第三十四話 新たな討伐へ
大いなる仇敵、“斧槌”ギルド将鬼、“竜壊者”レヴィアターク・ギャバリオンをついに討ち果たしたレエテ。
ノスティラス皇国を牛耳り続けた“斧槌”ギルドも壊滅状態となり、別行動をとっていたシエイエスとの合流も果たしたものの――。
一行には喜びの笑顔はなく、重苦しい雰囲気だけが張り詰めた。
それは、同時にもたらされたあまりにも大きな二つの悲劇――。
ナユタの親友エティエンヌの死、そしてレエテの親友ビューネイの死。
さらには、“将鬼長”フレアにより明かされたレエテの「寿命」についての事実が原因であった。
死闘を終えたころには、エルダーガルド平原には夕闇が迫っていた。
そのため、皇帝ヘンリ=ドルマンは夜が明けてからの戦場の後処理を約束。レエテらにはハッシュザフト廃城への帰還と、疲弊しきった身体を休ませることを命じた。
エティエンヌは塵すらもその身体は残らなかったため、ナユタは形見となった一本のファルカタを持ち帰った。
ビューネイの遺体に関しては、ヘンリ=ドルマンはランダメリア城塞地下での安置を提案した。
極めて特殊な性質をもつサタナエル一族の肉体。今後サタナエルに狙われることはもちろん、その肉体を何かしらの目的に悪用しようとする勢力から守るためにも、普通の墓地などに葬るわけにもいかない。とにかく理由を付け加えてでも守るから、レエテが目的を遂げるまで預かる形をとりたいということだった。
レエテはその申し出をありがたく受けつつも、せめて今夜だけはビューネイと一緒に過ごさせてほしいと、ハッシュザフト廃城に遺体を持ち帰った。
廃城に帰り着く頃には、失った右上半身と右腕が完全に再生していたレエテ。露出した乳房は布を巻いて隠した。そして廃城のエントランスホールで、ビューネイの遺体を綺麗に拭き、布を詰めた木箱にそっと安置したのだった。
椅子に座り、台に置いた木箱の中のビューネイをしばし見詰め続けるレエテ。
そこへ――。近づいてくる、足音。
ナユタだった。腰にはしっかりと、エティエンヌのファルカタを下げていた。
「レエテ……気持ちはわかるけれど、あんたも身体を綺麗にして、少し休みなよ」
「ナユタ……。ううん、私は大丈夫よ。
それよりナユタ……エティエンヌのことは……本当に残念だった。
彼は本当にいい人で――あなたのこともすごく心配して、そして愛していた。
私、自分の悲しみにくれてばっかりで――。彼のことを悲しむ余裕がなくて、すごく申し訳なくって……」
「あんたは――自分の失った人を悲しむので精一杯で、それは当然だ。それでいいんだよ。
あたしも自分が殺されかかった相手だってのに、あんたの話を聞いていたから、ビューネイに関しては他人のような気がしなくってね……。こんな悲しい死に方をしたのには、胸がつぶれる思いだよ。
けど最後は――あんたという一番好きな人に看取られて、あたしが云うのも何だけど、幸せだったと思うよ」
「ありがとう、ナユタ」
「ところで……レエテ。
あんたたち……サタナエル一族に、その……『寿命』があるんだって話のことだけど……」
それを聞いたレエテの両目が閉じられ、口からは深いため息が漏れた。
「ごめんなさい。隠すつもりは……なかったの。けれど、あなたたちとどんどん関係が深まるにつれて、何か云い出すことができなくなってしまって……。
そう、サタナエル一族は――長くても、30年ほどしか生きることができないの。
早ければ、20代前半で『寿命』を迎えるものも、いる。
その再生能力がもたらす代謝機能のせいで身体が限界を迎えるため、とはいわれているけれど――。
私も、実はもういつ死んでもおかしくない身体、ということ」
「……」
「『寿命』を迎えた者は……。前触れなく身体の衰弱に見舞われ、1ヶ月ほどで老衰のように死んでいくそうよ。
私も実際に見たことはないけれど、家で読んだ書物には、克明に記されていた。
この『寿命』ゆえに、サタナエル一族にまつわる物事はとても早いサイクルで回る。
“魔人”の寿命も短いから、10代の早い段階で継承を準備し、先代が死ぬと早々にその地位が受け継がれる。それこそ、10年単位のサイクルでね。
