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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第八章 皇国動乱~幽鬼と竜壊者
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エピローグ 邪(よこしま)なる、二つの歪んだ愛【★挿絵有】

 二人目の将鬼が大陸から姿を消し、ノスティラス皇国に束の間の平和が訪れようとしていた、ちょうどその頃――。


 エストガレス王国、王都ローザンヌ。その中心に鎮座せし、ローザンヌ城――。


 天守閣から離れた、二の丸の建物。その内部中央の赤い絨毯の敷かれた廊下を――。


 ドレスの裾を掴んで足早に歩く、一人のうら若き美姫。


 この王都と城の名をそのセカンドネームに冠する、王国国民の親愛の情を一身に受ける存在。

 光を放つかのような美しい金髪をなびかせる、第一王女、オファ二ミス・ローザンヌ・エストガレスの姿だった。


 彼女は先程使いの者より、嬉しい知らせを受け取った。

 オファ二ミスがこの世で最も敬愛する存在――ダレン=ジョスパンからの手紙と、贈り物が届いている、と。


 一週間前、オファ二ミスとダレン=ジョスパンは、隣国ドミナトス=レガーリア連邦王国との外交公務を終えた。

 国王ソルレオンは、サタナエルのソガール・ザークと結託。さらにレエテを捕らえようとするダレン=ジョスパンと裏取引を行っていた負い目があったため、交渉は終始オファ二ミスのリードで進んだ。

 結果、裏取引どおりに中原産小麦を4割引きで提供する代わり、ドミナトスの貴金属鉱脈からの産出鉱を優先的に輸入できる権利を得た。

 なおかつ、ノスティラス皇国との関係に関しての見直しを取り付けた。包囲網を敷くまでには至らなかったものの、ドミナトス=レガーリアとして中立の立場を貫く条約を締結でき、上々の成果となった。

 それら成果には――。これまでエストガレスに良い感情を持っていなかったソルレオンが、すっかりオファ二ミスの魅力とカリスマ性の虜になってしまったことも大いに影響していたのだ。


 そのような戦果を携えて帰還しようとした矢先、王都手前のファルブルク領で、自城に戻ると云い残して去ってしまったダレン=ジョスパン。

 もろ手を上げて歓迎した父アルテマス国王が訝しむほど、オファニミスは意気消沈してしまっていたのだ。


 それが、ようやく自分に便りをよこしてくれた上、何やらプレゼントも贈ってくれているとのこと。一刻も早く受け取りたかったのだ。


 手紙と品物は、ダレン=ジョスパンの近衛兵長ドレーク・ザンデが預かっているとのこと。

 待ち合わせ場所は、二の丸にある、現在は使用されていない旧礼拝堂。

 

 そこへようやく到着したオファニミスは、重い扉を両手で四苦八苦しながら開けた。

 ――なぜか、近習を伴わず一人で来て欲しい、という条件つきだったからだ。


 礼拝堂の中は、ステンドグラスを通した色鮮やかな日光が差し込んではいるが、日の当たり方ゆえか、少し暗かった。


「ドレーク!! オファ二ミスは、参りましてよ! 姿を現していただけるかしら!?」


 キョロキョロと辺りを見回しながら、居るはずのドレークに呼びかける、オファニミス。

 

 しかし、ドレークは仲々姿を現さない。


 オファ二ミスがしびれを切らしそうになったその時。


 突然オファニミスは――背後に気配を、感じて、怖気に、身体を震わせた!


 いや、それは――気配、などという生易しいものではない。迫る、闇――身体が覆い尽くされ、魂を抜き取られるかのような、地獄の闇。

 その上、おぞましい蟲の群で形成されているかのような、生理的嫌悪感の極致たるあまりにも厭らしい空気の「感触」。


 心臓を冷たい手で掴まれ続けるかのような恐怖に、オファニミスは青い貌の中で目を見開いた。

 常の女性なら悲鳴を上げて失禁しかねない状況だが、男性をも凌駕する胆力を備えるオファニミスは、おこりにかかったように震えながらも――。勇気をもって、振り向き、言葉を、発した。


「だ……れなの……そこに、居るのは……。

ドレークでは……ないわね……。名乗りなさい……! 狼藉者……!」


 その視線の先に、居たのは――。

 オファニミスの想像とは違う、一人の若い男性、だった。


 異様な風体では、あった。極めて長身であり、195cmほど。その身を、ローブを改造したような瀟洒なデザインの衣装に包んでいる。その色は、あまりに鮮やかな真紅。

 一見細身に見えるが、ところどころ衣装の上からも分かる突起で明らかだ。並の筋肉ではない。


 しかし、頭頂部の後ろで束ねたクセのある長い金髪。そしてその下にある貌は――。少し目尻の下がった優しそうな目と眉、鼻筋の通る整い過ぎた鼻、とろけそうな色気を漂わせる美しい唇。女性なら心から魅了されずにはいられない、眉目秀麗の絶世の、美貌だった。


