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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第九章 血の宿命と、親子
156/315

第九話 ガリオンヌ謀殺行(Ⅰ)~再出発の時に

 ノスティラス皇国ランダメリア城塞における、華々しい宮中祝賀会から2夜が明けた。


 その間皇帝ヘンリ=ドルマンは希望していたレエテとの会談も実現させ、彼女の不幸な境遇と凄絶な復讐に身を投じる理由を完全に理解した。

 多大なる功績への謝意として皇国で一行に厚遇を約束しようと思っていたが、それは不要なものであることも理解できた。

 名誉官職を与えることも考慮したが、それよりは――。先立つものを与えた方が役に立つであろうと結論付け、100万ゴールドという超破格の価値をもつ宝石類と金貨の贈与という形となった。


 この有り余る資産を使って、レエテとその一行は装備品の新調や強化に時間の許すかぎり努めた。

 さすがにナユタやキャティシアは少々無駄な装飾品も購入してしまったが、魔導増強の品や弓の新調はしっかり行った。

 男性陣とレエテは防具を一新して、思い思いに戦いに役立ちそうな道具を購入していた。


 こうして一行は、ひとときの現実逃避というべき安息の場を後にし、目的であるサタナエル将鬼の討伐へとその身を再び投じようとしていた。


 これまで、人員を分けたり別行動を取るものがいたり、全員が揃うことのなかった一行だった。

 が、3人目の将鬼の討伐へ向う今、ようやく7名全員が貌を揃えたのだ。


 レエテ、ナユタ、ランスロット、ルーミス、シエイエス、キャティシア、ホルストース。

 彼女らは、戦いから離れてそれぞれが己の想いと向き合った、孤児院の出来事と宮中祝賀会を経て――。ある者は心境の変化を、ある者は心の成長を、そして互いに人間関係の変化を――生じていたのだった。



 移動についてはこれまで馬車も使用してきたが、法王庁に向けて西を進むため抜けねばならないガリオンヌ統候領は、海岸部こそ開けているが内陸部は深い森林・険しい地形、呑まれれば生きて帰れぬ急流などで構成される、移動に適さぬ地。

 サタナエルの襲撃を受ける可能性も限りなく高くなる以上、徒歩と野営で移動を続ける以外に選択肢はない。


 とはいえこれまで人目を忍びながらハルメニア大陸を旅してきた一行にとっては、ある意味最も慣れ親しみ、最も動きやすい地形と移動形態ではあった。


 その状況に最も喜んでいたのは、もちろん先頭を歩くレエテだった。

 豪華絢爛なドレスや格式張った宮廷に辟易しきっていた彼女は、それらからの解放感が清々しくてたまらなかった。

 ――もちろん、ドレスや宮廷という場も悪いことばかりではなく――。レエテにとって有頂天となる幸福な出来事ももたらしてくれた。彼女はそれを思い出し、そっと貌を赤らめて、幸福をもたらしてくれた愛しくてたまらない男の方をちらりと流し目で見やった。


 その相手の男、シエイエスは――。あえてレエテから離れた位置で、キャティシアと並んで歩いていた。

 すでに公に恋人同士となった以上、そのようにする必要は本来ないのだが、一行の中の色々な心情も考慮し、しばらくは皆の前で親密にすることを避けようというお互いの合意からだった。


 キャティシアは、宮廷でのもろもろ感動した出来事について、シエイエスに語っていた。

 とくに、想いを寄せるルーミスの超一流の歌唱力については、語りだしたら熱くなり留まることを知らなかった。

 目をかけている弟を褒めちぎられて悪い気はしないシエイエスは、そうやってキャティシアの話相手をしながら歩くことを選択していた。


 その褒めちぎられた相手、ルーミスはランスロットを肩に乗せて歩いていた。

 ランスロットが黒い大きな目をクリクリとさせながら、ルーミスに語りかける。

 

「ルーミス。君のこと心配してたけど、思いのほか心の整理がついてるようで、安心したよ。

やっぱり自分の、宮廷貴族相手に即興コンサートを開けるほどの天才的歌の才能、に気づいたことが大きかったのかな?」


 ルーミスは満更でもない貌をしながら、しかしやはりどこか浮かない表情は拭いされない様子ではあった。


「ああ、それも驚いたしちょっと嬉しくはあるが、キャティシアがオレのダメなところをきちんと叱ってくれたおかげかな……」


(そのキャティシアの自分への想いには気づかないんだね。好きな女性に何もできない奥手でしかも鈍感な君は、悪いんだけどやっぱり見てて一番飽きないよ……!)


