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サタナエル・サガ  作者: Yuki
第七章 剣帝討伐
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第二十七話 狂公の誤算

 ついこの前苦戦を強いられたはずの敵、シャザー・ガーグリフィスを圧倒的魔力とともに屠り――という言葉も生易しい消滅、の憂き目に会わせたナユタ。

 別人ともいうべき強大な魔力に、セフィス・マクヴライドは美しい貌を青ざめさせ、大量の冷や汗をかく。


「何……てこと。この僅かな時間、で……ここまで……。

……たしかに、魔導士の成長は、通常の戦闘術とは異なり当人の精神と強く結びついた限定解除(リミットブレイク)によってなされる。

あなたがこれまで組織との実戦で鍛錬してきた分量と……山で死に直面した危険を克服した生命力とが、ルーミス・サリナスを傷つけられた怒りで一気に開放された、というところなのかしら……? それにしても並の上がり幅じゃあない……。これじゃあ、これじゃまるで、あの方と……」


 両手のトンファー型短剣を構えたまま、じりじりと後ずさるセフィス。

 今の台詞のように、この非常事態においても冷静な敵の分析を欠かさない彼女は、一応の付け入る隙を見出していた。

 ナユタは魔力が爆発的に上昇しただけであり、戦闘経験やテクニックまでが前回より大きく上昇したわけではない。それはすなわち攻撃の隙は以前と同様に存在しており、爆炎をかわして動きで翻弄し、圧倒的な体術による接近戦で攻撃することが可能であることを意味している。

 シャザーは片手というハンデにも関わらず、愚かにも挑発に乗って真正面から敵の懐に飛び込んだゆえの自滅なのだ。


 しかし――そうとはいっても今のナユタの射程範囲内に入り込むリスクは、前回と比較にもならない。万が一あの爆炎を避けきれない事態が発生でもすれば、今度はいかに耐魔(レジスト)を収束させて対抗しようが自分の力量では防ぎきれない。シャザーのように醜く焼かれた末に消し炭となる運命が待っている。


 セフィスは、師ロブ=ハルスへの恩義は感じているし、野心も強く手柄を立てたいが、自分が死んでまで忠義を尽くすつもりはさらさらない。今の状況を天秤にかければ、答えは明白だ。

 おそらく逃げ戻れば副将の剥奪や、「本拠」に送還されての「再教育」が待つだろう。が、レーヴァテインの場合と異なり、今自分はこの地の統括“剣帝”ソガールの命で動いている訳ではない遊撃部隊であり、標的もレエテ・サタナエルではない。損害状況からしても死罪にまではまずならない。今ここで死ぬリスクを犯すのとどちらがマシか、考えるまでもない。


「どうしたんだい……セフィス。後ずさってばかりで。先程までの勢いはどこへ行ったんだい?

前回あんたに云われた台詞、そっくりそのまま返すよ。

あんたが来る気がないなら、こっちから攻めさせてもらうよ!」


 そう云って両手を広げ、火柱を充填させる。先程鉄扉を跡形なく破壊した、「魔炎旋風殺(フェウエレストルム)」の構えだ。


 それを待たずして、セフィスは全力の脚力でもって思い切り後方へ飛び退った。

 一気に5m以上距離を離したところで、素早く踵を返し、全力疾走で逃げ出す。


「ナユタ!! 不本意ですけれど、ここは私の負けを認めますわ!! 

今は退きますけれど、この借りは必ず返します!! それまでせいぜい生きていることね!!」


 走りながら後ろを振り向き、捨て台詞を吐くセフィス。


 ナユタはそれを見て、立ち止まり、両手の炎を消した。

 冷たい一瞥を敵の背中に投げかけて見送り、踵を返してルーミス、ランスロットの元に戻る。


「いいのかい……ナユタ? 奴を見逃しちゃって」


 ランスロットが問いかける。ナユタは関心もなさそうに肩をすくめる。


「敵と刺し違える覚悟もない小者に、用はないさ。それにあいつはルーミスを殴って捕らえはしたが、拷問はしてないんだろ? あいつの足の疾さじゃ追いつくに苦労するし、もう放っときゃあいいさ。どうせ恐れをなして、この先襲ってくることもないだろ。

