第二十九話 竜壊者レヴィアターク(Ⅱ)~暴虐なる、力
ナユタ、ルーミス、キャティシアの到着は――やや遠くで戦線を張っていたエティエンヌ以外の二名にも一拍おいて知る所となる。
そのうちの一人、ホルストースの元に向かうキャティシアは、十分な距離をおいて自慢の剛弓を渾身の力で引いた。
生きた年数が弓を鍛錬した年数である彼女の、正確無比の射撃は、高速で直線を飛び――。
副将エリゴールの、拳鍔でガードされていない右太腿に深々と突き刺さった!
「ぐうああああ!!! おおお!!! この、このクソ餓鬼がああああ!!!」
エリゴールが無念の叫びを上げる。
キャティシアが無意識に見抜いたのは、拳闘士であるこの男の下半身の防御の無防備さと、それでいてフットワークが最大の武器であることだった。これを的確についた最大限の攻撃で、最大の効果を得た。
そもそも、“斧槌”のような巨体の持ち主かつ鈍重な打撃武器の使い手にとって、弓やクロスボウのような長距離射撃武器は最大の天敵である。
ナユタの采配の的確さともいえた。
意気上がるホルストース。身体の奥からの激痛とダメージも吹き飛び、揚々と攻撃に転じる。
「やるな、キャティシアああ!! 助かったぜ!」
「あんたを助けるのは不本意だけれど、どういたしまして! せっかく作った機会、ちゃんと生かして!」
「わかってらあ! さあ、筋肉ダルマと小僧、ぼちぼち決めさせてもらうぜ!! レエテの前のあのバケモンは、見たとこアダマンタインの得物を持ってやがる。このホルストースの力が必要だからなああああ!!!」
*
一方、コルヌー大森林の邂逅以来の宿敵であるレーヴァテインと対峙する、ナユタ。
彼女は顎を上げ、胸をそびやしながら両手に爆炎を充填するという自身満々の様相でレーヴァテインに迫る。
「レーヴァテイン……あんたよくも、あたしの大事な幼馴染をいたぶってくれたねえ。
しばらく遭わないうちに、どうやら新しい技を身に着けたようだし。ちょっともう一回見せてみなよ。
そいつを打ち破って、完膚なきまでにあんたを叩きのめしてやるからさ!」
「本気で云ってんの? 身のほど知らずもいい加減にしなよ、ナユタ。
あんたベルザリオンと闘ってきたんだろ? 勝つには勝ったんだろうけど、あいつの耐魔を破れた? 破れなかったろ?
あいつの師匠であるサタナエル最強の耐魔マスター、“将鬼”ロブ=ハルスはあたしの親父。すなわちその血を引く魔力をもつあたしにもあんたの技は通じない、てことなんだからね!!」
叫ぶやいなやレーヴァテインは、岩場の上での身体を反らせた状態から一気に回転、跳躍。
同時に魔導を発動し、再び青白い炎の回転体と化した。
「蒼炎回転殺・増速!!!」
先程と違うのは、推進力に魔導炎の噴出を用いていること。
エティエンヌに対するのとは比較にならない、おそらくは魔導士レーヴァテインが現時点で放てる最大出力の魔導による攻撃。
瞬時に、ナユタはその威力を見極めた。おそらく、自分の全力の“魔炎業槍殺”を若干上回る威力だ。炎が青白いのは、メタンを生成し、より高温である証左。それをさらに出力を上げた状態である目の前の技に、正面からぶつかれば押し負ける。
ナユタは、すでに抜き放っていたダガーに爆炎を込めた。
そしてまず、左手にて焔の円盤“灼熱焔円斬”を放つ。
――レーヴァテインの回転方向とは逆回転で。
それは、レーヴァテインに命中し、耐魔で弾き飛ばされつつも その回転力の何割かを殺した。
もう一方の右手で間髪を入れず放ったのは――。
「魔炎旋風殺・天槍!!!」
直径1mにもなる爆炎が、ダガーの先から放たれる。爆炎はレーヴァテインの攻撃の軌道上に着地。大地に固定された、天を衝く槍のように高く鋭い炎の竜巻が、下方からレーヴァテインに襲いかかる!
