第二十六話 大切な絆がもたらすもの、そして迫る絶望
ついに――ビューネイとの因縁の決着に向けて、決戦へと踏み出したレエテ。
両者の結晶手が、再び打ち合う。
今度は、レエテに迷いはない。圧し合うのではなく――。流れるように身体を右回転させ、捌いた。
力を受け流され前につんのめるビューネイに対し、身体の右側へ攻撃を加えようと結晶手の突きを見舞うレエテ。
狙いは――心臓を貫かずして損傷を与えること。できるだけ胴の遠い位置から突きを入れ、かすめるように心臓を削り取れば、そのダメージで戦闘続行不可能な状況に持ち込める。
しかし――強化されたビューネイの肉体は、想像を絶する反射能力を発揮した。
体勢を崩した状態から強引に身体をねじり、上方へ跳躍。一気に側方へ回避したのだ。
5mほどの距離を開けられたが、即座に間合いを詰めるレエテ。
今度は、息もつかせぬ怒涛の連撃だ。
おそらく、1秒間に10発以上の斬撃・刺突に加え、肘打ちや蹴りの攻撃も加えたラッシュ。
一般兵士やギルドの兵員程度では、瞬時に肉塊と化すであろう恐るべき高密度・破壊力の技だ。
しかしビューネイはまたも驚異的反応速度と――強靭な筋力を以てそれらの攻撃をことごとく受けきった。
そして自分の胸を狙った刺突を見極め、自分が先程されたような回転による受け流しで今度はレエテの方に隙を露出させる。そこへ容赦なく繰り出される結晶手の斬撃。
かわそうとしたレエテだったが、紙一重間に合わなかった。
右胸に斬撃を受け、乳房を半分ほど切り裂かれた。
ボディスーツの切れ目から赤い液体が滝のようにこぼれ落ちる。
「ぐっ……ううう……」
うめき声を上げて後方へ退くレエテ。
出血はすぐに止まるだろうが、失血を繰り返せばやがて自分が戦闘不能となってしまう。
ビューネイが元々持つ敏捷性と反応速度という武器に加え、自分をも凌駕する怪力を得た彼女は、想像以上の強敵だ。
何か、過去の経験から、少しでもつけ入る隙を見いだせないのか――。
レエテは隙なく立ち回りながらも、必死で思考を巡らせ続けた。
*
一方、副将エリゴールとユリアヌスの二名を相手取るホルストース。
彼もやはり、苦戦を強いられていた。
その原因となったのは、人数の不利ではなく、副将エリゴールの強さと厄介な「特性」だ。
エリゴールは、大陸でも極めて数少ない、「拳闘士」だ。
人体のそれとほぼ同一の短いリーチ、それを補うために徹底的に鍛えられたフットワークによる、あまりに俊敏に過ぎる動き。
サタナエル一族であるレエテに似ていなくもないが、彼女と違いエリゴールには拳撃しか武器はないため、よりその特性の純度が高い。
リーチという点において、比較にもならない有利な条件を持つはずのホルストース。しかし、敵にとって苦手な型であるゆえに研究しつくされており、却って――やりにくいのだ。
それに加えて、時折繰り出されるユリアヌスのメイスの打撃。その技術自体はまだまだ未熟ではあるが、エリゴールのアシストとして仲々に嫌なタイミングをついてくる。
現にすでに二度、深手ではないがエリゴールの拳撃を胴体に喰らってしまった。
うち脇腹に喰らった一撃は肝臓にダメージがあるらしく、強烈な鈍痛が身体の奥から響いてくる。
エリゴールが、称賛を交えた挑発をホルストースに放つ。
「ほお……てめえ、仲々鍛えてやがるな、ホルストース・インレスピータ。褒めてやるぜ。
俺様の拳を二度も喰らって普通に立っていられる奴は、ほとんどいねえ。
だがこのままいけば、いずれは急所にクリーンヒットし、てめえの命は終わる。テメエの存在はせいぜい時間稼ぎにしかならねえ。なら一気に勝負かけたらどうだ、ああん!?」
「……云えてるかもなあ……グフッ! う……だが俺の売りはタフネスだけじゃねえ……。スタミナに関してもてめえごときとは鍛え方が違うんだよ……。軽々しく勝負かけたりゃあしねえよ。
俺ぁ、信じてるからよ。駆けつけてくれる仲間、てやつをな……!!」
*
片や、同じ副将のレーヴァテインを相手取ったエティエンヌ。
彼も、非常な苦戦を強いられていた。
エティエンヌも極めて優れた技量をもつ魔導剣士ではあるが、サタナエルなどという大陸でも次元の違う強者を相手取った経験など、ほぼない。先日の魔導士イアン・ヴァルケンが最初と云っていい。
そのような並の相手ならば苦戦しないことは分かったが――。今の相手は、組織の頂点“魔人”と“将鬼長”に見出され認められた、サタナエルでも稀有の天才的魔導の才と戦闘センスをもつ別格の存在。
レーヴァテインも最初は相手の実力を見極めながら、魔導を小出しにしていた。が、徐々に自分の力には比肩しえない相手と分かると、生来の嗜虐性を発揮してエティエンヌをなぶりにかかった。
「キャハハハ!!! なあんだ、あんた思ったより大したことないねえ!!
