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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第八章 皇国動乱~幽鬼と竜壊者
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第三話 竜壊者(ドラゴンバスター)

 ハルメニア大陸の最北端、北ハルメニア自治領――。

 西はノスティラス皇国、南はドミナトス=レガーリア連邦王国と国境を接する。


 ドミナトスに匹敵する広大な土地に、50~100m級の巨木が果てしなく広がる森林地帯であり、その国土の60%は山岳である。

 山岳地帯は主に国土の北部に分布し、気候はアンドロマリウス連峰ほどではないものの寒冷であり、冬季は極寒の大雪に覆われる。現在はそろそろ季節も冬にさしかかり、晴天ではあるものの厳しい寒さであり、身にしみる寒風が吹き荒ぶ。


 そのような土地柄ゆえ、ここは古来より林業や狩猟を生業とする山の男たちとその家族が住人であった。

 そこに400年前、当時エストガレス領であった現在のノスティラスから入植した住人たちが森林を切り開き、街を造った。これが徐々に発展し300年前、ここを首都ノーザンファレスとし衛星独立国家としてエストガレスの承認を得、自治領となったのだ。

 だがその150年後にノスティラス皇国が建国され、宗主国とは完全に土地を分断されてしまい、現在では政治的なつながりは極めて薄い。しかしながら今も形式上は、エストガレス国王を王に戴く衛星国の位置づけである。

 また、エストガレス衛星国ではあるが、元がノスティラス地方にルーツを持つ住民が大半であるため、ノスティラス皇国との関係も良好である。

 公国と異なり宗主国王家の血に連なる公爵ではなく、任命貴族の伯爵が統治者であり国家の階級としては一つ下に位置する。人口も5万人ほどと国土の広さからすれば極めて少ない。


 建国から300年、一切の戦乱に巻き込まれたことのない、外交的には平和そのものの国である。

 その理由としては、資源も非常に少ない上、利権の少ない険しい土地であることもあるが――もう一つ、最大の理由があった。


 それは、おもに北部の山岳地帯に生息する、「ある生物」の存在。


 伝説的希少種で、ここ北ハルメニアにしか生息せず個体数もある程度限られるが、この地上の食物連鎖の極めて頂点に近い位置にいる、その生物。


 ドラゴン、であった。


 山岳から時折下っては、林業に従事する者を襲い食い殺したり、ごく稀に人里にまで降り立ち、その強力極まりないブレスで人々を殺戮した。

 北ハルメニアの歴史とはこれすなわちドラゴンの侵攻に怯え、いかにこれから身を守って生きていくかの歴史でもあった。北ハルメニアにも軍はあるが、主に友好的な隣国との国境警備程度の脆弱なものであり、ドラゴンに対抗するためのものではない。巨木が密集する森林では、弩弓や大砲の使用などはできない。ドラゴンは戦う相手ではなく、いかにその脅威から逃れた場所で自分達が生きていくかの恐るべき捕食者でしかない。


 このような国土を好き好んで侵略し所有しようなどという国家はまずなく、戦乱の対象ともなりえなかったのだ。


 しかし――およそ40年前、ある組織がこの国に介入したことにより、その忌まわしい歴史に変化が訪れた。


 サタナエル、である。

 

