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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第九章 血の宿命と、親子
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第一話 始動せし魔の熱風

 ハルメニア大陸全土のサタナエル、および関係王侯軍属に、「二人目の将鬼“竜壊者(ドラゴンバスター)”討たれる」という衝撃の一報が駆け巡ってより、約1週間の後――。


 エストガレス王国西端、ファルブルク領。その領主居城、ファルブルク城――。


 雨季に入り始めたこの季節にしては珍しく、ここしばらく続く晴天がもたらす、抜けるように蒼い大空。

 その空に向かって開けた、ファルブルク城内、修練場。


 ここは、当城の主であるダレン=ジョスパンが己の私兵の閲兵を行い、また時には彼自身が将兵に稽古をつけることもある鍛錬の場だ。


 芝生が植えられ、100m四方の広さを持ち、15mはある城壁に囲まれた空間。



 この場所に、現在5人の人物が立っていた。


 いずれも、完全武装した男3人、女2人。



 男のうち1人は、5人の中では最も軽装であり、青の儀礼軍服にレイピアを帯びただけという出で立ちの、ダレン=ジョスパン。


 相変わらずの極限の薄目に、アルカイック・スマイルを浮かべ、胸の前で腕組みをしている。



 その彼の目前30mほど前で、向き合う3人の男女と、1人の女性。


 どうやら、貴人であるダレン=ジョスパンの前で繰り広げられようとしている、一種の御前試合の対戦者同士であるようだ。


 ――にしても、少々一方的な偏った布陣であるように見受けられる。



 前者の3人は、いずれも黒いレザーのボディスーツの上にコート。


 ――あのシエイエスを彷彿とさせる、共通したデザインの衣装であった。これはすなわち、エストガレス王国軍特殊部隊が隠密・戦闘に用いる制服なのであった。


 そのうちまずは屈強な若い男が2人。どちらも180cmを超す体躯だ。


 短い黒髪の、静かな雰囲気ながら精悍なジャベリン二刀流の男と、ミディアムの長さの栗色の髪を軽薄そうな貌に半分掛けた、ブレード二刀流の男。


 そしてリーダー格と思しき女性が1人。


 身長は160cm代後半。やや細身であるが女性的でスタイルの良い肢体を、黒のレザー製ボディスーツで手足の先まで覆っている。ボブカットに刈られたストレートの白髪から覗く貌は、抜けるような白い肌をもつ美女であるものの、その右目は――失われているらしく、黒い大きな眼帯で覆われている。


 手に握るのは、その身に似つかわしくない長尺の両手持ちブレード。



 そして、百戦錬磨の諜報・戦闘者であろうと思われる男女3人に相対する、たった1人の女性は――。


 ようやく、主となったダレン=ジョスパンの居室から外へ出、サタナエル在籍時の完全装備を身に着けた、シェリーディア・ラウンデンフィルであった。


 長い逃亡生活でボロボロになっていた黒い瀟洒な帽子、軍用ジャッケット、露出度の高いレザー製衣装は、彼女のこだわりであるのか元どおりに仕立て直されて新品同様になっていた。


 もちろん――彼女を象徴する得物にして相棒、重装複合兵器“魔熱風(パズズ)”も、磨き直され、おそらく消耗品の補充・交換がなされていることが伺える状態だ。


 背中のフックから外されて右手に握られてはいるものの――。相対する3人の戦闘者が殺気を撒き散らせて構えをとっているのと対象的に、だらりと下げられ、彼女自身からも殺気は全く感じられない状態だ。



 ダレン=ジョスパンからは、とくに開始の合図を設けないと宣言されている。


 栗色の髪の男は、一向に構えを取る様子のないシェリーディアに苛立ちを募らせていた。


 圧倒的人数の不利、相手である自分たちがエストガレス王国随一の戦闘集団であると聞かされている筈にも関わらずの、この態度。


(サタナエルの将だか何かは知らんが、舐めやがって――)


 不気味さも大いに感じはしたが――。それよりも、傷ついたプライドがもたらす激憤の方が、勝った。



 ついに仕掛ける決意を固めた、栗色の髪の男。

 踏み込みを開始しながら、同僚へ声をかける。


「ダフネ少佐!! デレク大尉!! 俺は行きますよ!!」


「ビラブド!!」



 ダフネ少佐と呼ばれたリーダー格の女性に、名を呼ばれた栗色髪の男、ビラブド中尉は――。

 得物である二刀流のブレードを攻撃に移行させた。


 右手を順手、左手を逆手に持ったブレード。自らの身体を中心に回転させ、刃の竜巻となってシェリーディアを襲う!


