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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第七章 剣帝討伐
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エピローグ 死すべき定めの者と、死した心の者

 死闘の余韻が残る、首都バレンティン、インレスピータ宮廷内コロシアム。そこを後にした、エストガレス王国公爵、ダレン=ジョスパン。


 彼はオファニミスやソルレオンに所用があると云い残して、宮廷の外に出ていた。

 裏側に回り、人気のない裏庭の方に歩みを進める。


 そこには――先刻レエテ・サタナエルの前に為す術なく敗れ去った“(ソード)”ギルド副将エルウィン・ブラウフェンと、その配下の兵員二名、計三名の遺体がそのまま放置されていた。


 ダレン=ジョスパンは、それらには全く無関心な一瞥をくれただけで、そのまま少し先まで進んだ。

 そして、声を張り上げる。


「居るであろう!!! エイワス!!! ここへ姿を現せ!!!」


 その声が裏庭内に響いて、二秒ほどで――。

 いったいどこに身を潜めていたのか、城壁の上から跳躍し、一気に芝生の上に飛び降り――。

 エイワス・ハーシュハウゼンは、ダレン=ジョスパンの前に出現し、膝を着いた。

 彼は――すでにその直前で行ったであろう血破点打ちの効果によって、全身の筋肉が膨張している状態だった。


「お呼びでございますか、ダレン=ジョスパン殿下……。

残念に、ございましたな。シエイエスを餌に用いてもレエテ・サタナエルを捕らえることは叶わずに。

こたびの騒動の結果、我らサタナエルとしてはソガール・ザーク様を失うという巨大な損害をこうむった上に、レエテをむざむざ逃すという痛恨の極みの戦果を得ましてございます。

その一因となった殿下の失策に関しましては、私もゼノン様に報告せざるを得ませぬ。

追って『本拠』までその件は上がり、殿下には何らかの懲罰がサタナエルより下るものであろうと、お覚悟をなさいませ」


 ダレン=ジョスパンはエイワスのその言葉に、極めて邪悪な笑みをもって返答を返した。


「くっくっく……白々しいぞ、エイワス・ハーシュハウゼン。余の目がそこまでの節穴と思うておるのか……?

後ろめたいことがあるからこそ、お主はそうやって血破点打ちを行った完全防備で我が前に現れておるのだろうが。

お主は此度の件において、余の策を失策に変えるよう、ゼノン(あやつ)の命で動いておったのだろう?

