第十五話 魔工都市アルケイディアへ
ノルン統候領ハッシュザフト廃城にて、レエテ一行と“三角江”の四騎士の一人エティエンヌが、サタナエルによる深夜の襲撃を受けたその翌日。
一行が戦死者の死体処理を行った結果、ランダメリアに潜む統括副将ベルザリオンが放った刺客は“斧槌”ギルド8名、“魔導”ギルド1名、“幽鬼”1名の計10名であることが判明した。
副将バルテュークス・ギルダスと兵員4名はナユタが、イアン・ヴァルケンはエティエンヌが、庭園で迎撃体勢にあった兵員2名はホルストースがそれぞれ仕留めていた。
生き残り、逃走に成功したのは――レエテの希望により見逃された兵員ユリアヌス・オクタビアと、それに付き添われた“幽鬼”副長レ=サーク・サタナエルの2名のみ。
レエテ一行では、ナユタが重傷、ルーミスとホルストースが軽傷、他は被害なし。
しかしナユタが内臓や骨に負った重篤な傷が非常に治癒しにくく、本人の苦痛も非常に強いため、3日間の療養を余儀なくされた。
となれば――すなわち、ルーミスとキャティシアもその治療にあたらなければならないため、当然予定していた魔工都市アルケイディアへの出発は延期されることになった。
廃城内の正面玄関が吹き飛ばされ、1階部分は風が吹き抜ける状況のため、2階に居室を移動されたナユタ。
彼女は大きなベッドに横たわっていた。すでに意識は完全に回復している。すぐ側に座るルーミスの左手が自分のみぞおち付近に置かれ、淡く白い光の姿をとる法力が体内の組織の治癒を行っている様を、痛みに貌をしかめて見守っていた。
「どう……ナユタ、大丈夫? まだ痛む?」
ルーミスのすぐ隣で椅子に座り、身を乗り出して声を掛けるレエテ。
ルーミスはキャティシアと交代しているが、レエテは瓦礫や死体の処理を終えてからこちら、ずっとナユタに付きっきりだ。その貌は心配で引き歪んでいる。
ナユタは脂汗を流しながらも、レエテを見て微笑み、言葉を返した。
「そんな貌するんじゃないよ……レエテ。あたしまで……泣けてくるだろ……。すまないねえ……アンドロマリウス越えのときといい、いっつもあたしばっかりがヘマして大怪我して……みんなに迷惑かけてさ」
「そんなことない! 山でのときはフレアに命を狙われてたからだし、今回は一番の強敵を相手にしたから。今私達の中で一番強いあなたが奴らを相手取ってくれてなければ、今頃どうなっていたかわからない」
「おいおい、自信家のあたしでも、さすがにあんたより強いつもりはないよ……。
それはともかく……、現れたんだよね。一族男子、“幽鬼”ってやつの一人がさ……」
「ええ……。“総長”に次ぐナンバー2の“副長”だった。ホルストースがうまく隙をついて撃退してくれたけど……今の私では、あいつには勝てないわ。
そしてあいつがこの国に居る目的が――。あの、『メフィストフェレス』を人々に蔓延させること――」
「それは……ここへあたしを運んでくれたホルストースからも……聞いたよ。
それを聞いて、考えてたんだけど……。レエテ、落ち着いて聞いて欲しいんだけど……。たぶん今、このノスティラス皇国に……レーヴァテインと……ビューネイは、いる」
「…………!!」
「『メフィストフェレス』ってのは、この世で『本拠』でしか採れない素材を使った、サタナエルにしか造れない合成麻薬だよね……? さらに今回の話から、そいつを管理してるのが“幽鬼”と分かった……。
極めて入手経路の限られるその薬を、常に投与し続けなければならないビューネイを抱えるレーヴァテインは、確実に“幽鬼”の居るこの皇国を根城にしていたはずだ……。
おそらくフレアの奴は、そのうえであんたに襲撃をかける機会を窺い……。
あんたが結果的にソガール・ザークに打ち勝ったことで、次にレヴィアタークを狙うと見、自分たちに有利なフィールドであるこの皇国での襲撃実行を企み、レーヴァテインに指示している……。
すなわち――。あんたがこの皇国に居る間に、ビューネイを差し向ける、その指示をね……」
「…………」
青ざめた貌で、うつむくレエテ。
「……大丈夫かい? ……あたしは回復したらルーミスに付いてかなくちゃならないし、酷な話だけど現実を伝えなくちゃと思ってね」
「……大丈夫よ、ナユタ」
レエテは若干目を潤ませながら、決然とした表情で、云った。
「私はもう、心を整理できている。どんなに『あのとき』と同じ言葉で責められたとしても、私はそれで動揺はしない……。