 ――それは、どのような偶然なのかは分からぬが、ブレードの延長機構も含めて、今は亡きダリム公国コロシアムの英雄、ラディーン・ファーン・グロープハルトの技と瓜二つであった。

 しかも、技の完成度・スピードともに、ラディーンのそれとは次元のちがうスピードと鋭さを備えていた。


 あまりのスピードゆえに、刃の先端が視認できぬ空気の振動に変わる。

 常人ならば、数回転分の斬撃を喰らい、めった切りになる状況だ。


 しかしシェリーディアは、表情を微動だにさせぬまま、瞬時に“魔熱風(パズズ)”のスイッチを操作し、オリハルコンの刃を突出させる。


 そしてビラブドのブレードの方向へ目を向けることもなく、それを垂直に立てた刃で防ぎ、圧倒的腕力で完全に止めた。――持ち手のみの、片手一本で。


 重い金属音が、大音量をもって修練場に響きわたる。


「なっ――――!!!」


 驚愕するビラブド。次の瞬間、防がれた左手のブレードに恐るべき圧力が感じられると同時に、彼の巨体は一気に数m後方へと強引に吹き飛ばされた。


 ブレードの構えを崩さぬビラブドが、下半身の力で踏み止まり正面を向き直った瞬間ーー。


 突然の激痛が、彼の両肩を襲った。

 視線を下げたその先には、まさに痛みの箇所を深々と抉っている、2本の鋼鉄のボルトが在った。


「ーーぐっ!! あああ!!!」


 苦痛に歪む視界の先には、刃の突き出た巨大クロスボウを自分に向けた、シェリーディアの姿。


 自分のような男性剣士の巨躯を弾き飛ばした所作に間髪入れず、正確無比な射撃を2本同時に打ち込むという、現実に有り得ぬ所業。

 そして、それを行なった後と思えぬ、あまりに涼しげな、寛いでいるとさえいえる事もなげな表情。



 その彼女の背後にーー。

 ビラブドの攻撃に呼応して襲撃に移行した、仲間2人の姿があった。


 そのうちの1人、デレクが、シェリーディアの背後5mほどの位置で急停止し、腰を落とした構えを取る。すぐに両手のジャベリンを交差させ、魔導の発動に移行する。


 この男は、ナユタと同じく、武器を己の魔導の射出装置に用いるタイプの魔導士であるようだ。放たれる魔導は――吸い込まれるような漆黒の闇として視認される「重力波」だ。

 捻じ曲げられた空間が、蜃気楼のような歪みを発生させるその中心に――黒の帯が真っ直ぐにシェリーディアに向けて突き進んでいく。



 そして今1人の襲撃者、ダフネは、地を這うような低い構えからの斬撃を仕掛ける。

 長い刀身を斜め右下に傾け、下段から斬り上げを狙う想定と見えた。



 シェリーディアは、振り向かずして背後の襲撃者を完全に認識していた。


 即座に腰を落とし、身体を回転させる。

まずは刃の先に込めた耐魔(レジスト)によって、デレクの射出した重力魔導を無人の城壁に向けて弾き飛ばす。


 黒い帯は激突した石壁で爆発し、中心から発生した斥力によって半径1mほどを粉々に吹き飛ばす。


 シェリーディアの回転は失速することなく、そのままダフネのブレードの軌道上に達し、自らのオリハルコンの刃を敵のオリハルコンのブレードに激突させる。


 そのパワーによって敵のブレードを弾き飛ばすことを想定していたシェリーディアの刃はしかし――。

 意外なほどの反発力によって止められ、低い構え同士の状態での鍔競り合いに持ち込まれた。


 シェリーディアは一瞬の驚愕ののち、口角を上げて満足そうな笑みを浮かべた。


 そして一気に圧力をかけて強引に間合いを取ると、その振り下ろした刃の動きを利用し、反応不可能な秘義、燕返しによってV字に刃を斬り上げる。


 しかし――何とダフネはこの絶技にすら反応し、斬り上げられた刃を神速のブレードの斬り下ろしにて合わせた。

 再び打ち合う、両者の得物のエッジ。


「――やるなあ――」


 シェリーディアはボソリと呟く。そしてそれから間髪を入れずに体を回転させてブレードの圧力を逃がし、自らは側面に(たい)を移動する。

 さらに右足を捻りながら抉らんばかりに地面を踏みしめ、その反発力とつま先から手首までの全バネを利用した――。恐るべき力の充填された掌底を、ダフネの背中の中心から右寄りに叩き込む。


「あああっ!!! ぐああ!!!」


 ダフネが悲痛な悲鳴を上げ、一気に地に倒れこむ。即座に、地面に大量に吐血した。位置からして肝臓を狙った一撃は、見事にその破壊に成功した。彼女の身体は気の遠くなるような鈍痛が支配し、もはや起き上がることはできまい。