様々に考えられるが、最も重大かつ確実なのは――。余がレエテを確保できるはずだったまさにそのタイミングで、ソガール・ザークがコロシアムに現れたこと。

そうなるよう巧みに情報を与えつつソガールを誘導したのは――まさにお主であろう、エイワス?」


 じり、じりと距離を詰めてくるダレン=ジョスパンの圧力に耐えきれずに、エイワスは平伏をやめ、立ち上がった。


「……だとしたら、一体どうなさるおつもりですかな……。ダレン=ジョスパン殿下」


 云いつつも、すでに構えをとり、戦闘態勢に入っているエイワス。

 その貌は、極限の緊張に引き締まり、額からは大量の冷や汗を流している。


「知れたことよ……。ここでお主を地獄に叩き落とし、その口を永遠に塞いでくれよう、ということだ。

周りを見よ。明らかにレエテが仕留めたと思しきサタナエル共の死骸がある。

ここにお主の死骸があれば同様に処理され、のちに訪れるサタナエルの者が検死を行ったとしてもレエテの仕業に片付けられ、余の仕業とは誰一人思わぬ」


 エイワスは、サタナエルに所属する者として、いざとなれば死ぬ覚悟はできている。

 しかし想定しているのは、ある程度の名誉ある闘いで止むなく命を落とすような場合だ。


 エイワスは、全サタナエル副将の中でも上位に位置するとの自負をもつ実力の持ち主だ。

 しかしその彼をもってして、目の前の人外の存在には勝てる自信は些かもなかった。

 かつてファルブルク領で目にした、魔神としか思えぬその技。

 今彼が血破点を打っているのは反撃のためではなく――あくまで、逃走のためだ。


 意を決したエイワスは瞬時に踵を返し、全力で10mほどを走ると、そのまま一気に跳躍した。

 彼の跳躍力は“背教者”としても異例の、およそ7mにおよぶ。

 平面では無敵を誇る敵も、垂直の動きならばついてこれぬかもしれない。


 しかし――エイワスのその賭けが無残な負けに終わったことは――。

 空中で彼自身の視界が一気にぐるんっ、と180度回ったことと――。

 その視界が一気に真っ暗になったことで自覚された。


 ダレン=ジョスパンは、あり得ぬ高さの跳躍から地に着地し、振りの異次元の早さに血すらつかぬレイピアの刃を鞘に収めた。

 直後に、首を失ったエイワスの肉体と彼の目を見開いたままの首が、鮮血とともに同時に地に落下した。


「命を救ってくれたことを含め、これまで色々とご苦労、大義であったなエイワス。

これである程度、時間を稼げる。

奇遇だが、先刻のオファニミスとの約束もあるしな。長い付き合いだったが――いよいよ、お主との全面対決の時も近づいてきた、ということだ、サタナエル“法力(ヒリング)”ギルド将鬼、ゼノン・イシュティナイザー……」



 *

 ダレン=ジョスパンがサタナエル副将、エイワスを葬ったのと、ちょうど同時刻――。


 首都バレンティン郊外、「葉の森」。


 それ自体が一本の巨大樹の上に存在しているという奇跡の存在であるバレンティンにも、辛うじて森、と呼べる場所は幾つかある。


 その枝、にあたる場所から伸びた、無数の葉。

 巨大な葉が無数に絡み合い、通常の森林における樹々の様相を呈しているのが、まさにこの葉の森であった。


 その枝葉の隙間でここ半日の間、バレンティン中枢に位置するインレスピータ宮廷の様子を逐一偵察していた、一人の女性。


 白髪のくせ髪をポニーテールにし、腰にはトンファー型の短剣を帯びるその一人のうら若く美しい女性は――。


 バレンティン監獄前で、覚醒したナユタの実力に恐れをなして逃走していた――。

 サタナエル“短剣(ダガー)”ギルド副将、セフィス・マクヴライドであった。


 ナユタの急成長ぶりに恐怖し、命を惜しんで逃走したセフィスではあったが、さすがに何の手土産も持たずにロブ=ハルスの元に逃げ帰ってもただ死を免れるだけ。あくまでそれに限りなく近い苦行が待っているのだ。

 今の彼女としては、組織に利益をもたらす何らかの情報を持ち帰り、自分の罪を軽減する必要がある。

 さしあたってレエテ・サタナエル一派の動向を詳細に探り、今後の行動に繋がる情報を得ることができれば、限りなく戦果に近い好材料として組織に提示できるのだ。


 よって彼女は付かず離れずにここ半日、レエテ一派の動向を探っていたのだが、彼女としてはもう十分な手土産を得た実感がある。

 そろそろ潮時と見切りをつけ、法王府近郊に潜伏する主の元へ帰還しようと思っていたところだった。


 そして帰路につこうとしたその時――。

 セフィスは、僅かな違和感を感じて貌をしかめた。


 感じられたのは、一瞬だ。しかし、間違いはない。

 自分の背後に付かず離れずピッタリとマークしていた者が、わずかな隙を見せ、セフィスにその存在を気づかれた。そう思わせる気配だった。


「……誰だ……! そこに居るのは。

居るのは分かっている。出てこい……そして名を名乗れ」


 セフィスがトンファー型短剣を構えて、低い声で脅しをかけると、その主は、すぐに姿を現した。

 

 その姿を見て――。セフィスは息を呑んだ。


 一つは、その姿のあまりの痛々しさ。

 今一つは、その姿に見覚えがあり――かつ、この場にいることは思いも寄らない人物であったことだ。


 その人物は――女性だった。

 身長は、170cmほど。肉付きの良いグラマラスな、男性にとって魅力的なスタイルの体型。

 かつそれを強調するように露出度の高い革鎧、ミニスカート、ブーツという衣服によって太腿や腹部、豊かな胸の大部分を見せ――。かろうじて厚手の軍用ジャケットを羽織ることで腕や肩口を隠している。

