第十八話 脅威の災厄と、裏切り者の魔手
ナユタと、想いを寄せるルーミスのため、ついにその法力を用いて“背教者”へと堕ちたキャティシア。
これが公になれば彼女もルーミスと同じく礼拝堂に出入り出来ぬ身となり、教会関係者に見つかれば投獄・断罪・烙印を押される運命だがそんなことは最早どうでもよい。
元々大自然で育ち女性としては鍛えられた身体をもつキャティシアも、この血破点打ちによる肉体の強化ぶりには自分でも大層驚いた。
身体が軽い。どんな重量物も持ち上げられそうに力がみなぎっている。これであれば普通の兵士程度であれば数人でも翻弄し片手で叩きつぶせそうだ。
「……行くわよ!!!」
一足飛びにベルザリオンに迫るキャティシア。それを見たナユタは、同時の攻めで敵の隙をつくべく魔導を発動する。
「魔炎旋風殺!!!」
正面からは、両手から放たれる獄炎の竜巻、後方からは突進してくる怪力の女戦士。
挟み撃ちを受けた格好だが、ベルザリオンにはいささかの焦りも、動揺もなかった。
まず正面から襲いかかる赤い獄炎に対し、耐魔をまとわせた右手のモーニングスターを一閃すると――。
高さ3mに及んでいた二つの竜巻が、弾き飛ばされ飛散した!
「なっ――!!!」
驚愕するナユタを尻目に、ベルザリオンは左手のモーニングスターを振りながら身体を回転させ、突進してくるキャティシアの身体に正面から叩きつける!
キャティシアはそれが視界に入ると即座に――。背中に背負った剛弓を身体の前面に盾としてかざした。
モーニングスターの鉄球の針が剛弓に突き刺さり、剛弓がキャティシアの身体にめり込んで鈍い音をたて――その身体をはるか後方の建物の壁に叩きつけた。
「ぐあっ!!! ――はあああああ!!」
「キャティシア!!!」
金属でできたその壁はひしゃげ、いくらかの衝撃を吸収し、血破点打ちによって強化された肉体もキャティシアの身体を守った。が、内臓へのいくらかのダメージは避けきれず、彼女はしたたかに血を吐いた。
「愚か者共が……。統括副将たる私が、単に“斧槌”のみのスキルしか持たぬ程度の戦闘者と考えてでもいたのか? 私は“短剣”将鬼ロブ=ハルス様の教えも受け、あの方に次ぐ耐魔の使い手。また身のこなしも、この得物の重さにしてあの方に匹敵するスピードを持つと自負している」
ナユタは脂汗をにじませながら後方へじり、じりと下がった。
ドミナトス=レガーリアのグラドにおいて、限定解除を遂げた後にこの威力まで高まり使用可能となった魔炎旋風殺。それが初めて耐魔をもって破られた。
その状況下では、同時に身につけた魔炎業槍殺しかこの男に通用する技はないと思われる。が、それもただ真正面からぶつけただけでは強力な耐魔に威力を軽減させられ、この巨躯を死に至らせるには事足りないかもしれない。
“背教者”となったキャティシアも、通常ならば十分すぎる援護者だが、この状況下、この相手では――。レエテほどの強力無比な援護者が“螺突”をもって攻撃をかける位の状況でなければ到底、決定打を打ち込むことはできない。
と、いつの間にか周囲に――新たな気配が、感じられた。
一つでは、ない。十数人からなる――騎士の一団。
身につけた鎧は、ノスティラス軍正規の同一デザインだ。胸につけた勲章から、一定の高位の騎士たちと思われた。統率の取られ方、その一団の人数諸々からいって、貴人の警護を担当する親衛隊か。
彼らは兜の面頬を上げていた。その彼らが睨みつける相手は、本来そうであるべきベルザリオンではなく、明らかにナユタとキャティシアであった。
彼らは紛うことなき敵――。不利な状況に追い打ちをかける増援、なのであった。
「来ちまったか……この、最悪のタイミングでさ。
どうやら、あんたらを差し向けた相手はあたしの予想どおりだ。その相手がなぜあたしたちを攻撃するのかは、現時点ではなんとなく想像できる程度だが――。ま、それどころじゃあない、か――。
キャティシア――いよいよあたし達二人、引いてはルーミスの命も危うくなってきたよ――」
*
その頃、魔工匠イセベルグの工房内。
先刻天井から、信じがたい大きさの轟音と振動が感じられた。
耳をつんざく金属音が工房内に響き渡り、まるで地震ででもあるかのように建物自体が大きく振動したのだ。
ルーミスは驚愕に目を見開いて天井を見上げ、同時にこの最悪のタイミングでの敵の襲撃を理解した。
