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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第八章 皇国動乱~幽鬼と竜壊者
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第十七話 統括副将ベルザリオン【★挿絵有】

 魔工匠(マスター)イセベルグ・デューラーの工房内では――。

 魔導義肢装着のための施術が一つ一つ、実施されていったのだった。


 「止血灰」によって出血を最大限に抑制しつつ、ダガーではなく彼にしか扱えない「メス」を手にしたイセベルグ。それを信じられないほどの精緻な手さばきで操り、ルーミスの右腕の肉を最適な深さまで削っていく。

 神経への刺激を最大限に抑える切り込み法、かつカミソリで切られるかのような切断面の細さによって、摩訶不思議なほどに痛みが少なかった。先程自分の手で切っていたのと同じ箇所とは思えぬほどだ。

 

 やがて、肉を切り取られた腕の先端に、隠れていた骨の突端が1cm強突き出ている状態となった。

 その部分は、副将シャザーの拷問具での責めによって折り取られた、ささくれた状態だった。

 これをイセベルグは専用のヤスリを使用して平らにならす。これもまた、惚れ惚れするような芸術的手並みだ。ルーミスは痛みも忘れてこれに見入った。


 次いでイセベルグが棚から取り出した物――それこそが、この施術において最も重要な装置であった。

 それは、まばゆい輝きを放つ金属で構成された、「右手」であった。

 一関節ごとに分かれた金属片の集合体であり、その内部には鈍色に光る金属の束――筋肉の代用を果たす「イクスヴァ」の鋼糸が見え隠れする。

 5本の指の先端は、猛禽類の爪のように鋭く尖っている。特にルーミスが希望を口にしたわけではないが、この義肢は「戦闘用」としての性能を期待できるものに見えた。


 ルーミスは恍惚とした驚嘆の目で、自分の手となるであろう、その人工物を見詰めた。

 その前でイセベルグは、ゆっくりとルーミスの右腕の骨の突端に「右手」の下部中央にある固定具を嵌め、ボルトでしっかりと固定する。一瞬の激痛にルーミスの貌が歪む。


 そしてその後、イセベルグは目を閉じてルーミスの腕の先端とイクスヴァの鋼糸とを交互に触りながら、微弱な走査(スキャン)魔導を指先で発動しているようだった。

 ついに、義肢の性能とルーミスの魔力との整合を目的とする、調整(チューニング)の工程に入ったのだ。


 畑違いではあるが同じ一流の魔力を操る者として、ルーミスにはその走査(スキャン)魔導の術者への過酷な消耗度合いが手に取るように分かった。

 糸のように細い魔導を、糸のように細い神経の中に巡らせ、微細な魔力の波長をさぐるのだ。それに応じて、コンマ01mm単位で鋼糸の長さや量を調節していく。

 極限まで体力を削られる魔導と、極限まで精神を削られる針の穴を通すような作業の継続。

 たしかに、過労により命を落とす危険があるというのも頷ける状況だ。


 脂汗を流し、目に見えて消耗していくイセベルグの作業を、一瞬たりとも見逃すまいと目を凝らすルーミスであった。



 *


 工房の外では、屋根の上で弓と矢を携えたキャティシアが周囲を油断なく警戒していた。


 挿絵(By みてみん)


 かすかな風が吹き、燦々と明るい陽が差す穏やかな日中。

 非常に見通しがよく、1km先まで見渡せるこの周囲の風景に、現在のところ敵と思しき怪しい人影はない。

 

 と、しばらく姿を消していたナユタが、工房から30mほど離れた建物の陰から姿を現した。


 歩いて近づきながら、キャティシアに声をかける。


「大丈夫だ、キャティシア。ここらへんの建物は全部『魔工士』の出張工房で、今の所はどこももぬけの殻、無人だ。戦闘に巻き込まれる危険のある人間は、ここらには居ない。

そっちも今のところ異常はないかい?」


「ええ、大丈夫です。怪しい人影はどこにもありません」


 その返答にひとまず安堵のため息を漏らしたナユタは一度目を閉じ――。

 再び目を上げた――。



 その目に映った、衝撃の光景。



 屋根の上からこちらを見るキャティシアの、その背後に――。


 信じがたいほどに、禍々しい、完全武装の大男が――両手の打撃武器を振るい、空中から彼女に襲いかからんとしているところであった!



