ドマーニュ。

 テーブルの上の杯に注いだ、おそらくは葡萄酒(ワイン)と思われる酒に口を付けていたサロメは、ルーミスの呼びかけに振り向き、その美しい貌に冷ややかな笑いを浮かべた。


「ようやく、気が付いたか、ルーミス・サリナス。

ここはな……コルヌー大森林にあるヘイムダル砦だ。かつて法王庁の司祭だった貴様なら、その場所の説明は要るまい。

そう、貴様はこれより、私とともにグラン=ティフェレト遺跡に赴いてもらう」


「なるほどな……確かにオレを餌にレエテをおびき出し、罠にかけるには最適な場所だな……」


「そういうことだ。因みにな、この場所を選んだのは私ではない。

貴様のレエテと共に葬り去りたい、元統括副将シェリーディアという裏切り者だ。

貴様も、ドゥーマで交戦し、無様に人質にとられたと聞いたが?」


 ルーミスは脳裏に、その女戦士の姿を記憶から想起した。正直、運がなければ撃退できなかった、恐ろしく強大な敵だった。


「……あの女、か……。組織を裏切ったのか。

だがな、マーカス・エストガレスの古い言にもあるだろう。『二匹の鮎を求めしものは、一匹をも掴まず』と。己の策を過信すれば、身を滅ぼすぞ?」


「ハハハ、敵のこの私に忠告か? ありがたいことだが要らぬ世話だ。

忘れてはおらぬか? 我々は、組織だ。無論一対二でも問題はないが、数というものを行使することで、作戦を常に不動のものとする。

そのために――そろそろ、ここへやって来る筈だ。ルーミス、貴様も『よく知っている』ある男、がな」


「何……?」


 ルーミスが怪訝そうにつぶやくと――。


 聞こえてくる。石床を叩く、ブーツの足音が。

 それも、一人ではなく、おそらく二人――。


 そして――部屋の大きな木扉が、不快な軋音をたてて、ゆっくりと開いた。



 最初に姿を現した、巨大な影を見た、ルーミスの両眼が――。


 瞬く間に、極限まで見開かれ、血走った。

 

 こめかみに血管が浮き上がり、顎が砕けんばかりに、上下の歯を強烈に噛みしめる。

 全身の毛が総毛立ち――。冷静な判断で抵抗すらしなかった、自らを緊縛するオリハルコンの鎖を、身体に食い込むほどに上体をふりたくり、金属音を響かせた。


 そして開いた口から、恐るべき怨念の咆哮が吐き出される。


「ロブ――ハルス!!!! ロブ=ハルス!!! 貴様あああああああ!!!!!

うおおおああああああ!!!!!」


 そう、姿を現した、2mに届く巨体を持つ、その男。


 筋骨隆々の、黒い軽装鎧に包まれた鋼の肉体。畳まれ腰に下げられた2本の、あまりに巨大なジャックナイフ。

 その頭部も、目庇(まびさし)にも、一本の毛もなく――。ぬめった光を放つ凶悪な双眸、そして厭らしい(わら)いを口角までまとわせたその口元。


 まさしく、かつて法王府南大門にて、自分達を襲撃し――。

 ルーミスの最愛の父、アルベルト・フォルズの胸をその凶刃で貫いた、怨念の仇敵。


 サタナエル“短剣(ダガー)”ギルド将鬼、ロブ=ハルス・エイブリエルに、他ならなかった。



「ほう、これはこれは。暫く振りですな、“背教者”ルーミス・サリナス。

色々と、武勇伝はお聞きしておりますよ。レエテ・サタナエルに身を粉にして奉仕し、大したご活躍ぶりだと。……私の部下がお世話になったことも聞いています。

これも一重に、私があなたのお父上を天に召して差し上げたゆえの賜物と、勝手に自惚れておりました。クックックッ……」


 記憶通りの、よく回る舌と慇懃無礼な敬語回し。そしてよりにもよって、自ら父のことを冗談めかして口にする許しがたい所業。耳にしたルーミスは、怨念を増幅させてさらに半狂乱になる。


「この鎖を外せ!!!! 今すぐ貴様を、貴様を殺してやる!!!! おおおおお!!!!」



 その様子を、冷たく一瞥して立ち上がったサロメは、ロブ=ハルスに向き直って言葉をかけた。


「よく来てくれたな、ロブ=ハルス。息災か?」


 ロブ=ハルスは目を細めてサロメの身体を上から下まで見、口元を緩めた後、言葉を返した。


「何の何の。あなたほどの美しい女性にご招待を受けて、応じぬ男などこの世におりませんよ。

見ての通り、元気そのものです。

あなたの部下の、ご丁寧な案内ともてなしのお陰もあってね」


 ロブ=ハルスはそう云うと、自分に続いて入ってきた、茶髪の可愛らしい女性をねめつけた。


 サロメがロブ=ハルスへの使いとして派遣した、“投擲(スローン)”ギルド副将、セーレ・イルマだった。

 その特徴的な茶髪と、軽装鎧の間から覗く衣類は乱れている。白い肌には幾つかのアザができ、表情は絶望的に憔悴しきって呆然自失の体、であった。


()られた、か――)


