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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第九章 血の宿命と、親子
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第十五話 ガリオンヌ謀殺行(Ⅶ)~仕掛けられた分断【★挿絵有】

 昼も大きく過ぎたところで、一旦眠ったキャティシアを含め、ランスロットも目覚めたころ出発を図った一行。


 シエイエスの発案によって、前衛をホルストースとナユタ、その後ろをレエテ、キャティシア、ランスロット、自らが殿(しんがり)を務める行軍となった。


 休息を経て心の整理がつき、ルーミスを奪還するという大きな目的に一丸となり、彼の捜索をしていた時の絶望的な雰囲気は脱した。あとは一路、北北西へ。


 先刻話していたネツァク川は、もう間近と見え――。激流が岩をたたく激しい音が木々の間を縫って聞こえ、水場特有の清涼感が感じられるようになってきていた。


 前衛を歩くナユタとホルストースは、とても親密な様子だった。


 前夜の野営のときも、先程の見回りのときも、休憩のときも――。常に一緒で、途切れることなく会話を続け、急速に互いの距離を縮めているように見えた。

 

 後ろを歩くレエテの肩に乗るランスロットは、横目で彼女に話しかけた。


「……どう思う、レエテ? あの二人、ランダメリアまでは余所余所しかったのに、いつの間にかあんなに仲良く。ナユタも君を差し置いて、ホルストースとばかり話すようになった。

ナユタも最初は……。エティエンヌを失った傷心を忘れるのと、君に振られたホルストースへの同情なんかもあったかもしれないけど、意外にすごく相性が良かったみたいだ。

つい最近恋を成就させた先達として――君の目からみてあの二人、恋に落ちてると思うかい??」


「な、な、何を、云うの、ランスロット!? わ、私なんかが、そんな人のこ、恋のことだなんて……じゅ、10年早いと思うわ……!」


 レエテは貌を真っ赤にして慌てふためいた。「恋を成就した先達」などと云われて、単純な照れと――。先程のシエイエスとの熱い逢瀬を覗かれてしまいでもしたかのような、過剰な気恥ずかしさに襲われたのだ。


 だが、正直なところナユタとホルストースが恋に落ちてくれるとしたら、レエテはとても嬉しく応援したい気持ちだ。ルーミスと、キャティシアのように。

 自由奔放を気取るナユタが実は寂しがり屋の女性であることはもう知っているし、同行する動機の半分が自分への恋心であったホルストースを振ったことには罪悪感を持っていたからだ。

 今まで考えたこともなかったが、そうなる想定の視点で見ると、とてもお似合いの二人に思えた。

 想像し、なんだか自分のことのように嬉しくなって、レエテが笑みを浮かべて前の二人を見た――その時。



「レエテッ!!! 左右だ!!! 左右から来るぞ!!!!」


 静寂を破る、シエイエスの怒声。

 レエテはその声に、頭で考えるよりも先に闘争本能を始動させ、左右の結晶手を出現させた。


 左右から襲い来るのは――。もう、レエテにも認識できた。倒れようとする、巨樹。左右一本づつのそれが、レエテの――前後を塞ぐ形で、大音響をたてて倒れ来たのだ!


「うあああ!!!」


「きゃあああ!!!」


 ランスロットとキャティシアが悲鳴を上げる。彼らはレエテとともに巨樹に挟まれる形となり、前のナユタとホルストース、後ろのシエイエスと完全に分断された。


「レエテ!!!」


 異変を受けて、ナユタが叫び行動を開始しようと、する前に――。


 レエテに対する次撃は、開始されていた!


 左右から襲い来た巨樹の各方向から、恐るべき速度で襲撃する、2つの黒い影。


 それはどちらも閃く光を放ち、白刃をもって襲いかかる刺客だった。


 レエテは反応し、この刺客の挟撃を、左右の結晶手で見極め、受け止めた!

