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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第七章 剣帝討伐
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第三十話 戦女神の反撃(Ⅲ)~新兵の教え、そして再会へ

 予想を超えるレエテの実力と、自らを見下した宣戦布告。それに対し、それまでの無邪気とさえいえる好青年ぶりを豹変させて完全に本性を表し、悪魔の形相を見せる副将エルウィン。


「貴様あ……。あのトム・ジオットごときに苦戦したという情報とは、随分話が違うじゃあないか……。しかもこのおれに向かって、舐めた口を利きやがってぇぇ……!

まあ貴様がどう変わろうが何を云おうが、おれが不覚を取ることはないわけだが。この“(ソード)”ギルドナンバー2たる、“疾風迅雷の剣”エルウィン・ブラウフェンの技の前ではなあ!!」


 叫ぶやいなや、エルウィンは一気に踏み込んだ!


 10m近い距離を一気に詰め、ロングソードを振る。

 レエテの視界では、コンマ数秒という瞬時で突然エルウィンの貌が近づいたように見え、突風のような風圧を感じた。

 その太刀筋は、あまりのトップスピードに全く視認できない。

 やむを得ず、レエテは後方転回でこれをかわす。


「甘い!! 甘い甘い甘い甘い!!!」


 狂気の気合を発するエルウィンは、振り抜いた剣を戻し怒涛の剣撃を仕掛ける。

 縱橫無尽に繰り出されるそれはロングソードから繰り出される剣撃とは思えぬ、ダガーをも上回るスピードそして連撃だった。並の相手ならば十数回は身体を両断されている。

 

 踏み込みつつのまさに“疾風迅雷”の剣撃に、かわしてきたレエテの身体もわずかに捉えられた。

 右胸下部分のボディスーツを水平に斬られ、切り取られた布の間から、豊満で形の整った右乳房が下半分露わになり、その褐色の肌の上にスーッと横一閃に赤い傷が作られた。

 これを見ていたムウルが貌を赤くして目を逸らす。

 エルウィンは攻撃を停止し、口角を思い切り歪めて邪悪な表情を形成させる。


「ふん……まったく醜い肉塊を胸にくっつけやがって……。目の毒だ。

おれはな、レエテ・サタナエル。貴様がコルヌー大森林であのトム・ジオットの野郎を殺してくれて、凄く感謝してたんだぜ?

おれはギルドに(いざな)われてからというもの、常にソガール様の人間を超えたあの強く美しい究極の肉体に憧れ、その寵愛を得るため努力してきた……。ほかの有象無象どもを押しのけ、副将に手がとどくほどの実力を身につけても……。あの方は醜男のジオットを伴侶とし、実力も美しさも比較にならないおれに目も向けてくださらなかった……!

だが! 奴は死んだ。そしておれは副将となり名実ともにギルドのナンバー2になった。これからは、ソガール様は……ソガール様は……おれのものだああああっ!!」


 狂気の双眸でロングソードを振りかぶり、必殺の一撃に移行せんとするエルウィン。


 それを前にしたレエテは――両目を閉じていた。

 呼吸も止め、両手結晶手を構えたまま停止する。


「はっはあああー!! 観念したか、『血の戦女神』!! それでいい!! 女神などとおこがましい、貴様ら一族女子は我らサタナエルの強さの糧、貴様は単なる家畜の一匹にしか過ぎないんだからなああああ!!!」


 止めの一撃を放つべく、一筋の迅雷と化し斬撃を見舞わんとするエルウィン。


 その凶刃が、レエテの急所たる首を捉えようとした、その瞬間。

 

 高らかな、金属と鉱物の打ち合う音とともに――。

 エルウィンの凶刃は、レエテのクロスされた両手結晶手の間に捕らわれていた。

 

「なっ――!!」


 エルウィンが刃を引く間もなく、そのまま即座に結晶手を解除したレエテの両手でガッチリと捕らわれたロングソードの切っ先。


「エルウィン、だったか。お前はたしかに恐るべき剣の才能を持ち、その業前も剣のスピードも凄まじく、それだけなら云う通りソガールに次ぐ実力なのかもしれない。

だが――あの魔物の存在ソガールから教えを受け、鍛錬を積んでいるはずなのに、闘いにおいて最も重要なことが、何も身についていない。

己を見極め、敵を見極め、決して驕らず侮らず場を客観視し――。己の命を守り耐え忍び、千の一の確実な敵の急所をつき勝つべし、とは教えられなかったのか?

エストガレスでは、軍の新兵ですら知っていることだと、私はある(ひと)から聞いたが?」


「な、な、な……!!」


 エルウィンは、唯一の得物であるロングソードを貌を真っ赤にしつつ引き続けるが、見た目は全くの女性の手であるレエテの手で挟まれた刃は、巨木に深々と突き刺さったかのごとく、びくともしない。

 サタナエル一族の怪力ですら計算に入れていないエルウィンのその甘さは、レエテの言葉の正しさを表していた。

 

「その程度であることが、ソガールから見限られている理由だ!