 やや(よこしま)な笑いを飲み込む、意地の悪いランスロット。


 そのランスロットの主人である、ナユタは、ホルストースと並んで歩いていた。

 両手を後ろに組み、笑みを浮かべながら横目でホルストースを見、話しかけるナユタ。


「ホルストース。あんた、祝賀会でレエテに振られた後、一目散に外へ出てって、それっきり戻って来なかったね。腹いせにだれか女を引っ掛けて、よろしくやっていたんじゃないかい?

ある程度気持ちの整理がついてるところを見ると、よっぽどイイ相手だった?

こっそり、誰が相手か教えてくれる訳にはいかないかい?」


「ハッ……。ほんと、恥じらいなくズケズケものを云う上に野次馬根性逞しいな、お前。まあそういうの嫌いじゃないけどよ。

相手は……ちょっと名前は、云えねえな。ただ、『そういう筋』ではおそらく有名だろうし、何しろとてつもない大物の女だってことは云っとくが。さすがの俺でも満足を通り越して一晩寝かせてくれないほどの、イイ女だったよ」


「ああ……なるほど、あの方、かい……」


 皇国の事情に詳しいナユタはすぐに理解した。デネヴ統候、ミナァン・ラックスタルド。皇国でも屈指の高貴な身分の女性でありながら、随一の所謂(いわゆる)「あばずれ」として有名であった。女好きの絶倫として知られる男、カール元帥との常識外の奇妙な夫婦関係も至極有名で、不倫を許容し、お互いいい男、いい女と見れば見境なく漁るのだ。初対面のホルストースと関係したことも、さもありなんだ。


「ランダメリアを発つときも、こっそり会いにきてくれてよ。貴殿とはまた逢いたい。いつでも私の寝所に来てと云い残してった。まあ男冥利に尽きるってもんだよ」


「まあそれなら良かったよ。『あんたら』ときたら、レエテを巡って争って、ほんとに目が血走ってた。本気の度合いが良く伝わったよ。その結果あんたはそれだけの想いを振られたってんで、仲間から抜けちまうんじゃないかって、ちょっと心配もしてたのさ」


「ハッ! 見損なうなよ。俺ぁそこまで短絡的で浅え男じゃねえさ」


「……まあ、そうだよね。正直さ、あの場でのあんたの堂々とした振る舞い、大皇国の貴族を一声で退散させた勇気ある発言、すごくステキで格好よかったよ。

あんたとはあんまり話したこともなかったし、そこまで興味もなかったけど、見直した、ホルストース。

これからもこんな風にあたしとお喋りしてくれるかい? あんたのこと、もっと知りたいんだ」


 自分の貌を覗き込んで少し眩しそうな目を向ける目の前の女性の――ある種の心境の変化を感じとったホルストース。

 エティエンヌのことは――。大丈夫なのか? と一瞬思ったが、ナユタも、彼女なりに自分の中で何かを切り替えて前に進もうとしているのだろう。それを理解したホルストースは笑ってうなずいた。


「いいぜ。俺なんかで良ければ、いつでも。まあ、飲めないらしいお前の前で、自分だけ酔っ払っちまうこともあるかも知れねえが。改めてこれからよろしく、だな。ナユタ」


 

 *


 地形の険しさもあり、30km程度の移動距離に留まったこの日、森林の中で久々の野営を張った一行。


 設営と狩りは、シエイエス、レエテ、キャティシアの三人が中心になって、驚くほどスムーズに進んだ。

 料理が得意なことを公表しているホルストースが腕を振るい、猪肉、川の魚介、山菜、皇都で仕入れたスパイスなどをふんだんに用いた調理を行った。

 

 それに舌鼓を打ちながら火を囲んだ一行。


 思い思いに食事を楽しみ、酒を飲み、語る。

 そのうち、キャティシアに強力に促されたルーミスが、照れくさそうにしながらも、その天使の歌声で故郷の歌や賛美歌などを歌い始める。


 聞き惚れる女性たちを見て、さりげなく荷物からフルートを取り出し、ルーミスの歌にあわせて演奏し始めるホルストース。

 これも皇国で仕入れた品だったが――。その宮廷仕込みと思われる見事な腕前に、驚愕の表情で振り返り、称賛の拍手を送る女性たち。


 それらを見て、自分も負けじと歌を口ずさむシエイエス。

 レエテが「あーっ、あーっ!」と大声で止めようとしたが、遅かった。その場の全員が先程と別の意味で驚愕し、何ともいえぬ苦痛の表情で貌をしかめる。言葉に容赦のないナユタが手を振って彼を止め、「あんたはド下手だ、それ以上歌うな耳がおかしくなる」などと散々に叱りつけた。

