第十四話 ガリオンヌ謀殺行(Ⅵ)~束の間の安息、止められぬ愛
「…………レエテ! レエテ!! 目が覚めたのか!? しっかりしろ、俺だ、シエイエスだ!!」
おぼろげな意識の中、天から降ってくる叫び声。それは、自分にとってこの世で一番愛しい男の声、だった。
「……シエイ……エス……」
かすかな声を発し、レエテは薄く目を開いた。そこに、自分の身体を抱きかかえ白い長髪を振り乱しながら、険しい貌で自分の貌を覗き込むシエイエスの貌があった。
目を開けた自分の貌を見て、安堵に貌をほころばせた恋人の頬に、レエテは右手を差し出し触れた。
「……ええ、大丈夫、よ……。もう、身体に痛みは、ないわ。」
と、レエテは瞬間的に、自分が再生したということは――。失い再生した下半身が露出している筈だということに気づき、慌てて貌を赤くし目を向けた。すると「そこ」は、シエイエスの黒いレザーコートがかけられ隠されていることを確認し、ホッと息を一つ吐いた。
「ハハハ、安心しろ、当然ちゃんと隠したさ。潰された部分からブーツや服も確保したし、心配はいらない。
だが――。お前がそうしなければナユタは死んでいたとはいえ、あまりに無茶をしすぎだ。
確証がないとはいえ、再生の頻度が『寿命』に影響しているかもしれないんだぞ」
「ごめんなさい……。気をつけるわ。ひとまず、皆は無事なのね?」
「ええ……レエテさん。あなたも無事で、本当にほっとしてますけど……。あまりに、非道で、強力な罠でした。シエイエスさんの知恵や、皆さんの頑張りがなければ、何人死んでいたか……。このランスロットも本当に頑張ってくれましたよ」
キャティシアが、眠るランスロットの頭をなでながら、代わって答える。おそらく全力の法力をかけ続けたことで極度の疲労に陥っているのだろう。最後の力を振り絞ってランスロットとナユタに法力をかけ終えたその声は、しわがれてか細かった。
「キャティシア、あなたも頑張ってくれてありがとう。ナユタと、ホルストースは?」
「今、付近の見回りに行ってくれている。ナユタが、自分の頭を冷やしたいから、と云ってホルストースを連れて行った」
シエイエスの答える声に、頷き返しながら――。
レエテは、ようやく改めて「それ」に視線を向けた。
巨樹の幹に、短刀でぶらさげられた、ルーミスの「皮」――。
かつて初めて会ったとき、ナユタの要求で彼が自分の身分を証明するために見せた“背教者”の刻印が刻まれた、頸の後ろ部分。
さっきはナユタを救うのに必死だったが、レエテも悲鳴を上げてうずくまりたい程のショックを受けていた。
改めて沸々と湧き上がる強烈な怒り。
そして――その感情を否応なく昂ぶらせる、幹に刻まれた、自分への「挑戦状」。
「サロメ・ドマーニュ……! 奴が、奴がルーミスにこんな酷いことを……。そして連れ去ったのか……!」
かつて、「本拠」でレエテの家族を虐殺した実行犯の一人。その非道に加え、ついに現在の仲間にまで手を出した。
絶対に、許さない。
ロブ=ハルスを狙い法王府に進路をとっていたが、グラン=ティフェレト遺跡――のある、北北西を目指す以外にない。たとえ、それが明らかな罠だとしても。
「レエテ!!! 気がついたのかい!? 良かった!!!」
後ろから、歓喜に満ちた女性の声がかかる。そしてそのまま、レエテに近づいてかがむとその手をとった。ナユタだった。
その後ろに、ホルストースも安堵の表情を浮かべて追随している。
「本当に、すまなかったね、ありがとう……!! あたしが取り乱しさえしなけりゃあ、あんたにこんな危険な、痛い思いをさせなくって済んだっていうのに……」
「いいのよ、この状況じゃあそうなって当然よ、ナユタ。私のこの身体が役にたつなら、いつだって迷わずあなたを守る。
……ところで、このあたりはもう、安全だったの?」
「ああ、もう敵の足跡と気配は完全に消えたぜ。西の方面に向うのに、障害もなさそうだ。
ただ、一つだけどうしても越えなきゃならねえ難所、を除いてな」
槍をカカシのように担いだ姿勢のホルストースが、代わって答える。
その返答を聞いたレエテは、彼の云う難所を頭に思い描いていた。