 それを確認することなく、シェリーディアは“魔熱風(パズズ)”の持ち手にあるもう一つのスイッチを操作しながら一気に腕を振る。

 その動きによって、持ち手と本体が分離し、その間にある金属のワイヤーが伸びる。

 本体は数mにも伸び、その先にいた――。ダフネに当たることを恐れて魔導を打てずにいたデレクの両の腿を、刃で水平に切り裂いた。


「ぬううっ!!!」


 呻いて地にひざを着くデレク。


 これによって――。勝負は決した。

 エストガレス軍特殊部隊の3人は戦闘不能状態となって地に伏せ、勝者たるたった1人の女、シェリーディアのみが全くの無傷で敵を見下ろしていたのだ。


 もはや言葉もない、といった体で首を振り、拍手をするダレン=ジョスパン。


 その彼には目もくれず、シェリーディアは右手を高らかに上げて場外に呼び掛けた。


「治療を!! すぐに法力使いをここへ!!」


 その呼びかけに応じて、すぐに法力使いと思しき、3名の司祭風の男たちがダフネらに駆け寄り治療を施し始めた。

 その事態に、ダフネらは驚きの表情を浮かべてシェリーディアを見た。自分たちは聞いていない。これほど手際よく出てくるということは、結果を予測したうえで人数分の治療役をすでに用意していたということだ。


「色々試して、ケガさせてすまなかったねえ……エストガレス軍特殊部隊、“夜鴉(コル=ベルウ)”諸君。

改めて、自己紹介させてくれ。アタシは、元サタナエル統括副将、シェリーディア・ラウンデンフィル。1か月ほど前にサタナエルから脱走し、この度縁あって、ダレン=ジョスパン公爵殿下の配下に加わった。

今回、どうしてもアンタ達の協力を得たくて、この場を設けてもらったんだ」


 そしてシェリーディアはまずビラブドの元に歩み寄り、ボルトを抜いた肩に法力を受ける彼の二の腕に触れながら声をかけた。


「アンタは、ビラブド・フェルナンド中尉。あのダリム公国のラディ―ンに二刀ブレードの技を授けた男、と聞いてるよ。その強力な回転力と射程範囲は恐れ入ったよ。安心して前衛を任せるに足るね」


 次いで、デレクの元に近づき、彼に合わせて膝をついて語りかける。

 

「そしてデレク・ヴィンフィールド大尉。魔導士でも少数派の、重力魔導使いとは聞いていたが、話以上の使い手だ。まだ見せてもらってないが、あの攻撃は自由に曲げることができるんだろう? 遠隔での奇襲に最も向いていると見た」


 最後にダフネの元に駆け寄り、その肩に手を置く。


「ダフネ・アラウネア少佐。アンタには心から驚かされた。これほどの剣技を操る女剣士と戦ったのは、アタシの記憶にはない。燕返しをも使うその超一流の技、たぶんアタシも知ってる人物の影響も受けてそうだが……

まあそれはじっくり後で聞くよ。ぜひアンタと一緒に戦いたい」


 そして彼女ら全員に向けて、言葉をかけた。


「そしてアタシの実力も分かってもらえたと思う! このアタシとアンタ達“夜鴉(コル=ベルウ)”が手を組めば、主である公爵殿下の大望の実現に、確実に近づける!

このアタシを一員として認め、協働してはもらえないだろうか!?」


 ダフネらは、シェリーディアの意外な対応に困惑しつつも、心を動かされていた。


 この戦いの直前、ダレン=ジョスパンからシェリーディアの素性を聞かされたときは、身体を武器に彼に取り入った薄汚い売女としか思っていなかった。足腰立たなくなるまで叩きのめし、あわよくば追い出してやろうと考えていた。


 しかし自分たちほどの手練れを前にしての、赤子の手を捻るかのような圧倒的力、スピード、技、センスを持つ人間離れした異常な強さ。

 卓越した戦術能力に裏打ちされた指揮官としての的確な視点。


 それほどまでの実力を全く鼻にかけない、自分たちの技への賛辞と、負傷した自分たちを労わる気遣いと優しさ。

 自分たちを篭絡するための芝居だと思いたいところだが、同じく百戦錬磨の戦士であるダフネらには、それがシェリーディアの本質であることが伝わっていたのだ。

 

 敵には自信満々に殺意をむき出しにする魔神、味方には慈愛と自己犠牲を見せる女神。


 ダフネらには少なくとももうシェリーディアに対する敵意はなく、好意にまではまだ行きつかないものの、興味だけは沸々と湧いてくるのを感じていたのだった。

 ダフネは笑みを浮かべて目を閉じ、軽くため息をつきながら云った。

 

「……わかったよ、シェリーディア・ラウンデンフィル。

元々公爵殿下の意ならば従う以外ないのだし、私たちの意思としても、お前を認め受け入れようと思う。

ただし……。

あともう一人――。『あの方の』ご同意を得られれば、の条件付きだが」


「ああ……もちろん、分かっているさ――」


 瞬間――。 


 シェリーディアは、その言葉を終えずして、背後上方遠くに、驚異的殺気を感じて全身が総毛だった。


 それは――城壁の上から一気に跳躍し、自身の身体を一刀両断にしようとする、巨大なる斧槍(ハルバード)――。


 その使い手たる、熱した隕石のごとき身体を落下させてくる男――。


 “流星将”シャルロウ・ラ=ファイエットの放つ、殺意の塊、だった――!

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