 根拠なく自信を持っていたらしいシエイエスは驚愕の表情の後落ち込み、下を向いた後に麦蒸留酒(ウイスキー)をあおる。レエテが慌ててかけより、肩に手をおいて一生懸命に慰めた。

 しかし――「あなたは音はもの凄く外れてるけど、リズムは合ってるわ」など、フォローになっていない口下手なレエテの言葉はかえって追い打ちをかけるような結果になり、その様子に周囲から笑いが起きる。


 ―― 一見、これまでどおりに和気あいあいとし、人間関係に何も問題はないように見えるが、ナユタにははっきりと見えていた。一部のギクシャクした雰囲気が。

 主には、レエテを巡る男性3人の、関係性。

 現に、これだけ盛んな会話が交わされ続ける中で、実はルーミス、シエイエス、ホルストースは互いに一切直接の会話を交わしていない。ルーミスに至っては、レエテ本人をも避けているように見える。


 宮廷であれだけの出来事があったゆえ、無理もないことかもしれない。彼らのためにも、当事者にあたるレエテにゆくゆく心労をかけないためにも――。時間が解決してくれればいいが、と願うナユタだった。

 

 しかし――、その願いもむなしく、事件(トラブル)はその夜、起きてしまうのだった。


 

 *


 火を消し、見張り以外が眠りに入った、深夜。


 現在の見張り役はランスロットで、木の上に登り、主にエストガレス方面を警戒しながら周囲を見回していた。

 かつてバレンティンのコロシアムでオファニミスに制約を設けられたダレン=ジョスパンも、エストガレスに入ればレエテを狙う。そのための準備を整えているはずだ。

 またサタナエルが迫るとすれば、やはり“法力(ヒリング)”ギルド将鬼ゼノンを筆頭に最大の勢力が常駐するエストガレス、その方面からが最も可能性が高いからだ。


 降雨もなく過ごしやすいこの夜、各人が思い思いの場所で横になり眠っていた。


 レエテは、皆と少し離れた場所で一人眠っていた。

 心のほんの片隅で、そうしていればシエイエスがこっそり寄り添ってきてくれるかも知れない、などと期待していた部分があったが――。さすがにまだそれはなかった。


 と――彼女の肩を揺さぶって、起こす者がある。


 もしや――彼が来てくれたのか、と期待に胸高鳴らせて目を薄く開けると――。


 そこに居たのは、ルーミスだった。


 軽く落胆したレエテだったが、ルーミスの何か思い詰めたような、真剣な貌付きを見て我に返り、目を開けて上体を起こした。


「ルーミス……? 一体、どうしたの……こんな夜中に」


「…………レエテ。起こして、すまない……。どうしても、は、話したいことが、あるんだ」


 眉間に皺を寄せて、低く声を絞り出すルーミス。とても、緊張しているようだ。両肩が小刻みにふるえている。

 レエテはじっと彼の目を見て、言葉を待った。


「オ……オ、オレは……。レエテ、オマエの……ことが……。

オマエが……好き、なんだ……! この世で一番……! ダリム公国でオマエを見た、そのときから……!」


 完全に目をそらし、貌を真っ赤に染め上げながらも――。

 ついにルーミスははっきりと、己の想いを、口にした。


「もちろん……オマエが、好きなのは、兄さんだということはよく分かってる……。

ただオレは、どうしても……オ、オレの気持ちを……知ってほしかったんだ……」


 ぶるぶると身体を震わせるルーミスを、少しの間見詰めていたレエテだったが、そっと右手を出して、彼の頬をなでた。

 ルーミスがビクッと身体を震わせる。


「ありがとう……。ルーミス。とても、嬉しいわ。あなたの気持ち。

私も、前から薄々は、あなたの気持ちを感じてはいた――。だけれど……はっきり云った方がいいと、思うから云うけど――。あなたのことはとても大切に思っているのだけれど、男の人としては、見ることはできなかった。