ここノスティラス皇国ガリオンヌ統候領と、エストガレス王国の国境を隔てる、一つの川。
ハルメニア大陸に数ある河川の中でも、その長さと、高低差によって作り出される最速の急流。
ネツァク川だ。
切り立った崖に挟まれた、人間の立ち入りを拒絶する恐るべき水の流れは、一度そこに落ちてしまったら決して死を免れない難所。
古代より、大陸を横断する旅人を幾千となく飲み込んできたこの急流。レエテもかつての孤独な旅の中で、ダリム公国にたどり着く直前に一度渡っている。
橋を掛けられる場所がわずかしかないため、大きく迂回せざるを得ないのがもどかしいところだ。
「わかっているわ……。今のところは一度ここで休憩して、キャティシアとランスロットが十分休めたところで出発しましょう。ルーミスを助け出すと同時に、もう誰も失うことがないように、万全の体勢で臨まなければ……」
*
ルーミスの身を一刻も早く取り戻したいが、それに備えて休息をとった一行。
レエテとシエイエスは寸暇を惜しんで離れた場所で逢引し、密かに束の間の愛を育んでいた。
このような状況下ではあるが、レエテに残された時間、命をかけた戦いを生き残った互いへの愛情といった特殊な状況が、彼女らの愛情も同時に燃え上がらせていた。
すでに声を殺しながら、できるだけ短めに行為を行った二人。
とりあえず身にまとい直したはだけ気味の衣装のまま、草葉の上に仰向けに寝るシエイエスに、横から身を押し付け寄り添う、レエテ。
どちらも、その表情は曇っていた。
行為の後で、やはり命のかかったルーミスに対する罪悪感は大きくのしかかってきていたのだ。
そして今一つは。
「レエテ……」
「なぁに、シエイエス……?」
「……ナユタとのこと、すまない。俺が早くにちゃんと話すべきだった」
「……いいのよ、そのことは。ずっと前の、私が知らない時のことだし……。今はこうして、あなたは私のそばにいてくれているもの」
「そのことが、ルーミスの今回のことの一因にもなっている気がしてな……」
「そんなことはないわ……。今回のことは、彼をちゃんとなだめて引き止めることができなかった、私の責任よ……」
そしてうなだれた貌のまま、しばらく沈黙する二人。
ややあって、レエテが口を開く。
どうしても――、一つだけ、シエイエスに確認したいことがあったのだ。
「シエイエス……その……正直に、聞かせてほしいのだけれど」
「……何だ?」
「ナユタはああ云っていたけど……あなた自身は……その……。本当にナユタのこと、好きでは、なかった、の……?
ナユタは、あれだけ綺麗な人で……私なんかよりもずっと、大人の女性……。
彼女がその気がないだけで、実は……。今、あなたは、本当に、わ、私だけ、を……見ていてくれて、いるの……?」
うつむいて目を反らしながら問いかけるレエテの貌を、シエイエスは両手を添えて自分の方へ向かせた。
少し怒ったような、真剣な彼の表情に、レエテははっとして目を見開いた。
「なにをバカなことを云う。決まっているだろう……。
たしかに、ナユタは芯の通った、魅力的な女性だ。しかし――。俺もあのときは安易に誘惑に身を任せてしまったが、残念ながら、愛情を持つ相手にはなりえなかった。
疑惑は当然かもしれないが、劣等感など、感じることはない。俺は、その後知り合い、旅の中で接するうちに知った、お前の――。過去の試練と向き合う強さと、同時に持つ弱さ。透き通った純粋さと優しさ、女らしさに、心底惹かれたんだ。
俺が愛し、見ているのは、お前一人だけだ、レエテ……」
そして昂ぶった感情のまま、唇を求めるシエイエスを受け入れ、再び口唇を重ねるレエテ。
嬉しかった。確かめられた、彼の確かな愛情。
レエテは、心の底からの安心感と、改めて高揚する愛情に身を任せた。
自分も、そうだ。シエイエスの聡明さと勇敢さ、自分を理解してくれる懐の深さ、包容力に惹かれ――。今目前で彼が首から下げるアメジストのペンダントが象徴する過去の悲劇と、自分と同じく家族の復讐に燃える、その心の傷も含め、すべてを受け入れたい愛情を持つに至ったのだ。
(シエイエス――)
そして再び、二人は身を重ねていった。