 最も特徴的なのは、頭部に乗る鍔の広い大きな黒い帽子と――その間からはみ出す、鮮やかな金髪で編まれた、大きな一本の三つ編みだった。


 それはまさしく――。半月ほど前、己が統括していたドゥーマの大敗北の責任を問われ、裁定者の将鬼サロメ・ドマーニュに死罪を申し渡されたにも関わらず――。

 突然乱心して主と組織に反旗を翻し「本拠」より逃走していた元サタナエル“投擲(スローン)”ギルド統括副将、シェリーディア・ラウンデンフィルの姿であった。

 

 さきほどセフィスが痛々しい、と感じていた理由は――。

 それら衣服だけではなく、身体そのものも汚れきって異臭を放ち、なおかつ、以前は太陽のように明るく可愛らしかったその表情が、まるで生ける屍のごとく虚ろであることだった。


 シェリーディアは、かつての武者修行で当然“短剣(ダガー)”ギルドの門も叩き、セフィスも何度か手合わせした。

 率直な印象として――この女性は天才、以外の何者でもなかった。

 もう自分のギルドに来る前から、10年に一人の逸材だとか騒がれていたのは知っていた。

 そういった前情報もあり当然のごとくいびり出してやろうと思っていた、畑違いのギルドから来たこの女性はわずか――3日間の教育を受けただけで、ギルドでも屈指の実力をもつ自分と互角の腕になっていたのだ。

 シェリーディアの才に強く嫉妬したのと同時に――同じくらい強い恐怖を覚えたのを、セフィスは鮮明に覚えていた。


「これはこれは……懐かしい貌にお会いしましたわね。シェリーディア・ラウンデンフィル統括副将。

今や反逆者として大陸中の組織員に命を狙われる身のあなたが、こんなところで一体なにをしておいでなのかしら……!?」


 シェリーディアは、相も変わらず虚ろな目で、ゆっくりとセフィスを見据えて、云った。


「は……? アンタ、どっかで会ったことあったっけ……?

アタシは、全然、覚えがねえなあ……」


 その台詞に――。セフィスのこめかみに太い血管がびっしりと刻まれた。

 シェリーディアは一切気にも留めず続ける。


「アタシがアンタを張ってたのはねえ……。アタシの標的を勝手に付け狙い、あわや仕留める寸前までいったアンタを許せなかったからだ……。

あの“紅髪の女魔導士”ナユタ・フェレーインという、アタシの親友の仇をねえ……」


「ほおお……!? それはそれは、事情を存じ上げませんで、大変失礼いたしましたわ。

それで、今この状況下で、あなたは何をどうなさるおつもり? 一体何が目的なのかしら!?」


「アンタを張っててな……ナユタの件以上に許せねえ行動を、アタシは見ちまったんだ。

アンタあいつが強くなって再び自分の前に現れて、仲間が無残に殺された前で、小汚え計算をしたろ……?

