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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第八章 皇国動乱~幽鬼と竜壊者
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第二十五話 レエテ包囲網【★挿絵有】

 レヴィアターク・ギャバリオンのノスティラス皇国国境突破より、3時間余の後。ノルン統候領、エルダーガルド平原――。


 ハッシュザフト廃城を飛び出したレエテ。彼女は、己の激情を制御しきれなかった。


 これまで数々の試練を経て、重要な局面で己を少しずつコントロール出来るようになってきた彼女。だが今回ばかりはマグマのように噴出する激情を止めることができなかった。


 かつて死んだと思っていた、この世で最も愛おしい存在、ビューネイ。敵となり以前の面影も消えていたとはいえ、消せぬ愛情を持ち続ける掛け替えのない存在の――人間の尊厳をことごとく踏みにじられる蛮行を見せられた。

 そのうえ、彼女の危うい命の灯火を吹き消そうとするかのような、危険極まりない投薬。

 それらの蛮行を嬉々として行った――今自分の視線の先で背を向けて走る邪悪な少女。ある意味、憎き仇敵に対する以上のドス黒い殺意を、その相手に向けるのを抑えることができなかった。

 

 殺す――! レーヴァテイン・エイブリエル――。


 そしてそれ以上に――レエテの中で強い焦燥が暴風のように渦を巻く。

 

 ビューネイが、死んでしまう――。助けなければ、自分が何とかしなければ。

 かつて何も出来ずに「本拠」に置き去りにし、地獄の苦しみを味あわせてしまった彼女に、今度こそ自分は対処しなければ、ならない。


 ビューネイ、お願い、生きて正気に戻って。私の元に、戻ってきて。

 もはや絶望的といえるその希望にすがり、彼女の後を追わなければならないという無我夢中の思いも、レエテの理性をおおいに麻痺させていたのだ。



 もう、20分は走り続けただろうか。やがてレエテの目の前に現れたのは、草原の中に高さ10~20mの岩場が乱立する荒れ地だった。


 そこでようやく――。レーヴァテインの足が止まり、追随したビューネイの足もそこで止まる。


 レエテは、彼女らと15mほどの距離を保った状態で、足を止めた。

 そして出現させた右手の結晶手をレーヴァテインに向け、低く声を絞り出した。


挿絵(By みてみん)


「ビューネイを今すぐ、解放しろ、レーヴァテイン……!」


 それにレーヴァテインは、けたたましい嬌声による嘲笑で応えた。


「キャハハハハハハ!!!! 解放して!? それでどうなんの!? あんたに何ができんの!?

こいつは、『メフィストフェレス』がなかったら一日と生きてられない身体なんだよ? 死んでも構わない、ての!? 愛しいビューネイちゃんがさ!!!」


「さっき、実感した。お前のような外道の(くびき)にビューネイを繋がせ――虫けら以下の扱いで苦しめられ続ける位なら、取り戻し、私も共に死んだほうがマシだ……。

ビューネイを放せ。そしてすぐに、お前を殺してやる……!」


「おーお、怖いねえ!! 云っていい!? あんたさ、怒ると怖すぎるよ、レエテ。『戦女神』じゃあないね、『女悪魔』って位にさ!! 悪を滅ぼす女神様を気取ってるんだとしたら、今すぐ返上しなよ。

その一族としての血だけじゃあない。あんたも根っこは同じだよ、あたしらと!!!」


「私は女神などと名乗った覚えはない……。『悪魔』がふさわしいというのは、自覚はある。仇を殺すためなら悪魔にだってなる。

だが……断じてお前らサタナエルとは、違う……!」


「あーあ、分かった分かった。お喋りは、もうこれでお仕舞い!――ビューネイ!!! 奴を殺せ!!!!」


 レーヴァテインの命令に対する、ビューネイの動き出しはあまりにも速かった。


 太い筋肉の塊となったにも関わらず、重量感をまったく感じさせぬ、引き絞ったボウガンからの一矢のような踏み込み。

 レエテは反応したが、打ちかかられた結晶手を、自分の結晶手で防御するのが精一杯だった。


 その力は――あのレ=サークをも凌駕しそうな、恐るべき圧力。もともとレエテより小柄で、パワーで大きく劣っていたビューネイ。同一人物の力ではないと戦慄するのと同時に、その肉体を瞬時に作り出した「メフィストフェレス」の異常性におののいた。


 おそらくは異常な身体能力と引き換えに、肉体の内部ではそのエネルギーに応じた崩壊が始まっているはずだ。


 それを実感したレエテは――自分の身が引き裂かれるような苦しみを感じた。

 固く決意したはずなのに――心がぐらつきそうになる。


 まして今眼前に居るビューネイは――以前一度逢った時とも違い髪を短く刈り取られている。

 表情は目を剥き鬼気迫り、別人のようであるが、先程の傷もほぼ治癒し、外見はレエテの記憶の中で共にあるビューネイそのものの容姿だ。


 動揺を、止められない。それがゆえに拮抗していた力を緩めてしまったレエテは、加えられる圧力によって後方へ大きく吹き飛ばされた。


「くっ……!!」


 5mほど後方へ、宙返りしながら着地したレエテは――。


 即座に背後に、二つの凶悪な殺気を感じた。


 自分の後頭部に降りかかる「打撃」を察知し、脳天に左手結晶手を掲げて攻撃をガードする。


 高らかな金属音が耳に入ると同時に、振り返ったレエテの視界に入ったのは――。


 二刀流のメイスの片方を自分に振り下ろし、鬼気迫る怨念の表情を貌に貼り付ける“斧槌(ハンマフェル)”ギルド戦士――ユリアヌス・オクタビアだった。


「レエテ・サタナエル……!! この悍ましい魔女め……! 貴様に、仇だ復讐だなどと口にする資格は、ない……!!