 衝撃で、ランスロットは彼女の肩から振り落とされた。


 高らかに鳴り響く、金属と鉱物の激突音。

 レエテは、瞬時に相手を見極め、その2人の刺客の貌を、見た。


 一人は男、栗色髪碧眼、180cmほどの鍛えられた肉体の二刀流剣士。今一人は――。女で、ボブカットストレートの白髪、右目を眼帯で覆った、160cm代のすらりとした美女。

 そのどちらも――獲物は極めて妖しい光を放つ、ブレード。おそらく巨樹をも難なく切り倒した、恐ろしい切れ味の得物。

 そしてその身にまとうのは――。いずれもひどく見覚えのある、黒いレザースーツと、コート。

 シエイエスがまとうそれと、同一の――。


「――お前ら――ダレン=ジョスパンの、手の者か――!!」

 

 ならばサタナエルでなく、エストガレス王国の、軍人。

 しかし――今左右の結晶手に感じている剣圧は、そのような常人のものでは、断じて無い。

 特に、白髪隻眼の女性の方。驚愕を禁じ得ない圧倒的剣圧であり、弾き飛ばすことは難しい。


 レエテはやむを得ず、与しやすい栗色髪の男――ビラブド・フェルナンド中尉の方を弾き飛ばし、その開いた方向へ飛び退った。


 すると、それに即時追いすがる白髪隻眼の女性――ダフネ・アラウネア少佐。

 彼女と切り結ぶと同時に、弾き飛ばされた先からとって返し、加勢にくわわるビラブド。


(こいつら、完全に私だけを狙っている――ならば!)


 レエテは意を決し、走り出した。ネツァク川の、方向に。


 ひとまずはランスロットとキャティシアから、彼らが苦手とするこの白兵戦の達人たる敵を遠ざけたかった。


 ようやく巨樹を乗り越えて、ひた走ってレエテを追う二人の刺客を視界に捉えたシエイエスは、記憶に鮮明なその姿を見て、呟いた。


「ダフネ……!! ビラブド! 貴様ら……!!」



 *


 レエテは森林を抜け、開け切り立った岩場に出ると、そこに姿を現した雄大なネツァク川を背にして刺客を迎えた。


 同じく森林を抜けてきたダフネとビラブドは、ブレードを構え直してレエテと相対した。


 ――ここまで2人を一行から引き離せたレエテが狙うのは、上手く2人を誘導し、あわよくば背後の死の川に叩き込むこと。


 だがそれを狙うのは相手も同じ。早速ビラブドがまず仕掛ける。


 交差した2本のブレードから繰り出したのは――。彼の得意技、ダリム公国コロシアムの元英雄ラディーンに授けた回転連撃だ。


「――!!!」


 かつて自分の戦いの始まりの時に目にしたのと同じ、しかしそれとは次元の違う完成度の技に、一瞬レエテの反応は遅れる。

 受け止めはしたものの、後方へ押し出される。


 そしてそれに追い打ちをかける、ダフネ・アラウネアの、剣技。

 腰の鞘に一旦収めた長大なブレード。上体を落とし、腰を低く構え、そのブレードの柄に手をかける。

 ――遠く海の(はて)、イスケルパ大陸に在ると伝えられる絶技、「抜刀術」。


挿絵(By みてみん)


「――鬼影流抜刀術、沢鸞(ちゅうひ)(せん)――!!!」


 気合とともに抜刀されたブレードは、視認できないほどに速く、恐るべき威力を以て、襲撃した!


 低空飛行で水面の獲物を狩る鷹のように、超低の位置を猛進する刃を、辛うじて下段の防御で受けたレエテ。

 しかしその体勢から受けきれるような威力の攻撃ではなく、レエテは体勢を崩し大きく後方によろめいた。

 その位置は、すでにあと一步のところで川へ転落する、ギリギリの位置。


「今だ、デレク!!!!」


 ダフネの叫びとほぼ時と同じくして――。


 レエテは、足元に強烈な衝撃を感じた。


 足元の岩が――魔導の重力波、によって、砕かれる衝撃だった。

 数十m離れた、川の対岸で待ち構えた男、デレク・ヴィンフィールド大尉の狙いすました重力魔導によるものだ。

 

