ユキとマモルの恋心、そして悪い魔女の登場
そうは見えないかもしれませんが、この物語はバトルものを予定しています。
翌日、彼女は学校に来なかった。その翌日も、その次も……。
なので、その噂を聞いたユキはさっそく調査に乗り出した。マモルたちほどではないとはいえ、自分も立派な蒼緑堂の一員だ。マモルはいい顔をしないだろうけれど、それでも自分の学校で起きた霊障くらい自分で解決したい。もし解決できないとしても、調査くらいはできるはずだ。
まずは聞き込みだ、ということで、
「それでまっさきに私のところへ来たというわけか。くっくっく」
『センパイ』は可笑しそうににやにや笑った。
「あのあと、友達に聞いてみたんですけど、『学校の七不思議』なんて、みんな知らないって言うんです。だけど今回の事件は、どう考えても『テケテケ』だと思って。だから、『テケテケ』の話を知っている『センパイ』に話を聞きたいんですけど」
真剣な目で『センパイ』を見つめながら、ユキは正直に話した。その様子に『センパイ』は苦笑する。
「なるほどね。で、じゃあそうだとして、ユキちゃんは私になにを聞きたいんだい? このまえと同じ話をしたのでいいのかな?」
「……あれ?」
改めて問われて、ユキはやっと気がついた。なにをどう調査すればいいか、分かっていないということに。マモルと違って霊感の無いユキには、そもそも調査するという選択肢しかないが、その肝心の調査すら何も分かっていなかった。
(いつもなら――マモルがぜんぶやってた)
へらへらと笑いながら、やる気無さそうに、だらだらと、だけど。それでも。
(私なんかよりは全然ましだ。私は、何もできない……偉そうに言うばかりで……)
突然のしかかってきた事実に、ユキは打ちのめされ、押し黙ってしまった。
「ユキちゃん? 大丈夫かい?」
しばらく自己嫌悪の海に陥っていたが、声をかけられ、ハッと我に帰った。
視線をあげると、『センパイ』がにやにやとこちらの顔を覗き込んでいた。
「だ、……大丈夫、ですッ」
その表情に、ユキは自分の思考が読まれた気がして、おもわずそう叫ぶと、その場を走って逃げてしまった。
※
逃げ出してしまった以上戻ることもできず、かといって『センパイ』以外にあてがあったわけでもないユキは、結局蒼緑堂へ帰って来ていた。
(あて、っていうか、そもそも何もできない、けど……)
帰路で何度もそれを考えてはそのたびに落ち込んでいたユキは、やはりまた同じ思考のループに陥ってしまっていた。
「やあ、どうしたんだい、ユキくん。暗い顔をして」
そこへいつもの能天気な声が降ってきて、ユキは反射的にキッとマモルを睨んでいた。
「別に、暗くなんか……」
けれど、いつもの調子は出ない。言い返そうと思った言葉はしりすぼみになり、またうつむいてしまった。いつもこうして偉そうな態度を取っていた自分が、今は、恥ずかしい。
「なにかあったのかい? それとも、なにか悪いものでも食べたのかな。だめだよ、ユキくん。拾い食いなんかしちゃあ」
へらへらと気楽な声でくだらないことを言うマモル。ユキはその声にいらだちを、そしてその言葉に絶望を感じてしまう。
「また、子ども扱い……」
「はっはっは。何を言ってるんだい、ユキくんは。僕から見たら、君は子どもだよ。いくつ離れていると思っているのかな」
マモルはいつも通りの口調で言う。それがゆえに傷ついてしまう。
「そりゃ、マモルは私から見たら、おじさんだけど」
ユキは唇を尖らせ、小さくつぶやいた。年の差なんか、ずっと前から、知ってる。だけどそんなこと、いまさら気にしない。そう続くはずの言葉はうまく出なかった。ちらと目線だけあげると、
「お、おじさん……」
マモルは胸を押さえてうなだれていた。
「……なにしてるの、マモル」
「いやあ、自分がおじさんだと思う分には、事実だから気にならないんだけど。ユキくんに言われると、これ、けっこう効くね……ははは」
マモルは自分で言っておきながら、ユキの言葉に地味にショックを受けていたようだ。ふざけてるのか、それともこれが素なのか。“仕事”の時はそれなりに恰好いいのに、普段のだらしなさに毎回幻滅する自分がいる。
(でも、それでも、嫌いにはなれない)
ままならない自分の恋心にため息をついて、ユキは気持ちを切り替えた。
「マモル、この前の話、覚えてる? 学校の怪談の話」
「ああ、部活の『センパイ』から聞いたって言う、あれかい」
「そう、それがね、どうやら、『本当』らしいの……」
結局はマモルに話をするしかない、ユキは内心の葛藤は飲みこんで、事件のあらましを説明した。
「うーん、なるほどね……」
ユキの話をすべて聞いたマモルは腕を組んで、じっと考え込んでいた。