さあ、もうこれまでだ。私は予告どおりに、執行する!」


 云うが早いか、レエテは剣先を右手で握り、左手を離す。

 右手は裂け、鮮血がほとばしるが、構わずに左手を結晶化させる。

 そして身を乗り出して結晶手を振り――エルウィンの柄を握る右手を手首から両断した!


「お!! おっ!! おおおおおおおおおぉぉぉああああああ!!!!」


 おそらく、それだけの傷を負ったことはないのだろう。両眼をむき出し、貌を引き裂けそうに歪め、苦痛に絶叫するエルウィン。


「終わりだ……。これまでお前が奪ってきた幾千、万の命に侘びて、地獄へ行け」


 死の宣告とともに繰り出されたレエテの結晶手は、すみやかにエルウィンの胴体と、頭部を永遠に寸断した――。


 地に転がり、苦痛と絶望の表情を貼り付けたエルウィンの首から視線を外し、レエテはキャティシアとムウルに声をかけた。


「さあ、行きましょう。シエイエスの元へ。

ルーミスのことは――きっと、ナユタが何とかしてくれると信じている。

必ず、一緒にここへ辿り着いてくれると、信じている。

私は――私のやるべきことは、ひとつ。

罠によって、ここへ私がやってくると知っているはずのソガール・ザークと対峙し――。そして今度こそ奴を、殺すこと。

この宮廷の中に――それにふさわしい場所が、用意されているはずだわ」


 

 *

 インレスピータ宮廷内、庭園の地下に存在する秘密の場所――。コロシアム。


 その客席部分にあたる場所には、三人の男が集い、中央の闘技場に居る一人の男に視線を集中させていた。


 男はそれぞれ――。

 ドミナトス・レガーリア連邦王国国王、ソルレオン・インレスピータ。

 エストガレス王国王族公爵、ダレン=ジョスパン・ファルブルク・エストガレス。

 そしてここへやってくる彼らを待ち構え、運ばれた囚人の身柄を預かっていたグラド町長にて副宰相、ネイザン・ゴグマゴグ。


 闘技場の中央で倒れ伏す一人の男は――エストガレス王国軍特殊部隊少佐、シエイエス・フォルズ。

 彼は「大鮫の顎」でのレエテ・サタナエル逃走の幇助という裏切りによって、全身を痛めつけられていた。

 頭からも、貌からも、身体からもその黒いコートの間から出血していた。

 そして変異魔導を操る彼には、鎖も枷も縄も変形してすり抜けられ拘束に効果がないゆえ、麻酔を嗅がせて常に意識を失わせていたのだ。


「さあて……? 私の見立てが正しければ、貴殿の標的レエテ・サタナエルは反乱軍に所属する我が不肖の息子、ホルストース・インレスピータの手引きにより隠し通路からこのバレンティンに潜入しようとするはずだ。

そこに、“(ソード)”ギルドの兵員、副将、将鬼ソガール・ザークが我が命を実行するべく襲いかかる。通常ならまず命はない。

だが万が一にも――レエテ・サタナエルがそれを掻い潜ってこのコロシアムに現れた場合、貴殿はどうするつもりなのだ? ダレン=ジョスパン殿下」


 肩をすくめながら問うソルレオンの言葉に、薄目微笑のいつもの表情に戻ったダレン=ジョスパンが答える。

 

「その場合は、私自らが闘技場に降り立ち、我が剣でレエテ・サタナエルの両手両脚を寸断し――。捕らえまする。

特段、貴国の兵をご用意いただく必要はございませぬし、我がエストガレスの兵も宮廷内や周辺にレエテの案内役として待機させておりますが、ご迷惑になるような騒ぎは起こしませぬ」


「大した自信だな? 貴殿は幾多の戦場で策略家として名ははせており武人としても著名だが、サタナエル一族を一刀のもとに沈黙させられるほどの武人という話までは聞かぬ。故あってその実力を隠していた、とでもいうのか?」


「ことここに至っては隠しても致し方ありませぬ故明かしますが、左様にございます。

仮にそれを目の当たりにされても、そちらのネイザン殿ともども、ことは内密にお願い申し上げまする。――とくに我が従妹、王女オファニミスには――」


「――なるほどな、承知いたした。

では、レエテがここに現れるのが、生きて全身でなのか首だけでなのかは分からぬが、いずれにせよ時間がかかろう。私は二、三所用を済ませてくるゆえ、そちらの椅子にかけてしばし待たれるがよかろう」


 云い残すと、ソルレオンは軽やかにコロシアムの外へ出ていった。


 すると、それまで影のように存在感を潜めていたネイザンが、ダレン=ジョスパンに近づき話しかけた。


「ダレン=ジョスパン殿下。少々無礼は承知ですが、単刀直入にお聞きしますよ。

殿下はエストガレスにあって、王位の継承権こそ高くはないが、その有り余る知勇と策略で、実質貴国において国王陛下以上に国を動かされてらっしゃると聞いとります。

殿下は、サタナエルをどのように感じておいでで?

