囚われのユキと出陣するマモル、そして七不思議のひとつめ
だんだんサブタイのネタが尽きて行く……
カタン、と音を立てて、額縁が落ちた。マモルはそれを聞いて、手を止める。振り返り、額縁を確認すると、慌てたように立ちあがった。
「ユキくん、まさか……」
額縁には、奇妙な文様に縁取られたお札のようなものが入れてあった。そしてそのお札の真ん中には『敷島由紀』と書かれている。
マモルは額縁を取り上げると、中の札を抜き取り、手に巻いた。そして近くに拡げてある地図に、慣れた手つきで札の上から持ったペンダントのようなものをかざす。
じっと息を殺してペンダントの先を見つめるマモルは、その先端が地図のある一点を指して止まるのを見て、目つきを険しくした。
「……先んじられたか」
小さくつぶやくと、先ほどまでしていた作業をちらりと横目に見て、その一番上の資料を手にすると、即座に部屋を出た。
※
まずツクヨの部屋の前に立つと、ノックをするより前に、ドアが開いた。
「マモル、なにかあったのか」
ツクヨはマモルがなにか言うよりも前にそう尋ねた。
「ツクヨさん、すぐ来てください。――ユキが、さらわれました」
ツクヨはひとつうなずいた。
「わかった。すぐ行こう」
※
次にライカの部屋を訪ねると、赤髪の少女は部屋の真ん中で大きな椅子に足を大きく組んで座って待ちかまえていた。ライカの見た目はもちろん小学生だが、その表情と態度で、老練な老人をも思わせる、そんな余裕ある態度である。マモルは単刀直入に言った。
「ライカの助けが必要です。手伝ってくださいませんか?」
「それは“望み“か? ツヅキマモル」
にやにやと、魔女のように陰鬱に妖艶に、ライカは笑みを浮かべて言った。
「いや、“お願い”ですよ、真鍋雷華。蒼緑堂の一員として、その仲間を助けてあげてくれないかという、単なるお願いです」
いつも通りの表情でまっすぐにライカの目を見つめ、マモルは言った。その視線を受けて、ライカは「ハッ」と鼻で笑う。
「魔女に“願い事”とはね。私も舐められたものだ。そんなこと、誰がするというんだ。魔女をなんでも屋か何かと思っているのか。子どもの寝物語に出てくる魔法使いと混同している」
「ライカ・エイクル・モルドニィ、と呼んだ方が良かったですか? それとも、“最古の魔女”と? ――最高の魔術師、最悪の不老者。赤い災厄、“エイシェルクレアレイモンド”。貴方の魔術に不可能はないはずです」
マモルがぴしゃりとその言葉を打ちつけると、ライカはその目を細めた。
「……よく調べたものだ。私のことは、どんな歴史書にも、どんな記事にも載ったことがないはずなんだがな」
「それでも、人々を恐れさせるには十分だったようですよ。人の畏れは伝聞に通じます。そして“我々”は畏れをこそ対象にした組織です。まあ、それなりに苦労はしましたが」
「ふん。真名を告げられては仕方ないな。一度だけだ。マモル。魔女が動いてやるよ。……ただし、対価をよこせ。さもなくば、諦めるんだな」
「対価なら、もう決めてあります」
ふ、と緩やかに笑みをその口元に浮かべ、マモルは自らの顔を指差した。
「僕の“目”を差し上げます。“社”の“剣”第3位“都筑”の目。それも、僕のは、特別製だ。それなりに、歴史もある。魔女への供物としては、適当と思われますが、いかがですか」
「は、なるほどね。分かった。受け賜わろう。ツヅキマモル、願いはなんだ」
「捕まえてほしいものがいます。呼び出して、そこに留めるだけでもいい、縛る力が必要なんです。それは、最高の魔女の貴方にしかできないことです」
「カッ。言うものだな、ツヅキマモル。だが、まあ気にいったぞ。ならば引き受けた。顔を寄せな」
マモルは跪いて目を閉じた。
ライカはその顔に手を寄せる。まぶたを撫でる。いとしい恋人の頬を撫でるように、優しく。
そして、そのまま指を食いこませた。
……マモルは、一声も発しなかった。
「たしかに受け取った」
ライカは手にした“球”を手の平に転がし、それをマモルに示した。
そしてお菓子でも口に含むように、気楽な動作でぽいと自らの口にほおりこんだ。
両膝を突き、息を荒くし顔を押さえたまま、マモルは答える。
「すみません、すこし、退席します。ライカ。あとを、……お願いします」
それから、口元に信頼の笑みを浮かべ、さらに――もたつきながらとはいえ――立ち上がり、あまつさえお時儀さえした。
ライカはそんなマモルを無視するように無言のままで背を向けた。
