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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第八章 皇国動乱~幽鬼と竜壊者
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第二話 皇国への第一歩

 北の大国、ノスティラス皇国――。


 総人口は800万人、総面積も含め、エストガレス王国に次ぐハルメニア大陸第二の規模を誇る。

 あらゆる側面において敵国たるエストガレスと対極の要素をもつノスティラスにあって、最大の相違の一つは「皇帝制度」と「統候」の存在であった。


 最高権力者である皇帝は、5つの統候領を治める総勢5名の統候によって選ばれる。

 選定の際だけではなく、国軍を挙げての戦争や外交の締結と断絶、国内法の制定・改変など――。重要な政策においては「統候会議」の過半数以上の決議なしに、皇帝といえど独断で実行することはできない。

 そのような分割統治を行うこの国の統候領の一つ、ラウドゥス。

 「ドゥーマの無血占領」において皇帝に反逆したアイギスがかつて治めた、ミリディア統候領と領界を接する地域。

 同時に、東の超新興国、ドミナトス=レガーリア連邦王国と国境を接する唯一の統候領である。


 ドミナトス=レガーリアとの関係良好なノスティラスにとって、互いを結ぶ西街道の備えはさほど厳重ではない。

 エストガレスとを結ぶ南街道とは比べ物にならない数の、多くの人々と馬車が行き交う賑やかしい街道だ。



 その街道をやや外れた森林を、あえて身を隠すように歩を進める、ある一行。


 総勢5名の、男女と見えた。いや――正確には一人の女性の肩に一匹の魔導生物が乗っていることから、6名か。

 いずれも市井の一般の人々とはほど遠い歴戦の強者の装備、面構え、雰囲気であり、これだけでも表立って街道を歩けないことは明らかだったが――。

 実際にはそれ以上に、彼女ら彼らには一般人とは次元の異なるリスクが常につきまとい、これに人々を巻き込む訳にはいかない事情があったのだ。


 云うまでもなく、この一行は――。

 ドミナトス=レガーリア首都バレンティンでの死闘、サタナエル“(ソード)”ギルド将鬼、“剣帝”ソガール・ザークを討ち果たして目的を果たし、次なる目的に近づかんとする――。

 レエテ・サタナエル一行であった。


 今回はノスティラスを故郷にもつナユタ・フェレーインが、一行の先導役として先頭を歩いていた。

 そして肩を並べて歩くレエテ。

 後ろに、並んで歩くキャティシア・フラウロスとホルストース・インレスピータ。

 最後に距離をおいてルーミス・サリナスが追従するという隊列だった。



 先頭を歩くレエテが、ナユタに声をかける。


「ねえナユタ。バレンティンを出発するときは言葉を濁していたけれど、結局今どこへ向かっているの? やはり皇帝領ランダメリアを目指すの?」


 問いかけに、ナユタはゆっくりと首を振った。

 

「まあ……正直なところ、悩んでるんだよ。

一つだけはっきりしているのは、ランダメリア入都って選択肢だけは避けたい。なぜなら本来皇帝領にあたし達が近づけば近づくほど、サタナエルとの最大危険度の戦闘によって町や人に被害が出、結果的に皇帝であるヘンリ=ドルマン師兄に迷惑をかけるからね。

けれど――。ここが難しいんだけど、あたし達の最初の目的である、ルーミスの失った右手の対策のためにはどうしても師兄の協力が必要だ。

そしてそれは使いや手紙で済む話じゃなく、なにしろまともに闘えないルーミス本人を安全に、ランダメリアと堺を接する『魔工士』の町――アルケイディアに送り届けなければならないっていう問題があるんだよね」


 「魔工士」――。魔導の力を利用した道具を製作する職人たち。とくに「魔導義肢」に関しては最高クラスの「魔工匠(マスター)」ただ一人にそれが可能、だという話は先だってナユタから聞いていたレエテ。


 ノスティラス皇国は、国家で魔導を推奨する魔導大国。その技術は戦闘のみならず、教育、学究など多岐にわたり独自の発展を遂げてきた。中でも器械技術に関しては最も高度な技術として、これを身に着けた希少なる職人たちは歴代皇帝直属の管轄に置かれているのだ。


 彼ら職人の町アルケイディアでは日々眼鏡のレンズや化学器械などが生み出されているが、その中でも最高度な技術の結晶たる、魔導の力を利用した義肢こそがナユタの目的だった。

 ルーミスの右手に適合する「魔導義肢」を作成するために、策を練らねばならないのだ。


「まあとにかく付かず離れずじゃあないけど、アルケイディアに最も近い北東のノルン統候領をひとまずは目指そう。そこから師兄にコンタクトをとり、魔工匠(マスター)への仕事依頼の許可を取り付ける。

