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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第八章 皇国動乱~幽鬼と竜壊者
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第三十一話 竜壊者レヴィアターク(Ⅳ)~終局と絶望【★挿絵有】

 レエテを死の淵から救い、ルーミスと共にレヴィアタークに重傷を負わせたものの――。あと一歩で及ばずその身を叩き潰されたビューネイ。


 愛する親友のその姿を目前にしたレエテ。ビューネイの奮戦によってある程度の回復を経た彼女は、衝撃の光景に立ち上がり、天を仰ぎビューネイの名を「叫んだ」。


 その激情の発露は、かつてマイエを目前で失った状況下でのそれに優に匹敵した。

 そして“魔人”ヴェルとフレアを死の淵に追いやったように、「音弾」に移行し、死の音の波動を周囲に撒き散らすかと思われた――その瞬間。


 レエテは、未だ再生中の失われた右上半身の傷口にある、自分の臓器を思い切り左手で掴み、握りつぶした!


「ぐっ……ああああああああああっ!!!!!」


 全身に稲妻のように走る激痛で、叫び声を上げるレエテ。

 が、同時に――。激烈な黒い怒りの炎がやや鎮火し、「叫び」の増幅は止まった。


 巨大な精神の苦痛を、肉体の苦痛によって強制相殺させる、あまりにも痛々しい行為。

 ソガールとの闘いでも同様の行為を行ったレエテは、これからも仇敵の前でことごとくこのような自傷行為を続けねばならないのか。

 そして、今レエテが激情を押さえつけた理由が、ビューネイや自分に「叫び」の被害をもたらさないようにするためと即座に感じたルーミス。自分が愛するこの女性があまりに可哀想で、思わず口を押さえて涙した。


 「叫び」の発現を抑えたとはいえ、怨念の塊である獣と化した状態であることに変わりはない、レエテ。


「レヴィアターク!!!! お前を!!! 殺してやる!!!!!」


 遠目に見ても身震いを抑えられない、悪鬼羅刹の形相でレヴィアタークに襲いかかる。


「ソレハ儂ノ台詞!!!! イイ加減二クタバルガヨイ!!!! コノ虫ケラ共ガアアアアアアア!!!!!」


 素顔と同時に殺戮の悪魔の本性を現したレヴィアタークも、一歩を大きく踏み出す。

 両脚ともに負傷し、右腕も傷ついている状態だが、彼も超越者であり、その程度で攻撃の手を緩めたりはしない。


 今度は両手で渾身の力を込め、右側面からの回転運動による必殺の打撃を繰り出した。

 

積乱雲(ゲッビーターボルゲ)!!!!」


 全てを叩き潰す、その災害級の打撃を前にして、レエテの脳裏に、電撃のように甦ったある過去の記憶があった。



 それは――17歳の時だったか。マイエとの一対一での鍛錬の場でのことだ。


 マイエの膂力は当時の“魔人”を凌駕する人外の域であり、当然鍛錬の場で本気の力など出すことはなかった。

 しかしその日は、ターニアを危険にさらすという重大な過ちを犯してしまったレエテ。これに怒ったマイエがレエテを懲らしめようと、受けきれないのを承知で、急所を外しつつも本気の力で水平打撃を放ってきた。

 関節を外し、二倍のリーチとなったその腕の打撃を受ければ、身体が真っ二つになる衝撃と同時に只では済まない。


 その時、腕での防御ではなく、とっさに閃き放った手段。見事防御に成功した、その手段は――。



 凄まじい風切り音と、砂煙が上がる。“デイルドラニウス”は見事にレエテを捉え、その身体は完全に粉砕されたかに見えた。


 「レエテ!!!!」


 ルーミスが悲痛な叫びを上げる。

 そして砂煙の向こうにその姿を確認しようと目をこらしたが――。


 その衝撃の光景に、絶句した。


「ナン……ダト。レエテ、貴様……!!!」


 呻き声を上げたレヴィアタークの、手の先にある戦鎚は、完全にその動きを止めていた。


 金属塊は――高々と上げられた、レエテの左「蹴り足」によって停止させられていたのだ。


 無論、全く不動の状態で受けきったわけではない。蹴り足と反対側の軸足たる右足は、地面に数mもの長さの大きな溝を形成し、その向こうに大量の盛り土を作っている。戦鎚の衝撃により移動した証左だ。