いや失礼。あたしが強すぎるのが原因なんだけど、最強魔導士の弟子って触れ込みの割には、てこと!!
さっきの落雷技じゃあ、全然ダメ。次は、何見せてくれんのお?」
エティエンヌは、ファルカタを前方で交差させ、充填した雷撃魔導を集約させる。
そして数歩を一気に踏み込み――。一筋のまばゆく太い紫電の束を、敵に向けて放出する。
紫電は完全にレーヴァテインの身体の中心を捉えたが――。
胸をそびやかしながら微動だにしないこの少女の、寸前30cmほどの距離でスパークし、巨大な3mほどの雷の筋を放ち四散した。
エティエンヌは、まるで師であるヘンリ=ドルマンに稽古をつけて貰っている最中であるかのような錯覚に陥った。この――全力の力が通用しない強大すぎる耐魔の、分厚い壁に対して。
「――ダメだねえ……。どうやら魔導に関しちゃあ、大人と赤子の差だよ! どんな気持ち!? 長い年月で鍛え続けた力が、魔導を知って数ヶ月の小娘に虫けら扱いされるのって!! キャハハハ!!
それじゃこうしよ。あんたは全力でいい。あたしは魔導を使わず――体術だけで勝負するハンデをあげる!!」
云うとレーヴァテインは、上体を極限まで後方に反らした。
そして次の刹那。身体全体を水平に――猛烈なスピードで回転させエティエンヌに迫った。
その極度に刺々しい金属片の塊のような鎧によって、直径1mの死の円盤と化したその身体を、エティエンヌは二本のファルカタで上方へ受け流す。
高らかな金属音とともに、回転を続ける円盤はそのまま上昇を続け、付近の5mほどの高さの岩場に着地した。
そして立ち上がったレーヴァテインは、長いストレートの金髪を右手でかきあげながら、恍惚の表情を浮かべて云った。
「ほおら、だいぶまともな勝負になるじゃない。
云っとくけどね、このあたしが手加減してあげるなんてのは、滅多にないことだからね?
あんた、すごーくあたし好みのいい男だからさあ……。優しくしてあげたくなっちゃうの。
切り刻んで動けなくなるまで、遊びましょーよ。その後はあたしの玩具にしたげる!!」
「おぞましい台詞を吐かないでほしいな。君のような獣に触れられるのは、金輪際お断りだ。
情けをかけてくれるのはありがたいね……。僕に与えられたチャンスだ。
必ず、君の身体に刃を突き立てて見せてやるよ」
勇ましい言葉を放つエティエンヌだったが、尚も己の不利を自覚していた。
この岩場が乱立するシチュエーションは、レーヴァテインの領域だ。己に有利な状況下まで敵を引き込んでおり、罠にかかった時点でこちらは絶対不利なのだ。
彼もホルストース同様、冷静に場を分析していた。自分は、時間稼ぎができればいい。彼が救い、戦線復帰しているであろう少年と、彼が信頼し愛する、一人の女魔導士の到着まで――。
*
一方、ビューネイとの死闘を続けるレエテ。
この闘いは――。そもそも極めてレエテにとってハンデを強いられる闘いだ。
レエテの命を全力で奪おうとするビューネイに対し、レエテはビューネイの命を奪わずして倒そうとしているゆえに。
命を奪ってはならないため、“螺突”のような危険きわまりない技は放てない。誤射により心臓や首を破壊してしまうかもしれないからだ。
だがもう、これ以上打ち合いを続けている猶予はない。ビューネイには時間がないのだ。
レエテは脳裏に閃いた一つの戦法を、実行に移す決意をした。
5mほどの間合いをとった状態から、一気に踏み出し――。そのまま足を前方に出して倒れ込む。
スライディングだ。超低空飛行で迫る想定外の戦法に、明らかにビューネイは虚を突かれた。
そして下半身を大きくねじりながら電光石火で上体を起こすと、下方から上方へ、右手結晶手を振り上げる!