もちろん、必要か、不必要か。存続すべきか――滅ぼすべきか、という意味ですが」


 ダレン=ジョスパンは薄目をやや開けて、ニヤニヤと笑いを浮かべるいかにも策士なこの男を横目で見た。


「それはいかにこのような場所とはいえ、口にするには危険極まる話だな、ネイザン殿。

別に、どうとも。強いて云えば、必要であり存続すべきであろうな、とは思うが」


「なるほど…………殿下の真意は、よくわかりましたよ、このネイザンは」


 ネイザンの意味ありげな言葉にダレン=ジョスパンが何かを云いかけた、その時だった。


「……シエイエス!!!」


 すでに聞き慣れた、そして今最も聞きたかったその声が、ダレン=ジョスパンの耳に入ってきた。


 ダレン=ジョスパンらが入ってきたのとは反対側の、観客席入り口からついに姿を現した――。レエテ・サタナエルその人の姿がそこにあった。

 宮廷内で遭遇し、彼女を先導してきたと思しきエストガレス兵士が、一礼して場を去る。

 レエテの後には、彼女と同時に取り逃がした少年少女、ムウルとキャティシアの姿もあった。


 シエイエスの姿を確認したレエテの動きは速かった。

 観客席を一気に駆け下り、跳躍する。そして数m下の闘技場に降り立ち、シエイエスの元に駆け寄る。

 同じ動作のできないキャティシアとムウルは観客席の最前列の手すりにかじりつき、その様子を見守る。


 レエテは貌を歪めて、シエイエスの身体を両手に抱え、必死に声をかける。


「シエイエス!! シエイエス!! 大丈夫? 私よ、レエテよ!!

ああ……ひどい。こんなに傷だらけで……すぐに法力で治療しないと」


 その言葉を聞いたキャティシアがムウルを促し、両手でぶら下げてもらいながら闘技場へ降りる。

 そしてシエイエスに駆け寄り、すぐに法力を全力で当て始める。


「シエイエスさん……あなたに色々云いたいことはありますけど、死んでもらっちゃ困ります。

お願い、目をさましてください……」


「ありがとう、キャティシア……」


 キャティシアがシエイエスの首筋と胸に当てた法力の力は――。外傷よりも先に、血液中の解毒を行ったようだ。すなわち、彼を眠らせている血中の麻酔薬の分解、をだ。


「う……」


 シエイエスの表情が動き、その唇から、うめき声が漏れた。


「シエイエス!! 気がついた!?」


「う……ああ、キャティ……シア? それ……に……レエテ、か?」


 シエイエスは完全に目を開き、彼女らの存在を認識したようだ。


「良かった!! 大丈夫? 助けに来たわ。立てる?」


 レエテはその手でゆっくりと彼の上体を起こした。

 キャティシアはそれを追うように治療を継続させる。


「何で……助けになんて来た。俺は逃げてくれと……」


「そう、逃げたわ。そして、あなたの助言どおり『不死鳥の尾』に向かい、頼りになる仲間を得て、こうしてあなたを助けにきた。何よりも――あなたとともに、ソガール・ザークを殺す、そのために」


 それに何かを云おうとするシエイエスの言を遮り、ダレン=ジョスパンが高らかに声をかける。


「レエテ!! 感動の再会は、そこまでだ。

過日宣告したとおり、お主には余のものになってもらわねばならぬ。

その男を解放してほしければ、今すぐに投降し、我が軛をうけよ!!」


 レエテは貌を見上げてダレン=ジョスパンを睨みすえた。


「いやだと……云ったら!?」


 ダレン=ジョスパンは一歩踏み出しつつ、不敵な笑みを浮かべる。


「その場合――余自身の手で、お主を捕らえるのみだ!」


 そう云って闘技場に彼が降り立とうとした、その時――。


 突如として、黒の濁流のように禍々しい、瘴気のような殺気と剣気を、ダレン=ジョスパンは背後に感じて動きを止めた。


 そしてそれを確かめようと振り向いたその時。

 岩のごときシルエットを持つ巨大な影が、観客席を一気に駆け下りダレン=ジョスパンとネイザンの頭上を高々と飛び越え――。


 そのまま数m下の闘技場に地響きを立てて着地した!

 

 その大きさ以上の密度と重量は、観客席までを身体の芯に響くほどの振動に見舞わせた。


 立ち上がったその姿は――。

 首をもたげる大蛇の群れのようにうねる漆黒の長髪、黒の軽装鎧の下の人間を超えた超筋肉。魔に取り憑かれたとしか思えぬ極限の凶相、そして――両の手に握られた黒き二本の大剣。


 紛れもなく、サタナエル“(ソード)”ギルド将鬼、“剣帝”ソガール・ザークの姿に、他ならなかった!


「ようやく……ようやく、うぬを捕捉せり、レエテ・サタナエル……。

今度は、以前のようには、いかぬ。

命を断つ前の邪魔も、余計な横槍によるくびきも、今は存在せぬ。

我は、うぬを殺す、レエテ・サタナエル。

肉の一片も残らぬほどに、殺し、殺して潰し、破壊しつくすッッ!!!!!」

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