 しかし移動しながら衝撃を吸収し、腕の3倍の筋力を持つといわれる脚の力を最大限に活かし――。この世で最も巨大な人間が振るう、この世で最も巨大な武器による全力の攻撃を、受けきったのだ。

 これが、最強戦士マイエの攻撃を止めた技、だった。長らく忘れていたが、過去とシンクロしたこの状況下において、とっさに発動することができたのだ。


挿絵(By みてみん)

 

 この衝撃の状況により一瞬の隙をさらけ出したレヴィアターク。レエテはこれを見逃すことなく、そのまま戦鎚を蹴り下げて上に飛び乗り、右腕を伝って巨人の身体を駆け上った。


 そしてビューネイがそうしたように、急所たる頭部に迫る、レエテ。

 結晶手による攻撃、というレヴィアタークの予想に反し、レエテが取った手段は――。


 絞め技、だった。

 右腕のないレエテは、レヴィアタークの巨大な首を締め上げようと、両脚を絡めてくる。


 迫るその太腿に、ビューネイと同じく噛み付くレヴィアターク。が、噛み砕かれるか振り落とされるより遥かに速く、レエテの両脚は完全に巨大なその首に巻き付いた。


 たまらず口を放し、戦鎚を放って両手で引き剥がしにかかるレヴィアターク。

 だがその反撃も許さぬほど、レエテの動作は途轍もなく、速かった。


 膝下を喉笛の前で完全にホールドし、後頭部の後ろに位置させた上半身を、一気に反らせて左手で敵の背中の鎧のパーツを掴む。そして左手を思い切り引き、身体のバネを使い頸動脈と気管を全筋力をもって締め上げる。


「ガ……ア……ア……ガ……!!」


 瞬時に呼吸と、脳への動脈流を遮断されたレヴィアターク。

 呻き声とともに、両目をぐるりと一回転させて白目を剥き、大きく舌を突き出したうえに泡を噴き始めた。


 そして完全に――その意識を遮断させた。息の根も――止めたかもしれない。


 まるで切り倒した大木が倒れるようにゆっくりと、その巨体は地に、倒れ伏していく。


 轟音を立て地に伏した数百kgの巨体の脇で、胸をそびやかし仁王立ちする、レエテ。

 その双眸は極限の怨念と憤怒で、燃え盛った。


「――終わりだ、レヴィアターク・ギャバリオン。完全なる止めを、刺してやる。

この一撃は私ではなく――マイエの、アラネアの、ターニアの、ドミノの――そして誰よりビューネイの、恨みの、一撃だ!!!」


 地面の敵の頭部に向けて放つ、“螺突”。完全な(たい)ではない上、右腕を失った状態では100%の威力ではない。が、無防備の肉体が相手であれば十分すぎる破壊力だ。

 

 下半身の捻りを加えた筋力を、回転する左手で増幅した強力無比な一撃は――。


 異形なる、巨大な頭部を、完全に粉砕した!


 返り血と、脳漿を浴びたレエテは、一瞬だけ脱力しその場に立ち尽くした。


「終わった――――」


 そしてすぐに、ビューネイの方を振り返る。

 するとそこでは――。彼女の元にすでに駆け寄っていたルーミスが、全力の法力を当ててくれているところだった。


「ルーミス――ありがとう、ありがとう。本当に――」


 涙を溢れさせながら、ビューネイの元へ駆け出すレエテであった。



 *


 その頃、ホルストースとキャティシアも、ようやく勝負を決しつつあった。


 おそるべき精神力と執念で、右脚から矢を引き抜き戦闘を続行した副将エリゴール。


 動きを鈍らせながらも、巧みにホルストースの刺突を拳撃で捌き、食い下がり続けた。

 

