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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第九章 血の宿命と、親子
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第十三話 ガリオンヌ謀殺行(Ⅴ)~幾重もの追撃

 シエイエスとホルストースの白兵戦による追撃で、恐るべき数で襲いかかってきた暗殺射手団は一旦退却したと見えた。


 矢の追撃がないことを確認し、ランスロットとキャティシアは、ナユタとレエテのもとに駆け寄った。


「レエテさん!!! 大丈夫ですか!!??」


 顔面蒼白のキャティシア。上半身だけになった上に脳を矢で貫通されたレエテの傍らでかがみ込み、矢を引き抜いて傷口に法力を当て始める。

 レエテのサタナエル一族としての自己再生能力は、法力より何倍も強力ではあるが、一定の補助にはなるし痛みを和らげる効果もある。


 ――と、いうより、キャティシアも――。何かに没頭することで、忘れたかったのだ。

 必死で見ないようにしている――直ぐ側の幹に突き立てられた、自分が大好きな、恋する相手の男性の引き剥がされた、「皮」を。


 ナユタは、腕を貫通した矢を引き抜かず、そのまま地にへたりこんで両膝を抱え、貌をうずめた。

 キャティシアの手が空くまで矢を抜かない方が良い、という理性的判断ではなく――。精神を打ちひしがれてしまい、一時気力を完全に失ってしまっている様子だった。


 ランスロットは、女性二人が直視することのできないルーミスの頸の皮を、近づいて観察した。

 彼のものでしかありえない、白い肌に“背教者”の烙印がほどこされたその皮を。


 改めて見ると10cm四方のその皮は非常に厚く、頚椎組織をギリギリ傷つけない程度まで筋肉組織を削り、切り取られ引き剥がされている。刃を入れ、丁寧に削り取る作業は時間がかかったはず。その間ルーミスが味わったであろう地獄の苦痛を想像すると――。温厚な性格であるランスロットの中にも、どす黒い怒りが湧き上がって来るのを止めることはできなかった。


 と――。その皮の下の幹の部分に、文字が刻印されていることに、気づいた。

 大きな文字であったのに、余りに衝撃的な物体のおかげで誰一人その存在に気づいていなかったのだ。

 

「みんな……文字だ。書き置き、だ」

 

 そう、この反吐がでるような酷い仕打ちをした、何者かから。

 その声に、ナユタとキャティシアは貌を向けて聞き入った。


「“レエテ・サタナエルに告ぐ

 背教者ルーミス・サリナスは、我が手にあり

 コルヌー大森林内、グラン=ティフェレト遺跡にて待つ

 必ず貴様本人が参るべし

 そこの肉体の『一部分』は始まりに過ぎぬ

 時間が経てば経つほど、人質の肉体は失われていくと思うべし

 サタナエル将鬼 サロメ・ドマーニュ”」


 それを聞いた、ナユタが――。

 先程までとは別人のような気迫で立ち上がり、喉の奥から吐き出すような低い声で言葉を発する。


「サロメ……ドマーニュ……。将鬼の……女か……! ふざけ、やがって……!

上等だよ……あたしが、取り返しに行って、やる……! てめえをぶち殺して、取り戻して二度と……もうこれ以上二度と、ルーミスを失わないように、して、やるんだ……」


 そして、腕に矢が刺さったまま、フラフラと西の方角へ歩きだそうとするナユタを、ランスロットがたまらず見咎めて叫ぶ。


「ナユタ!!! 正気に戻るんだ!!! 今の君はまともじゃない。

ショックなのは分かるが、こういうときこそ理性的に、慎重に行動しないと! これ以上、皆の中に感情や行動の乱れを持ち込むことは、許されない!」


 ナユタは、恐ろしく殺気立った目で、ランスロットを睨みつけた。


「何だと……? ランスロット。たかだか下僕の分際でこのあたしに、御主人さまに向かって、偉そうに指図しやがって……! 

あんたに、あたしの気持ちがわかるもんか……。この胸が引き裂かれる思いが……!」


 ランスロットは、これに毅然と反論した。


「わかるさ!! 僕だって、ルーミスとは一緒に多くの死線を越えてきた! 彼のことは……かけがえのない親友だと思ってる! ナユタ!! 君が与えてくれた人間の心によってね!

辛いのは――君だけだと、思うのかい? 

キャティシアだって、大好きな人が苦しめられ連れ去られた。血のつながったシエイエスは? 彼の苦しみは? 皆、同じだ!