「キャティシアアアアッ!!!! すぐこっちに全力で飛べええええええ!!!!!」



 極限の緊迫の表情で目を剥きながら、あらん限りの叫びをキャティシアに向けるナユタ。


 キャティシアは――瞬時に目を見開いた後、半野生児に相応しい反応速度でその声に従い、屋根から全力で跳躍した。


 その彼女が居た場所を――。襲う二つの打撃武器!


 それは強烈な金属音を放ちながら、厚い鉄板で形成された工房の屋根を飴細工のようにひしゃげさせた。


 そして襲撃者たる、巨躯を持った禍々しい大男は、屋根の上に直立していた。

 

 身長はおそらく2m30cm、体重は200kgを超えると見えた。レヴィアタークほどではないが、やや人間離れした巨躯であることは違いない。

 全身を暗赤色の重装鎧で覆っている。その大きさを除けば、手足の長い均整のとれたスタイルとさえいえる引き締まった肉体。頭部に兜はかぶっておらず、真っ黒な長い髪を風になびかせる。

 その長い髪の間から覗く貌は凶悪そのもの、であった。尖った顎、酷薄な薄い唇を持つ口は大きく両側に裂け、その上の鼻も高く異様なまでに尖った先端を持つ。おそらく年齢は30代前半か。

 貌の右半分は醜く焼けただれ、目も機能していないと見え、白く完全に濁っている。残った黒い左目は大きく吊り上がり、眉も同様に吊り上がったその形相は、強烈な憤怒を放出していた。


 そしてキャティシアを肉塊にせんと襲いかかった、両手の二本の得物は――。

 重く長い柄の先端から伸びた、長さ1m50cmほどの極太の鎖。鎖の先端には、直径80cmほどになる、前面が巨大なトゲで覆われた鉄球がぶら下がる――モーニングスターと呼ばれる鈍器にして凶器。その総重量は2本で間違いなく100kgを軽く超えている。ソガール・ザークの黒き大剣に匹敵する化物だ。


「小賢しいな……。小娘の分際でこのベルザリオンの一撃をかわしおるとは。まあよい。貴様のごときはどうでも良いついで、だ。

私が死合たい相手は、あくまで貴様だ……。ナユタ・フェレーイン……」


 男――サタナエル“斧槌(ハンマフェル)”ギルド統括副将、ベルザリオン・ジーラッハは、炎の使い手たるナユタが灼き尽くされるかと見紛うばかりの怨念の眼光をぶつけてきた。


 さしものナユタも額に一筋の冷や汗を流し、険しい表情でダガーを抜き放ち、構えをとる。


「おやおや……そんなに熱烈なラブコールを受けるほど、あんたに色目を使った覚えはないんだけどねえ……統括副将さん」


「減らず口はそこまでだ。よくも……副将バルテュークス以下、我が家族たる5名もの同胞を殺ってくれたな……。レエテ・サタナエルよりも先にまず貴様を、私は地獄に落とす!!!!」


 ビリ、ビリ……と、空気が震える怒声。ナユタの背筋に冷たいものが走った。


 もちろん、目の敵にされることは、すでにナユタの想定の範囲内だった。バルテュークスが身を以て見せた、“斧槌(ハンマフェル)”ギルドの強い仲間意識と絆。一度に5人も彼らの仲間を殺害した自分は恐るべき憎悪の対象となり、副将までも仕留めた存在であることからベルザリオン自らが自分を殺すため出張ってくる――。ここへ来る馬車の中でその結論に辿り着いていた、ナユタ。


