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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第八章 皇国動乱~幽鬼と竜壊者
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第六話 ハッシュザフト廃城

 ハルメニア大陸における第二の大国、ノスティラス皇国――。


 この国は皇帝の直轄領である巨大都市ランダメリアと、皇帝の任命権を持つ5人の統候が治める5つの統候領で構成される。

 それらは大陸一の巨大湖であるラムゼス湖を中心に、ぐるりと取り囲むように位置している。


 まず、ミリディア統候領。国土南西に位置し、敵国エストガレス王国と大半の国境線を接する。

 その土地の大半は中原の一部を形成する農業地域である。

 統候アイギス・ザルドゥスは、先だっての「ドゥーマの無血占領」において皇帝に反逆したため現在位は剥奪、捕縛中。空位であり、皇帝直属“三角江(ハーフェン)”の四騎士の一人、“赤髪鬼”サッド・エンゲルスが軍とともに仮統治している。


 次いでガリオンヌ統候領。国土北西に位置し、主に北海での海産物取引で成り立つ漁業地域。

 統候は最長老のオヴィディウス・アクタイオン。


 デネヴ統候領。国土北、大陸最大の河川クリスタナ大河流域に位置する。主として海運を利用した貿易・商業拠点としての機能を果たす。

 統候はミナァン・ラックスタルド 。唯一の女性にして、国軍元帥カール・バルトロメウスの妻。


 ラウドゥス統候領。国土南西、ドミナトス=レガーリア連邦王国と唯一国境線を接する。

 国土の多くを占める、アンドロマリウス連峰などの、山岳を生かした林業地域。

 統候はロヴェスピエール・ノスティラス。皇家の血に連なる人物で、最も皇帝と険悪であるとされる。


 ノルン統候領。国土北西、北ハルメニア自治領と大半の国境線を接する、最大の面積を誇る地域。 国内随一の工業地域であり、最も文明水準が高いとされる。

 統候はメディチ・アントニー・テレス。皇帝の最大の理解者にして盟友。


 最後に、皇帝直轄領ランダメリア。ラムゼス湖北、国土の中心に位置する。面積は最小ながら人口は150万人と、国内どころか大陸最大の規模を誇る。

 あらゆる官の機能、権力構造が集中し、軍の大半が駐留する名実ともに国内の中枢である。

 統治は云うまでもなく、皇帝ヘンリ=ドルマン・ノスティラスⅠ世。


 頂点の統治者はまぎれもなく皇帝であり、権力の集中も当然あるが、領土はこのように分割統治され――。何より跡継ぎの任命権が皇帝ではなく諸侯にあり、かつそれがある程度民意を反映していることにより、際立って健全な国家システムが形成されていた。


 端的にいえば、現皇帝ヘンリ=ドルマンは男性だが、心は女性だ。

 このような人物がその性質を隠さずして国家元首となることなど、旧態依然の他国家では到底考えられない。

 そのような外側の要素などにこだわらず、民に支持され真に皇帝に相応しい英雄であり器である人物を選び出せていることが、証明の一つであるといえる。


 これにより、建国150年の新興国でありながら一大大国へと成長し得たのだ。


 しかしながら――これほどの健全な大国の力をもってしても、大陸の支配者サタナエルの影響を排除することは不可能であった。

 現在ランダメリアは、本人は北ハルメニアに住まうはずの“斧槌(ハンマフェル)”ギルド将鬼、レヴィアターク・ギャバリオンの影響下にあり――。

 その腹心たる“斧槌(ハンマフェル)”ギルド統括副将、べルザリオン・ジーラッハは都の奥深くに潜み、皇国を監視し続けているのだ。


 