しかし眼前のイセベルグは、この状況下においても一切動じず――というか、余りの深い集中力によって、あれだけの馬鹿げた轟音と振動を全く認識していないかのように見えた。
が、認識していないということではない。その証拠に、振動によって義肢が落下するのを手で防ぎ、それに合わせて調整を継続している。
もはや腹をくくるしかないと、ルーミスも外の状況の一切を己の中から遮断した。
作業を途中で止めることはできない。義肢が動かぬ状態で外へ出ても、自分にできることは何もないからだ。
焦る気持ちを奥へと押しやり、じっとイセベルグの手先を見詰め続ける、ルーミス。
まるで悠久の時のように感じたが、実際にはその状態でいること――5分ほど。
イセベルグが、全ての力を使い果たしたように、椅子から床に仰向けに崩れ落ちた。
片手で貌を覆い、肩と腹で大きく息をしている。
「イセベルグ!! 大丈夫か!?」
ルーミスの呼びかけに、イセベルグはもう片方の手を上げて応えた。
「大丈夫だ……。何とか俺も命が保ったようだ……。
完成だ。調整も、俺の記憶する限り最高の仕上がりだ。
その右手の先に……集中してみろ。源である必要はない。法力、で良い」
今や、完全にルーミスの腕と一体になった、黄金色にまばゆく輝く金属の右手。
ルーミスは、云われたとおりに右腕の先端に法力を集中してみた。
すると――金属の右手はなんと、目に痛いほどの光を放って輝き出した。
同時に、単に繋げただけであるはずの仮の右手に、一気に「感覚」が発生したのだ。本当の、自分の手であるかのように――。皮膚の存在する感覚、温度、重量を確実に感じる。
おそるおそる動かしてみても、同様だ。まったく、違和感はない。まるで生まれてから当然自分の右手として存在してきたかのような、圧倒的存在感。
「すごい……本当に、凄い……。これが……魔導義肢」
「ふっ……。只の魔導義肢では、そこまでの性能は発揮し得ない。それにそもそも法力使いであるお前に全く適合せず、指一本動かせぬガラクタで終わっただろう……。
その義肢はな……いずれこのような機会が巡ってきたときのため、俺が時間をかけて丹精に造った、特別な品だ……名付けるなら……そう、聖照光……」
「聖照光……」
「早速だが……ルーミス。そいつを使った最初の血破点打ちを……。
俺の血破点に、当ててくれ」
「な……んだって……?」
ルーミスは驚愕した。血破点打ちは他人にも使用することができるが、誰が相手でも打てる技ではない。
法力を修め、その過程で全身の血破点を開き、多量の法力を流し込むに耐える肉体を持った者でなければ、肉体がたちどころに破裂する危険な技だ。それは、肉体の単純な強さとは全く関係がない。
ルーミスのその反応を見たイセベルグは、それまで首に巻いていた不自然に長い黒スカーフを解いて捨て、首の後ろを見せた。
そこには――。年季の入った、烙印があった。
二つの古代ルーン文字で示されたそれは、紛れもなく“背教者”であることを証明するものだった。――自分の首の後ろゆえ、ルーミスも自分の打たれた状態を見たことはなかったのだが、はっきりと分かった。
「イセベルグ……あんたは」
「そう、俺は元法王庁司教。法王庁の堕落と腐敗に見切りをつけ、“背教者”となったものの――。
日に日に失われていく信仰心から法力は弱まり、ついには聖騎士ジャンカルロ・バロウズに敗れ、このアルケイディアまで落ち延びた。
ついに法力を完全に失った俺は、魔力の矛先を魔導に変え、当時の魔工匠に弟子入りした。
義肢を求める者に当然ながら法力使いはいなかったが、俺は過去の後悔と罪滅しのため、法力に適応する義肢を研究、実作したのだ。ついにそれを贈るにふさわしい男を得て……俺は本当に幸せ者だ」
ルーミスはイセベルグに近づき、左手と、黄金色の右手聖照光に充填した渾身の巨大な法力を、彼の2箇所の血破点に流し込んだ。
瞬く間に、細身のイセベルグの肉体が膨張し、血管の浮き出る筋肉の塊となる。
ルーミスは、次いで自分にも、この右手で初となる血破点打ちを行った。
「あんたも……協力してくれるっていうのか? イセベルグ」
「ああ……おそらく外に居る敵には、『あの男』の部下も含まれているはずだ……。
皇国を裏切り、このノルンを『メフィストフェレス』で汚染してくれた、あの下衆の手の者がな。
『メフィストフェレス』は……このアルケイディアの職人たちにもすでに相当の被害を出している。
その礼を存分にしてやるためにも、ルーミス。貴様らに協力しよう。
用意はいいか――? 行くぞ」