そっから魔工匠(マスター)ほどの御大が……自ら出張ってくれるか、やっぱりお伺いしなきゃいけないのかは、状況次第だね。ま、ノルンに入る前にはうまいこと考えておくさ」


 

 その後ろを歩く、キャティシアとホルストース。

 その最悪の出会いから現在まで、一行の中で最も険悪に見えるこの二人は、やはり寄れば触れば口論が絶えなかった。

 

 普段は礼儀正しくおとなしく見えるキャティシアも、実は気が強く、何より大変な潔癖症であることはもう皆が知るところだ。

 行儀の良いとはいえない無頼な口調と性格で女好きで、これまでも数え切れないほど女性を自分のものにしてきた自信から隙あらばレエテに云い寄るホルストースは、キャティシアにとってまことに腹立たしい存在だった。


「……なんであんた、私と並んで歩くのよ。離れてくれない? できれば一番遠くに」


「俺だって、好き好んでお前みてえな小娘と一緒にいるわけじゃねえよ。

しょうがねえだろう……。あのレエテとナユタ、あまりに仲が良すぎていつも一緒だ。ま、別に俺も間に入り込むのを遠慮する柄でもねえが……レエテに近づくとお前が鬼みてえな形相になって、後でガミガミうるせえじゃねえか。だからそれは隙をみてこっそりやるとして……」


「あんたのそういうとこ、大っ嫌いなの! いっつもそういうろくでもないことばっかり考えてて! ちょっとは何か皆の目的に対して大局的にものを考えたり、知恵を出したりとかってないわけ? ほんとにシエイエスさんとは天地の差ね……。とにかく私から離れてよ」


「……それで? あの暗ーい貌して下向いてる小僧と一緒に歩いて、慰めてやれとでもいうのかよ?」


「あ…………」


 それを聞いて、思い出したようにキャティシアの貌が心配そうに曇った。


 そう、一行の一番後ろを億劫そうに歩く少年“背教者”ルーミスは、バレンティン出発以来尋常でない落ち込みようで――。話しかけても反応は鈍く、常に笑顔の消えた青い貌をしていた。


 それはもちろん、右手を失ったことで戦闘不能となり、皆の足手まといになるという思いもなくはないだろうが――。原因は明らかに、インレスピータ宮廷のコロシアムで発覚したレエテとシエイエスの相思相愛の事実だった。


 神童として人生の全てを理性的に歩んできたルーミスに、唯一なりふりかまわず感情にまかせてついてこさせてしまったほどの、初恋にして今も信仰に近い程に恋い焦がれる相手、レエテ。

 彼女に、自分ではない愛する男ができてしまった。しかも、それが敬愛する自分の兄。

 

 そのショックに打ちのめされ、しかも日を追う毎にじわじわとその衝撃は強まっていたのだ。

 同じ立場といえるホルストースのように、相手が誰を想っていようが一切気にせず極めて前向きに考え行動することは、ルーミスには難しかった。


「ルーミスさん……どうすれば元気になってくれるかわからないけど……。ひとまず右手のことを何とかしてあげれば少しはよくなるって、私は信じてる」


 心の奥から心配そうなそのキャティシアの表情を見て、経験豊富なホルストースは彼女のある心の機微を感じ取ったようだ。眉を上げて笑いを浮かべ、肩をすくめた。


「まあ、そうかもな。何にせよ、これはあの小僧自身の心の問題だ。一人前の男として成長する、一種の通過儀礼みてえなもんだ……。

……に、してもよ。お前、年下のはずのあの小僧にさえ『さん』付けで敬語なのによ、なんで俺だけ呼び捨てでその口調だ? おかしくねえか?

一応聞いたとこじゃ俺はお前より8歳上で、お前と違って立派なオトナだ。それなりの口の利き方、てものがあるんじゃねえのか?」


「笑わせないでよ。そのいい加減でだらしなくて助平な性格と行動のどこがオトナ、よ。

ルーミスさんは歳は私より下だけど、とても頭がよくて優しくて理性的で……尊敬できる人よ。あんたよりよっぽどオトナね。

『さん』付けなんてお断りよ。あんたなんて今のままで十分。……何でもいいから、とにかく離れてよ!」



 キャティシアと、さらに何かを云い返そうとするホルストースとの争いの様子に、レエテは一度振り返って笑顔を向けた。


 そしてすぐに、前を向き直りやや険しい貌で遠くへ視線を送った。


 ナユタの故郷でもある、レエテにとって未踏の地であるノスティラス皇国。

 さらに北方の北ハルメニアで待ち構える仇敵、レヴィアターク・ギャバリオンの討伐も至難を極めるだろうが――。

 その前にも、大いなる困難、大いなる強敵が待ち構えることを、彼女は予感しているかのようだった――。

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