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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第七章 剣帝討伐
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第三十六話 シエイエスの真実

 オファニミスが場を去った後、ネイザンは、闘技場内にいるルーミスとナユタを見やり声をかけた。


「よお!!! 小僧!! どうやら万事首尾よくいったようだな!

祝福するぜ!! 

ついでに色っぽい姉ちゃん、いつか俺の酒に付き合えよ!!!」


 ナユタは誰だいあんた、と云わんばかりの訝しむような目を向け首をかしげたが、ルーミスは笑顔で言葉を返した。


「ああ!! アンタの悪知恵のおかげだ、ネイザン!!

今こそ礼を云う! 本当にありがとう!!!」


 ネイザンは軽く手を振り、コロシアムを後にした。


 

 ソルレオンは、コロシアム出入り口に歩みを進め、途中で不肖の家出息子を振り返った。


「ホルス……。お前、レエテ・サタナエルについて、この国を後にする気だろう?」


「ああ……まあ、な」


「極めて危険な旅路、だな……。まあ、お前が結果的に生きようが死のうが、公式に俺あ何の反応もしねえ。

が、取り敢えず家出を続行するからには、目的だけは必ず果たせ。俺が晴れてサタナエルの存在をこの国から排除できるようにな」


「ハッ、クソ親父に改めて云われるまでもねえが……。まあ、有難く肝に命じておくぜ」


「あと、ドラギグニャッツオはあくまで貸すだけだ……。無傷で持って帰ってこなけりゃあ、承知しねえ」


 そう言い残すと、ソルレオンの姿はコロシアムの外に消えていった。

 その背に向けて、ホルストースは云った。


「……ありがとうよ、親父。俺は、必ず目的を果たす」



 いつもの薄目微笑の表情のまま、コロシアムを後にしようとするダレン=ジョスパン。

 その背に向けて、レエテは声をかけた。


「ダレン=ジョスパン。さきほどオファニミス殿下に何かを云われていたようだが、お前はいずれまた、私を捕らえるため手を下す気だろう?」


 ピタリと足を止め、ダレン=ジョスパンは振り向かず云った。


「……分かっているではないか。無論だ。余がこの程度のことでお主を諦めることはありえん、レエテ。

すでに、様々な策は我が脳内には現れて来ておる。いずれまた、相見えよう。

シエイエス。そのときは真っ先に裏切り者のお主の素っ首を叩き落とすであろうがな」


 シエイエスは眼光鋭く、言葉を返した。


「望むところ……殿下、いや、『ダレン=ジョスパン』……。

そのときは俺も、その素っ首をねじ切る手に手心を加えることはしない」


 聞いたダレン=ジョスパンは、不敵な笑みを浮かべつつ、コロシアムを後にしていった。



 

 

 観覧席の貴人たちが去り、レエテと仲間たちだけが残された、コロシアム闘技場。


 レエテはシエイエスの前に立ち、話しかけていた。


「シエイエス……本当に、ありがとう。

あなたがいなければ、このソガール・ザークを斃すことはできなかった」


「いいや……俺の力などあまりに微力だ……。全てはレエテ、お前自身の力で成し遂げたことだ。

それに対し俺は……大事なことを、まだ成し遂げていない。

レエテ……それにナユタ、ルーミス、ランスロット、キャティシア、ムウル……。

お前たちに俺の重大なる裏切りを詫び、償わせてもらうことだ」


 そう云って、やにわにシエイエスは地に両手をつき、額をも地にこすりつけた。

 

「すまない……本当に、すまなかった、皆……。俺は、あのドゥーマでお前たちの仲間に加わったそのときから、すでに裏切り者だったんだ……。

自分の魔導生物を使って常にダレン=ジョスパンにレエテの動向、お前たちの行き先の情報を伝え――監視していた。

そしてダレン=ジョスパンが行動を起こすと宣言した、このドミナトス=レガーリアにおいては……。それまでの信頼を利用して意図的にお前たちを操り、レエテを奴のもとに誘導する役割を担った……。

最初に提案した組分けも、その一環だ。もっともらしい理由を付けていたが、実のところはレエテ捕獲に障害になりそうなナユタ、ルーミス、ランスロット……お前たちをレエテから遠ざけることが最大の目的だった。

結果的にバレンティン先行の役割を担ったお前たちには、大変な危険を背負わせることになったようだな……。特にルーミス、お前そんな傷だらけになって、右手まで……失ってしまって……。失った11年の埋め合わせをするなどと云っておきながら、このザマだ。すまない……本当にすまない……」

 

 ルーミスは涙ぐみながら、シエイエスに駆け寄った。


「そんな、よしてくれ、兄さん……オレなら大丈夫だ。こんな傷くらいどうってことはない。

きっと……きっと兄さんのことだ。こういう行動に至るには本心からではない……何か深い重大な訳があったんだろう?

現に、ダレン=ジョスパンのレエテ捕獲の現場で、兄さんは身を翻してレエテやキャティシアを助けてくれたんだろう?」


「ああ……そう……なんだが」


 それにはナユタも話に加わった。


「どうしてだい? 単に行動をともにするうち、レエテやあたし達仲間に情が移った、てことなのかい?