そして子を早く、一人でも多く残すため、数十人からなる妾との間に次々子を成すの。
他の一族男子、“屍鬼”という集団にもどんどん女があてがわれ、一族の血を引く子を成していく。私やビューネイも――両親は知らないけれど確実にその手段でこの世に生を受けた。
その寿命の短さのために、それでも増えすぎることはない。常に、罪深き命が量産され続けるのよ――」
「……」
「私達は、早いうちからそれを当たり前のものとして教育されるから、早死にという自覚はない。
けれど『本拠』のギルドで見かける中年や老人の男を見て、普通の人間は違うんだ、という感覚はあった。
そしてあなた達と会った――。自分の好きな人達が当たり前のように歳をとって、60年70年生きていく世界にいるのに、私だけがはるかに手前で人生を終え、ともに生きることは叶わない。
その事実を受け入れたくなくなっていく感覚は、あった。そして同時に、この事実を知られた瞬間――。せっかく人間として受け入れられたのに、腫れ物に触るように、また『人外』の扱いをうけてしまうんじゃないか。漠然と、そんな思いはあった――」
レエテの言葉は――。
突然抱きついてきたナユタによって、途中で遮られた。
彼女は、泣いていた。その嗚咽が聞こえ、震えが身体を伝わった。
「水くさいよ……! どうして早く、云ってくれなかったんだ。
あたしたちが……あんたのその事実を知って、そんな手の平を返すとでも思ってたの?
むしろ逆だし、あんたを人として扱わないなんて、あるわけないじゃないか!
――本当に、どうして、あんたにだけこんな過酷な運命ばっかりが――。
虐げられ、大切な人を失い、他人に怪物扱いされて――その上すぐに死んじまうなんて!
神は、不公平だよ。よりによってあんたみたいな素晴らしい人に、こんな運命を押し付けて!
かわいそうだ……あんたが、あんまりにもかわいそうだよ……」
レエテは――ナユタのその想いに、涙が頬をつたった。
嬉しかった。自分のほうこそ、本当に、素晴らしい人達にめぐりあえたのだ。
彼女を抱きしめ返し、言葉をかけようとした、その時。
側に近づいてくる、人影があった。
それはシエイエス、だった。
「シエイエス……」
「レエテ……俺も悪いが、話を聞かせてもらった。
ナユタの云うとおりだ。俺たちは、お前がどのような運命を背負っていようと、それによって態度を変えたりは、しない。
これからも、ともに居てほしいし、お前が――最大限に生きていてくれることを願う。
願わくば――何か少しでも『寿命』を延ばす手立てを見つけ、それに最大限協力させてもらえたら一番いいが――」
「ありがとう……シエイエス。あなたにそう云ってもらえて……私、とても嬉しい。
まず戻ってきてくれたのが、何よりの『協力』よ……。
あなたも来てくれたのなら――。話したいことがある。ナユタも、聞いて」
そっとナユタの身体を引き放しながら、レエテが云う。
「すでに私達は、二人のサタナエル将鬼を斃した。
副将も多数を失い、奴らは――すこしずつ弱体化し始めていると思う。
あと一人、将鬼を斃すことができれば、絶対的な支配を続けてきたサタナエルと大陸国家との――均衡を崩せるかもしれない。
だからこそ私は次に、確実に居場所を知る将鬼である『奴』の元に満を持して戻り――。
その首を取ろうと、考えている」
そのレエテの言葉でナユタは即座に、示された標的が何者かを、認識した。
「法王府近郊、ダブラン村に潜む――“短剣”ギルド将鬼、ロブ=ハルス・エイブリエル――」
その名を聞いたシエイエスの眼光が、一気に鋭さを増し、背後に殺気をみなぎらせた。
その男は、彼とルーミスの父親である司教アルベルト・フォルズを凶刃にかけた、憎き仇敵であったからだ。
「そう、私達は次に、ロブ=ハルスを、討つ。私達は、法王府に、進路を取る。
道のりは、長い。ノスティラスとエストガレスを抜けなければならない。その間、必ず他の刺客が私達を襲う。
全将鬼の討伐を現実のものとするため――。力を、知恵を貸して、二人とも!」