たぶん、そのことはあなたを苦しめてしまっていると思って、私も辛かった。

けれどあなたは自分から、気持ちを口にしてくれた。そして、それによって気持ちを整理してくれようとしていることが、なによりも嬉しい。

あなたの想いに応えることができないのは許してほしいけれど、これからも、私の大事な仲間で、いて……。あなたは家族同然に、大事な人だから……」


 レエテの、自分をはっきりと拒絶はしつつも、変わらぬ大切な想いを持ってくれている優しい言葉に、ルーミスは震えた。


 感動したのでは、ない。想いを断ち切れたのでも、ない。逆の感情が昂ぶったのだ。


 キャティシアの背中を押す言葉と、自分の「歌」という、優れた兄に絶対的に勝る天才的才能を知ったことによる自信も手伝って、ルーミスはレエテへの想いを断ち切るために決意してここへ来た。


 だがいざはっきりと事実を突きつけられると――想像に反して自分の中で強い未練と、手に入れた兄へ嫉妬の炎が燃えさかった。


 目の前の、あまりに美しい女性。その全てが愛おしく、狂おしいほど自分のものにしたかった。

 思春期の只中の彼にとって、そんな女性への劣情も、当然避けることはできなかった。

 一度、レエテが現れて自分の思うままにできた夢を見たルーミスは、朝起きたときに粗相をして下着を汚してしまっていた。

 以来強い自己嫌悪に陥りながらも、仲間たちの目を忍んでは一人、レエテの貌や身体や彼女との行為を想像しながら自分自身を慰めるようになった。

 もはや、簡単に断ち切れるような想いではなかった。今自分の頬をなでる柔らかい手、(おお)きくたわわな胸、長身で抜群のプロポーションの身体、見れば見るほど吸い込まれそうな絶世の美貌――。あらためてそれを目にしたルーミスの脳で、何かがプツンッと切れる音がした。


 彼は猛然とレエテの手を掴み、そのまま彼女の両肩を掴んで押し倒した。

 そして腹の上に馬乗りになる。その目は血走り、息は身体が上下するほど荒い。

 レエテは目を見開いてルーミスを見上げ、ゆっくりと首を振った。


「ルーミス……? な、何をする気なの……? やめて……やめて、お願い。落ち着いて……?」


 ルーミスはレエテを睨みつけ、低く、低く言葉を押し出した。


「レエテ……オマエは、知らないだろうが……。オマエの好きなシエイエス、兄さんは……。皆の中でオマエとが、初めてじゃあ、ない。

兄さんは……。ナユタと、深い仲で……。関係、していたんだ。何度も、何度も、な」


 それを聞いたレエテの目が極限まで開かれ、表情は一瞬にして凍りつき、眉が大きく下がった。


「…………え…………?」


 ついで、身体がブルブルと震え出し、目に涙が溢れ始めたレエテを目にして――。


 ようやく、ルーミスは我に返り――。

 そして自分が、激情に任せてレエテに襲いかかろうとしていたこと、そして――。

 取り返しのつかない秘密の暴露をしてしまったことを、自覚した。


「オレは……オレは、そんなつもりじゃ……。そんなつもりじゃ……。

うあああああ!!!!」


 叫び声を上げてレエテから飛び退き、離れて地に膝をつき、頭を下げてこすりつけるルーミス。


「――すまない! ああ、すまない、レエテ!! オレは、オレは何てことを――。

許してくれ!! オレは最低の人間だ。オマエにこんなことを……。それに、兄さんやナユタのことまで……蔑んで!! 

すまない……すまない……謝って済むことじゃない、オレは、オレは――ああああ!!!」


 頭を千切れんばかりに振って、そのまま跳び上がって踵を返し、森の中へ走り去る、ルーミス。


 後には、呆然自失のレエテだけが、残された。

 あまりのショックで、彼女はルーミスの言葉もおぼろげにしか耳に入っていなかった。

 上体を起こすも、身体はブルブルと震え、涙は大粒になり頬を伝い落ちていた。


「…………シエイエス、が……? ナユタと……?

嘘よ…………。嘘。

愛してる、ていうあの言葉は、真実じゃなかったっていうの……? 

私は、誰よりもあなたたち2人を大切に思っていたのに――。

あなたたちは2人、仲良く私のことを騙して――あざ笑っていたの? 

それとも、シエイエス、あなたが、ナユタと私を同時に――?

嘘よ――嘘、だわ……」

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