それともルーミスが云ったように、元々この作戦には何らかの理由で嫌々命じられて従っていて、最終局面でその罪の意識に耐えきれなくなった、てことなのかい?」

 

 シエイエスは、ゆっくりと首を縦に振って、絞り出すように答えた。


「それは……まさしくその、両方の理由だ、ナユタ……。

俺はお前たちと苦難の旅をともにし、助け助けられ、素顔に触れて完全に仲間として情が移ってしまった……。とくにレエテ、お前の事情や内なる苦しみを聞かされていた俺は、どんなに自分に云い聞かせても、最後の最後でお前を売ることができなくなってしまった。

後者の理由は……その通り、俺はこの望まぬ任務を、嫌々受けていた。

望まなかった理由は、その時すでに俺は、標的であるレエテ・サタナエル一行に弟であるルーミスが加わっている情報を掴んでおり、危険にさらすのを危惧したこと。

受けざるを得なかった理由は――我が妹、ブリューゲル・フォルズの存在があったからだ」


 その名前に、血相を変えて詰め寄るルーミス。


「ブリューゲル姉さんが!? 姉さんがいったいどうしたっていうんだ!!

以前オレが聞いたとき、兄さんはブリューゲル姉さんはすでにノスティラス皇国のどこかに移送して、安全な場所にいると云っていたじゃないか!!!」


「それは、万が一の情報漏れを警戒した俺のウソだ。

ブリューゲルは20歳の身体だが、子供以下の知能で介護を要し、徘徊もする。そのために、ルーミス、お前も知っているベルーナ婆やがついているのだが――。

その旅程や、ブリューゲルを襲おうとする男どもからの防御を考えると、とてもではないが彼女らだけで異国の安全な場所に移送させられない。彼女らは、今エストガレス、中原の外れにあるヴァルーサで生活しているのだ」


「そんな……!」


「主君直々の命とはいえ、除隊や投獄を覚悟しさえすれば、断ることも通常なら可能だ。

だが――ダレン=ジョスパンは異常な男だ。

実際あったそうだが、己の命令を拒否した男の素性を調べ、その原因となった婚約者の女性を拷問の末兵士に陵辱させたらしい。その後彼らはショックのあまり二人で心中したそうだ」


「……そんな、ひどい……」


「まして俺は、変異魔導と魔導生物というこの任務に特化した能力を持っていて、それこそ断れば強行手段に出られる。

ブリューゲルに危害が及ぶのを避けることはできないだろう。それは任務受諾後も――任務中も、遂行するまではずっと続く。だから俺は、苦悩しながらも任務を続けるしかなかったんだ」


 その話を聞いて、レエテはシエイエスに詰め寄った。


「……待って! ということは、もうダレン=ジョスパンにあなたが逆らってしまったからには、すなわちブリューゲルに危害が及ぶ、ということになるじゃない!

すぐにでも助けにいかなければ……!」


「ああ、奴が帰国する前に、彼女の身の安全を確保しなければならない。

いや、ひょっとすると……奴の腹心であるラ=ファイエット将軍の手によって探り出されている可能性もある。事は一刻を争う。

今こうして生きながらえることができた以上、お前たちへの罪さえ償えれば、すぐにでも妹を助けにいかなければと思っている……」


「そんな、私達への償いなんかより、すぐにでも助けにいかないと!

ごめんなさい……そうとも知らず、私達を助けるために妹さんを危険にさらしてしまって……。

事情は、よくわかった。あなたは、本当に止むに止まれぬ事情で私達に近づき、裏切った。それは全く仕方のないことだし、私達を大切に思っていてくれたことも分かった。

それで十分よ。あなたは変わらず私達の仲間であり、私達はあなたに償いなんて何も求めないわ。……そうでしょう、皆?」


 レエテが振り返ると、仲間たち全員が笑顔を浮かべて、思い思いに頷いた。


「すまない……ありがとう……皆」


「妹さんの救出には、ぜひ私達も同行させて。協力させて、シエイエス」


 レエテのその申し出にはしかし――断固とした口調でシエイエスは云った。


「ダメだ。それは断固として断る。気持ちはとてもありがたいが――。

それは受けるわけにはいかない」


「どうして!?」


「これは俺個人の問題だ。お前達をそのために危険にさらすことなどできない。

それに今エストガレスに戻るのは、サタナエル討伐の観点からいっても完全に下策だ。

今レエテ、お前が赴くべき地は――途中の野営で一度だけ話したとおり、北ハルメニア自治領だ。

そこに確実に存在する――奴を討つことが第一優先だ」


 それを聞いたレエテの眼光が鋭くなり、一度は消えた殺気が再び彼女を覆った。


「“斧槌(ハンマフェル)”ギルド将鬼――『竜壊者(ドラゴンバスター)』、レヴィアターク・ギャバリオン――!!」


「そうだ――そのレヴィアタークを斃すべく、皆と進め――。

俺のことなら、心配するな。変装と潜入は俺の最も得意とするところ。

この国で得た貴重な経験もある。決してヘマはしない」


 それを聞いたレエテは大きく逡巡しながらも――ようやくシエイエスを送り出す決心がついたのか、傷の完全に治癒した下半身から彼の鞭をほどいて外し、手渡した。


「わかったわ……どうか無事で。必ず、生きてまた私達のもとに帰ってきて、シエイエス……」


 そしてナユタが前に出て、シエイエスの両肩を叩いた。


「気をつけて、生きて帰ってくれよ……!? あたしはまだ、連峰での死の淵から救ってくれたあんたに恩返しができてないんだからね。

ところで、あたしが凄く気になってるのはね。一回も見せてくれたことがない、あんたの話に出てきた魔導生物のことさ。

まあ話の内容からして、あたし達に見せる訳にはいかなかったろうけど……どんなやつなんだい?」


「ああ……そうだな、ここで紹介しておくべきかな、俺の信頼すべき相棒を。

俺と同じで変幻自在で、隠れるのと忍び込むのだけは得意なやつだ。現に、ソガールの死を見計らってもう今すでにここに来ている。

クピードー、姿を現せ」

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