頼むから、冷静になってくれ……ナユタ」


 ナユタが険しい表情のまま視線を地に落とすと――足元のほうから、苦しげなうめき声が、聞こえてきた。


「……ナユタ……やけを……起こさ……で……死に……かないで……」


 その声に、ハッとしてナユタは振り返った。


 それは、脳を損傷し意識がないはずの、レエテが発した言葉だった。

 頭から血を流し、閉じた両目からも脳からの大量の血を流すレエテが、熱にうかされるように発していたのだ。


 ナユタは、それを聞いて目をうるませ、身体を震わせた。

 そう、レエテはルルーアンティア孤児院で尼僧(シスター)ラーニアに託されているのだ。ナユタの無事を、命を。

 だから自分を犠牲にして真っ先にナユタを助け、こうして意識のない中でも彼女を案じている。


 そうだ――。自分がこんなことではいけない。ラーニアに指摘されたとおりの欠点そのままに醜態をさらし、皆に、レエテに迷惑をかけてはいけない。

 むしろ、自分が皆を守らなければ――。

 ようやく、そう気持ちを改め、レエテの元に歩み寄ろうとした、瞬間。


「危ない!!!! 二人とも!!!!」


 絶叫とともにランスロットが、2m四方の分厚い氷壁をナユタとレエテの前に張り巡らせる。

 

 そこへ――どこからともなく飛来した物体が、深々と突き刺さり、厚さ30cm以上の氷壁を粉々に砕く!


 威力を殺され、地に落ちたそれは――。


 鈍い光を放つ、オリハルコン製と思しき、刃渡り1mに及ぶブーメラン状の投擲武器だった。


 止められたその結果を受け、ランスロットの背後に感じられる、人間の気配と不気味なしゃがれ声。


「うっ……ぐが……あ。 ち、ち、畜生のち、チビが……。お、俺のせっかくの不意打ちを、む、無駄にしやがって……! ゆ、ゆ、許せね……え」


 木立の間からのそり、と姿を現したのは、身の丈おそらく170cmに満たない小男だった。

 大きく湾曲した背中のおかげで、実際には150cmあるかどうかという程度しか上背がなかった。

 大量のブーメランを背負った皮の鎧から突き出した、手も足も短い。腫れ上がった唇、曲がった巨大な鼻、腫れぼったく垂れ下がった小さな目、頭頂部が禿げ上がったその容姿は極めて醜いとしか形容できない。

 年齢はおそらく30歳前後かと思われたが、オドオドと視線をさまよわせ、どもりにどもった稚拙な言葉は、不足した知性を感じさせる。

 

「お前、サタナエルか……? なら容赦はしない。命が惜しければ今すぐ立ち去れ!!」

 

 身体は小さいが、迫力に満ちたランスロットの恫喝。

 小男は一瞬目を見開いて怯んだが、すぐに獰猛な光を目に宿らせ、言葉を返した。


「う……ち、ち、チビの分際で……え、偉そうなくちを……きくな! お、俺はサタナエル“投擲(スローン)”ギルド、ボルテス・グローリアス……。さいごに、ゆ、油断したお前らをおそい、レエテ・サタナエルをころせば……俺をふ、副将にして、おそばにおいてくださると……さ、サロメさまはおっしゃられた……! あのかたのものに……おれはな、なる。じゃまを、するなああ!!!」


 その叫びと同時に男、ボルテスは――。その鈍重そうな見た目からは想像もできないスピードで、ランスロットに迫った!


 背負われたブーメランの一つを取り出し、手持ち武器として斬りかかる。

 戦闘者と思えない無様な見た目とはかけ離れた、極限に訓練されし破壊力に満ちた攻撃だ。

 

 ランスロットは即座に自分の手前に氷壁を築き、ブーメランの刃をガードした。ついで間断なく、連続で出現させた山脈のような鋭利な氷柱で、ボルテスに反撃する。

 

 ボルテスはもう一方の手に取り出したブーメランでこれをガードしつつ、後方に大きく飛び退った。5mは下がったその驚異の跳躍力は、様子見でなく本気で飛びかかれば、容易にレエテまで到達しうると見えた。


「ランスロット!!!」


「来るな、ナユタ!!! こいつ……強い! 恐らくおつむさえまともなら、副将になってたろうレベルだ! 君は今、怪我でダガーが使えない。そこでレエテとキャティシアを守っててくれ!」


 叫ぶと、次撃の体勢をとるボルテスに向き直る。


 ランスロットには、きわめて的が小さいという武器がある。氷の防壁をもちいた鉄壁の防御、小ささを生かして懐に入り込み、氷矢で仕留める攻撃といった、本来強力な戦闘者なのだ。

