第十話 閃きし紫電~礼拝堂の闘い【★挿絵有】
ナユタが孤軍奮闘する同時刻、廃城庭園の礼拝堂では、一方的な攻撃と回避が繰り広げられていた。
「どおしたあ!? ルーミス・サリナス!! 右手一本ないくらいで、何もできず逃げ回るだけかあ!?」
隠れていた最奥部の聖架から徐々に歩みを進め、その両手に充填させた魔導の稲妻を打ち出しながら――“魔導”ギルド、イアン・ヴァルケンはルーミスに迫っていた。
ルーミスは、礼拝堂のベンチに身を隠しつつ少しずつ出入り口のドアを目指していた。
敵の稲妻が自分のいる場所を打ち焦がすタイミングで、1つ2つのベンチを移動することを続けるという、少しずつの前進だ。
飛び出して一気に走れば、敵の魔導の性質上かわすことは出来ず撃ち抜かれてしまう。
ルーミスは奥歯を噛み締めた。血破点打ちが使えていたら、十分対抗できるスピードだ。敵は魔導士であり将でもない兵員であることから、懐に飛び込めば自分の勝利は確定であり、難なくここを後にして仲間の援護に向かうことができていたはずなのだ。
敵もおそらく本館含め複数の箇所に襲撃をかけている。その中でも目の前のこの男は、戦力にならない自分を相手にするために差し向けられた、雑魚だ。我ながら自分の不甲斐なさに腸が煮えくり返る。
ルーミスの魔力がイアンの魔力を圧倒的に上回っていれば、耐魔しつつ距離を詰め、相手の血破点に法力を流し込むことで攻撃が可能だ。だが、見た所自分が上回ってこそいても差はそこまでなく、いかに非力な魔導士でも片手のない自分と白兵戦になれば相手が有利なのは事実だ。
あと、出口までは10mほど。もう少し距離を詰めて、一気に外へ駆け抜けなければと考えていた矢先――。
それまで自分の技の圧倒的射程距離に任せ歩いていたイアンが、なんと予想もしない健脚で一気に駆け出し――。
礼拝堂の中央に躍り出ると、ルーミスの方を向いて両手を大きく広げた。
「さあ、出ておいで、薄汚いネズミくん!!! “雷光嵐打”!!!」
(――しまった――!)
ベンチの陰から即座に退避しようと考えるルーミスだったが、遅すぎた。相手の攻撃方法の想定が足りていなかった自分の甘さだ。やむをえず耐魔に切り替え、身体を丸めつつガードを固める。
イアンの広げた両手から放射状に広がる青い無数の稲光。それは石の床を、ベンチを一気に吹き飛ばし、空気をも切り裂いた。轟音とともに、粉々になった木片が投げナイフのように襲いかかる。
稲妻は身体の前面で弾き飛ばし、周囲に拡散することができたものの、長さ30cmはあろう木片が右脚の太腿に深々と突き刺さった! 噴き上がる鮮血とともに、脳天を痛みが貫く。
「ぐあああ!!! く……くそっ……!!!」
痛恨の叫びが上がる。よりにもよって、今の状況で一番負ってはいけない箇所に致命的な傷を負ってしまった。相手の射程に完全に入ったこの状況で、右脚が使えず逃げることもできなくなった。
「はっはははああ! 他愛ない! 高名な“背教者”たるもの、圧倒的な不利でも何かやらかしてくれるかと思ってたけど、もう終わりか!
俺はね、魔導士だからって非力なままじゃ戦場でそうそう通用はしないってんで、“短剣”ギルドに出入りして、こう見えて結構鍛えてるんだ。特に脚力にゃあ自信があってね。
ま、ちょっとしたスリリングな隠れんぼ、俺はなかなかに楽しめたよ。
さらばだ、ルーミス・サリナスくん」
右手に、これまでで最大出力と見える青い稲光を充填させるイアンを睨みつけながら、ルーミスは完全に己の死を覚悟した。
(レエテ……みんな……すまない。シエイエス兄さん……こんなところで終わってしまって、ごめん……。レエテ……レエテ……オレはオマエのことが……この世で一番、好きだ。必ず……必ず生きてサタナエルを、ロブ=ハルスを……)
あらゆる強い想いが、頭の中を走馬灯のように駆け巡った、その時だった。
出口の木の扉から衝撃音が聞こえ、次の瞬間扉が細切れに寸断された。
そしてそこから、目に止まらぬ速度で一個の人影が一直線に、イアンに向けて飛びかかってくる。
イアンは生命の危機を察知し、ルーミスに向けるはずだったその充填せし雷光を、襲いかかる人影に向けて放った!
直径2mに集約された稲光の光線は、襲いかかる人影を包み、灼き尽くさんとする。
しかしそれらの青い雷光は――またたく間に四散した!
影の主が、強力な耐魔によって弾き飛ばしたのだ。
「きさま……三角江の四騎士、エティエンヌ・ローゼンクランツ!!