 しかしついに――終局が訪れた。

 エリゴールの背後をとったホルストースの一撃が、彼を貫いた。

 熱い胸板の中央から、ドラギグニャッツオの妖しく光る刀身が、赤く染まりつつ貌を出していた。

 

「ぐっ……ふっ!!! レ……ヴィアターク……さ……ま……」


 断末魔とともに、前のめりに地に倒れるエリゴール。

 

 とうとう、しぶとい強敵を得物の前に沈めたホルストース。

 さしもの彼も体力が尽きかけ、肩で大きく息をしている。


「大した……男だったぜ、エリゴールとやら……。

さあ……残るは、てめえだ、小僧……」


 ホルストースが歩み寄った先には――。

 すでに地面に倒れ、虫の息のユリアヌスの姿があった。

 

 彼は腹部に、キャティシアの連弩を受けたのだ。矢が二本、身体から生え、地面には血溜まりが形成されている。

 

「呪われろ……人殺しの、悪魔の集団。そして、レエテ・サタナエル……。

俺は地獄で、待っていてやる。貴様らが……しかるべき裁きを受けて、やってくるのをな!!

ホルストース!!」


「ずっと云ってろよ、地獄で。悪いが俺らは行く気はかけらもねえよ。てめえの復讐は永遠に成就しねえ。

先に行ってるてめえの親父に、一からその性根を教育し直してもらえ!!」


 ホルストースのその言葉とともに突き降ろされたドラギグニャッツオは、ユリアヌスの首を完全に寸断した。

 転がった首のその目は――おそるべき怨嗟(えんさ)を込めて、キャティシアの方を射抜くように見ていた。


「ひっ……!!」


「見るんじゃねえ……。俺らと違って、いずれは普通の女に戻らなきゃいけねえお前は、見なくって良いもんだ。

こいつは悪で、俺が、地獄に落とした。その前に手助けをしたからって、お前が気に病むこたあ1ミリもねえ」


 云ってホルストースは、身体をキャティシアの前に出して死者の怨念を遮った。


「あ、ありがとう……ホルストース……」


 ホルストースの、大人の男性としての意外な紳士的優しさに触れ、貌を赤らめてどぎまぎするキャティシア。


「さあ、まだ終わってねえ闘いがある。すぐに俺らも、助太刀にいくぜ」



 *


 この場で最後に残る闘いとなった、ナユタとレーヴァテインの宿命の対決。


 こちらも、勝負は決しようとしていた。


 その頭脳が生み出す的確な戦術で、魔力を上回る敵を圧倒したナユタが、レーヴァテインを追い詰めていた。

 

