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マモルとライカの七不思議退治、それと怪異『スネコスリ』

七不思議では新旧織り交ぜた怪異(※妖怪と幽霊と都市伝説とお化けを総称して)が登場する、というのが特徴です

 床に降り立ったマモルが立ちあがると、そこは保健室でも、他の教室でもなく、階段の踊り場だった。マモルは首から下げた勾玉を握り、周りを見回す。昇りと下りを見て昇ることに決めたらしく、昇りの一段目に足を掛けた。


 慎重に一段づつ昇っていく


    ※


 何段を登ったところだろうか、マモルの足元、その段に、もやっとした影が音も無く生まれ、そのままマモルの脚に絡みついた。


「!」


 とっさに足を引こうと力を入れるマモルだったが、びくともしない。見れば、マモルの脚に絡みついているのは――髪だった。


「これは……スネコスリ? いや、しかしこれはどちらかと言うと、ケウケゲン……」


 両脚を絡め取られ、動けなくなったマモルは、しかし慌てる風も無くその髪をしげしげと観察する。


――毛羽毛現とは、高貴な家につかえていた使用人が、屋敷の没落に伴い山中へ逃げ、そのまま松葉を食べて暮らしているうちに毛だらけの不気味な姿になったものと言う。あるいは人家の床下に棲みつき、家人を病気にするという。


    ※


「また、あんなふうに見つめて。マモルの変態……!」


「……ユキちゃんはいまいち緊張感に欠けるねえ」


 あくまでもその点にこだわるユキの言葉に『センパイ』は苦笑気味につぶやいた。その『センパイ』の髪は腰まであるかというような長さだったはずだが、今は肩口あたりまでしかない。綺麗に切りそろえたような断面が見える。


