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Last Monday  作者: 緒方 玲
1/1

ひと組目 有りっ丈の勇気を振り絞って(先輩と後輩)

「はい、どうぞ」


世界が終わるとニュースで宣言された時、私はそう言って本を差し出してくれた貴方のことを思い出しました。

明日で世界が、人生が、全てが終わると言うのなら。

私はもう使うことが無いであろう勇気を使い果たし、最後に貴方に告白しようと思います。


***


図書室の一番高い棚の一番上。

平均身長未満の私には到底届かないような高い所に、悠然と鎮座なさっている参考書さま。

そんな所にいらっしゃるからには私のような庶民には分不相応な代物なのかも知れないが、どうしてもレポートを書くにあたってその参考書さまのお力を借りなければならないのだ。

潔く踏み台代わりの椅子を持って来ようかとも思ったが、生憎ここは図書室の一番辺鄙な場所。

椅子を運ぶだけでも、かなりの重労働になってしまう。

どうしたものかと頭を悩ませつつも、往生際悪く目一杯背伸びして手を伸ばす。

バレリーナ顔負けのつま先立ちで思い切り腕を伸ばせば、指先が僅かに参考書さまに届いた。

この調子で根気よく続けていれば近い将来、かの参考書さまはきっと庶民の元に御下りくださるはず。

ここまでの道のり、本当に長かった。

これでやっと目的のものが手に入ると一息つき、再び参考書さまと向き合うために顔を上げれば、不意に視界に影が落ちた。

その事に首を傾げていると、今まで四苦八苦していた最高位にいらっしゃった参考書さまが、いとも簡単に誰かの手によって本棚から引き抜かれた。


「はい、どうぞ」


優しげな声と共に目の前に差し出されたのは、件の参考書さま。

そして目の前には笑みを浮かべた美形。

ネクタイの色からして上級生、多分三年の人。


「取りたかったの、これだよね。それとも、隣の本だった?」


差し出された参考書をなかなか受け取らない私に、美人の先輩は僅かに眉尻を下げて申し訳なさそうな表情を浮かべた。

その様子で我に返ると、私は慌ててぶんぶんと頭を振る。


「いえ、この本です。あの、えっと、ありがとうございます」


両手で参考書を受け取りながら勢いよく頭を下げると、「そんな大げさな」と言ってクスクスと笑う声。

恐る恐る顔を上げれば、そこには柔らかな笑顔。

口元に手を当てて笑っているその姿すら、凄く絵になる。

本当に、カッコいい人だな。

そんなことを思いながらぼんやりと目の前の人物を見つめていると私の視線に気が付いたのか、先輩はにっこりと笑みを深くして口を開いた。


「もしかして古典の課題?俺も一年の時にやったよ」

「そう、なんですか」

「結構難しいよね。レポートの書き方なんか全然わからなくてさ」

「書き方・・・」


言われて初めて気が付いた。

そういえば私、今までの人生でレポートを書いたことなんて一度もない。

確かに中学の時に提出した課題は数知れないが、正式な形のレポートなんて出したことがない。

そもそも何か形式に則った書き方があるなんてこと、今まで全く頭にもなかった。

せっかく参考書さまが手元にいらしてくれたというのに、書き方が分からなければレポートは進められない。

突きつけられた現実に呆然と立ち尽くしていると、ためらいがちな声が降ってきた。


「あのさ、もし良ければ、教えようか?」

「え?」

「レポートの書き方、俺で良ければ」

「本当ですか!?」


嬉し過ぎる申し出に間髪入れずにそう答えてから、しまったと後悔する。

相手は今日初めて会ったばかりの三年生。

そして手にしているのは受験対策の参考書。

レポートの書き方を教わるなんて図々しいお願い、絶対に受験勉強の妨げになる。

折角の嬉しいお誘いだけど、こんなに優しくていい先輩の邪魔になることはしたくない。

きっと調べればレポートの書き方なんてたくさん出てくるだろうし、一年の時に皆がやってる課題ならば二年の先輩に聞けば分かるはず。

そう考えなおして口を開こうとすると、そんな私の考えなどお見通しだったのだろう。

先輩は相変わらず柔らかな笑みを浮かべたまま、私が言葉を発するよりも早く口を開いた。


「受験勉強の邪魔になるかもとか、気にしなくて良いよ。それに、この参考書は俺が使うわけじゃないから」

「違うんですか?」

「違う、違う。部活が忙しい幼なじみの代わりに借りに来ただけだよ。帰宅部なんだから暇でしょって、言われてさ。それに俺、こんなに頭良くないし」