父の身体を真っ二つにしたその報い、今こそ!!! 晴らさせて貰う!!!!」


「おおー!!! 『お二人とも』!!! 時間どおりだねえ! 待ってたよ!!

こっちのビューネイと挟み撃ちにして、さっさと殺っちゃってくれる!!??」


 レーヴァテインが叫ぶ。そう、「二人」――。レエテが感じた気配は、もう一つ、あった。


 ようやく再感知したその一つの殺気は――。レエテの右側面から迫ろうとしていた。

 ――強い。おそらく、半身の体勢のままの片腕一本では防ぎきれぬ一撃を放てる敵だ。


 ここで早くも身体を犠牲にして防がねばならないのか――。そう覚悟した瞬間。


 迫りくる敵と自分との間に、強力な雷電の防壁の発生を感じたレエテ。

 殺気は、その壁の向こうで止まった。


「レエテ!!!!」

「レエテ、大丈夫か!!!!」


 聞き慣れた 二人の男性の声が背後からやってくる。

 ようやく、エティエンヌとホルストースがこの場に追いつき――。レエテの危機を見咎めたエティエンヌが、遠距離から放った雷撃での援護が間に合ったのだ。


「ふざけやがって……! もう少しでこのクソ(アマ)の右腕だけは獲れたってのによ……!

この副将エリゴール・ジャシュガンの邪魔をしてくれた報いは、受けてもらうぜ、エティエンヌ・ローゼンクランツ!」


 レエテに襲いかかろうした男、“斧槌(ハンマフェル)”ギルド副将エリゴール。

 背丈はホルストースとほぼ同じ位の2m弱、体重は恐らく大きく上回る130kgほどか。頭頂部のみ黒い頭髪を残したいかつい髭面の頭部、防具を一切身につけない上半身裸の鍛えられた筋骨隆々の肉体。

 武器は、両手に装着した巨大な拳鍔(ナックルダスター)による拳撃のようだ。


 彼はそのまま身を翻し、近づきつつあるエティエンヌに向けて軽快なフットワークで迫る。

 そして構えから爆発的なストレート・パンチを放つ。


 が――。眼前に突き出された巨大な剛槍の刀身をひと目見て、即座にその拳の軌道を変え、接触を避けた。

 それを――「太陽を貫く槍」ドラギグニャッツオと認識したがゆえに。


「エティエンヌ!!! この筋肉ダルマとメイスの小僧は、俺が引き受ける!!!

魔導を使えるお前はあの、胸糞悪すぎる餓鬼の相手を頼むぜ!!!」


 ホルストースのその的確な状況判断に同意したエティエンヌは、進路を変え、レーヴァテインに標的を移して駆け出してゆく。その両手に握られたファルカタには、すでに目に痛いほどの激烈な紫電が宿されていた。


 一方、援護を受けたレエテの全力の膂力によって後方へ大きく吹き飛ばされたユリアヌスは、その背後に迫るホルストースの存在に気づき、慌てて身を翻し距離を取る。


「ホルストース・インレスピータ……! その槍が厄介なことは知っているが、エリゴール副将と俺を同時に相手取れるなどと思っているのか? 俺の相手はレエテだ。貴様ごとき道楽者、さっさと片付けてくれる!」


「云うねえ。俺ぁな、てめえみてえに大した腕でもねえ腰巾着なのに、口だけ達者な餓鬼が大嫌いでなあ。

俺の将来の女の命を狙ってることからしても、まずてめえは生かしちゃあおかねえよ……!」



 

 一方、再びビューネイと対峙するレエテ。


 レーヴァテインは彼女の包囲網を形成すべく画策していたようだが、ひとまず現状の敵は味方の到着により――未だ不利な状況であることに変わりはないが――相手取ることができた。


 自分は、決着をつけねばならない。

 自身の「心」にとっては、これまでで間違いなく最大の試練に対して。


 目前のビューネイは、低い唸り声を上げ、身を低く構えて今にも飛びかからんとしている。一匹の猛獣のように。

 

 構えられた、ビューネイの二本の結晶手。そこから繰り出される攻撃は、予測がつかない。

 かつてアンドロマリウス連峰のダーレイ山で対峙したときは、ビューネイは今よりまだ正気を保っており、かつての彼女の攻撃パターンやクセを元に防御の対処が可能だった。

 だが現在、「メフィストフェレス」 の長期継続摂取と過剰摂取(オーバードゥース)により脳を深く侵食し続けられている状態では、まともな人間であった頃の情報を当てはめることなどできない。


 純粋な、一個の強敵だ。

 

 レエテは自らの結晶手を構え直し、鋭いながらも慈しみを込めた視線と言葉を投げかけた。


「ビューネイ……私の言葉が……聞こえる?

許して。私……今からあなたのことを傷つける。

決して、殺しはしない。あなたをこの地獄から解放するため。昔のビューネイに戻ってもらうためにやるのよ。

もし殺してしまったときは……すぐに私、あなたの後を追う。こんなに早くあの世に来てって……昔みたいに一緒に、マイエに怒られましょ……。

――さあ!!! 行くわよ!!!!」


 決意の叫びとともに、レエテは一気にビューネイに向かって踏み出していった。

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