挿絵(By みてみん)

 

 だがオファ二ミスの鋭敏なる感覚は――そのような表面的な「殻」には一切惑わされることは、なかった。

 「殻」の下にあるのは、世にもおぞましい、悪魔――いや、魔王の本性。

 魔王は、微笑みを浮かべて、口を開いた。その声、所作すらも――オファニミスに心からの嫌悪感を誘発させた。


「ああ……会えて本当に、嬉しいよ、オファニミス王女殿下……。

お詫びするよ……敬愛する従兄からの便りと贈り物の件は、君を呼び寄せるための真っ赤な嘘だ。

君は今やもう、世間知らずのお嬢様じゃあないのは知っているから、ありのままの僕の素性をお話するよ。

僕は、サタナエル“法力(ヒリング)”ギルド将鬼、ゼノン・イシュティナイザー……。

我が敬愛して止まぬ主、ハーミアの第一の下僕を自認する者だ。“狂信者”という、僕にとっては最高の称号で、組織内では呼ばれている。

以後、お見知りおきのほどを」


「将鬼……。知って……いますわ。サタナエルでも“魔人”とやらに次ぐ、最高幹部、なのでしょう……? バレンティンでも、一人、お見かけしましたわ……。

そんな方が、このわたくしに……いったい、何の御用なのかしら……?」


「ああ、そんなに構えなくていいよ、『オファニミス』。今日のところはね、君に警告を発しにきた、ただそれだけなんだ」


「警……告……?」


「そうさ。僕は君と仲がよい、ラ=ファイエット将軍やダレン=ジョスパン公爵殿下とは、数年来のお付き合いがあってねえ……。今まではとてもうまくやっていたんだ。

けれどここ最近彼らはどうやら――。我が組織に弓ひくなどという、神をも恐れぬ大それた所業を企んでいるらしいことが濃厚になってきたんだ。

もはや、彼らとの対決は、避けられそうにないらしい……。

オファ二ミス。そうなったとき君は、きっと彼らに肩入れするだろう。そうなれば大いなる危険にさらされる。

まあ僕らに付いてくれ、なんていう最初(ハナ)から無理な相談はしない。

危険を避けるため、しばらくできるだけ彼らに近づかないようにしてほしい、と思ってるんだ」


「そんな話……貴方の云うとおりになど……わたくしが行動すると、思っているの……?

お断りしますわ。そもそも……お従兄さま達の存在があってもなくても、わたくしは貴方がたサタナエルを排除すべく、対立する立場。

お従兄さま達が決起するというのなら、わたくしは喜んでそれに加わ――」

 

 オファニミスの決然とした口調の言葉は――。

 突如、止まった。


 いや――遮られた、のだ。

 “狂信者”ゼノンの姿が、一瞬消え――そしてすぐに、「眼前に現れ」――。

 右手でオファニミスのか細い左手を掴み、左手の指で彼女の顎の線を優しく撫でる――その、怖気をふるう行為、によって。


「ひっ!! ひいっ!!! いや、いやあ!!! 放して、放してえ!!!」


「そういう……気の強いところも、いい……。君は僕の……理想の、女性なんだ。

近いうち必ず、手に入れる……君自身を。それまで、身体を大事にするんだ……。

僕の、僕だけの花嫁と、なるまでね……」


 恍惚とした表情で、ゆっくりとオファニミスの手を放して、立ち上がるゼノン。


 オファニミスは激烈な嫌悪感と恐怖のあまり、腰を抜かしてその場に崩れ落ちた。


 ゼノンはそのまま、闇の中へ再び消えて行こうとする。

 その直前、貌だけ振り返り、云った。


「そうそう……同じ理由で、レエテ・サタナエルにも近づくことがないよう、十分警告しておくよ。

今あの女に近づいたらそれこそ、命が吹き飛ぶ。これから、『戦争』になるからねえ、あちらは――」


 その言葉を最後に、不吉な真紅の姿を闇の中に消す、ゼノン。


 オファニミスは怯えきって震えたまま、両手で貌をおおって、泣き出した。


「こわい……こわいわ……。たすけて、たすけて……おにいさま……」


 彼女のか細い泣き声は、しばらくの間礼拝堂に響き続けたのだった――。



 *


 一方、ローザンヌのはるか1000kmもの、南東――。

 

