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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第九章 血の宿命と、親子
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第七話 魔の女羅刹(Ⅰ)~報復の幕開け

 やや刻は遡り、ノスティラス皇国においてレヴィアタークが討たれ、四騎士エティエンヌの服喪が行われていた期間のこと。


 ハルメニア大陸南端、アトモフィス・クレーター。その外部への“隧道(トンネル)”を塞ぐ要塞、サタナエル「本拠」。


 ここは組織に属する将たちと兵員の居住空間、会議・謁見場、牢獄・処刑場などを備えるが、最大の面積を有するのは、訓練場だ。


 もちろん彼ら戦闘者にとっての最大の訓練場は他ならぬジャングルであり、その相手はそこに巣食う怪物とサタナエル一族女子だ。

 だが基礎的な訓練や教育、あるいは――訓練と称した「懲罰」を与える場として、内部の安全な訓練場もきわめて重要な役割を担っているのだ。


 そしてその場所は「本拠」内最大の訓練場。

 開けた外に設けられ、周囲300mに達する城壁でぐるりと取り囲まれた場所。地面は乾いた土であり、折から山脈より吹き下ろす風により、埃が舞い上がっている。

 

 訓練場の中心には――完全武装したギルドの戦闘者と思しき男達10名が集まっていた。

 その帯びた得物、発する闘気の違いから察するに、異なるギルド、異なる階級の男達であると思われた。


 その中の、大鉈二本を腰に下げた、長髪の獰猛な貌付きの男が、隣の男に話しかけた。


「オロバス副将……。おぬしは、どういう経緯でこの場所へ?」


 禿げ上がった頭と、のっぺりとした冷酷な貌付きの細身の男、“魔導(ソーサル)”ギルド副将オロバスは応えた。


「ボクは“魔人”直々の招集と聞いてここへ、ザンダロス副将。ギルド不在になったノスティラスへの派遣要員を選別したいから、という理由だと聞いているよ」


 大鉈の男――“(ソード)”ギルド副将ザンダロスは眉をしかめた。額には脂汗が滲んでいる。


「おれの聞いたのと同じ理由だな……。だが、妙だ。通常そのような個別の派遣司令は、よほど緊急の案件で無い限り、将鬼から下されるもの。“魔人”からというのは極めて稀で、今回の場合誰が選定者かも明かされていない。

何よりも……この集められた人員――」


「――ああ、この面子は、何をどう見ても――」


 オロバスも、ザンダロスに同意して今回の招集への疑惑と不安を表すように貌を青ざめさせた。


 そう、彼らは、今回集められた人員の貌ぶれに、心あたりがあった。

 彼らはつい最近、「ある目的」のためにギルドを越えて集ったばかりの面々、であったのだ。


 そうしているうち、訓練場の奥の扉が開き――。

 そこから、一人の人物が姿を現した。


「あ……あなた……は」


「う…………」


 その人物を見て、一斉にうめき声を上げる、ザンダロス、オロバス以下10名。


 その人物のシルエットは、鎧こそ目立つが細くしなやかであり――女性であった。

 純白の重装鎧の上からでも分かる、抜群のプロポーションと大きな乳房。

 マント越しの背には、意匠のこらされた2本弦の大業物、神弓“神鳥(ガルーダ)”。

 黒く艷やかな、肩までのストレートの髪。

 憂いある大きな瞳の、息を飲むような白く美しい貌。


 紛れもなく、サタナエル“投擲(スローン)”ギルド将鬼――サロメ・ドマーニュ、であった。


 その表情は、まるで能面のように無表情。そのままの状態で、真っ直ぐに歩いてくる様に、戦慄する男達。


 耐えきれず、ザンダロスがサロメに向かって声をかける。


「サロメ様……。今回の“魔人”よりの招集、サロメ様が選定者なのですか?

