囚われのユキと進むマモル、それと怪異『保健室の斧男』
アクションっぽいシーンがあります
穴の中に落とされたマモルは何も見えない暗闇でなんとか受け身を取ると、立ちあがった。目を開けても閉じても同じような真っ暗な空間は、その広さも検討がつかない。
カバンから手探りで数枚の札を取り出したマモルは、周囲に札を投げるが、札はことごとくその効果を発揮することなくひらひらと足元に落ちて行くのがわかった。
「ふむ、まいったね。ツクヨの方は……まあ大丈夫だろうけど」
頭をポリポリと掻いて、マモルは呟く。
※
自分のいる空間と同じような空間にマモルがおとされたのを見て、ユキは『センパイ』を振り返った。
「マモルは――ここにいるの?」
「あはは、残念ながら、こことは異なる似た場所だよ。さっきの狼女さんから離れてもらうための、ま、緩衝ってところさ。狼と退魔師の二人がかりで当たられちゃ、七不思議も荷が重いんでね。王子様一人をご招待だ」
にやにやと笑う『センパイ』の両腕は、その手首から先がなくなっていた。
「次の怪異は、『保健室の斧男』だ」
※
打つ手も浮かばず、仕方なく歩きだそうとしたマモルの目の前に、突如として『扉』が出現した。何もない真っ暗な空間に、その引き戸だけがポツンと浮かびあがって見える。
「罠、以外の何物でもないな」
そのドアを見て苦笑気味に小声でつぶやくマモル。しかし、迷いも無くその戸を開けた。中は暗くて何も見えない。マモルは残った左目を細め、奥を見通そうとするが、どうやら無駄らしいと悟り、室内へ踏み込んだ。
踏み込んだ瞬間、足元の感触が変わり、マモルはたたらを踏んだ。
「ここは……」
白い仕切り布のパーティション、消毒液の匂い。そこは保健室だった。そして、マモルが立っているのは、ベッドの上だ。ドアはいつの間にか消えている。
考えるまでもない、そこは「保健室の斧男」の支配する場所だ。腰の小太刀に手を添え、辺りを警戒するマモルの、そのまさにその真下から、それは襲ってきた。
マモルの足元、その股の真下の布団を切り裂いて、鋭い斧の切っ先が落下するような勢いで『落上』してきた。斧を白い手が握っているのが見えたが、その手首から下は無い。
「!!」
跳びはねるようにしてマモルはベッドから降りようとしたが、飛んだ先の床もまたベッドになった。斧は獲物を捉え損ねたと見るや、手首ごと空中で霧散した。そして再度の襲撃。またしても足下の布団を切り裂き、襲いかかる。飛んで避けてもまた、ベッド。三度の襲撃を避けたところで、見渡す限りの空間の床が全て全てベッドで埋め尽くされていた。
「これはこれは……」
完全に空間を支配されている。どこに立とうと斧男の射程範囲内らしい。そこへさらに斧が襲いかかる。飛びのきながら、マモルは小太刀を二本とも抜いた。そして襲ってきた斧を避けざまに斬りつける
――が、斧は小太刀が当たる前に消えてしまった。どうやらそう簡単にはいかないようだ。
無理な姿勢で斬りつけたせいで、着地の体勢が崩れる。そこへ、容赦なくまた下から斧が襲いかかる。
斧の切っ先が驚いたような表情をしているマモルの脚に食い込み、貫いて抜けた。斬り裂かれた脚が身体から離れて宙を落ちる。
※
「マモル!」
映像を見ていたユキは絶叫した。
が、その脚は落ちる寸前に、白い紙きれに変わった。脚の切り落とされた体の方も、同じように紙切れに変わる。
ユキは絶叫の表情のまま一瞬固まる。ユキが状況を理解するより前に、斧の上から刀が降ってきた。そのまま、足を切り裂いた位置、空中で停止していた斧に突き立つ。
バキン、と大きな音とともに斧は真っ二つに割れた。
※
刀を放った姿勢のマモルは、天井にさかさまに立っていた。そして床に広がる無数のベッドがことごとく霧散して、何の変哲もない床になるのを見て、くるりと体を回転させて床に降り立った。天井には、二本の小太刀が十字に交差して突き立っている。マモルその空間に足を入れて天井にぶら下がっていたのだ。
※
もちろんそんな芸当ができるなんて知らなかったユキは、開いた口がふさがらない。
「なによあれ、普段の仕事の時はだいたい後ろに控えててツクヨに任せてたの、分業じゃなくて、さぼってたわけ?」
むかむかと怒っているユキの隣で、心底愉快そうに『センパイ』はにやにやと笑った。
「あっはっはっは、まさか天井下がりとはね」
その掌は、やはり血にまみれていた。細く白い指を這うように伝う赤い液体は、重力を無視するように、下を向いている指先ではなく、手の平の方へと広がっていく。
その手を重ねてまた血を消すと、『センパイ』は4度目の宣言をした。
「ふむん、まさか先手を打ってこちらの真似とはね。とはいえしかし、次はどうかな? 足止めをしてやろう。――『スネコスリ』だ」
宣言の直後、『センパイ』の髪がぶわり、と拡がった。
斧『男』……?