第二十話 皇帝に迫る危機
イセベルグの口から発され、ついに発覚した裏切り者の正体。
それは、皇帝ヘンリ=ドルマンの親友にして最大の理解者、盟友とさえ称される名君――。
ノルン統候、メディチ・アントニー・テレスであった。
一行にとっては、ハッシュザフト廃城を提供してくれ、このアルケイディアでの施術の手配に関しても最大限に手配・配慮をしてくれた恩人だ。
「そんな――オレたちにもここまで良くしてくれた人物が、黒幕……?」
「そうだよ! 僕もヘンリ=ドルマン陛下に拝謁したとき会ったけど、それはそれは温厚そうな好人物で……。僕のような人外にも目線を合わせて会話してくれて。皇帝陛下も、彼の云うことなら何だって聞きそうなぐらいに蜜月の信頼関係に見えたよ!
そう……『メフィストフェレス』のことについても会話していたけど、自分の領内で起きた不祥事に、心を痛めているようにしか見えなかったよ」
ランスロットが、ランダメリアで見聞きしたことをまくしたてる。
「白々しいな……! 奴は被害者ではなく、このノルンへの加害者だ。サタナエルと結託して薬をばらまいておきながら、皇帝陛下の信頼を悪用し立ち回っているのだ」
イセベルグの吐き捨てるような言を受け、ナユタが云う。
「あたしもね……。メディチを疑ってた。
疑いを持ったのは、3日前の廃城の襲撃時からだ。あの襲撃は、明らかに不自然だった……。
いかにサタナエルの情報網が優れていても、あれだけ早いタイミングでの襲撃、狙っていたかのような大人数での統率のとれた動き。城内の間取りを知り尽くしたかのような正確な襲撃。礼拝堂にルーミスが行くことを見越した動き。怪しいことが多すぎた。
それに加えて、メディチに手配された馬車がやけに先を急いでいたこと、サタナエル襲撃の可能性を知りながら、この工房周辺にノルン軍兵の警護が全くないこと。これを見てあたしはほぼ確信した。
イセベルグ。あんたはどういう経緯で知り得たんだい?」
「俺は、奴自身からだ。メディチは、両脚を糖尿の病で切断していて、俺の魔導義肢を装着している。
魔導義肢は、数年に一度はメンテナンスの必要があり、つい先日ここを訪れた奴の両脚を俺は診たんだ。そのとき、走査魔導によって知った。奴が重度の『メフィストフェレス』中毒者であるということを。
俺は、この密かに知り得た重大な事実を、いかに陛下にお伝えするか機会を窺ってきた。
が、ここはメディチの掌の裡。俺の行動は全て筒抜けだ。動けずにいたところにお前らがやってきてくれて、奴の方から尻尾を出した。おそらく勘付いたメディチはお前らもろとも俺を葬ろうとしたのだろうが、俺が“背教者”であったことと、ルーミスという法力使いが現れたことが計算外だったな」
「そうか……いずれにもせよ、一刻も早くこの事実をヘンリ=ドルマン師兄に伝えなきゃならない……。
けど、あたしたちが幾ら云ったところで、絶大な信頼を寄せるメディチが白をきれば、今度はあたし達の身が危うい。何か証拠があれば……」
「証拠なら、ある。こいつだ」
そう云って、イセベルグはかがみ込み、足元の一人の騎士の眼球を一個引き抜いた。
キャティシアが悲鳴を上げそうになったが――。それは、本物の目ではなく、「義眼」だった。
「周到なメディチは、こいつらの身元を上手いこと抹消しているはずだが、これだけは大きなミスを犯したな。この男が若い時分に目を失って、俺のところで義眼を造ったことを、俺は覚えてた。
その公式記録をたどれば、こいつ自身の身元が抹消されていようが施術の事実は変えられん。
動かぬ証拠だ」
ナユタはその義眼をイセベルグから受け取り、布で包んで縛ると、ランスロットの背中にくくりつけた。
「うええ……。あんま気持ちのいいもんじゃないねえ……」
貌をしかめるランスロットに、ナユタは命令した。
「ランスロット、戻ってきてくれたばっかで本当に申し訳ないんだけど、すぐにランダメリアに戻って、ヘンリ=ドルマン師兄にこのことを知らせてくれ。自分の陰謀が破綻しかけていることをメディチが知ったら、その時点で何をしでかすかわからない。すでに中毒者になってる男だからねえ。
頼んだよ! 相棒!」
「ちぇっ、本当に調子がいいなあ。けど、了解!! かならず、一刻も早く僕が陛下にこの事実を伝えるよ!!」
云うと、ランスロットは矢のような疾さで駆け出していった。元は小さなリスである彼も、その強化された運動能力をもってすれば、成人男性が全力疾走し続けるほどの速力で目的地に到達できる。
「さあ、あたし達はあたし達で、すぐに戻らないと。ハッシュザフト廃城へね。
レーヴァテインが動き出してビューネイとともに迫り、ここへ来なかった“斧槌”の残党の攻撃も予想され、そして何より……将鬼レヴィアタークの攻撃が確実なこと。
今のレエテ達だけでは、確実に敗北し、死ぬ。あたし達が戻っての総力戦に持ち込むんだ。
新しい魔導義肢の力も、存分に発揮してもらうよ、ルーミス!!」
「もちろんだ……今まで皆に、レエテに借りを作ってきた分、存分に返させてもらうさ。
イセベルグ。あんたには本当に世話になった。どうか全てが終わるまで、安全な場所に身を隠してくれ」
その魔導義肢――“聖照光”で、がっちりとイセベルグと握手をかわすルーミス。
「気づかいは無用だ、ルーミス。アルケイディアは要塞だ。内部に入ればメディチごときの手など入らせん。それよりも、俺のその最高の『作品』で、この地の平穏を取り戻してくれ。命を失うなよ、健闘を祈る。我が最大の勇士よ」
*
同時刻、皇帝直轄領ランダメリア、「石の棺」内――。
中央部の長い廊下を歩く、皇帝ヘンリ=ドルマンと――ノルン統候、メディチ。
メディチは相も変わらず温厚そのものの紳士然とした表情と物腰で、皇帝と談笑していた。
「――まあなにしろ陛下とは、物心ついた時分からのお付き合いになりますからなあ」
ヘンリ=ドルマンも、滅多に見せない純真な笑顔をメディチに向ける。
「そうね。当時から己を女として自覚していた妾は、宮廷内の悪ガキどもから心無い罵声を浴びせられて……。妾も負けてはいなかったけれど、貴男がかばってくれて妾はどんなに救われたことか。
それに加えて勉学、帝王学、剣術、魔導。他の誰よりも貴男が教えてくれたことが一番身になったわ。何度もしていることだけれど、本当に感謝、それしかないわ」
「何の。当時より特に魔導に関して類稀なる才能をお持ちの陛下。アリストル大導師でありこそすれ、私のごときは師などとおこがましくて名乗れませぬ」
「それとこれとは別よ。まあ何にしてもまたいつか誘ってちょうだい。ノルンの風光明媚な貴殿の別荘地にね。楽しみにしているわ。
とりあえずは、今からのハッシュザフト廃城への同行、よろしくお願いするわね。
共回りは貴殿が取り揃えてくれたのよね?」
「左様にございます。1000騎用意いたしました。私がよりすぐった手練にございます」
何から何まで感謝するわ、それでは、出発しましょうか」
「はっ…………仰せのままに」
メディチは一瞬――邪悪極まりない眼光を光らせた後、先に乗せた大皇帝に続いて自分も豪華絢爛たる馬車に乗り込んでいったのだった――。