「受けようとも思わないよ」と言われて改めて先輩が手にしていた参考書を見れば、それは有名国立大の過去問。

数ある過去問集の中でも一番綺麗なその本は、きっと誰も手にしないからなのだろう。

新品と見間違うほど、折り目一つ付いていないその本を使うのは一体どんな人なんだろうか。


「頭が良いんですね、先輩の幼なじみの方」

「え?あぁ、そうだね。勉強しているところなんて一度も見たことないのに、現国以外はほぼ首席だよ」

「うへぇ」


思わず出たのはおかしな感嘆の声。

次元が違い過ぎて最早私には意味がわからないが、そんなフィクションの世界の住人みたいな頭を持った人が現実にいたとは。

想像を絶する頭の良さなのだろうが、現国以外主席ということは現国が苦手なのかな。


「もしかしてその幼なじみの方、作者の考えなんかわからないって、言うタイプの人ですか?」

「そうそう、よくわかったね。「私は太宰治じゃない。誰が人間失格の考えなんかわかるか」って。口癖のように作者の考えなんか知るかって言ってるよ」

「私の知り合いにも居ました、そういう人。死んだ人の考えなんてわかるわけないって」

「幼なじみも言ってたよ、それ。実際に聞いたことあるのかって、散々文句言ってた」

「ふふ、面白い方なんですね、先輩の幼なじみ」

「そうだね、個性的かな。あぁ、そういえば自己紹介がまだだったね。俺は三年一組の橘真一」

「私は一年二組の神崎百合です」

「神崎さんか、宜しくね。じゃあ、とりあえず席確保してレポートやろうか?時間大丈夫?」

「はい、よろしくお願いします、橘先輩」


これが、私と橘先輩の出会い。

それから私は先輩にレポートの書き方を教えてもらって、無事にS評価をもらえた。

その事を報告したら、先輩は自分のことのように喜んでくれて。

以来、私は事ある毎に先輩に色々な相談をした。

課題のこと、学校のこと、将来のこと。

先輩はどんな些細なことにも真剣に考えてくれて、何でも相談に乗ってくれて。

案の定、そんな先輩に私が恋に落ちるまで、そう時間はかからなかった。

それなのに、ただ先輩が卒業するまでの一年間、少しでも先輩と一緒に過ごすことが出来れば、それだけで満足だったのに。


「明日、世界が終わってしまう」


世界滅亡説は、今までだって数え切れないほど世間を騒がせてきた。

でもその度に明日は何事も無かったかのようにやってきて、だから今回もどうせいつものから騒ぎ。

それがわかっているから今日だって当たり前のように学校があって、ホームルーム前のざわつく教室で一通り世界滅亡の話をして、後はいつもと変わらぬ日常を送っている。

誰一人として、明日世界が終わるなんて信じていないのだろう。

そういう私だってそう、そんなこと信じていない。

信じてはいないけれど・・・


「百合ちゃん!」

「橘先輩」

「ごめんね、待たせちゃって。明日世界が滅びるって話で、クラスが盛り上がってさ。ホームルーム延びちゃった」


「そんなわけ無いから英語の課題も出たのにね」と困ったように笑う先輩。

先輩も信じてないんだな、やっぱり。


「橘先輩は、明日が普通に訪れると思いますか?」

「え?もしかして百合ちゃん、信じてるの?」


驚いたように目を瞬かせる先輩に、静かに首を振る。

もちろん、信じてなんかいない。


「信じてないですよ。でも、これだけ大騒ぎしたからには、何かあって欲しいです」

「何か?」

「はい。例えば、突然グラウンドがスケートリンクになってるとか」

「ははは、それは良いかも。明日は授業休講にして、みんなでスケート大会」

「でも、グラウンドが使えなくなったら、先輩の幼なじみは困ってしまいますね」

「あぁ、確かにね。大会前であいつピリピリしてるし、幼なじみに当たり散らすかも」


笑いながらそう言う先輩の視線の先には、グラウンドで練習する陸上部の姿。

その視線に釣られる様にしてグラウンド眺めていると、先輩の幼なじみの姿がちょうど記録用のコースに入っていくところだった。

「俺なんかよりもずっと勉強教えるの上手だよ」と、先輩は何度も幼なじみの彼女を私に紹介してくれようとしていたけれど、私はその度に先輩の申し出を断っていた。

先輩の幼なじみは陸上部のエースで、日本でも指折りの選手。

その上国内有数の難関校を受験しようとしている彼女は、言わば私にとっては雲の上の存在。

そんな彼女を目の前にしたら、私は緊張しすぎてどんな失態を犯す事か。

同級生の三年生だって彼女と真面に話せる人は数少ないというのに、一年生の私が傍に近付くなど恐れ多い。