「どう、なにか、分かりそう? もし、もっと情報がいるなら、調べるわよ」
ユキは考え込むマモルに期待の目を向け、身を乗り出した。
「そうだね、だけど、一つ確認しておきたいんだけど」
「なに? その女生徒の住所とか?」
勢いこんで言うユキに、マモルは苦笑して、手をひらひらと振った。
「いやいや、そうじゃなくて。そもそも、その女生徒、本当に失踪したのかどうかってことなんだけど。つまり、その事件が本当なのかってことだね」
「えっ」
ユキは頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。そもそも、事件そのものを、疑われている……? どうして? 私が調べてきた話、なのに。
「マモルは、私の言うこと、信じられないって言うの?」
「え? いや、そういうわけじゃ」
「子どもだから? 嘘ついたって、疑うの……?!」
「ちょっと、ユキくん……ちょっと、落ち付きなさい」
戸惑って手を伸ばすマモルに、ユキはその手を振り払って、一歩、マモルから離れ、叫んだ。
「また、子ども扱い……! いつも、いつも……私の気持ちなんか知らないくせに……マモルなんか、だいっきらい!」
ユキはその激情のまま、マモルの返事も聞かずに、自分の部屋へ駈け込んで、閉じこもってしまった。
※
翌日。いつもの場所に現れた私を見て、『センパイ』はにやりと笑って、問うた。
「やあ、ユキちゃん。どうしたんだい、そんな風に真剣な顔をして」
「『センパイ』、答え、見つかりました」
ほとんど遮るようなタイミングで、私は言った。
「ほぅ? それは重畳。では、いつぞやの口約に従って、私はその願いを叶えなくちゃいけないね。まあまずは話してごらんよ。君の見つけた答えとやらをさ」
『センパイ』はにやにやと笑みを深め、劇の役者のように両手を広げた。
ユキはその仕草に釣られるようにして、すべてのいきさつを話しはじめた。
「……それで、またマモルにごまかされちゃって。簡単なはずなのに、どうして出来ないんだろう、って考えてしまいます。どうしたら、マモルは私を見てくれるんだろう。子どもとしてじゃなくて、私を……」
最後は呟きになって、声は小さく消えてしまった。
「ふむ。では、そうだね、君の答えは、君の願いは、要約すると、『マモルに、子どもとしてではなく、シキシマユキとしての自分を見て欲しい』つまり、『マモルに、こっちを見てほしい』ってとこかな」
『センパイ』の言葉に、私は黙って、小さくうなずいた。『センパイ』はそれを見て、にやり、と満足げに笑って、そして、悪事にでも誘うように囁いた。
「ならば、一つ提案があるよ、ユキちゃん。相手が子ども扱いをするというのなら、こっちが子供だましをしかけてやろうじゃないか。正確には子供だましのような古典的手段、だがね。ま、王道は正道ゆえに王道なのさ。定番ってやつを試す価値はあると思うよ。どうだい、ユキちゃん。乗ってみないか?」
「乗るって、どういうこと?」
『センパイ』はにやにやと、その笑みを深めて、答えた。
「王子様を試すのさ」
「マモルを……試す?」
「そうさ、古今東西、どんな童話でだって、男ってのは好いた人のために頑張ってくれると相場が決まっている。ねえ、そのマモルって男に、頑張ってもらいたいとは、思わないかい? くっくっく」
「でも……」
「何、ごく、簡単なことさ。泣いた赤おにじゃないが、青鬼役を私がやってやらんでもない。なにしろ――」
『センパイ』はそこでいったん言葉を止めた。それで私は不意に気がついた。『センパイ』が、――近い。それも、異様と言ってもいいほど、すぐ間近にその瞳があった。油断をしたつもりはなかった。なのにこの距離までなぜ私は気がつかなかったのだろう、私はそれに驚いて、完全に反応が遅れてしまった。だから、『センパイ』が私に手を伸ばし、その手が私を“すりぬけた時”、
「―――えっ?!」
ただ間抜けに声を上げることしかできなかった。
「そう驚くな。ちと、眠ってもらうだけさ。王子様が迎えに来るまで、お姫様は寝ていなくっちゃ、ね?」
『センパイ』の手がすりぬけた胸辺りから急激な冷気と、同時にあらがい難い眠気に襲いかかられて、私は『センパイ』の言葉を聞きながら、意識を遠のかせてしまった。
私は足の力が抜け、ぐらりと体が傾く。『センパイ』の胸に、崩れ落ちるように倒れ込んで、そしてそのまますりぬけて行く。
遠のく意識の中、『センパイ』の愉快そうな声だけが耳に残った。
「――さあ、王子様? 愛しい姫君を、恐ろしい魔女の手から、取り戻しにおいで。たのしいたのしい童話の始まりだ。くっくっくっく……」
※