「うおおおおおおおああああ!!!!」
レーヴァテインが苦悶の叫びを上げながら、回転を止めて地に落ち、転げ回る。
その身体は、おそらく鎧に隠れた手足や胴体の一部が焼けたと見え、髪の先端も焼け焦げていた。
回転にブレーキをかけた上で、回転体が最も弱点とする「中心」に対してダイレクトに攻撃を加えたのだ。耐魔はしたであろうが、一度目の防御に使った直後な上、弱い部分ゆえ十分に防げなかったと見える。
力の不利を補った計算ずくの巧みな連撃であり、またもナユタの戦術勝ちといえた。
「どうだいレーヴァテイン。あんたがいかに天才とはいえ、戦闘における経験値だけは永遠にあたしを上回ることはできない。あんたが力をつければあたしも力をつけ、その度に『ここ』の差であたしは勝ち続けることになるのさ。
そろそろ、認めな。自分の完全敗北を、さ」
「ここ」と云い自分の頭を指さしたナユタ。自信に満ちた表情と態度だった。
エティエンヌは、活力を滾らせて戦うナユタの様子を見、心からの安堵の表情を浮かべた。――自分が恋する女性が、決して過去の亡霊に囚われてなどいないことが分かったのだ。
トリスタンの為に自分の全てを犠牲にし、彼の性格を演じている事など、ない。きっかけは彼であるかも知れないが、ナユタ自身は才能を授かった魔導を心から愛し夢を持ち、偽りのない自分自身で今を生きているのだ。レエテの云ったとおりに。
それが分かり、こんな状況ではあるがエティエンヌは、ナユタへの愛おしさが止められなくなった。
この戦いでお互い生き残ることができたら、愛を告げ、求婚する――。そう心に誓った。
「…………ぐ、ううう。さすが、だねえナユタあああ! またもしてやられたのは……認めてやるよ。けどねえ……あたしも、以前のあたしとは違うのよ……」
ゆっくりとだが地に足を付け、真っ直ぐに立ち上がったレーヴァテイン。
その眼光は鋭く、揺るぎない闘志が燃え盛っている。
以前のように痛みと屈辱で見苦しく逆上したり、恐怖にかられて自分を見失うことは全くなくなっているようだ。
「この程度で尻尾巻いて逃げやあしない。あたしの勝機は十分に、ある。レヴィアターク様がレエテを殺すための時間稼ぎも含め、勝負はこれからだよ、ナユタ!」
「成長したねえ、精神的に。そこのところは見直したよ。……それじゃあ、あんたの息の根を止めるまで叩き潰すまでだ、レーヴァテイン!!」
*
一方、この場でも次元の全く異なる脅威の存在を相手取る、レエテ。
その相手、レヴィアタークの攻撃は、一切の様子見も加減もなく、続けざまに襲いかかってくる。
「永久輪廻!!!」
戦鎚を頭上で、斜め下前と斜め上後ろの軌道を超高速にて振り回し続ける烈打。
半径3m半の風車の回転と同等であり、猛烈な風を生じるのと同時に、当然ながら先端の金属塊に触れれば瞬時に身体を粉砕される。
大きく飛び退ってかわし続けるを得ず、とてもではないが懐はおろか側面や背後に回り込むこともできはしない。
その時――攻めあぐね続けるレエテの耳に入った、聞き覚えのある叫び声。
「レエテ!!! オレは戻った!!! 施術も成功だ!
この力で、オマエを援護する!!!」
「ルーミス!!! 良かった、成功したのね!? 右手が使えるようになったのね!?」
そう、声の主ルーミスに向かって、レエテは歓喜の声を上げた。
もはや確認するまでもなくその右手には、見慣れない金属で形成された義手が装着されていた。
そして彼の身体が増強されていることでも分かるとおり、血破点打ちの使用も可能となった。
むしろ、何やらまばゆい光を放つその義手が彼の法力を増幅し、以前よりも力を増しているようにさえ見える。
「ああ!!! 今度こそ、オマエの力になれる!
レエテ、挟撃するぞ! 隙を見出した方が懐を目指して接近し、次に攻撃を見極めてもう一方が攻め込む!!!」
「わかったわ!! 奴の戦鎚は、色と光沢からしてドラギグニャッツオと同じ金属!!
破壊することは考えず、むしろその硬度と破壊力に警戒して!!!」
掛け声とともに、ルーミスはレヴィアタークの後方へ回り、レエテは前方から隙を窺った。
敵の技“永久輪廻”は、その軌道と術者の巨体の性質上、相対する180°の方向に同時に攻撃を当てることはできない。そこを突いた戦術であった。
そしてルーミスは、回転する戦鎚が後方から見て上がり、背中が露出した瞬間を狙い――。
渾身の踏み込みで距離を詰め、およそ3mほどの距離にて、目前の巨人のふくらはぎの部分に向かって右手の聖照光の手首と指を伸ばす。そして、指先を突き刺しての法力注入を狙う。
しかし――信じがたいことが、起きた。
目前に大木の幹のようにそびえ立っていた巨人の脚が、脅威的な勢いで遠ざかっていったのだ。
それは、レヴィアタークがルーミスの接近を感知して即座に戦鎚の回転を止め、その柄の向きに沿って一気に前方に踏み込んだからだ。この巨体がなし得る瞬発速度を大幅に超えて。
そして戦鎚の位置はそのままに踏み込んだレヴィアタークの手は、柄の先端ではなく根本付近を握っている。
そこから、手元でもって驚異的疾さで金属塊部分を振る。リーチが短い分、さらに速度が速い。
目前で狙いを定められたレエテは、その疾さと、完全に意表を突く精密技巧に対して、決定的に退避動作が遅れた。
そしてアダマンタインで構成された200kgに届くと思われる超重量の凶器はついに――。
レエテの胴体を捉えてしまった。
右側面から衝突する巨大鈍器はレエテの右結晶手、腕を完全に潰し粉砕し――。
その腕ごと右脇腹、胸にめり込み肺を、肝臓を、腸を、腎臓を叩き潰し――。
中心までの右半身をひしゃげられ失った状態で、砲弾のごとく左方向へと吹き飛んでいった!
「レエテえええええええええええーーーーーーー!!!!!」
ルーミスの絶叫がエルダーガルド平原に響き渡る。
20m近く吹き飛ばされたレエテは、地に倒れ伏し、生きながら解体された魚のごとくビク、ビクと身体を震わせ――。
口からは血を吐き、胴体からのあまりに大量の出血が大地に血溜まりを形成していく。
「レエ……テ…………」
地に横たわりながらその様子を視認したビューネイが、苦しげにレエテの名を呼ぶのだった――。