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囚われのユキとマモルの七不思議退治、そして怪異『テケテケ』

誰もいない廊下を歩く。マモルは首元の勾玉を握り、まっすぐ歩を進める。

さりげなく周囲をうかがっているが、その歩に迷いはない。暗い廊下に明かりは少なく、夜空に星も月も無い暗闇だ。廊下を歩くマモルの足音が空しく反響している。

ひたり、ひたり。

慎重な歩調、反響が後に続く。

――ひたり、ひたり。

と、突然その足が、ふと、止まる。そこに――


――ひたり、


と一歩多めに反響音が聞こえてきた。

マモルは迷いなく体ごと振り返った。そこには、


女子学生がいた。

ひざ下丈のスカートに、血の気の無い骨ばった脚。ふくらはぎまでの白い靴下。その下はつま先だけ赤色の入った白い学校指定の上履きだ。

女子学生は、下半身だけだった。


「これは……」

 マモルは細雨を手に、その下半身を睨むように目を細め、表情を険しくした。


    ※


 映像は、マモルの様子をユキに伝えていた。なので、

「マモルの変態……」

 シュールな絵柄ながら、マモルが女子学生の下半身を見つめている図になっていることに気が付き、思わずつぶやくユキ。

「あはは! ユキちゃんは手厳しいな」

端的すぎるユキの感想に、『センパイ』が爆笑した。

「心配なんですよ。マモルは、ロリコンだから」

笑われて、ユキは口をとがらせる。

「くっく、まあ、私の下半身に欲情するなら、そうはならないんだがね」

愉快そうに笑うその『センパイ』の身体は――下半身が消えていた。上半身だけが宙に漂っている状態だ。シュールさで言えば、上半身だけの女子学生と普通に会話をしているユキの現状もマモルと似たようなものだった。

 楽しそうに笑いながら映像とユキを眺める『センパイ』に、ユキは言う。

「『センパイ』――『センパイ』が、『七不思議』だったんですね」

「ようやく気がついた様だね。……と、言いたいところだけど、ちょっと違うかな。正確には、『七不思議』なんて、ないんだ。あの噂話は、私が君にだけ流した真っ赤な嘘だよ」

「えっ?」

「おかしいと思わなかったのかな? 行方不明の女子中学生、なんて、もっと大騒ぎになっているはずだ。いや、そもそも、どうしてその行方不明の原因が、『七不思議』なんてことになるのかな? たとえば誰かが一人きりの時に幽霊にさらわれたとして、さてさて、一体全体、だれがそれを証言できるんだろうね? 君の知っている目撃証言は、いったい誰に聞いた誰の目撃だったのかな?」

「――!」

 言われて初めて、ユキは思い出した。『誰にも聞いていない』ということに。そもそもが『七不思議』の存在自体を知っていたのは、ユキと『センパイ』だけだ。他の友達の誰も、『この学校の七不思議』なんて聞いたことも無いし、そもそもほとんどの友達が『テケテケ』の話自体も知らなかった。そして、ユキが『七不思議』を知ったのは――『センパイ』に聞いたからだ。

 あのテケテケに襲われた話は、ある日突然、ユキの頭の中に生まれたのだ。

「正確には、『部活』で私が話して聞かせたのさ。そして――忘れてもらった。誰に聞いたか、どこで聞いたか、いつ聞いたか、全てね。忘れなかったのは、内容だけ、ってわけだ」

 にやにやと、『センパイ』は笑いながら説明した。

「そんな……」

 ユキはさらに思い出す。この話を聞いて、マモルはそもそも、その事実を疑った。今思えば、それこそが正解だったのだ。

 そしてそのユキのせいで、マモルは今、学校にいる。『七不思議センパイ』の支配するこの夜の学校に――

「マモル……」

 ユキの呟きは、マモルには届かない。


   ※


 上半身の無い女子学生は、じっとそこに佇んでいる。蝋のようにつるりと生気の無い脚が、ぼんやりと白く暗い廊下に目立っていた。

 マモルが思案していると、その女子学生は一歩、こちらに歩を進めた。マモルは反射的に同じ距離を下がった。

「『テケテケ』、か……」

 マモルは小さくつぶやく。そして細雨を構え、じり、と一歩をにじり寄った。

 すると、“脚”もまた、一歩を下がった。

 一歩踏み込む。一歩下がる。一歩踏み込む。一歩下がる。

 マモルはそこで歩を止める。視線を厳しくし、

「おまえは、何者だ?」

 と一言、問うた。

 反応の無い“脚”に、マモルはさらに言葉を重ねた。

「たしかに、都市伝説と言うものには、類型、派生は無数にある。だけどおまえは、決して『テケテケ』じゃない。『テケテケ』は上半身(・・・)だけの姿のはず……おまえの姿はまるで逆だ。そして、鎌を手に、相手の半身を切り取るために、追い掛けて、襲いかかる存在だ。それが、どうして距離を保つ? それではまるで――『べとべとさん』だ」