 *


 そのサタナエルの情報をすでに、ドゥーマで提供を受けた皇帝ヘンリ=ドルマンのメモにより把握しているレエテ・サタナエル一行。


 一行の軍師役を担うナユタはバレンティンの出立以来、対抗策について、練り続けてきた。


 その一環として、まずは己の従僕ランスロットを密かに単身ヘンリ=ドルマンの元に送り込み――。

 事情を説明し、まずはルーミスの右手に関する件の協力を仰いだのだ。


 結果、早馬の特使がレエテらの元に訪れ、皇帝の快い承諾の返答を彼女らに伝えた。

 そのとき移動するよう指定された場所が――現在彼女らの目前にそびえ立つ、主人を失った無人の城塞――ハッシュザフト廃城、だった。


 サタナエルの襲撃を受けるリスクを抱えるレエテらを、人々の生活する都市部に招く訳にはいかない。

 領内の街から遠く離れた場所にあえて造られていたこの廃城であれば、安全面に問題はない。

 ヘンリ=ドルマンが苦慮した上での、至極妥当な判断であった。


 それでも、おそらく最大限の配慮をしてくれたのだろう。

 ハッシュザフト廃城は、ノルン統候メディチの血縁に連なる伯爵の居城であったものがつい1年前、老齢の伯爵の死去により無人の廃墟となったものだそうだ。

 ひとまずメディチが買い取った上で最低限手入れをしていたため、とても現在無人の場所とは思われぬほど清潔だ。廃棄物の影はなくよく掃除され、植物もしっかり刈り取られていて美しい。


 中から開けられた城門をくぐり、まず城郭内の庭園に入った一行からは、思わず嘆息が漏れた。


「きれい……。廃墟だって聞いてたんで、ゴミだらけのボロボロのお屋敷に寝泊まりするかと思ってたんですけど――。ふつうにきれいなお城じゃないですか!

私、こんなところに入ったこともないのに、寝泊まりできるだなんて感激です、ナユタさん!」


 キャティシアが目を輝かせながら、両手を合わせてナユタに声をかける。


「そうだね。あたしもあんたと同じで平民の出だから、城なんて場所、ほとんど入ったこともない。ちょっとした役得、てところかねえ。

ま、この中じゃあただ一人の王族、高貴な王子さまだったあんたには分からないかもしれないけどね、ホルストース」


 肩をすくめて皮肉っぽく笑い、ホルストースに云うナユタ。


「ハッ、よせよ。ウチの(にわか)なぽっと出王国と、この偉大な大皇国とじゃ、比べ物になんかならねえよ。

ウチの親父なんて見た目それっぽくしてるだけで、中身はただのヤクザ者の親分だ。宮廷にゃあ毎日汚え罵声が飛び交い高貴とはほど遠かったし、俺も自由気ままに、街に出たり山や海に繰り出したり――。ろくに城になんていやしない悪ガキだった。

正直なとこ、俺もお前らと大して変わらねえ。大分ワクワクしてるぜ。親父やジークから聞いたことしかねえ、この偉大なノスティラス皇国の、本物の高貴な世界を肌で感じられてよお」


 ホルストースは皮肉をこめつつも、本心から楽しんでいる雰囲気を感じさせながら言葉を返す。

 ナユタは意外そうな表情を浮かべ、笑って云う。


「へえ、そうなんだね。庶民派の国王の、もっと庶民派の王子さま、てわけだ。

安心したよ。あたしは王族が仲間に入るって聞いて、寝泊まりでも食事でも戦闘でも、お気遣い奉らなきゃならない厄介者が来ちまった、なぁんて思わなくもなかったんでね」


「ハッハッハ! 云ってくれるねえ。まあ当然そう思うさな。お気遣いはまったく無用だ。俺あ云ったとおり、レエテには及ばねえかもだが、そっちのキャティシアぐれえには野生児だし、生まれついて繊細さとは無縁のたちなんでね。

むしろ、俺にはお前のほうがお気遣い奉らなきゃいけねえご貴族、いや女王さまって存在に映るけどな、ナユタ」


「はははっ、過分なお褒めにあずかり恐縮だよ! まあ違いないね。あんたよりよっぽどあたしの方が面倒くさい存在だってのは本当だ。ここにランスロットがいたら拍手して賛成するだろうねえ。あんたもそう思うだろ、キャティシア」