それよりも……ルーミス。あまり今のあんたにこういう悪い知らせを伝えたくないんだけど……。非常事態だ」

 

 そのナユタの言葉に、ランスロットが暗くした視線を落とす。

 その様子にルーミスは気色ばんでナユタに詰め寄った。


「――何だ!? はっきり云え! どんな悪い知らせだ!?」


「シエイエスが……エストガレスのダレン=ジョスパンに囚われたらしいんだ」


「な……んだって……!? 兄さんが!?」


「ダレン=ジョスパンの率いるエストガレス和平使節団のことは、この国に入ってから聞いてたろ? それがどうやら、あたし達が着くほんの少し前に、バレンティン入りしていたようなんだけど……あいつらが即座にあちこちに立てたらしい立て札が、ここに来る間に目に入ったんだ。

それに貼られたビラには……こう書かれてた。

“『血の戦女神』レエテ・サタナエルに告ぐ

シエイエス・フォルズの命が惜しければ、バレンティンのインレスピータ宮廷まで来るべし

汝の身柄と引き換えに、囚人の身柄を解放せり”」


「そんな……ばかな……」


「あともう一つ。そのビラには手書きで追記がされててさ……。

“互いにとっての裏切り者ゆえ、殺すに躊躇いはなし。急ぎ参れ”ってね……」


「…………うら、ぎりもの……? どういうことだ。いったい、どういうことなんだ!!!」


 あまりの矢継ぎ早の衝撃的な事実に、頭が追いつかずに動揺し続けるルーミス。

 ナユタは、苦渋の表情で告白した。


「正直、あたしは一時期シエイエスを疑ってたんだ。山であたしが不覚をとったときに問いただし、注意深く様子を窺ったんだけど……本当になんの隠し立てもない様子で、完全に信じてしまってた。

たぶんあいつは……ダレン=ジョスパンが遣わした間者。レエテの身柄を欲しがるダレン=ジョスパンのため、あたし達に近づき信用させ、この国でレエテを何らかの罠にはめ、捕らえようとした。

だが――『互いの裏切り者』という言葉、現にあいつが囚われている事実からすると――。

おそらくシエイエスは、レエテに情が移ったか、ともかく何らかの理由で(あるじ)に反逆し、レエテとキャティシアを逃したんだとあたしは推測する」


「うそだ……うそだ。兄さんが裏切り者だったなんてそんなこと、そんなことがあるわけが……」


「あたし達もおんなじ気持ちだ、ルーミス。

あいつは強く賢く冷静で、それでいて情に厚く思いやりがあり、あたし達を何度も助けてくれた。弟のあんたすら、汚い策略のために利用したんだなんて信じたくない。少なくとも(あるじ)に反逆しあたし達に味方したんなら、今までの行動、言葉の全部が嘘な訳じゃあないんだって信じたい。それをここに着くまでずっと考えてた。

今あたし達のすることは、一つだ。

ここに向かっているであろうレエテたちと合流し、共にインレスピータ宮廷に行き、シエイエスを救出する」



 *


 同時刻、バレンティン最北部に位置するインレスピータ宮廷。


 ドミナトス=レガーリア連邦王国のシンボルであると同時に、建国王、ソルレオン・インレスピータの居城だ。

 ソルレオンは若い時分にノスティラス皇国に長期逗留した経験があり、数々の学問を修め、幾多の貴族・軍人たちとの交流を経る中で、多大な影響を受けた。

 したがってこの居城もノスティラス様式にほぼ従っており、かの国の「石棺」とあだ名されるランダメリア城塞のごとく無骨そのものの造りだ。華美でなく、奇をてらわず、幾何学的で頑丈で飾り気のない立方体の合成のごとき建造物。