勝てるかもしれねえが、それよりは死ぬ可能性のない『本拠』の再教育を受けて生き延びる方がマシだな、てさ。

そういうの、虫唾が走るんだよねえ……。サタナエルは悪の組織だが、少なくともアタシの大切な仲間や部下には、そこまで卑怯な行為に走る輩は一人としていなかった。

ここでアンタがおめおめとその小虫みてえな命をつなぎ、サタナエルの中で永らえていくってのは、アタシの中で到底許せることじゃない……。

せっかくの機会だ。今、アンタを叩き潰してそのクソみてえな命、終わらせてやるよ」


 貌も目も虚ろ、声にも覇気はまったくなく、無気力そのものに思えるが――。

 なぜかシェリーディアの言葉ひとつひとつは力強く、恐るべき殺気をもってセフィスに伝わった。


 過去の記憶も手伝い――。

 セフィスの防衛本能は、極限の防御体勢に入った。

 すなわち――攻撃だ。額には冷や汗を大量に浮かべながら、彼女は自身最大の構えに入る。


 シェリーディアは、あの後六ギルド全てを渡り歩いてその術を身につけたと聞いた。

 ならば、オールマイティーな戦士の傾向として――。魔導に頼りがちな攻撃になるのは明らかだ。

 魔導相手ならば、自分の領域。ナユタのような獄炎ならともかく、中途半端にかじったような魔導など、自分の鉄壁の耐魔(レジスト)でことごとく無効化できる。


 覚悟は、決まった。

 セフィスは、一気に己の鍛え抜いた体術により、シェリーディアに対する攻撃に入った!


 かつて、ナユタを身動きすらさせなかった神速の攻撃だ。

 いかに天才とはいえ、やすやすと捌くことは不可能だろう。


 彼女の視界のシェリーディアは、ゆっくりと背面のフックにかけた得物、“魔熱風(パズズ)”に手をかけていた。

 馬鹿め――それで間に合うスピードと思うか!

 そう思っていたセフィスの視界は――。一瞬で、真っ暗になった!


 そして永遠に――その視界と、意識が回復することは、なかった。


 

 シェリーディアの両手には、“魔熱風(パズズ)”が両手にしっかと構えられ――。

 その先端の、ハンマー部分からは大量の血痕が滴り落ちていた。


 その下には、原型を留めない赤いぺしゃんこの肉塊となって、ただの地面の血溜まりとなったセフィスの頭部が、あった。


「馬鹿だよなあ……知らなかったか? アタシの“魔熱風(パズズ)”の中には、六ギルド全ての弱点に該当する能力が詰まってる。

短剣(ダガー)”ギルドの弱点は、ずばり“斧槌ハンマフェル”ギルドの能力……『打潰』だ。

アンタらに防御の出来ないこいつをアタシほどの技量でぶつければ、アンタ程度では……瞬殺だ」


 云い置いて、シェリーディアは“魔熱風パズズ”を再び背後のフックに掛け、踵を返して場を後にしようとする。


 と、突然、シェリーディアはゆっくりと身体を屈め――片膝をついた。


 そして次に、ガックリとうなだれた後、両手で貌を覆って、泣き出したのだ。


「う、うううううう…………!」


 シェリーディアは――。

 人生をかけて信じ、全てを捧げた存在に、裏切られた。

 それを知った怒りで、自分の有り余る才を発揮して「本拠」からの脱出に成功したものの――。

 いざ外界に放たれてみれば、彼女には何も、なかった。

 ただ、人を殺す、そのために特化した異常なる天賦の才能だけ。


 またその心も――。生来、極めて他人への依存の強いものだった。

 親友フェビアンのため、その次にはサロメのため――。

 彼女らのために尽くしていると自分に云い聞かせつつ、その実彼女らに認められているんだと、必要とされているんだという――。自己満足感だけが彼女の心の糧だった。

 それはより小さくても、仲間や、部下に対しても、同じ――。

 男のような口調も、男性社会のギルド内で周囲に認められたいがための作られたものだった。

 

 依存すべきそれら全てが無くなった状態で、レエテ・サタナエル同様にサタナエルの指名手配対象となり追われ続け――。決してシェリーディアを理解してくれる事はない敵に対し、ひたすら虚しい殺人を続けざるを得ない毎日。


 もう子供のように脆い彼女の真の心は、限界寸前、崩壊寸前のところまで来ていたのだ。

 圧倒的孤独感がもたらす絶望に、圧し潰される手前だったのだ。


「うう、ううう……助けて、誰か、助けて……!

もうイヤだ……こんなこと。もう、誰でもいい……お願いだから誰か一緒に……! アタシの側にいてよ……必要としてよ……!

こんな辛いなら、死んだほうがマシだ……。怖い、怖いよお……誰か、誰か助けてよ……!」


 少女のようなすすり泣きと痛々しい小さな声は、葉の森の巨大な広葉群の中でかき消されていったのだった――。




第七章 剣帝討伐

次回より

第八章 皇国動乱~幽鬼と竜壊者

開始です。

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