歩きだすライカの背後で、マモルは気を失って倒れた。
ライカはマモルを振り返らないまま、蒼緑堂を出、店の出口に放置してあったほうきを手に取り、そして――ほうきに乗って、夜空を飛んだ。
『枷』を外すために。
※
ライカがたどり着いたのは、とあるちいさな民家の庭先だった。そこには、じっと佇む女性の姿がある。空に、ほうきに乗って飛んできた少女ライカの姿を見ても、全く驚いた様子も無く、むしろライカに向かって小さく手を振った。
ライカはその女性の目の前に、音も無く降り立った。そして、じろりと見あげ、苦々しく言った。
「久しぶりだな、クスノキケイカ」
ケイカと呼ばれた女性は、小学生にしか見えない赤髪の少女にそう言われ、にこにこと応じた。
「そうですね、ライカ。きっと来ると思っていました」
「なぜ私がここに居るのか、お前はもう分かっているようだな」
「分かっています。いつかは返さなければならないものだから。もっと長くかかると思っていましたけど、思ったより、早く来ましたね」
「ずいぶん素直じゃないか、何をたくらんでいるんだ」
「たくらんでいたのは貴方ですよ、ライカ。私はただ貴方と彼に応じていただけです。そして、今度は、貴方は何もたくらんではいない……。ただ、あなたは願いを言いに来たのでしょう。私はあなたの願いを聞くために待っていたのです。それに、あなたの願いは、私の願いですから」
「は。相変わらず人を食ったような小娘よ。よかろう、ならば私はただ願いをお前に告げてやる。――私には枷が付いている。私に枷をはめたのはおまえだ。だから『お前が私の枷をはずせ』」
ケイカはにこりと笑んで、決められた台本を読むように、心をこめて、応じた。
「『言われずとも』」
「私たちの文化では、決まった『魔法の解きかた』というものがあるんです。流儀といってもいいかもしれません。子どもでも知っている、とびきり簡単でとびきり素敵な『魔法の解きかた』」
ほうきを片手に立つライカの前で、ケイカは幼い子供に言うように、優しく説明を始めた。
「……嫌な予感しかしないな」
苦々しい口調で、口元に苦笑を浮かべ呟いて、しかしライカは目線で促した。
ケイカは対照的に、ニッコリと、聖母の様な笑みを浮かべた。
「私たちの文化を構成する『教義』とその『教祖』は複数ありますが、そのうちのひとつ、教祖ウォルトディズニーの産み出した世界級巨大幻想文化の最高峰、その『生まれ続ける聖典』の基盤の一つです。『純潔のキス』ですよ。……ライカ。私の最後で唯一の魔法を捧げましょう」
「……は。大したものだ、ジョシコーセー。否、いまはジョシダイセーか? ただそのためだけにお前は、その『最初のキス』を守っていたのか。あれから、もう、5年だぞ」
「もちろん、貴方のためです、ライカ。枷をはめた以上、はずすための方法を残すのは義務だとは思いませんか? 呪いはいつか解かれるし、魔法はいつか消えるんです。それに、これが最後ですから……貴方に捧げて、私の魔法は売り切れになります。『普通の女の子』に戻るんですよ」
「笑える冗談だな。だが、……感謝する。さあ、『最古の魔女』にその半身を返してくれ、『最後の魔法少女』よ」
ライカはその幼い手をケイカに差し出した。ケイカは跪いてライカの掌に自身の手の平を重ねる。その目に慈愛を含ませて、ライカを真正面から見詰める。ライカは応じて目を閉じる。ケイカはライカに顔を寄せる。
“お姫様と王子様の接吻(真実の魔法のキス)”
――パシン、と薄いガラスの割れる音がした。
ライカの全身が赤い炎に包まれて、燃え上がる。
否、炎に見えるのは、幾重にも重なる古代文字。その古代文字が生滅し重なりあい弾けあって生まれた“流動する魔法陣Magic Square”の、その赤色だ。
炎はライカの周りをケイカごと包み込み、そして内部から破裂した。
炎から生まれたのは、燃えるように赤い髪を持つ白人の女性。誰もが目を引きつけられるようなその鋭い美貌がニヤリと口元をゆがませた。
両手を掲げ、見上げ、叫ぶ。
「は、はは……ハハハハ! 実に、実に良い気分だ!久しぶりに力が戻ってきた……ああ、これだ、我が力、我が魔力、我が命、我が知識! 忌々しい劣った体にはもううんざりだったのだ。ハーッハッハッハ! 見ろ、この、腕、脚、肌、そして髪! この美しさこそ私だ!」
哄笑する魔女の隣で、いつの間にか立ち上がっていたケイカが変わらぬ笑顔で指摘する。