「ショートもなかなか悪くないな。イメチェンって柄でもないけども、ま、見せる相手はもういないからしかたないか」


 『センパイ』は小さくつぶやいて自分の髪の切り口に手を添え、薄く笑う。ユキはそれを聞いて、ちょっと唇を尖らせる。


「長い方が好きって人もいるみたいですけどね」


「はっはっは、ユキちゃんはいちいち可愛いな。ま、それはともかくさて、だ。王子様は今度はどうするかな? さっきみたいにあっさり引いてはあげないぜ」


   ※


 観察の結果、マモルは迷いなく手元の小太刀を一刀抜き放ち、絡みつく髪をざっくりと切り裂いた。脚を抜くようにして髪の沼から脱し、段を一気に数段登って距離を取る。


――が。


「――!」


 ぐらぐらっと、いきなりその地面が揺れた。勢いのまま足を踏み外し、踊り場に倒れ込むマモル。そこにさらに大量の髪の群れが襲いかかった。


 一瞬で髪の群れに覆われてマモルの姿は見えなくなった。


    ※


「あ、マモル……」


 ユキが驚いて声を上げる。さっきまでマモルがいた場所は繭のように髪の球体が出来上がっている。


 繭はピクリとも動かない。艶やかな黒を表面に光らせて、沈黙した。


    ※


「おいおい情けないな、マモル。貴様はその程度なのか?」


 突然、そこに声と共に小さな火の粉が降りかかった。


 火の粉は髪の繭に触れると同時に、一気に広がって舐めるように髪の群れを呑みこみ、一瞬で焼き尽くした。


 焼け消えた跡に、マモルは平然と立ちあがって、落ち着き払って埃をはらうように袴をはたく。そして、女性を見上げて言った。


「乱暴ですね――ライカ」


「ふん。火傷一つない身でよく言う。魔女に乱暴も丁寧も無い、ただあるのは結果だけだ」


 女性――深紅の長髪を余熱にはためかせた妙齢のライカは、唇の端を不機嫌に曲げて答えた。


 ライカは黒い外套を纏って、空中に浮かんでいた。箒にまたがって、片手は箒の柄を、もう片手は小瓶をつまんでいる。その姿は、まさしく魔女そのものだ。


 「だから――」


 ライカは続きの言葉を呟きながら、さっと視線を走らせた。そこは、新たに発生した髪の群れがゆっくりと忍び寄ろうとしているところだった。見渡せば、マモルやライカからは見えない床や壁、天井までもが、強い癖をもった髪で覆われ、さながら夜の海のようになっていた。ライカはそこへ、手にした小瓶をぽい、と投げ込む。ガラス瓶の割れる音が聞こえると同時に、髪の海の真ん中にボッと火の手が上がり、そしてそのまま勢いよく燃え広がっていく。


「やるなら徹底的にやってやるよ」


 にやり、とライカが唇を笑みの形に引き上げると同時、炎が立ちあがり、全ての髪に食らいついた。


「さすが――大した炎です」


 マモルはその光景を見て、呟いた。火は、髪の群れをあっという間に食いつくしてしまった。しかし、ライカは、じろっとマモルを睨むと、箒から、ひらり、と身軽に焼けた床に降り、挑戦的に言いきった。


「この程度の火で、私が、炎の魔女たるこの私が、満足すると思うか?」


 カッ、と箒の柄を床に打ち付けて甲高い音を響かせると、髪を舐めていた火は一気にその勢いを増し、床に、壁に、天井にとその舌を拡げ、あっという間に四方に広がって廊下や階段の先へと走っていった。唖然と口を開くマモルを背に、魔女は哄笑した。


「アーーハッハッハ! そうだ拡がれ、恐怖よ、全てを食いつくせ! マモル、お前の願い、聞いてやるよ。この魔女が、全てを燃やし尽くしてやる! この建物ごとな!」


    ※


「おい、おいおいおい! 本物の火じゃないか。なんて豪快な、これじゃ、学校全部が……」


 『センパイ』は慌てた声をあげる。


 ユキの方は現実離れした光景にも、そして『センパイ』の慌てた様子にも、興味なく、ただ映像をじっと見ていた。見慣れぬ美人に、マモルの横に立つ長身の美女に、気が気ではない。見慣れない美女は、けれど確かにマモルの言うとおり、ライカと同じ赤い髪をしていた。


(誰? え、ライカなの? でも確かに、すごくライカに似てる……どういうこと? 急にあんなに育ったの? それに、すごい美人……)


 親しそうな二人の様子と言葉に動揺を隠せない。


 映像の中、火は今や炎となって、壁という壁、床という床、天井という天井を蹂躙し尽くさんと無秩序に広がっていく。煙が天井近くを渦巻き、窓の隙間から漏れていく。


「く、しかたない……」


 『センパイ』はうめくと、さっと腕を一振りした。その途端、映像の中で、校舎中を舐め広がっていた炎の前に、さらに大量の髪の群れが現れた。炎の行く手を遮るように湧いたその髪の群れに火が移ると、髪は火を纏わせたまま壁や床から離れ、空中で火と共に燃え尽きて行く。


 身を犠牲にするかのようなその鎮火は、校舎のあらゆる場所で実行され、そしてしばらくしてようやく全ての炎が空中で消えた。炎は校舎のあらゆる場所を焦げ付かせ、あちこちから小さな煙が立ち上っていたが、とにかく鎮火は終わった。


 大きく息を吐いた『センパイ』のその体は、髪こそ元の長さに戻っていたが、その全身が血にまみれていた。疲弊したように、肩で息をしている。その服の肩口さえも血が滲み、見るからに痛々しい。


「やれやれ、さすがの私も、校舎を焼かれるとは思わなかった。魔女さんは、危険だな……彼女にも退場願うとしよう」


 血まみれの身体を治すことも忘れ、『センパイ』はひとつうなずいて、宣言した。


「――続いては、『隙間女』だ」


髪まみれでちょっと気味の悪い話になってしまいました

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