きさまが、なぜここに――!?」
そう、乱入したその人物は、ナユタの援護で正面玄関を突破し、一路礼拝堂に駆けつけた騎士エティエンヌだった。
正面から入った“斧槌”ギルドの猛者どもに抑えられているはずの男だ。
その想定外の人物を目の当たりにしたイアンの表情からは笑みが消え、明らかに激しい焦燥が浮き上がっていた。
「エティエンヌどの!」
ルーミスは叫んだ。長く綺麗な髪をなびかせ、美しい貌と白銀の鎧のエティエンヌの姿は、さながら白馬の王子だ。
しかしその鎧も、何より手にした両手の曲刀ファルカタも――。返り血にまみれ、鋭い眼光の中に宿した修羅の如き闘気と殺気は、歴戦を経たルーミスをして背筋を凍らせるものだった。
肩書に偽りのない実力を感じた。先程のイアンの雷光を弾き飛ばした耐魔も、司祭であった自分に匹敵するほどの魔力によるものだ。
「命があってよかった、ルーミスどの。礼なら僕ではなく、ナユタに云うといい。
彼女が君の危険を察知し僕をここに向かわせ、そのために5人もの敵を引き受け援護したんだ。
まあ、僕の知ってる彼女とは程遠い強さに、内心怖さすら感じたけどね。
それはともかく……まず君を片付けさせてもらうよ、サタナエル魔導士」
鋭い金属音を以て両のファルカタを打ち鳴らし、構えをとるエティエンヌ。両手を斜め上前方に広げて刃を突き出し、左足を出して半身になったその構え。それを見てルーミスは即座に、この高名な騎士の戦闘者としての正体を見抜いた。
しかし当の相手であるイアンは、それに全く気づいていないようだ。
再び両手に稲妻を充填し始めると、エティエンヌに云い放った。
「まあ、その名声に見合った実力はあるみたいだねえ、エティエンヌ・ローゼンクランツ。
耐魔の力も強いようだ。けれど話に聞いたところでは、その刀を使った流麗な剣技を得意とする割に、真っ向勝負を好む傾向が強いようだよね。
魔導ってのはね。いろいろな使い方ができるんだ。地獄へ行く手土産に、その一端を君に見せてあげるよ」
そう云うとイアンは、スパークさせた雷を両手から消した。
一瞬、技を解いたかのように見えたが、違った。雷の元となる電気は元来、目に見えぬもの。
彼は全身に充満した電気を湿った石床に流し――。巧みに操りながら壁の水滴を伝わらせ、天井を伝わらせ――。エティエンヌの頭上に近い、水滴したたる場所にまで全電力を集めた。
そしてそれを一気に開放する。水滴を中心に青くスパークした稲妻は、そのまま太い雷光となってエティエンヌに頭上から降りかかる!
しかしエティエンヌは――それを読んでいたかのごとく、自ら構えた曲刀を垂直に高々と上げ、雷光を迎え入れた。
「気でも狂ったか!? それなら、こっちが何もせずとも瞬く間に黒焦げの焼死体だ!!」
動揺するイアンの目前で、雷光は曲刀に見事に落ちた。
が――それが、エティエンヌの身体に伝わることは、なかった。
雷光を帯びた曲刀。その青い稲妻は徐々に紫色に色を変え、より大きさを増していた。
それを見て、全てを理解した、魔導士イアン。
「エティエンヌ、き、きさま――!! 魔導剣士だったのか!!! しかも雷撃使い、だと!!!」
魔導剣士。剣技と魔導の両輪で闘い、剣に自らの魔導の力を帯びて闘う者。
サタナエルでもその使い手は多くはない。より多くの技を持つが“魔熱風”の剣でそれを可能にするシェリーディアや、神の域まで高めた剣技から自然発生した“氣刃”という形でそれを駆使したソガールが魔導剣士に該当する。
「その通りだ……。君の魔導力、ありがたく吸収させてもらったよ。
もっとも我が偉大なる師、大陸最強魔導士ヘンリ=ドルマン陛下の大嵐の大雷撃に比べたら、静電気くらいの微かなものだけれどね……。
己の雷撃を受け、地獄へ堕ちるがいい、サタナエル!!!」
叫びとともに一気に踏み込み、両手のファルカタの突きを見舞うエティエンヌ。
その刃は、立ち尽くしていたイアンの両肩を捉え――。蓄えられた紫一色に染まった雷撃を一気にその肉体に流し込む!
「おっ――おおおおおおおおおおおおお!!!! あああああああ!!!!」
全身で感電した上に、恐るべき電力がもたらす熱量によって炎上するイアンの肉体。そして痙攣する身体と耳を塞ぎたくなる断末魔。
おそらく想像を絶する苦しみのはずであり――焼け焦げるまで叫び続けたイアンの肉体は、1分以上たってようやく動かなくなり、黒焦げの状態で石床に崩れ落ちた。
エティエンヌはそれに冷たい一瞥をくれながら、ファルカタを腰に差した。
その様子は天に存在する雷の神が、悪魔に天罰を下したかのような、神々しくも怖気を震う様相であった。
そのまま彼は地にかがみ込むルーミスに近づき、手を差し伸べた。
柔和に微笑むその貌は、もう以前のエティエンヌに戻っていた。
「とりあえず立てるかい? ひとまずその刺さった木はまだ抜かない方がいいな。あっちのまだ無事なベンチに横になろう。治療の方は君自身が達人中の達人だ。申し訳ないが傷を自分で治癒してくれないか」
「ああ……早く治して、廃城に向かわないと……」
「ダメだ」
ルーミスの身体を横たえながら、エティエンヌは断固とした口調で云った。
「気持ちはよく分かる。だが無礼を承知で云えば、今の君は皆の闘いの足手まといでしかない。
廃城には連れていかない。ここでその脚を治癒し、その間僕が君を守り、闘いが終息するまでここに留まる。
大丈夫だ。仲間のことは君自身が一番良く分かっているだろう? ここは彼女らに全てを任せ、君はここで自分のすべきことに集中していればいい」
そう云って突き刺さった木片に手をかけるエティエンヌ。
ルーミスは、肉体の痛みと――心の痛みに耐えるため、その両目を閉じた。