 大陸最果ての地、アトモフィス・クレーター。


 そこに「本拠」として存在する、組織サタナエルの総本山たる、要塞。


 その上階に位置する、組織の頂点、“魔人”の居室兼謁見の間。



 とてつもなく、広大な間だった。


 5m以上の高さ、数十mの幅と奥行きを誇る、豪華な石造りの部屋。


 その最奥部に、「彼」は、居た。


 ジャングルの貴重な材木を使用して職人が手がけたと思われる、瀟洒で巨大な玉座。

 肘掛けに置いた肘から伸びた腕の先端の、拳を頬に当て――。両脚を組んで、神話の彫像のような姿で腰掛けていた。

 漆黒のボディスーツで覆われた、生きた人間が体現しうるとは到底思えない、強靭にすぎる巨大な筋肉。

 褐色の肌、短い銀髪、黄金色の瞳――。神の域かと思われる意志の強さと荘厳さを感じさせる、険しい表情。


 サタナエルの頂点、“魔人”ヴェル、その人であった。


 そして――その手前、3mほど先で膝を着き、立てた膝を胸につけ頭を垂れる最上位の礼をとる――。一人の、美しい女性。


 それはつい最近まで、己の犯したミスによって裁きを受け、投獄され――。

 その裁定者たるフレアの許可を得てようやく釈放されていた、“投擲(スローン)”ギルド将鬼――。


 “眼殺の魔弓”サロメ・ドマーニュであった。


 その背には、光輝く神弓、“神鳥(ガルーダ)”がその存在を主張している。


 ヴェルは、険しい貌のまま、顎を上げてサロメを見下ろし、云った。


「まったく、ご苦労なことだ。

フレアが不在の時を狙い、その都度俺に謁見を申し込むとは――。その情熱には、恐れ入る。

それで、先程貴様が俺に対して上奏してきたことは、本気の決意表明だと捉えて良いのか?」


 サロメは、貌を上げて口を開く。


 その貌は――太陽を前にしたようなあまりに眩しい表情に覆われ、限りない「愛情」が表に現れていた。


「はい――。偉大なる“魔人”ヴェル――。

私サロメ・ドマーニュは、己の配下を率い、ノスティラス皇国国境付近、ガリオンヌ統候領に赴き――。

入念な罠をもって、反逆者レエテ・サタナエルを確実に、地獄に落とす所存――」


 ヴェルは想いをめぐらせるかのように暫し静かに両目を閉じ――。

 再びその目を開き、云った。


「よかろう。行くが良い。そして、確実にレエテ・サタナエルの首を持ち帰れ。

そう、常ならばこの俺が――。憎しみを抱くあの女を、他の者に積極的に譲ることはないのだが――。

貴様には、権利がある。真っ先に、レエテ・サタナエルをその手で殺す、権利がな……」


 それを聞いたサロメは、貌を輝かせて立ちあがり、ヴェルの貌を見詰めた。


「ありがたく、存じます……。本当に、感謝いたします……。

それでは、お名残惜しいですが、私は一刻も早く『本拠』を発ちます。

私が戻るまで――。どうか、どうかご壮健であらせられますよう――」


 ヴェルは、それを鼻で嗤い、言葉を返す。


「心配は無用だ。俺はそう簡単には『寿命』を迎えたりはせぬ。

俺は、歴代の“魔人”でも特別な存在。

そのこと、よく分かっていよう……?

我が――――『母』よ――」


 その呼びかけを受けたサロメは――。

 喜びを満面に現した笑顔を一度、向け――。

 名残惜しい気配を漂わせながらも、踵を返して歩き出した。


「行って、参ります――」


 ――我が、息子よ。その言葉を、喉の奥で飲みこんだ。

 本当は、駆け寄って、その身体を強く抱きしめたかった。


 だが、許されぬ。身分が、違うのだ。

 自分は、ただ17歳という若さで先代の“魔人”ノエルとの間に子を設け、その子が成長し新たな“魔人”ヴェル、となっただけ。

 生母となったところで、何ら特別な地位は、ない。


 憎きフレアの干渉をはねのけ、愛しい息子との限られた時間を少しでも過ごしたいのならば――。実績が、必要だ。

 そのために自分は今までも、死に物狂いで地位を築いてきた。こうして曲がりなりにも息子と謁見できる地位も得た。

 

 あと、もう少しだ。レエテ・サタナエルを葬れば、実績・実力とも、フレアを上回ったと認められる。


 その、彼女にとっての最大の動機(モチベーション)を糧に――。

 サロメは、レエテ殺害に赴くため、居室を後にしていったのだった――。




第八章 皇国動乱~幽鬼と竜壊者

次回より、第九章 血の宿命と、親子

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