 統治者である伯爵の依頼を受けた、この組織に属するある一人の男とその配下は、何と恐れることなく山岳に分け入りドラゴン達と死闘を繰り広げた。

 そして僅かずつであるが確実に――人類が勝利することなど思いもよらなかった怪物を打ち倒し、その数を減少させていったのだ。


 当時の伯爵は当然サタナエルの存在を公にはできなかったが、民衆が勝手に彼らを崇め始めた為、しかたなく傭兵を雇ったと偽りの説明をした。

 そして40年間死ぬことなくいまだドラゴンを狩り続ける、一団の統率者であった一人の強大なその男を、民衆は感謝と畏敬の念を込めて、こう呼んだ。


 「竜壊者(ドラゴンバスター)」と――。



 *


 首都ノーザンファレスから北に100km。山岳地帯に近い、森林内。


 樹々の種類は南国のドミナトス=レガーリアに比べまっすぐな幹、雪に耐える細い葉であり、樹高は大きく上回る。

 ただし地面は固く、生い茂る草葉は圧倒的に少ないため歩きやすい。

 道なき道ではあるが、進むのに支障はない。


 そこを歩む、二つの人影。


 極めて、奇妙な二人連れだった。


 一人は、150cmほどと小柄な女性だ。黒い大きなマントで身体を隠してはいるが、内部には白銀に光る刺々しい重装鎧を身に着けているのが分かる。歩く度に金属の当たるカチャン、カチャンという音が響く。

 髪は鮮やかな金髪で、腰まで届くほどに長いストレートだ。貌つきは幼く可愛らしい上ほのかに微笑んでいる。が、その発する闘気は凄絶なまでの獰猛さであり、人智を超えた戦闘者であることを覗わせる。


 今一人は、身長165cmほど。身体を薄手の毛皮とマントで覆っている。何よりも特異なのは、頭部を覆う、髑髏をモチーフとした不気味極まりない仮面だ。

 やや猫背で落ち着きなく、頭も不規則に上下している。呼吸が荒く乱れているようだ。


 前者は――サタナエル“魔人”親衛部隊副将、レーヴァテイン・エイブリエル。

 後者は――サタナエル一族女子、レエテの親友にしてコミュニティの家族、ビューネイ・サタナエル……その成れの果ての存在、であった。


 彼女らは、ある人物に会うためここまでやってきた。

 その身体能力により、より早い樹上をつたっての移動によってこの近くまでやってきたが、あえて地上に降り立って歩いてきていた。


 それは――樹上からの挨拶では、無礼にあたる、目上格上の存在が会見相手であるからだ。


「もうそろそろだね……このあたりに現れそうだよ。

さっき遠おーくで聞こえた派手な戦闘音、樹をなぎ倒す音、ドラゴンの馬鹿でかい悲鳴――。

気を抜くんじゃないよお、ビューネイ。もし油断して巻き込まれでもしたら、いかにあたしたちでも命はないからねえ。

とくに、『あの方』の戦槌の攻撃だけは――決して食らうんじゃあないよ」


 そう云いつつ、額に一筋の汗を流し、若干腰を落としての戦闘態勢を取るレーヴァテイン。


 ビューネイは頭を上下させるだけで、聞こえているのかいないのか良く分からない。


 そして――近づいてきた。

 樹々をなぎ倒す音、そして、ドラゴンの鳴き声だ。


 もう手に取るように分かる。100m、80m、50m――瞬く間に近づいてくる。もうすぐ其処、だ。


「来た!!!!!

ビューネイ!!! 『左』に思いっきり避けろ!!!!!」


 レーヴァテインが怒声とともに、全力で左へ退避行動をとると、ビューネイもすぐさまそれに倣った。


 そして間髪をいれず――。

 彼女らがいた場所に、大轟音とともに、途轍もなく巨大な「何か」が突っ込んできた!

 

 7、8m四方の巨大な岩石のようなそれは、巨木群をなぎ倒し、地面に右周りに回転し周囲の地面と岩を巻き込み、強大な振動とともに停止した。

 レーヴァテインが「左」と判断して退避していなければ、彼女らはこの10トンは超えるであろう物体の下敷きになっているところだった。


 それは――ドラゴン、だった。

 赤銅色の鱗に覆われた全身、長い尾と首、背中の無数の鋭いトゲ、そして開口1m近いであろう口、黄金色の目。

 ファイヤーブレスを吐く種である、レッドドラゴンだ。


 ドラゴンは、傷ついていた。全身のいたるところに、大砲の弾でも打ち込まれたようなひしゃげた打潰傷がある。

 しかしその強い生命力は、息を荒げながらもその両脚を地に着け立ち上がらせた。


 そしてその刹那――。

 ドラゴンが出現した同じ場所、樹々の間から、もう一つの巨大な影が姿を現した!