 その建物の最大の中央廊下。幅10m、高さ5mにもなろうかというその長大な廊下は、普段むき出しの石畳である場所に豪華絢爛な赤絨毯を敷き、国家始まって以来の高級賓客を迎えていた。


 エストガレス王国第一王女、“陽明姫”オファニミス・ローザンヌ・エストガレス、および王族公爵“狂公”ダレン=ジョスパン・ファルブルク・エストガレスの二名である。

 

 最上位にあたるオファニミスが中央を歩き、左側をダレン=ジョスパン、最下位の右側をソルレオンがやや前方に出ながら彼女らをエスコートする図式。

 中央を歩くオファニミスは、まだ馬車から降りたばかりの軍服姿だ。にもかかわらずその雰囲気からにじみ出る高貴さ、優美さは圧倒的であり、その立ち位置とは一切関係なく彼女がこの場の完全な主役であった。また初めての異国の宮廷、初めての外交公務とは到底思わせぬ威厳に満ちた立ち居振る舞いは、異国人であるはずのこの宮廷の使用人や貴族たちを、社交辞令などとは関係なしに心からひれ伏させるものであった。

 今回の行幸ではオファニミスに驚かされてばかりのダレン=ジョスパンだったが、ここに至ってもその生まれ持った王者の血筋をいかんなく発揮し輝く従妹の姿に、感嘆を禁じえなかった。


「ソルレオン陛下。突然押しかけした無礼にもかかわらず、わたくしどもにこのように慇懃なる厚遇を頂き、恐悦至極に存じますわ」


 オファニミスの極めてそつのない堂々たる礼に、ソルレオンも立ち止まり、うやうやしく最上儀礼を返す。


「何の何の。このハルメニア大陸において最古の歴史を誇る超大国の宝たる姫君が、このような僻地秘境、私のごとき山猿しかおらぬような拙い宮廷までお越し頂いたこと自体、我が国の歴史に刻みたい過ぎたる僥倖。不躾ゆえ大したもてなしも出来はしませぬが、どうぞごゆるりとご滞在くだされ」


 若干慇懃無礼な響きを感じなくもない、ソルレオンの社交辞令にオファニミスも礼を返す。


「こちらこそ、どうぞよしなに。それしても……本当に夢みたいですわ。

噂には聞いておりましたけど、まさか本当に、『樹の上にある街』が存在していたなんて。

実際にこの目で見た時目を疑いましたし、こうしてその上に立ってみると、さらに不思議な感じでいっぱいで……正直申しますと、わたくしとても楽しい気分で、来てよかったと心から思っておりますの」


 ここでオファニミスは、声を上ずらせて両目を輝かせ、17歳の少女らしい無邪気な一面を垣間見せた。

 ソルレオンは優しげな微笑を浮かべて、再び歩き出した。


「それまた誠にもって僥倖。このバレンティンは、まだ成って20年あまり、都市としてはまだまだ赤子といって良い状態ではありますが――。我が国と私の威信をかけて建設した、まさしく我が子のごとき愛情を注いでいる都。

この地に千年以上存在する樹、『バレンティン』を利用した天然の城塞で、いまだに開発が続けられておりまする。

……さてどうやら、着いたようです。ここが、用意いたした御身の居室にございまする」


 ソルレオンが立ち止まり手で示した先には、非常に手の込んだ処理の施された木目の美しい扉があった。これを扉前に控えていた近習が丁寧に開けると、中は薄桃色の天蓋付きベッド、巨大で豪華絢爛なドレッサー、浴室が用意された広大な部屋だった。


「ここで、旅の疲れを癒やし、ドレスにお着替えになられませ。後々正式に晩餐をご用意し、招待させて頂きますゆえ」


「ありがとう、深く感謝いたしますわ。それでは公爵殿下、のちお会いしましょう」


 ソルレオンに礼を拝し、そののちダレン=ジョスパンに言葉と視線を投げかけてから、オファニミスは入室していった。


 それを見極めたソルレオンとダレン=ジョスパンは、足早に部屋を去り、廊下をさらに先へ進む。

 彼らの貌つきは、さきほどオファニミスに同行していたときとは、明らかに様相が異なっていた。


「さて……ダレン=ジョスパン公爵殿下。挨拶もそこそこで申し訳ないが、貴殿が早馬にてあらかじめ私に伝えてこられた件に関して、話したいのだがな」


 目を光らせて言葉をかけるソルレオンに、ダレン=ジョスパンもその薄く開かれた目を向けて言葉を返す。

 