 レエテは――足場を完全に失う感覚とともに――。

 真っ逆さまに、ネツァク川に転落していった――。

 その途中で、追いついた一行の先頭にいた、シエイエスの貌を一瞬視界に捉えながら――。


「レエテーーーーーーッ!!!!!」


 悲痛な絶叫を上げるシエイエスの視界で――。

 かつての戦友、ダフネとビラブドが、意味ありげな笑いを浮かべながら――。対岸のデレクが射出したワイヤーに掴まり、悠々と脱出していくのが捉えられた。全く、為す術もないまま――。


「畜……生!!! レエテッ!!!!」


 叫び、自らもネツァク川に飛び込もうとするホルストースを、必死に腕を掴んで止めるシエイエス。

 

「やめろ、ホルストース!!! 死ぬぞ!!!」


 それを、獰猛な表情で睨み、叫び返すホルストース。


「なんだと、てめえ!!!! 自分の、女だろうが!!! 命掛けて助けようって気はねえのか!!! あああ!!??」


「助けたいさ!!!! だが、俺たちが助けに入って、誰かが生きてレエテを助けられるのか!!??」


「……!!」


「確実に、死ぬ! 対して、レエテはサタナエル一族だ。30分は水中でも生きられるし、激流や岩で身体を砕かれても、滅多には死なない!

あいつは……必ず、生きている……!! さらなる罠が待ち構えているだろうが、あいつは死なない!!! 俺は、それを信じている!!!

そして必ず、助け出す!!!

そのためにも、俺たちの誰かが死ぬ訳にはいかないだろう!!??」


 ホルストースは、黙った。シエイエスが、これほど感情を露わにするのは、ソガール・ザークとの闘い以来だ。

 一番、辛いのは彼だ。しかし仲間のことを考え、最大限に理性的な判断を下そうとしているのだ。その引き裂かれそうな胸の裡を感じ、ホルストースも、ようやく追いついたナユタら他の仲間も、発する言葉を持ち得なかった。


 ただひたすら、レエテが飲み込まれ、流されていった、ネツァク川下流を見つめ続けることしかできなかった――。




 *


 それは、暴虐な自然の、猛威だった。


 単に山脈から海へ流れ出る水であるはずなのに、どうだ。

 この暴力としか思えない、水の凶悪さ、威力、身体へのダメージ。


 初めてでは、ない。かつてこれと同じくらい暴虐たる自然の水の中で、戦ったことがある。


 アトモフィス・クレーター、「本拠」、“深淵(アビス)”――。


 いずれにせよ、常人なら1分と持たずに死に至り、サタナエル一族である自分でも、大いなる死に直面する驚異の自然だ。


 だが、あの時と、同じ。自分は負ける訳には、いかない。


 手を動かせ、足を動かせ。

 もうすでに岩の衝撃で一本ずつ手足が折れ、肺に水は入り、激流の衝撃で内蔵も損傷している。

 だが私なら、生き残れる。絶対に、生き残る。


 必死の思いが、ようやく彼女を、少しずつ浅瀬に導き――岸へと、近づけた。


 もう少し、もう少しだ――地上へ、上がれる。


 その思いで、必死に伸ばした手を――。


 水面上からがっしりと、掴む、別の手!


 それは、女の、手だった。しかし――到底そうとは思えぬほど、恐ろしく力強い。


 怪力によって、自分の身体は、引き上げられた。


 肺の水をしたたかに吐き、虚ろな目を見上げると――。


 そこにはぼんやりと、黒い大きな帽子と――巨大なクロスボウの、先端が見えた。


「――――よお、久しぶりだなあ、レエテ・サタナエル。

アタシを、覚えているかい? 

ドゥーマで会った。あの戦場で、最後にアンタに立ちふさがった女さ。

シェリーディア・ラウンデンフィル。

ちょうど今のアンタと同じ様に――。足元を掬われて『崖下』に転落した、なあ」

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