 サロメは軽くため息をついて心の中で呟いた。そうなることを見越しての、派遣ではあった。

 何をおいても女好きである、この性豪将鬼を快くおびき出すための餌として。

 相変わらずの様子に、この後の本題においても、懸念が的中しそうな予感に駆られていたのだ。


「ロブ=ハルス。ここまで足を運んでもらったのはな――」


「ああ、云わずとも結構! 十分に分かっておりますよ。

この私と我が“短剣(ダガー)”ギルドに、レエテ・サタナエル殺害への協力を取り付けたい、そういうことでしょう?

聞いたところによれば、シェリーディア元統括副将もこの件に関わっていて、同時に誅殺したいとのこと。あの天才も同時に殺すのなら、それはあなた方だけでは荷が勝ちすぎるでしょうな」


「……ふん、話が早くて、大変助かる」


「まあサタナエルの者として、レエテを殺害するのも、裏切り者を誅殺するのも義務ですし、協力するのにやぶさかではないのですが――。

私も、組織より戦術を委任される将鬼の立場。色々と騒動のあった法王庁の監視で忙しいゆえ、少々あなたの作戦だけに労力を注ぐことに躊躇してはおります。

やはり――それなりに、対価もいただかないと、正直割には合いませんな」


 云いながら厭らしい目つきで、二度、三度とサロメの貌と大きな乳房を交互にねめつけるロブ=ハルス。


 サロメは、大きくため息を一つ、ついた。やはりな、と。

 容易に想像はついていた。「それ」を要求してくるだろうと。しかし同時に、ロブ=ハルスという存在に支払う対価はそれしかない、ことも真実ではあった。

 致し方、ない。サロメは諦め貌で彼に向き直り、乾いた口調で云った。


「わかった。いいだろう、ロブ=ハルス。私は、己の身体を貴様にくれてやる。好きにするがいい。それで、いいか?」


 聞いたロブ=ハルスの双眸が愉悦に歪み、淫らな光を放った。

 舌なめずりをしながら、口を開く。


「素晴らしい! こちらも話が早くて、大変に助かります。

それでは、今からお願いいたしましょう。 そちらのテーブルに、脱いで横になっていただけますかな……?」


 サロメの両眼が、困惑に大きく見開かれる。


「い……今から? ここで、か?」


「その通りです。……どうしました? 私の好きにしてよろしいのでしょう?

早く、云うとおりにしていただけませんかな?」


 自分の部下や、敵の少年が見ている、この場所で。

 屈辱に貌を歪めるサロメだったが――。先日の、自由を奪われ自分の意志に反して10人の男に犯され続ける屈辱に比べれば、100倍はマシだ。覚悟を決め、鎧の留め金を外して、次々と身体から脱ぎ捨てていく。

 そして、下着だけになり、その抜けるように白い肌のほとんどが露わになったところで――。

 耐えきれなくなったロブ=ハルスが、サロメの肩と腰を掴み、テーブルの上に押し倒した。


 軽くうめき声を上げるサロメの脇で、テーブルの振動によって揺れる葡萄酒(ワイン)の壺を目に止めたロブ=ハルス。


「これはこれは。気が利きますね。景気づけに、このようなものまで用意していただけるとは」


 そして壺を掴み、口をつけて一気に中身を流し込む。

 飲み尽くし、空になった壺を投げる。壁に当たり、高らかな音とともに割れた。


「ふう、とても気分が良いですよ。念のため云っておきますが、うっかり抵抗しないでくださいよ、サロメ。あなたの人外の力での拳や蹴りをまともに喰らったら、私といえど無事ではすみませんからね。

さて、ルーミス・サリナス。じっくりと見ていていただきましょう。何もできないあなたの前で、仇敵が天国の快楽を貪る、その様をね……フフフ」


 不敵に嗤うと、サロメの下着を剥ぎ取り、自らの装備も脱ぎ捨てて彼女に覆いかぶさるロブ=ハルス。


 

 ルーミスは……この世の地獄の状況に身を置いていた。


 真正のサディストで性的倒錯者たる仇敵の男が、言葉どおりに快楽を貪る、おぞましい姿が展開される目前の光景。


 同時に男として、目を背けきることができない、獣のごとき性の現場。

 反射的に身体も反応する、言葉にできない、その余りもの屈辱。


 ルーミスは、擦り減り失うほどに歯噛みしながら、大粒の涙を流して震え、それに耐え続けるしかなかった――。

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