 その臆病さから、ナユタのサポート役に徹してきていたが、親友たるルーミスの危機、仲間のため立ち上がったのだ。


 ボルテスは、ブーメランを両手に構え、一気に放った。

 そしてその瞬間に、ランスロットに向けて突撃を開始した。


 追加で取り出したブーメランを右手に構え、ランスロットを狙う。

 その低い知能と鈍重そうな見た目と相反し、彼の攻撃精度は群を抜いていた。

 30cmに満たない的であるランスロットに対し、正確無比に攻撃を合せている。


氷牙連撃(エイスグロスべ)!!」


 ランスロットはこの攻撃に対し、大地から突き出す無数の氷柱で対抗する。

 ボルテスは極めて俊敏に右方向へ回避を行い、その動作の中で体勢を立て直してブーメランでの攻撃を加える。


「くっ……!!」


 即座にランスロットは氷壁でこれを防御するが、ボルテスの攻撃力は想像以上で、氷壁を切断してくる。

 やむを得ず後方に飛び退るランスロットだったが、さらに防御を必要とする攻撃が間近に迫っていた。

 先程、突撃に先駆けてボルテスが放った2本のブーメランが、彼の後方から迫ってくるのを感知したのだ。

 背後に氷壁を形成するランスロット。しかし、続けざまに放ってきた魔力はこの時点で充填が間に合わず、十分な厚さの氷壁を形成できない。ブーメランは氷壁を粉々に砕き、威力を弱めつつも死の刃としてランスロットに迫る。

 1本は、かわしたランスロットの頭上をかすめていったが、1本が――。彼の大きな尻尾と左半身を切り裂きつつ通過した。茶色の毛皮の間から、鮮血を噴き上げる。


「ぐあ!!」

 

「ランスロット!!!」


 ランスロットの悲鳴とナユタの叫び声が交錯する様子を見、きわめて不快な悍ましい笑みを浮かべるボルテス。


「う……くく……げげげっ……! ざ、ざ、ざまあ、見ろ……! この、ちびめ……に、に、人間さまにたて突こうとするから、こうな……るんだ。つ、つ、次で、おまえも、終わり……だ」


 そして、鈍色の光を放つブーメランを構えたボルテスは一步、二歩と歩みを進めた。

 ――その時。


「う、ぐ……!? ぐ、げえ……!!!」


 突然に目をむき、ブーメランを取り落とし、喉と胸をかきむしり始める、ボルテス。

 やがて口から泡を噴き、膝をがっくりと落として地に這いつくばる。


 そこへ、出血する左半身を押さえながら、歩み寄ってくるランスロット。

 地に這いつくばり、目線がほぼ同じとなったランスロットを、血走る目で凝視するボルテス。


「引っかかったね……。どうしてさっき、ブーメランを全く防げないほどに僕の氷壁が急に劣化したと思う? それは飛び退る直前に(トラップ)を仕掛けて、魔力を大きく消耗していたからさ。

無酸素空間の固定、という(トラップ)によってね」


 そう、ボルテスは知らずして、ランスロットによって仕掛けられた目に見えない無酸素の空間に、足を踏み入れてしまったのだ。彼は酸素のない大気を大量に吸ってしまったことで、呼吸ができないだけではなく、脳神経に多大なダメージを受け、運動能力を奪われ意識をも奪われようとしていたのだ。

 

「あ、が……こ、こ、この……や、ろ……が」


「君は強かったが、やはり脳みその足り無さという部分が大きく足を引っ張ったね。

僕はシニカルで気まぐれではあるけど、大事な仲間を殺そうとした、サタナエルである君に対しては情けの一片も感じることはない。今すぐに、地獄へ落ちろ――“氷牙咬殺(エイスベイウェン)”」


 ランスロットが見せたことのない、憤怒をはらんだ冷酷な目とともに発された宣言。

 

 ボルテスの身体の上下に発生した4本ずつの巨大な氷の牙が、あたかも巨大な獣の(あぎと)のごとく、ボルテスの身体を串刺しにした!


「が……あ……あ」


 無酸素によりかすかなものとなった断末魔の叫びとともに、ボルテスは両目を剥き完全に事切れた。

 小動物であるランスロットが、知恵と魔力という武器によって、巨大な獣となって敵を食い殺したのだ。 


 血を滴らせながら戻ってこようとするランスロットを、ナユタは走り寄って右手で抱き上げた。


「よく、やったよ、ランスロット……。さすがは、このナユタ・フェレーインの魔導生物(あいぼう)だよ。褒美として、主人のあたしより先に、キャティシアの治療を受ける権利を贈呈するよ」


「はは……。普段ならケチくさいって文句をつけるところだけど、今は一番ありがたいご褒美だよ……。痛くって気が遠くなりそうだったからね。

ほら……ちょうど、シエイエスとホルストースも戻ってきたみたいだよ。キャティシアが倒れてしまうから、彼らが怪我してないといいけどねえ……」


 遠くに姿を現した、シエイエスとホルストースの姿を確認したランスロットはそう云うと、極度の疲労からか両目を完全に閉じて眠りについたのだった。

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