もちろん、100%冷静ではいられないかもしれない。ビューネイは……私の人生で一番長く、一番身近で――死線をくぐり心を通じ合ってきた、身体の一部みたいな存在。一番大好きな友達で、家族だから。
けれどだからこそ――。私には責任がある。
ビューネイを救い出す責任が。――解放するという責任が。
あの……あの薬を飲んでいる以上、長くそのままでいればいるほど……苦しみ続けるの。それに応じて段々、よりビューネイではなくなって……いくの。早く来てくれるなら、むしろ……幸い。
必ず私は……ビューネイに『対処』する……」
おそらく、今までできる限りビューネイのことを考えないようにしてきたのだろう。最後の方は涙声になり、嗚咽が漏れそうになる口を押さえるレエテ。
ナユタも、黙って話を聞いていたルーミスも、レエテにかけるべき言葉は見つからなかった。
*
それから二夜が明けた朝――。
出発の刻は来た。
ルーミスは右手への対処を行うべく、ランダメリアの東に接する魔工都市、アルケイディアへ旅立つ。
これに同行するのはナユタ、キャティシアの二人。
現在ヘンリ=ドルマンの元に居るランスロットと、現地で合流する手筈だ。
これに対し、市民への被害を避けるために、廃城に残るレエテ。
共に廃城でルーミスらの帰りを待つのは、ホルストース、エティエンヌの二人。
エティエンヌは魔導の使い手であり、ナユタと、キャティシアの弓手としての穴を埋めうる。
法力使いが不在となることについては、近隣の街にエティエンヌが手配した司祭を待機させることで、十分ではないが最悪の事態に備えた。
ルーミスらの移動に関しては、皇国より馬車が手配された。
廃城の門で見送る、レエテら3人に手を振り、車上の人となったルーミスらは、意識をこれから向かうべき場所へと向けた。
しばらく黙っていた3人だったが、ルーミスが最初に口を開いた。
「ナユタ。オレはそもそもよく知らないんだが、魔導義肢とはどのようなものなんだ?」
ナユタは閉じていた目を開き、言葉を返した。
「ああ、そうだね……。あんたらが知っている魔工具は、シエイエスのしてる眼鏡くらいだろうしね……。
そもそも魔導、てのは源である魔力を、いかに現実に影響を与える形に変えるか、て技術だ。そういう意味じゃ古来から魔導士は、炎みたいな攻撃目的の自然現象以外にもその範囲を広げてる。魔導生物、がいい例だろ?
が、魔導を無機物の加工技術、という形に昇華したのは、ノスティラスだけだ。これが魔工。
眼鏡、を例に取ると、近眼な人間がちゃんと見えるように超精密にガラスを削り研磨する、ていう手段に魔導を用いてる魔工の結晶なわけだ。魔導義肢も、単純な加工って面じゃ同じ理屈さ。人間の手のように細かく複雑に動くものを、金属のパーツの組み合わせでやろう、てんだからね。
で、その素材の金属、が魔導義肢の真の肝だ。ルーミス、あんた『イクスヴァ』って金属の名を聞いたことないかい?」
「ああ……名前だけは。だが知ってのとおり法王庁は基本的に、魔導自体を異端のものとして否定する組織だ。その内部にいたオレは、それ以上のことは何も知らない」
「……そうだったね。イクスヴァはこの世で唯一、魔導を流し込むことで意のままに分子組成を操ることができる金属。わかりやすく云うと、シエイエスは変異魔導で、人間には動かせない二の腕の骨なんかをぐにゃぐにゃにしたり伸ばしたりできるだろ? あれを身体の外の金属でやる感じさ。イクスヴァの鋼糸を筋肉として通した、金属の腕や足が魔導義肢。
これには人間それぞれの魔力の量、質に応じた高度な調整が必要だ。また、元の魔導義肢もそれに沿った設計が要求される。
この超高度な技術をもつただ一人の人間が、魔工匠というわけさ」
「なるほどな。どういうものかは良く分かったよ。だがオレにとって重要なのは、サタナエルとの闘いに有用なのか、その一点だけだ……間違っても、3日前の闘いのときのような皆の足手まといにならない、というな」
「まあその点は、魔工匠と相談の上、だね。ただあたしも彼がどんな人間かは知らないし、魔導を拒絶する立場の法力使いが、魔導義肢を取り付けるなんてのはおそらく史上初の試みだろうからね。正直、うまくいくかは神のみぞ知る、てところだよ……」
ルーミスの今後の運命を委ねるアルケイディアまでは、片道約半日の旅路。
彼の焦りを象徴するかのように、馬車はその足を早め、一直線に北西に向かっていったのだった。