 だが目の前にいるのは、想像以上の化物だ。

 この男は城壁を越え、キャティシアが自分の方を向いて話していた僅かな時間内で、音も気配も感じさせることなく至近距離まで一気に近づいてきていた。これほどの巨体で。

 たしかに――同じ統括副将を名乗ったドゥーマのシェリーディアも、想像を超える化物だった。あのときと違い今回は自分が、この圧倒的不利な状況下でこれを相手どらなくてはならない。


「いくぞ、魔女!!!」


 叫び声とともに、跳躍するベルザリオン。高く――極限に、速い。一気に10mの距離を詰め、ナユタの手前5mの地点で着地する。モーニングスターを持つこの大男であれば、一歩踏み出す想定ならば十分な射程距離だ。

 踏み出しながら両手のモーニングスターを一気に振りかぶるベルザリオンを前に――。ナユタは「逃げ」を選択せざるを得なかった。


「くっ……。“魔炎煌列弾(ルシャナヴルフ)”!!!」


 通常は的に向かって放つその焔の両の手の巨弾を、ナユタは斜め下の地面に向けて放った。

 すると地面で衝撃波を止められた巨弾は、代わりに主であるナユタの身体を大きく後方へ吹き飛ばした。

 彼女の技を盗んだレーヴァテインが使ったのと同じく、自分自身の移動のブーストとして使用する応用方法である。


 これが功を奏し、ベルザリオンのモーニングスターの鉄球は空を切り、地面に巨大なクレーターを形成する。

 魔導士の弱みは、機動力のなさ・肉弾戦の弱さ・防御力の弱さである。このうち後者二つを突く“斧槌(ハンマフェル)”は、“短剣(ダガー)”ほどではないが天敵に近い相手である。とくに「衝撃力」というものは魔導士にとって非常に防御し辛い。バルテュークスに不覚をとったナユタ自身のように。


 その後も、反撃を封じられ逃げ回るしかないナユタ。

 その様子を見つめつつ、弓で狙いを定めるキャティシアは、自分の脳内で激しい葛藤を続けていた。


 この現況を打破するには――。己が――“背教者”となるしかない。


 弓矢などでは、解決にならない。白兵戦をもってあの化物を足止めし、ナユタが必殺の一撃を放つ隙を作らねばならない。それを今、自分がやるしかないとなれば――。すなわち、法力を操れる自分の力で肉体を増強する血破点打ち――“背教者”への転化、しかありえない。

 ハーミアの教義・戒律に大きく背くことになる、その手段。

 しかし、脳内にルーミスの貌が浮かんだ彼女の心は、決まった。


 両手に大きく法力を充填し、右手を左の腋上、左手を右鼠径部の各リンパ節付近に一気に叩きつける!


「ぐっ……ぐうううううう!! ああ……熱い……!!!」


 自分の体内を途轍もないエネルギーが巡る感覚に、身体をよじるキャティシア。だが、変化は即座に現れ――。

 キャティシアの、逞しいが十代の女性に相応しい体つきは、一気に変化し――。

 膨張し、血管の浮き出る、レエテすら大きく超える太く逞しい筋肉が全身に現れた。


 彼女はそれを自分で確認することなく、弓を背中に戻しながら、強化された筋力で一気に踏み込む。


 ナユタに向けて襲いかかろうとするベルザリオンに向けて、その足元を払う強烈な回し蹴りを放った。


「むううううう!!!!」


 ベルザリオンは直前でこれを察知し、その巨躯を跳躍させてかわした。


 キャティシアも、反撃を受ける前にその強化された肉体を駆使して飛び退る。

 そして立ち上がり構えを取ると、目前の化物に向かって云い放った。


「私が相手よ、化物!!!

ナユタさんがあんたに止めを刺す技を、必ず命中させる! ルーミスさんの施術も……邪魔させやしない! 私は……あの人のために、この生命をかける!!!」

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