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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第八章 皇国動乱~幽鬼と竜壊者
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第二十二話 赤き狼煙

 巨人は、天を見上げ、空の果てを見ていた。


 抜けるような、青空。見ているだけで、吸い込まれそうだ。

 だがその心の裡は、対極に漆黒の闇に包まれていた。


 彼は、待っていた。己が動き出すべき、その刻を。

 

 もはや、はやる自分を抑えることができない。


 自分の「家族」をことごとく虐殺した、憎き仇敵。これに復讐したいという、極限の憎悪。


 すでに山を降り、いつでも国境線を突破できる位置にまで移動している。


 あとは、待つだけだ。その合図を。


 それを皮切りに、死を与えてくれよう。


 憎悪の対象だけではない。それ以外の人間にもだ。存分に恐怖を与えてくれよう。


 マダカ……マダ、訪レヌノカ……我ガ……反撃ノ刻ハ……。


 そう思いながら、視線を落とす。


 そこには――彼の待ち望んだ、合図が有った。


 100kmは先だろうか――。確かに上がる、「赤き狼煙」。


 巨人は――(たぎ)った。全身の筋肉を震わせ、(きし)ませ、手にした巨大な戦鎚を握り込む。


 そして、天に向けて、悪魔の咆哮を放った。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーッ!!!!!!」


 全てをなぎ倒すべく戦鎚を構え直し、巨人はついに動き出す。


「レエテ・サタナエル、ナユタ・フェレーイン……貴様ラヲ、殺ス!!!! 全テヲ破壊(バスタード)シ辿リ着キ、貴様ラノ存在自体ヲ我ガ“デイルドラニウス”二ヨッテ叩キ潰シ消滅サセリ!!!!!」



 *


 ノスティラス皇国ノルン統候領、ハッシュザフト廃城――。


 時刻は、夕刻。宵の明星がもう少しで出現しようかという黄昏の下に佇む城塞には、灯され始めた灯りが灯っているのが見て取れる。


 灯りの元は、廃城内3階に存在する元伯爵妃居室――現在レエテの居室となっている場所であった。


 中からは、談笑する男女の声が聞こえる。


 女性の声はもちろんレエテのものだが、男性の声は――。

 この廃城に現在滞在する男性のうち、ホルストースのものではなく――。

 もう一人の男性、エティエンヌのものであった。



 エティエンヌは、如才ない話好きの好青年であった。それに加えて、彼しか知らないナユタの過去の話をどうしても聞きたくて、レエテは晩酌の相手に彼を選んだのだ。


 3日前の敵の襲撃によってホルストースが持ち込んだ蘭蒸留酒(テキーラ)は失われてしまったため、代わって豊富にあった麦酒(エール)が用意された。

 

 それに合った料理は、かつて「不死鳥の尾」の厨房で腕を奮ったというホルストースが気前よく用意してくれた。

 倉庫に蓄えられた牛の干し肉や、天日干しの魚などを使ったオードブルだ。


 ホルストースとしてはもちろん善意だけではなく、レエテに対する自分自身の点数稼ぎの意味合いもあったのだが――。レエテはとても気に入り感謝しきりで、彼にとってはまずまずの収穫となった。


 

 エティエンヌの話はとても興味深く、彼自身の話の上手さも相まって、レエテを引き込ませていった。


 彼とナユタはともに赤子同然のときに両親も身寄りもなくし、ランダメリア郊外のルルーアンティア孤児院に入った。

 物心ついたときから兄妹のように育った彼らは、遊ぶのも、学ぶのもいつも一緒だった。

 この孤児院を取り仕切り、皆に「おばちゃん」と呼ばれ最も慕われた尼僧(シスター)・ラーニアの元、二親がいない分以上の愛情を受けて育った。


 彼らには、もう一人、共に同年で兄妹同然に育った仲間が居た。

 男の子で――名はトリスタン・リュードネード。

 三人の中で最も利発で行動的で、リーダー的存在だった。明るく快活で、それでいて荒っぽく時に無鉄砲な性格の彼は、人間的魅力の塊のような人物。

 三人の行動は全てトリスタンが決定し、エティエンヌもナユタも、彼についていくだけの存在だった。


「……そうだったのね。今のナユタからは……あまり想像できないわ。あれだけ頭が良くて行動力もあって我も強い人が、他人に従うだけだったなんて。

どちらかというと……。聞いていると、男女違うだけでナユタそのものにも聞こえるわね、そのトリスタンという人は」


「さすが、鋭いね……レエテ。そう、今のナユタを作ったのは、まさにトリスタンと云っても過言ではないよ。

昔の彼女はもう少ししおらしくて、女性的だったよ。そして……悔しいけれど、僕ではなく、トリスタンに恋をしてたのさ。身も心も捧げるほど、にね」


「……!」


 トリスタンは、いつしか魔導士を志すようになっていた。

 ノスティラスでは花形ともいえる(クラス)であること、とくに派手な性格の彼にとって、爆炎魔導を使いこなす自分の姿は幼い頃からの理想像だったからだ。

 そして夢は――大陸、いや世界一の魔導士となることだった。


 魔導学校に通い、大導師アリストルへの弟子入りを志すトリスタン。

 ナユタは彼と一緒にいたい一心で、ともに魔導を学び、全力で応援した。


 しかし――やがて彼らが15歳になった頃、残酷な現実が突きつけられる。

 トリスタンの魔導の才能は凡庸であり、自信満々で向かったアリストル大導師の元で箸にも棒にもかからず、門前払いを食らったのだ。

 そして、傷心のまま戻ってきたトリスタンは自暴自棄になり、自分を慰めようとしたナユタに対してつい火球魔導を放ってしまった。

 しかしナユタは――これをいとも簡単に強力極まりない耐魔(レジスト)で消滅させてしまった。

 トリスタンとは比較にならない魔導の天才であったナユタは、彼を傷つけまいとその力をひた隠しにしていた。が、自分に向けられた魔導を前に、反射的に強大な力を見せてしまったのだ。