 人の形をとるその影。しかし――人の大きさでは到底、なかった。


 大きく身体を前傾させ丸めてはいるが、その状態でも体高は2m半を超えている。

 全身を、エメラルド色の重装鎧で覆っている。肩や背中、膝のプレートの先端が刺々しいエッジ形状を成している。

 その鎧の中は、張り詰めた筋肉で破裂しそうなほどであるのが、目に見えなくとも手に取るように分かる。

 そしてその頭部は――見えなかった。

 ビューネイと同様、仮面――そして兜で覆われているのだ。恐ろしく、禍々しい。鎧と同じくエメラルド色だが、黒色で隈が取られている上、複雑な彫刻がなされている。深い険が刻まれ、口には何本もの牙が形成され、頭頂部には曲線を描く角が何本も形作られている。唯一開いた二つの孔から覗く両眼は、白銀の瞳を持ち、充血している。通常の人間が見れば立ちどころに失神するであろう殺気が、蒸気のごとく溢れ出しているが如く見える。


 そして――その巨体が手に持つ、得物。

 柄の長さ3m半におよぶ、戦槌。それは白銀の輝きを放ち、見事な匠の彫刻がなされている。そしてその先にあるヘッド部は――1m半以上の長さ、80cm以上と見える直径をもつ金属塊だった。

 おそらく総重量は300kg以上と思われ、人間には持ち上げることなど到底叶わない巨大物体。この巨人だからこそ振るえる「兵器」といえた。


 そして巨人は、極限まで溜めた全身の筋肉を解放し――。

 一気に跳躍した!

 とても、その巨体が発する身体能力とは思えぬ早さで。


「オオオオオオオオオ――!!!!!」


 そして巨人は立ち上がったドラゴンの眼前に立ち――。戦槌を水平に構え、右後方へ振りかぶった。

 ドラゴンも、ファイヤーブレスを放つべく、身を反らし口を大きく開く。


「グアアアアアアア――!!!!!」


 しかし――この時点ですでに、勝負はついていた。

 消耗したドラゴンは、巨人の動きについていけず――。

 

 巨人は、横一閃に一気に振り抜いた戦槌の打撃により――。

 ドラゴンの頭部を、粉々に粉砕した!


 赤い血流と肉塊を爆発させ――。脳を失った赤き竜の巨体は、ゆっくりと傾き、そして轟音を立てて血に倒れ伏していった。


 巨人は、暴風のごとき息を大きく吐き出すと、戦槌を地に突き立て真っ直ぐに立ち上がった。


 その状態を以てして見ると、この巨人は――身長は3m半にも達し、その体格からして体重300kgを超えるであろう化物であることが見てとれた。


 そのまま、巨人は20mほど先に退避していた、レーヴァテインとビューネイに視線を向けた。


 すると――。

 その視線を受けたビューネイに、目に見えて変化が現れた。

 

「う、うううう、あああああ、うああああああ…………!!」


 仮面の中の目を見開き、両手で身体を抱え、ガクガクと震え始めた。

 そして立っていられず、その場に膝をついてうずくまる。


 レーヴァテインは、その様子を嗜虐的な視線で以て横目を送り眺め、ビューネイに云った。


「……そうかい、怖いかい? そりゃ、さぞかし怖いだろうねー。あんた自身が死の手前まで追い詰められた相手であると同時に、大事な大事な家族を奪った仇の一人だからねー。

その当時の血と死にまみれた情景が思い出されたかい?