それに容姿端麗、文武両道、完璧過ぎる彼女と話しなどしたら、私は絶対に先輩への恋心を諦めるに決まっている。

初めてここまで好きになった人だから、気持ちを伝える前に諦めるような真似だけは、したくない。


「橘先輩」

「ん?」

「私、明日世界が終わるなんて、全然思っていないんです」

「うん、大抵の人がそうだよ」

「でも万が一のことを考えて、後悔するのだけは嫌です」

「百合ちゃん?」

「私、今のままだと絶対、明日世界が終わってしまったら後悔します」


言いながら、先輩と向かい合うようにして姿勢を正す。

視界の端には、ゴールテープを誰よりも早く切った彼女の姿。

私は先輩の幼なじみじゃないし、彼女のように老若男女を虜にするほどの美貌も、首席を取れるほどの頭脳も、陸上部のエースになれるほどの実力もない。

彼女には何一つ敵わないって、そんなことはわかってる。

それでも、私は先輩のことが好きだから。


「先輩。私、橘先輩のことが好きです。今日の内に、どうしてもこれだけは、伝えたかったんです。自分の気持ち、先輩に伝えないままだったら、私絶対に後悔すると思って。急にこんなこと言われても、困らせるだけだとは思ったんですけど」


「ごめんなさい」と言って頭を下げると、大きな手がその上に乗った。

驚いて顔を上げると、そこには困ったような先輩の顔。


「本当に、それは困ったな」

「え?」

「俺から言うつもりだったのに、百合ちゃんに先越されちゃった」


先輩の言っている意味がわからずに首を傾げると、ますます困ったような顔。

そして先輩はバツが悪そうな表情を見せながら口を開いた。


「世界が終わるってニュースを見た時に、咄嗟に百合ちゃんの顔が浮かんだんだ。もしも本当に世界が終わったとして、その時俺は百合ちゃんに何も言わないままだったら、きっと後悔するって。だから今日、百合ちゃんに告白しようと思ってたんだ」

「先輩・・・」

「朝会った時すぐにでもしようと思ってたんだけど、ここ最近の世界滅亡説に後押しされる形で告白してきた相手を端から振ってる幼なじみ見てたら、ちょっと心折られてさ。「世界が終わるくらい後が無い状況に追い込まれないと告白出来ないとか、男の風上にも置けない。人間として意味がわからない」って、散々愚痴られてたから」

「なんだか、先輩の幼なじみらしいです」

「まぁ、気持ちはわからないでもないけどね。告白ラッシュのお蔭でデートに遅れて、そのせいで彼氏と世界の終焉を目の前にして派手に喧嘩したみたいでさ、今日なんか特に機嫌悪かった。休み時間に電話もらって、そこでも盛大に口喧嘩して。最終的には今日会うってことになったみたいで、午後からはずっと恋する乙女だったけどね」


その言葉に視線をグラウンドに向ければ、そこにはもう彼女の姿は無かった。

いつも最後まで残って練習している彼女がいないところを見ると、今日はずいぶんと早くに上がったみたいだ。

きっと世界最後の日と言われているこの日を、別の高校に通っている彼氏と過ごすつもりなのだろう。


「羨ましいです、そう言うの。何かドラマみたいで」


ドラマチックな展開を望んでいるわけでは決してない。

私にはそんな展開、荷が重すぎる。

でも、憧れるのはまた別の話。

そんな少女マンガみたいな経験、出来たらきっと楽しいのだろう。

ぼんやりと空想に浸っていると、不意に名前を呼ばれた。


「ねぇ、百合ちゃん」

「はい」

「さっきの告白、無かったことにしてもらえるかな?」

「はい?」

「こんなこと言うの、物凄くかっこ悪いんだけどさ。やっぱり、俺からちゃんと告白したいから」


そう言う先輩の顔は、今まで見たどんな顔よりも真剣で。

凄く、かっこよくて・・・


「百合ちゃん」

「はい」

「俺は百合ちゃんのことが好きです。だから、俺と付き合ってください」


その言葉に、胸がギュっとする。

嬉し過ぎて、信じられない。

幸せ過ぎて、明日本当に世界が滅びてしまうんじゃないかって、そう思えてしまうくらいで。


「はい、私も橘先輩のことが好きです」


そう答えるだけで、私は今まで十数年間で溜め続けていた勇気を全て、使い果たしてしまった気がする。

でも、私のことを優しく抱きしめてくれる先輩の腕に包まれていると、そんな些細なこと、もうどうだって良いように思えてしまった。






有りっ丈の勇気を振り絞って

(もう使う予定の無いモノなら、今ここで全て使い果たしてしまおう)


必要になったら、また明日から集めれば良い

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