光栄にございます。『本拠』の守護として滅多に外界に出られぬ、サロメ様にご同行できるとは――」


 そのザンダロスの台詞は、足を震脚のごとく踏み鳴らさせ、彼らの5mほど手前で停止したサロメの迫力で遮られた。


 サロメは、そのまま無表情で、低く、そして鋭く声を発する。


「同行できて――? どうしたい? ザンダロス副将。

どこかで私を騙し討ちして、また全員で――『犯したい』のか、私の身体を?」


 その言葉に――10人の男達の息を呑む音と、生唾を飲み込む音が、交差する。


 そう、ここに集められた10名の男たちは――。

 “将鬼長”フレアがサロメを陵辱すべく行った呼びかけに応じ名乗りを上げた、男達。

 常日頃から、サロメの38歳という年齢不相応の美貌と肉体に憧れ、もしくはその重ねた年齢に魅力を感じ、あらぬ妄想を抱き続けていた男達だった。

 

 夢のような、時間だった。憧れの女性が全裸で拘束された牢に通され、あらゆる行為が許可された。日頃から抱いていた妄想の全て、いやそれ以上のものを行為に集約し、時間を忘れ、日を忘れて没頭し続けた。


 衣服は全て脱ぎ、貌をマスクで完全に隠した上での行為で、身元はバレない筈だった。

 自分達が興奮できないからという理由で、サロメの目を隠さなかったのがまずかったのか、それとも――?


「な……何のことですかな? サロメ様。おっしゃる意味が分かりかねます。

我々にはそのような覚えは誓ってございませぬし、何かの間違いではないかと。

その物騒な闘気を収めて頂けませぬかな……?」


 なおも白を切ろうとするザンダロスに対し、冷ややかな眼差しを向けるサロメ。


「その声――。よく覚えているぞ、ザンダロス。獣のように私に背後から覆いかぶさり、息も荒く私の名を馴れ馴れしく呼んだ声そのものだ」


「――!!」


「勘違いするな。別段、フレアが裏切って貴様らの名を漏らしたわけではない。

あくまで、私の執念。屈辱で我を忘れていたように見えただろうが、私はいたって冷静に貴様らを観察していたのだ。

体格、動きのクセ、手や傷跡などからわかる得物の種類、息遣いから時折漏れる声。そしてそれらの情報をもとに、以前より私に厭らしい視線を向けていたか否か、私の事を話していなかったかなどの情報を収集し貴様らを割り出し――たばかってここへ呼び出した。

見れば見るほど――間違いは、ない。

貴様らこそが――あのときの、汚らわしいカスども――間違いない!!!!

覚悟、せよ。このサロメを奴隷のように蹂躙してくれた大いなる屈辱、貴様らの命を以て償ってもらう!!!!」


 一瞬――。

 能面のようだったその貌が、鬼神そのものであるかのような禍々しい邪悪な陰を帯び、相手である10名の歴戦の強者は心の底から恐怖した。

 すぐに、元の表情に戻ったサロメに対し、ザンダロスは観念した上で、反抗した。


「――いかにも、我らは、サロメ様のお身体を自由にいたしました。

ですが、このような狼藉、許されるのですかな? 我らは、フレア様の正式な裁きと刑罰の一環としてかような行為に及んだに過ぎませぬ。

何ら組織に落ち度のない我らを、独断で殺害などすれば各将鬼も黙ってはおりませぬし、サロメ様も大罪に問われ今度は間違いなく死罪となりましょう。それでも良い、と?」


「気遣いは無用だ。此度の件は、“魔人”の正式な承認を得ている。そういう意味でむしろ、罪に問われている状態なのは、貴様らのほうであるゆえな。

ただし一応安心せよ。私を殺すことができれば、“魔人”も此度の件はなかったことにするであろうし、そうでなかったとしても、戻ってきたフレアに泣きつけば良い」


 サロメのその言葉は、10名の男たちを絶望のどん底に突き落とした後に、希望を与えた。

 そう、フレアに抑えられているとはいえ目の前のこの女は、“魔人”の生母。目の上のこぶがいない間なら無理も通せる。

 状況は悪いが、強い希望は示された。自分達が勝てば、自由の身だ。


 サロメ・ドマーニュは、将鬼になって以降執務の多くを統括副将に任せて、「本拠」の守護を希望しほとんど外界に出ていない。息子の“魔人”と離れたくない軟弱な女として、6人の将鬼の中でも際立って最弱という見解で各ギルドの間では一致していた。

 冷静になってみれば、自分を含め多数の副将を含む10人ものこの布陣。こちらの勝ちは動かないと云ってよい。

 その自信と、腹を決めた心境から、ガラリと態度を変えるザンダロス。


「なるほど、よく分かった。残念だなぁ……サロメ。貴様は本当にいい女だったのに。

おれたちのいずれかの種で、“魔人”の兄弟を産み落とすかどうか、賭けもしてたんだ。

殺すのは惜しいが、しょうがねえよなあ……」


 その言葉でいっせいに己の得物を抜き放ち、サロメに迫る男達――。

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