 手にした“細雨”を突き付けて、マモルは宣言した。

 少しの間のあと、“脚”――下半身(・・・)だけの姿のその怪異は、返事をするように、こつん、とひとつ、つま先で床を叩いた。


    ※


「―――あは」

 上半身だけの姿の『センパイ』は、笑った。

「なかなか、やるねぇ。さすが専門家、これくらいのひっかけには引っかからないか」

 笑う『センパイ』のその姿を見て、ユキは遅まきながら思い出した。

「そうか……『テケテケ』は、襲いかかって、相手を殺す、相手の身体を奪う都市伝説だ」

いつだったか『社』での『座学』で聞いた覚えがあった。今までどうして忘れていたのだろう。


――線路で電車に体を両断されて死んだ女の子が、失った自分の下半身の代わりを手に入れるために人を襲う。その少女は、両手に鎌を持ったまま、その肘を突きながら恐ろしいスピードで這い迫ってくる。その顔にはようやっと下半身を手に入れる喜びに満面の笑みを浮かべて。


だがどうだろう、マモルの前にいるのは失ったはずの下半身であり、そして鎌を持って人を襲うはずの上半身は素手のまま、ここでただ愉快げににやにや笑っている。

 これは、『テケテケ』じゃない。マモルの言うとおり、『べとべとさん』だ。


――夜道を歩いていると自分しかいないはずなのに後ろから足音が一つ余計に聞こえてくる。ゆっくり歩けば足音もゆっくりと、逃げようと走ればやはり足音も追い掛けてくる。これは妖怪べとべとさんがついてきているからである。振り返っても誰もおず、けれどまた歩きだせば足音はついてくる。この妖怪を去らせる方法は――


「マモル! 『べとべとさん』なら……」

 映像の先のマモルには届かないとは分かっていたが、ユキは必死に呼びかけた。

    ※


 マモルは、“細雨”を突き付けた格好のまま、打ちつけるように言葉を発した。

「『べとべとさん、お先へお越』…」

 そうして、腰をすこし落とし、細雨を腰に添え、両脚を開き、左肩を下げた。

 抜刀の構え。

「――疾っ!」

 小さい呼気と共にマモルは疾る。その一歩は、ゆうに3m。“脚”との距離を一歩で詰め、そのまま木刀を抜き、左脚の腿を切り裂くように打ち当てた。

 “脚”はそのまま吹き飛び、廊下の壁にぶつかり、霧散した。


   ※


「っと、おいおい、容赦ないなー。普通なら呪文で満足してほしいもんだね。まさか木刀でか弱い女子を打ち据えるとは、とんだ紳士だ。おい、喜べユキちゃん、マモル氏はロリコンじゃないよ。ロリコンがこんな酷いことしたりしまい」

 にやにや笑って言う『センパイ』には下半身が戻っていた。その脚に――じわり、と血が滲み出てくる。そして真っ白な脚の上を赤い線がツツツ、と垂れていく。その赤色に動揺して、ユキは思わず息をのむ。

「セ、『センパイ』、その血……」

 対して、『センパイ』はユキの言葉にきょとんとした後、自分の脚を見た。そしてそこに滲んだ鮮血を見て、苦笑するように口の端を上げた。

「あー、これかい。いやいや気にするな。さっきのと無関係だよ。ダメージを負ったのは事実だけど、この血はただの記憶だから」

「?」

「ホラ、あの刀が当たったところと、血の出ている場所が違うだろう。怪我の種類も違う。木刀で打ち付けられたら、出来る怪我は内出血がせいぜいだ。マモル氏のせいじゃないさ」

 『センパイ』は、ひょいと血に染まった脚を挙げてユキに見せると、にやにやと笑う。確かに、その怪我は明らかに切り傷、それも広い面積を浅く切った、いわゆる擦り傷だった。その全体を赤い血に濡らした白い脚は奇妙に扇情的で、ユキは思わず目をそらしたが、『センパイ』が自身の脚を撫でるように手をかざすと、音も無く脚の血は消えた。何事も無かったかのように。

 そして『センパイ』は映像を見て、にやりと笑った。

「さて、一つ目の怪は見事退治したようだから、次のステージ、『背後霊』の出番だね」

 そして、その言葉と同時に、『センパイ』の姿がじわり、と薄くなった。


    ※


ここからは怪異1つに対して1話の予定です。

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