「え!? え……ええっとお………それは、そ、その……」


 返答に困り視線をさまよわせるキャティシア。それを見てまた笑うナユタとホルストース。



 その和気あいあいとした3人の後ろで――対象的に沈んだ雰囲気を漂わせて並んで歩く、レエテとルーミス。

 レエテは心配そうな表情で、ルーミスに話しかける。


「ルーミス……ずっと塞ぎこんで、調子が悪そうで……大丈夫?」


 ルーミスは、意固地にレエテと目を合わせず、低い声で答える。


「大丈夫だ……。大丈夫だから、オレのことは、もう放っておいてくれ」


 レエテは困惑の表情で、目を泳がせた。

 出会ってから今までで、ルーミスが自分に対してこんな態度を取るのは初めてのことだからだ。

 そしてまた――。以前と違い自分を女性として意識し、一人の男性を愛するようにもなったレエテ。それによって少しは、男女間の機微というものを理解できるようになっていたことも理由にある。さすがにもう、ルーミスが自分に対して、何らかの女性としての意識を強く持っていたことに気づかないほどレエテも鈍くはない。


 レエテにとってルーミスは、代えがたい大切な仲間だ。また、6つも年下であることで、弟のような感情を抱いているのも確かだ。しかし彼には申し訳ないが、恋愛感情にあたるものは全く抱いてはいない。

 思春期も経ていない少女のような状態のレエテにとって、自分が当事者になったこの難しい状況をどうすればいいのか、想像もつかなかった。経験豊富であろうナユタに相談したくてたまらなかったが、彼女は軍師として戦略を練ることに手一杯に見え、遠慮してしまっていた。

 困り果てて、下を向き少し泣きそうな表情になりながらも、レエテは話題をかえつつルーミスに話しかけた。

 どうしても放っておくことはできなかった。

 

「ルーミス、その右手は……。今、痛くはないの?」


「……ああ、痛みはない。時々思い出したように痛みだすときもあるが、法力で抑えている。大丈夫だ」


「……ちょっと、見せてもらってもいい?」


 ルーミスがゆっくり右手を差し出す。

 伸縮する軽装鎧の袖部分から先には、当然あるはずの右手が、ない。

 手首の部分で終わった先端には包帯が巻きたてられている。


 その痛々しい状態を改めて見て、レエテの中に強くこみ上げてくるものがあった。

 レエテはそっと左手を伸ばし、ルーミスの手の先端部に優しく触れる。彼がそれを感じてビクッと身体を震わせたあと、レエテはいたわるように指でそっとその部分を撫でる。

 

「……ごめんなさい、ルーミス。

私、あなたが仲間に加わるとき、云ったわよね。あなたはできるだけ戦わないように、私があなたの身を守るからって。

私、結局何も出来ずに、あなたにこんな大怪我させて……途轍もない危険にさらしてしまった。本当に、ごめんなさい……」


 そう云って、ポロポロと涙をこぼすレエテ。


 ルーミスはそれを見て、胸が痛んだ。自分はレエテの魅力的な容姿にももちろん惹かれたが、彼女のこの内面の優しさにも惹かれたはずだ。そんな彼女をできるだけ危険にさらすのを防ぐのはもちろん、悲しませることのないよう力になりたいと、強く思っていたはずだ。

 それが、自分が不甲斐ないばかりに手を失う羽目になったことで、ただでさえレエテにこのような負い目を感じさせた。そんな状況下、極めて個人的な感情で塞ぎ込んで心配をかけている自分は、力になるどころか彼女を悲しませる原因になっているではないか。


 そう感じたルーミスは、一旦自分の身勝手な葛藤を忘れ去ろうと、強く決意した。

 

「レエテ……すまなかった。心配をかけて。

オレも、もうこんなことは止める。皆、不甲斐ないオレなんかのために、右手をなんとかしようと頑張ってくれているんだ……。オレもできるかぎり自分のことをなんとかして、できるだけ早くオマエの力になれるよう頑張るよ。

気にかけてくれて、本当にありがとう。レエテ」


「ルーミス……」


 そうしてお互いを見つめ合う二人の姿に、振り返って安心したようにそっと視線を送る、ナユタ。


(ようやく、自分の中で問題を解決できたようだねえ、ルーミス。偉いよ。

ま……現時点じゃあんたの想いがレエテを動かす可能性はゼロに近い。けど、あたしはあんたの気がすむまで協力してやるから、活躍できるよう早く右手を治さないとね、ルーミス……)


「ナユタさん!」


 突然自分を呼ぶキャティシアの声で、ナユタは我に返った。


「な、何だい、キャティシア?」


「見てください……あれが、皇帝陛下の使いの騎士の方達みたいですよ」

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