あえてあんたをここに連れてきたのは、その苦しむ様子を見たいからだったのもあるのさあ、ビューネイ……」


 そしてそのまま視線を巨人に移し、数歩近づくと、通る声で話しかけた。


「初にお目にかかります。

サタナエル“斧槌(ハンマフェル)”ギルド将鬼、レヴィアターク・ギャバリオン様……。

お噂はかねがねお聞きしていましたが、それ以上のあまりに見事なお手前。まさに『竜壊者(ドラゴンバスター)』の呼び名に相応しき偉大なる御方。

私、“魔人”親衛部隊副将、レーヴァテイン・エイブリエルと申す者。

短剣(ダガー)”ギルド将鬼、ロブ=ハルス・エイブリエルの不肖の娘でもございます」


 それを聞いた巨人――将鬼、レヴィアターク・ギャバリオンは、再び暴風のごとき吐息を吐き出すと、地響きを立ててレーヴァテインに近づいた。

 そして――地獄の底で人骨同士が鳴り擦れ合うかのような、極めて不快な独特の低音にして大音量の発声で語り始めた。


「ホホウ……。オ主ガ、アノロブ=ハルスノ娘、トナ……。ナルホド、親衛部隊二トリタテラレタダケノ、タシカナ実力ノ片鱗ガミエルナ……。

シテ……コノ儂、レヴィアターク・ギャバリオン二、イカナル所用アッテノ来訪カ?」


 レーヴァテインは、問いかけに返答した。


「はっ。我が主、将鬼長フレア・イリーステス様からの伝言をお伝えに参りました。

レヴィアターク様におかれましては、過日バレンティンにて“剣帝”ソガール・ザーク様を打ち倒ししレエテ・サタナエルの次なる標的となっております模様。

これにあたりレエテに対し、レヴィアターク様に迎撃、ではなく進撃をしかけていただきたく」


 レヴィアタークはやや天を仰ぎながら、これに答える。


「ウム……アノソガールガ、マサカ殺ラレヨウトハ、儂モ夢ニモオモワズタダ驚イテオッタ。

レエテ・サタナエル、ヨモヤココマデ成長ヲトゲヨウトハナ……。

儂モ、コノヨウナ異形デアルユエ、アエテコノ国二コモリ研鑽ヲ積ンデオッタモノノ、組織ノ命トアラバ攻メルニモヤブサカデハ無イ。

アノ、フレアメノコトダ、ナニカ策ガアッテノコトデアロウ? 申シテミヨ」


「はっ。今私の脇に控えるこの女――。ビューネイ・サタナエルは、1年前、レヴィアターク様も『本拠』にて追い詰め捕獲された、マイエ・サタナエルのコミュニティの一員にしてレエテのかけがえなき存在。

この女を利用し、私が絶好の状況をノスティラス皇国ノルン統候領にて作り出した上で、レエテをおびきだす手筈。

レヴィアターク様におかれましては、私が上げる『赤の狼煙』を合図として、一気にノルン統候領、エルダーガルドまで攻め込んで頂きたく存じます」


 レヴィアタークは、それを聞いて仮面の中の双眸をギョロリ、とビューネイに向けた。

 自分と同じく貌を隠している状態だが、かつてまみえた敵、と感ずるところがあったようだ。


「ソウカ……アノ時手ヲヤカセテクレタ、生キノイイ女、カ……。ヨク覚エテオルゾ。

エサトシテハ、コレ以上ノモノハアルマイナ……。ヨカロウ、レーヴァテイン・エイブリエル、オ主ヲ信用シ、ソノ策、ノッテヤルコトトシヨウ。

コノ儂ノ神器、アダマンタインデ造ラレシ戦槌“デイルドラニウス”ヲ以テ、レエテ・サタナエル二マコトノ死ヲモタラシテクレル……!」


 そう云って左手一本で軽々と“デイルドラニウス”を持ち上げ振り回し、肩の上に置くレヴィアターク。

 

 将鬼を父に、将鬼長を師にもつレーヴァテインをもってしても、その見た目に違わぬ、将鬼に相応しい魔物ぶりは戦慄を禁じ得ないものであった――。

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