 彼は自分の下に見ていた女性である彼女とのあまりの才能の差と、同情を見せてそれを自分に隠していたという屈辱の事実に、追い打ちをかけるような二重の大きなショックを受けた。


 そしてトリスタンがその後選択したのは――。自身の限界を認めて身を引くことではなく、むしろ現実を認めずに目を背け、夢に執着し続けることであった。


 東方警備軍が、北ハルメニア自治領のドラゴン生態調査に魔導士を募集していることを知ったトリスタンは、次点ぎりぎりの成績でなんとかこれに加わることができた。

 何とか実績を上げ、ナユタを見返してやろうと躍起になっていたのだ。

 その焦りが――最大の悲劇を生み出した。

 調査隊を襲ったドラゴン。功を急ぎ、前衛に出ていったトリスタンは――ドラゴンの強力無比なブレスの前に為す術なく灼き尽くされ、その生命を散らせた。

 享年、16歳だった。


「悲報を聞いたナユタの悲しみは――。例えようもなく大きかった。

彼女は何日も泣き続け、床に伏せった。

それは、単に幼な馴染みの恋人を失ったことに対してだけじゃない。自分が過ちを犯し、トリスタンをそこまで追い詰めてしまった。自分が彼を殺したも同然だと、自責の念に駆られたからなんだ」


「……そんな……」


「やがて、ナユタは決心したんだ。

トリスタンの代わりに、自分が彼の夢を実現するんだと。それが、彼への唯一の罪滅ぼしになる、とね。

そしてナユタは大導師アリストルの門を叩いた。

その途轍もない魔導の才は、当時から一番弟子として君臨していたヘンリ=ドルマン陛下――当時はまだ即位していなかったけど――を大いに驚愕させ、もろ手を上げた歓迎のもと無事弟子入りしたんだ。

世界一の魔導士となるため研鑽を積み、やがて大導師の弟子でも3本の指に入る実力者となり、魔導生物ランスロットを生み出し――。

妹弟子フレア・イリーステスによる大導師殺害を機に、流浪の旅に出た。そこから先のことは――レエテ、君がよく知るところだろう」


 レエテは、神妙な面持ちで杯を持った手を置き、ため息をついた。


「ありがとう、エティエンヌ。話を聞けて……とても良かったわ。

私――ダリム公国でナユタと初めて会って、彼女を自分から引き離そうと云い争いをしてたとき、『遊びじゃない』と云って突っぱねた。そして、彼女に云われたの。『あんたはあたしのことを知ってるわけじゃないだろう』ってね……。

今にして思うと、悪いことを云ったと思うわ。ナユタも、自分の命をかける目的があったんだということも知らずにね。

それに――命を粗末にしようとする私によく怒りを顕にしてたのも、よく分かる。ナユタにしてみれば、トリスタンと私を被らせていたのね。目的に執着するあまり、命に無頓着で、簡単にそれを捨てようとする部分が……」


 エティエンヌは、それを聞いてかぶりをふった。


「君とトリスタンの行動を一緒にはできないと僕は思うよ……。それに、ナユタは過剰に自分を責めるが彼女は何も悪くはない。気持ちは理解できるが――云い方は悪いけど亡霊に取り憑かれて、居なくなった人間の想いを悪い方向に宿し続けることには賛成できない。それは以前から彼女に云っていることなんだけど……」


 それを聞いたレエテは微笑んでエティエンヌに言葉を返す。


「大丈夫よ――エティエンヌ。

私から見た感じだと、ナユタは決して過去の呪縛に囚われて自分を見失ってはいないと思う。

今のナユタは、まぎれもなくナユタ・フェレーインという一人の人間として生きているわ。

過去を知らない私が、過去を知ってもあの人を最高の親友だって思っていられるのが――何よりの証拠よ」


 それを聞いて、エティエンヌも笑みを浮かべて安堵のため息を漏らした。


「会って間もない君のほうが、よっぽどナユタのことを理解しているね……。僕は友達失格だし、片思いしていた男としてはもっと失格だ。

羨ましいよ、彼女が。君のような素晴らしい人にそこまで思われるなんて」


 それにレエテが何かを答えようとした――その時。


 荒々しくドアが開き、ホルストースが血相を変えて部屋に飛び込んできた。


 その手には、ドラギグニャッツオが握られている。

 瞬時に、レエテの表情も、エティエンヌの表情も、緊張に凍った。


「大変なことになったぜ、レエテ……。

すぐに、俺について、城壁まで来てくれ。

ただ一言だけ、忠告させてもらう。『それ』を見ても、決して自分を見失うな。

冷静でいてもらうよう、願いたいぜ……」

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