 自らは消耗し、見守るしかないエティエンヌの目前で、火傷のダメージに苦しむレーヴァテインがついに地に手をついた。


 そしてそれを見おろすナユタが、彼女の首筋にダガーを突きつけていた。


「あんたもここまでだ、レーヴァテイン……。

いい勝負だったが、今回こそは、殺らせてもらうよ。あんたは生かしておけばまた、あたし達に大いなる災いをもたらす存在だからね」


「分かってるじゃあ……ない。そう……ここで殺しておかないと、後悔するよ。

……さらに、あんたに対する憎悪が増したあたしを生かしておけば、さらに手段を選ばず……あんたを容赦なく殺しにかかる……からねえ……。

どんどん……あんたの大切な存在にも……危険が及ぶ……そういう状況に……なる」


「わかってるさ。さらばだ、レーヴァテイン。地獄で、サタナエルの息の根が止まる瞬間を、よおく見ていな……」


 そしてダガーの先端に“灼熱焔円斬(ハイツェハウニヴ)”を生じ、レーヴァテインの細首を切断しようとした――その時だった。



 突如、感じた。

 背筋から、身体中の血液が全て、抜き取られるような激烈な悪寒と戦慄。


 禍々しく、悍ましい、しかしこの世のものとも思えない巨大な魔力。


 それは、ナユタにとって非常に馴染みのある――。思い出したくもないが、同時にこの世でもっとも探し渇望する、ある人物の保有する魔力。


 やがて耳に、異音が入り込む。


 鳥の羽音のような、音だ。しかし――離れていても、分かる。

 鳥のような大きさの生物が放てる、羽音ではない。


 ゆっくりと――スローモーションで振り返ったナユタの目に入った、その存在。


 分かっては、いた。それしか、いない。その存在でしか、ありえない。


 しかしそれを目にしてしまったナユタは――。一気に己の理性が吹き飛ぶほどの、レエテにも劣らないドス黒い怨念に自らが支配されそうになるのを、感じていた。



 それは、空を、飛んでいた。

 大鷲のような威風堂々たる形状の、しかし翼幅5mという途方もない、大きさ。

 その翼の持ち主は、鳥では、なかった。

 巨大な獅子のような身体と手足、頭部だけが白頭鷲という、恐ろしい異様な生物。


 アトモフィス・クレーターにしか生息しない怪物、「グリフォン」だった。


 そして怪物の背中には、馬のようなくらが、二人分備え付けられ――。


 その前側に跨る、一人の女性。


 年齢は20代半ば、しなやかで性的な魅力に溢れたスタイル。それを覆う、黒いレザーのブーツとガーターベルト、アルム絹で織られた白いローブとマント。

 栗色の長いストレートの髪と、極めて知的な雰囲気と妖艶な雰囲気を併せ持つ美貌――何よりも特徴的な、銀縁の眼鏡。


 顎を上げ、他人を見下しきった冷酷非常な眼光を宿したその女。

 女に向け、獰猛に名を叫ぶ、ナユタ。


「フ……レ……ア。

フレア・イリーステス!!!!」


 そう、その女――サタナエル“将鬼長”フレア・イリーステスは――。


 返事の代わりに、貌に冷笑を貼り付けたまま――。


「……“原子壊灼烈弾アトゥムゼルストルング”」


 目の前に掌を上に向けて突き出し、その上に暴虐的な魔力の塊を作り出すと、一気にそれをナユタに向かって放出した!


 それは近づくにつれて巨大な三角錐の形状を成し、恐るべき速度でナユタに迫る。


 ――すぐに、分かった。自分の耐魔(レジスト)では、軽減すらできない。


 知っている。今この女が使用する禁断の魔導。これがもたらすのは――絶対的な“物質の破壊”だ。

 

 ここまで、差があるのか。ようやく、相まみえたのに。何もできずに、自分はここで終わるのか。


 無念の思いが渦を巻きつつも、確実な死を覚悟した、その瞬間。



 ナユタの前に、人影が、飛び出した。


 自分に貌を向けて、死の魔導に背を向けて。


 エティエンヌ――。


 彼だと認識し、その貌に湛えられた、自分への限りない慈しみの笑顔を目にしたときには――もう、全てが終わっていたのだ。


 エティエンヌの背に、最悪の魔女の禁断の魔導は炸裂した。

 同時に、右腰のファルカタ一本が、衝撃で地に落ちる。


 それは見たこともない、恐るべき超高温の橙色の球形の小爆発とともに――。

 エティエンヌの全身を瞬く間に橙色に染め上げ――。

 彼を、霧よりも細かな、微細な原子として、バラバラに分離しようとしていた。


 途轍もない熱と同時に、霧散しようとしているエティエンヌの口が、動いた。


 こう、云っていた。

 ――愛している、ナユタ、と――。


 次の瞬間。

 エティエンヌの全身は、橙色の霧から、やがて目に見えない塵となって――。

 その姿を完全に、消した。

 一本の、ファルカタだけを残して。


 極限に剥かれた両眼から涙が伝い落ち――ワナワナと震えた唇が、やがて魂の慟哭を、発する。


「エティ……エンヌ。

エティエンヌ!!!! エティエンヌううううううーーーーーー!!!!!」


 その声は、近づいてくる羽音も、かき消すほどに周囲に響き渡っていったのだった。

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