その黒き刃は――。ビューネイの左腕を完全に捉え切断し、二の腕から下を身体から分離させた。
続けざま、レエテは低い体勢からの肩から入る体当たりを、ビューネイの下半身に仕掛け、その身体を倒そうと図る。
その瞬間――。
混濁したビューネイの脳裏に、一つの記憶が鮮明に浮かび上がった。
はるか昔――10歳のとき。マイエの「家」で、レエテと初めて会ったとき。
自分がレエテを虐げ、アリアを侮辱した瞬間、激怒したレエテがとった行動――。
力任せに、体当たりをしかけ、完全にビューネイを圧倒した――。
その記憶が、ビューネイの脳に一筋の、光を差した。
そのまま、力なく倒れたビューネイ。レエテは好機を見出しその身体に馬乗りになった。そして右手結晶手をビューネイの左肩下、心臓ギリギリの位置を狙って突き入れる!
鮮血が噴き上がるも、手応えから意図したとおりの心臓の損傷をもたらしたことを確信したレエテ。
これで、しばらくまともに動くことはできない筈だ。
安堵から目を閉じ、ハア……ハア、と息を荒げるレエテの耳に、一つの、あまりに懐かしい声が入り込んできた――。
「レエ……テ」
レエテは、はっとして目を開け、眼下のビューネイの貌を見た。
その表情は――先ほどまでの異常な衝動に駆られた獣のものではない。
1年前まで――常にレエテとともにあった、がさつで乱暴ながらも根は優しい女性、親友ビューネイの表情だった。
「……ビュー……ネイ……?」
「……なんて……貌してやがんだ……。そうだよ……あたし……だよ。
やっぱオメーは……強えなあ。
力も……心も……強えから……生き残れたんだ……な」
「…………ビューネイ!!!」
思わぬ状況に、身体を震わせ――目から涙をあふれさせるレエテ。
結晶手を解除し、その短い銀髪の頭と、褐色の貌をやさしく撫でる。
「ビューネイ……。気がついた。よかった……よかった……」
そしてビューネイに言葉をかけようとした、その時。
耳に、入った。かすかだが――異常な、音が。
何か――爆弾の爆ぜる音――? いや、違う――。
これは、樹を、なぎ倒す音だ。それも数本の大木を一瞬で薙ぎ払う、この世にありえない状況。
加えて、聞こえる。
何か、脳をかきまわすような不快な、おぞましい、獣の咆哮のような、声。
それは、確かに、迫っている。ここへ。北東の方角――北ハルメニア自治領の方角から。
戦慄の表情でその方向を振り返ったレエテの耳に、今度は――。否定したいその状況を裏付ける、レーヴァテインの非情な宣告が耳に侵入してきた!
「キャハハハアアアー!!! 来たよ!! とうとう来たよ!!! 地獄の使者が!!! 死の巨人が!!!
あんたの命運も、ここまでだ、レエテ!!!!
あたしの呼んだ災厄が、もうすぐここまでやってくる!!
感謝してほしいねえ……あんたが逢いたくて逢いたくて仕方なかった、憎き仇を引き合わせたんだから!!
我がサタナエルの誇る将鬼、“斧槌”ギルド、“竜壊者”レヴィアターク・ギャバリオン様、その人をねええええええ!!!!」