「ライカ、貴方の文化ではどうか分からないですが、少なくともこの国では、自らをみだりにほめることは恥ずかしい行為ですよ?」
途端、子どものように頬を膨らませる魔女ライカ。
「むぅ。相変わらず水を差す。良いじゃないか、少しくらいは。5年も待ったんだ。多少は高揚してしまうものだ」
「智に立ち冷静さを糧とする、古き魔女がですか?」ニコニコと、ケイカ。
「えぇい、口の減らない。黙れ黙れ。長くあの幼い身に身をやつしていたのだ、体の在りようはその精神にも影響があるんだ」
「くす。すみません、意地悪を言いました」
優しく笑んでケイカは謝った。
「ふん、相変わらずだな、実に忌々しい」
魔女ライカはジトリとケイカを睨み、吐き捨てる。
「まあいい、これで魔法は成る。これでこそだ。ふふ、魔女の本気の[偽り(まほう)]を見せてやる。ツヅキマモルよ、お前の“願い”は魔女がかなえてやろう。最高の魔女たるこの私がな!」
※
失神から目覚めたマモルは、眼窩からの出血を抑えながら、立ちあがる。懐に入れていた資料を取り出し、そこの記載を確認すると、すぐさま店の電話に手を伸ばした。
「こんばんは、空木。例の件なんだけど、予定が早まったんだ。今晩、今すぐに手配できないかな」
※
ここはどこだろう、というのがユキのまず考えた事だった。考えた、と言っても文字通りの夢見心地の中、意識は定かではなく、したがってその疑問すらもどこか他人事だった。ふわふわと意識が水の中を漂っている。手足の感覚はなく、視覚や聴覚も働いているのかいないのかわからない。ただ、自分の存在だけをどこかで感じるだけだった。――いや、自分の存在だけではない。同じ空間に、それもごく近くに、異質な、つまり自分以外の存在も感じられた。そう意識した途端、ユキは自分の名前を取り戻した。
「―――ぁ」
ふわりと浮上するように、自分の意識が、自分の存在が、はっきりと表れた。声が漏れ、そして目を開けた。少なくとも、そういう感じはした。
「お目覚めかい、お姫様?」
笑いを含んだその口調に、ユキはハッと顔を向けた。
「――『センパイ』」
「おはよう、ユキちゃん」
にやにやと、『センパイ』は言う。当然の顔をして。
「ここは……」
「ここかい? もちろん、ここは学校さ。そして同時に塔でもある。悪い魔女に捕まった、お姫様が閉じ込められた塔だよ。君はお姫様で、私は魔女だ。くっくっく。ほら、王子様の到着だぞ」
「え?」
視界が突然開けた気がした。その視界の真ん中にまず飛び込んできたのは、
「ま、マモル……?!」
マモルが、いた。
正装――それも完全武装だ。腰に二本の小刀、首には見鬼の勾玉、手に白木の木刀を持ち、肩に提げたカバンには、おそらく大量の札がおさまっている。長くマモルのそばで彼が“仕事”に出るのを見てきたユキだったが、今回のいでたちは、その中でもトップクラスの武装だった。しかも良く見れば、白木の木刀はユキの愛用の”細雨”だ。勝手に持ち出されたらしい。それに気がついて一瞬怒りが沸き起こるが(細雨は自室にしまってあったのだ。マモルがそれを持っているということは、マモルがユキの自室に侵入したということになる)いつになく真剣な面持ちのマモルを見て、怒りが消える。その片眼には――いつも前髪を長くして隠している左目には――大きく白い眼帯が貼りつけてあった。ユキは知っている。マモルの左目が特別なことを。けれど今それがふさがれている。一体何があったのか。ユキはマモルの顔をじっと見つめる。マモルはユキを――いや、校門を睨みつけている。ユキはそれで、校門のすぐ近くに自分がいることを知った。より正確に言うなら、その映像を見ているということに。
「そこは特等席だよ。王子様の頑張ってる姿を、せいぜいがんばって応援してくれたまえ」
愉快そうに悪魔のように、『センパイ』は笑みを深めた。
「さあ、王子様の到着だ。さっそくゲームを始めようじゃないか。私のゲームは難しいぞ。さて、クリアできるかな?」
※
校門を目の前にして、マモルはその奥、影になって見えない校舎を“見た”。そして、ちらりと後ろへ視線を送り誰も見えないことを確認すると、右手の細雨を握り直した。そして、構える。
マモルが鋭い呼気を放つと同時、何かの斬り裂けられるような響きと共に、校門が開き始めた。
マモルは開いた門扉の奥へ、ためらいなく一歩を踏み出した。
※
嬉しそうに、愉しそうに、『センパイ』は宣言した。
「それでは最初の怪談、『テケテケ』の怪のはじまり、はじまり」
※