「これは恐縮。話が早くて大変助かる、ソルレオン陛下。

書状でお伝えしたように――有り体に云って私は、今貴殿の国に潜伏している『血の戦女神』、レエテ・サタナエルの身柄を狙っておりまする。

故あって理由は詳しく話せませぬが――。同じく書状でお伝えしたとおり、我らの軍が曳行した囚人護送車内の男は、監獄ではなく宮廷内のしかるべき場所に送り込んで頂けましたかな?」


「うむ。幸いおあつらえ向きのコロシアムが我が宮廷の敷地内にあるゆえ、そこへ移送した。

変異魔導を使う相手ゆえ、拘束は無意味であるから、麻酔の効果が切れぬようにだけ気をつけてほしい、との旨も遵守している」


「ありがたき幸せ」


「しかし困ったものだな……。

いや、この見返りとして中原産小麦を4割引きで輸出いただける話は、喉から手がでるほど欲しいのだが……まずいことに、私はつい先ごろ、サタナエル将鬼にレエテ・サタナエルの始末を依頼してしまってな」


 ソルレオンのその言葉を聞いたダレン=ジョスパンの空気が変わり――その薄目が少し見開かれ、内部の三白眼がうっすらと表出した。


「……何と……?」


「レエテ・サタナエルは反逆者で、サタナエルの連中の命を狙っているのだろう?

サタナエルがこれを始末できていない以上、奴らが居るこのバレンティンにレエテ・サタナエルはやって来る。そしてそれが、貴殿ら賓客をお迎えしている最中に行われでもすれば我が都は混乱し、我が国はそれ急造国家よ、とそしりを受ける。それを防ぐためだ。

まさか、その賓客ご自身がその相手の身柄を欲し、ここへ人質をエサにおびき寄せようとしているとは思いもよらぬゆえな」


 ダレン=ジョスパンは努めて冷静を装ったが、計算外の由々しき事態だ。

 先ほどソルレオンが「まずいこと」と云ったのには理由がある。サタナエルは基本的に依頼者の任務は断らず、必ず遂行するが、その代わり一度依頼した任務の取り消しには一切応じない。取り消しを図った場合何らかの報復を受けるか、最悪の場合命を奪われる。サタナエルが死の組織として恐れられる理由の一つだ。

 したがって依頼が行われた現時点で、“(ソード)”ギルド将鬼、ソガール・ザークらがレエテを抹殺しようとするのを止めることは、依頼者のソルレオンにも不可能である。


 レエテがここへ辿り着く前に抹殺されるか、たとえ首尾よくおびき寄せて捕らえることができたとしても、今度はレエテともども自分達も狙われることになるのだ。

 もちろんダレン=ジョスパンも反逆者であるレエテが、それがなくとも常にサタナエルに狙われていることは百も承知だが、組織外から明確な依頼を出され居所が割れているのとは大きく話が違う。


 かといって――自分の手でソガール・ザークとその配下のサタナエルを未然に皆殺しにしたいと思っても、この方法もとれない。

 彼らは今やドミナトス・レガーリアの政策の一部なのであり、その戦力を奪うことはソルレオンの損害となり、この国への敵対を意味する。

 自分がやったと気取られないよう隠密にやろうとするには、あまりにも時間が足りない。


「依頼の件は……承知いたした。ひとまずそのコロシアムとやらへご案内頂いてもよろしいでしょうかな……?」


 再び両目を薄目に戻し、頭の中では猛烈に思案を続けるダレン=ジョスパンは、ソルレオンとともに長い廊下の奥へと消えていったのだった。

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