マモルとツクヨの七不思議退治、そして怪異『背後霊』
“脚”の霧散した辺りをじっと見つめ、そこにもはや怪異の無いことを見てとると、マモルは姿勢を戻した。そして辺りを見回し、安全を確認すると、ひとつうなずいてからまた歩きだした。
※
しばらく廊下を進んでいたが、マモルはふと、足を止めた。そして後ろを振り返る。だが、何の変哲もない廊下が伸びているだけだった。――いや。
「―――くすくすくすくす……」
忍びやかな笑い声が、すぐ耳元から聞こえて、マモルはとっさに飛びのいた。先ほどと同じ歩法を使っての反応だったので、一瞬で何mもの距離を飛んでいる。
だが。
「くすくすくす――」
声は変わらず、耳もとから聞こえてくる。振り向けど、見えず、しかし声はすぐ――後ろから聞こえる。マモルは視線を走らせ、廊下の端に鏡が置いてあるのを発見した。そしてその鏡に――自分の背後に立つ女学生の姿を見た。マモルにほとんど密着するようにして、じっと音も無く佇んでいる。少し古い型の制服、血の気の抜けた白い肌、不健康に細く骨ばった手脚。女学生は鏡越しにマモルを見返すと、長い黒髪に顔を半分以上隠したその口元に笑みを浮かべた。決して友好的とは言えなそうな、その反応。マモルはそれを確認して、口を開いた。
「――ここは頼む、ツクヨ!」
※
「へっ?」
ユキはその名前に目を丸くする。と同時に目の前の映像――マモルのすぐ横に、突然長身の女性が姿を現した。長くボサボサの黒い髪が、夜色のコートと共に周囲に溶け込んでいて、その分肌の白さで顔と手足だけが宙に浮いているようだ。その手には深い緑色の球体が握られていた。
女性は無言でその球体をマモルに放り投げる。マモルがそれを空中でつかみ取ると、その姿が突然消えた。
「あ、あれは隠身の……」
蒼緑堂の地下にしまわれた秘宝を思い出し、ユキは呟く。緑色と青色で二つ一組の秘宝で、これを所持していると極端に存在が希薄になり、『気付かれにくくなる』という不思議な力がある。有る程度素養の有るものがもてば、『けして見つからない』レベルまで可能だ。その一つの受け渡しを見て、ユキは内心の驚きを隠せないでいた。あれは一度だって使ったことがない、秘宝中の秘宝のはず……。
「オンシン? 君たちは陰陽師じゃなくて、忍者か何かだったのかな」
呆れたように『センパイ』は呟いた。そのすがたはうすぼんやりとしか分からない。体を半分霧にしたかのように、後ろが透けて見えている。
「ここで新キャラ登場とは、なかなか一筋縄ではいかないね。パーティーメンバーに入れるイベントくらい済ませときなよ、観客放置もいいとこじゃないか」
文句をつけるが、面白がっているような表情では説得力はない。
「面白がってるところ、わるいですけど。ツクヨは強いですよ?」
ユキは自信を持って宣言した。
※
マモルが消えたその場所には、うっすらと存在感の薄い、女学生の姿があった。少女は戸惑うように辺りを見回し、マモルの姿を探していたが、女性――ツクヨが立っているのを見つけ、両手を構えて襲いかかった。
ツクヨは軽い身のこなしでその襲撃を避けたが、一瞬の交錯で少女の姿は、ツクヨの背後に有った。
「くすくすくすくす――」
ツクヨの耳元に、忍び笑いが聞こえた。
ツクヨはしかし、慌てることなく目を閉じると、すうっと息を吸い込み、一声。
ウォンッ!!!
吠え声の強さに押され、女生徒の姿が掻き消えた。
そしてその場には一人の――いや、一頭の犬がすっくと立っていた。ツクヨと同じ色の毛並みで、ツクヨと同じ眼の色をしていた。
※
犬の吠え声には退魔の力がある。鳴き声一つで背後霊を撃退したツクヨの姿を映像で見ながら、『センパイ』は文句をつけた。
「犬?! いや、あれは……狼か。おいおい狼男ならぬ狼女って、おとぎ話じゃあるまいし」
『センパイ』の言葉に、ユキは思わず「『センパイ』がそれ言います?」と突っ込んだ。
「狼男の伝説は、日本じゃ聞かないからね。とはいえ、しかし。これじゃ反則もいいところだよ。背後霊は人の背後しか立てないからなあ。犬の背後に立っちゃ、ただの散歩になっちゃうよ。ちょっとこれは――退場願うしかないかな?」
いつの間にか存在感を元に戻した『センパイ』は飄々と呟いて、にや、と唇の端を上げた。その全身がうっすらと血に染まっていたが、両腕を上げると同時に、血の色は溶けるように消えた。
「せっかく組んだところ悪いがね、パーティは解散してもらうよ」
※
「――ありがとう、ツクヨ」
狼のそばにマモルは立っていた。その手には『穏身の球』が載せられていた。
「……」
マモルを見た狼が二本足で立つ動きをすると、人間の姿――ツクヨに戻った。ツクヨは黙ったまま差し出された『隠身の球』を受け取った。受け取った球を両手で支え、ツクヨはふと、マモルに尋ねた。
「ユキは……助けられるのか?」
「助けるよ。大事な――預かり子だ。当ては無いけど、どうやら当ての方から来てくれるようだからね。保険も掛けてある」
「そうか……。なら、これも、そのホケンなんだな?」
掌中の珠を示し、ツクヨが確認すると、マモルはうなずいた。
「だね。だけどどうやら、正解だったみたいだ。さっきの……」
言いかけたマモルは突然口を閉じ、鋭く振り返った。
唐突に――そこには大きな『穴』が存在していた。穴から真っ黒い腕が無数に伸び、背後に居るツクヨを庇うように立ったマモルの身体を次々と掴んだ。
「! マモル!」
ツクヨの叫びに、
「ツクヨ、その人を、頼むっ……」
マモルはそれだけ叫ぶと、その巨大な穴に引きずり込まれて消えた。
新キャラが出たと思ったら消える手法。ただし消えるのは主人公側。