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ユキとマモルの結論、トワと冬芽の約束、ユキと『センパイ』のコイバナ。そして大団円?

「あ、あらたに……」

 

 戸惑うような穂高の声。穂高は、今までの新荷と都筑(マモル、と呼ばれていたが)のやり取りを、聞こえてはいたが、ほとんどの部分を理解できず、ただじっと黙って聞いているしかなかった。だが、いざ衝撃的場面になって初めて動揺をあらわにした。彼はマモルから有る程度の説明は受けていたが、最終的にどうするつもりなのかまでは聞いていなかったのだ。冬芽とマモルのやり取りも、半分も分からなかったし、マモルが冬芽を攻撃するに至っては、あまりの事態に体も頭も動かなかった。だからマモルが離れた今、ようやっと穂高は新荷に声をかけることができた。新荷はその声に血にまみれた顔を向ける。


「心配してくれるのかい、トワ君。ふふふ、君はいつも優しいな。昔を思い出すようだ。こんなに時間が経って、年を取っても、君は変わらずいてくれたんだね。嬉しい限りだよ」


 つぶやくほどの小さな声だったが、穂高にも充分聞こえていた。いつも通りの、記憶通りの、その飄々とした声音。それを聞いて、穂高は突然前のめりになり、そのまま転んだ。身体を預けていた杖が高い音をたてて床に落ちる。穂高は構わず腹ばいになった。その床もまた火に焼かれ焦げ付いている様子だったが、穂高は意に介さず、その腕で新荷の元に這い始めた。驚いたのは新荷だ。


「とわくん、君……」


 動かぬ脚を引きずって、その細く骨ばった腕では、ほとんど動かないに等しい。それでも穂高は這って、這って、這った。新荷はその鬼気迫る様子に言葉も出ない。穂高は、今やいっそ怒りに燃えているような形相だった。


「いきなりなんだい、トワくん、そんな怖い顔を……」


「あらたに!」


 茶化す様に言いかける新荷の言葉を遮って、穂高は声をあげた。


「そんな声出しておいて、何が嬉しいだ。ふざけるな。忘れたとでも思ってるのか。分からないとでも思っているのか。待ってろ、そんなかすり傷なんか、すぐ手当てしてやる、だから、」


 重く動かない体を腕でかろうじて進めながら、服を焦がし、腕を痛め、それでも穂高は言い募った。


「だから、泣くな。泣くなよ、新荷……!」


「とわくん……」


 新荷の身体は今や、傷だらけの血まみれのボロボロで、おまけに胸には大きな刀傷が刻まれていたが、泣いてはいなかった。涙を流すことはおろか、目を潤ませることさえも。しかし、それでも。


「君と言う奴は……ほんとうに。普段鈍いくせに、変なところで鋭いんだから、参るよ」


 新荷は、口の端を力なく緩めて、認めた。そうして、目を閉じ、目を開ける。遠い目をして、誰にともなく語り始めた。


「トワ君、君と会えたことは、私にとって本当に僥倖だった。だけど――もう、疲れた。ただ居るだけの、存在するだけの存在。誰も私を見てくれないし、誰も私の話を聞くことはできない。誰かに気付いてもらえたとしても、それはただの気配だけ。私の声も、私の気持ちも、何も、どこにも届かない。最初はそれでもよかったんだけどね。――トワ君、君のせいだよ? 君に会えた時は本当にうれしかった。ただ、嬉しかった。……だけど、君はいなくなって、それからもうずっと、独りだったんだ。さすがに――飽いた。いっそ消えてしまいたかった。それでも、自殺さえできない不自由な立場だったんだよ、私は。だから、こうするのさ」


 新荷は自分の胸に手を当てた。新荷の胸に空いた、刀傷と言うには大きすぎる穴は、周囲を侵食するようにじわじわとその血色を拡げていた。


 穂高は文字通りの這うようなスピードで新荷の元にたどり着こうともがきながら、息も絶え絶えに叫んだ。


「あらたに、だめだ、死ぬな……! そりゃ、待たせたかも知れんが、遅れたかもしれないが、でも俺はまた、こうして、来たじゃないか、どうして死のうとするんだ!」


「だけど君はまたいなくなる」


 新荷は皮肉に目を細めながら、ばっさりと切り捨てた。あまりにも明確で、冷徹な一言。しかし、


「だったら!」


 穂高はそんな新荷を睨みつけた。切り捨てる刀を手で払いのけるかのような気迫が込められた目だ。


「俺の、“孫”がお前の親友になる」


「……は?」


 新荷は突然のその単語に目をぱちくりとまたたかせた。


「そして孫が卒業したらその子どもだ。その次も、その次も。お前の親友になってやる。末代まで、ずっとだ。嫌だって言っても、連れてくるからな」


 言いきる穂高に、新荷は力なく苦笑した。


「くっくっく、相変わらず君の発想は読めないな。それじゃいっそ、呪いだよ。――気持ちは嬉しいけど、そんなこと言っても、もう、この“傷”は――」


 眉を下げ、首を振る新荷の言葉を、穂高は遮る。


「それくらいの傷がなんだ、お前は、お前は、学校お化けなんだろうが! あいつらが退治したのは、カミサマだ。おまえは神様なんかじゃない、新荷冬芽っていう、ただの、ちょっと変な、俺の親友だろう! 幽霊だか、おばけだか、しらないが、とにかく、お前が退治されたわけじゃない! 気をしっかり持て、そんな傷は気のせいだ」


 穂高はやっとのことで新荷の元までたどり着いていた。上着を脱いで、それで止血を試みようとしている。


「ふ、ふふふ、むちゃくちゃな理屈だね……」


 新荷はそんな穂高に、こらえきれない、という風に笑いかけた。そうして、自分の体に触れようとする穂高の腕を拒むように手を挙げ、そして難儀そうに体を起こした。


「あ、新荷、お前、動けるのか? その傷……」


「あは。この傷は気のせいだ、って言ったのは、君じゃないか、トワ君。――言われてみれば確かにそうだ。退治されたのは、カミサマだ。王子様は確かにそう言った。そして私は――神様なんかじゃない、んだろう? やれやれ、死に損ねちゃったよ。君のせいだぞ、トワ君」


 挙げた手をもう一度胸元の“穴”に当てた。穴の大きさはそのままだったが、徐々に拡がっていたはずの浸食は、いつのまにか止まっている。そうして、にやりと口の端を歪めて、穂高を見た。


「だから、責任とってくれよ?」


「せきにん?」


「あーもう、鈍いねえ。つまり、男に二言は無いってことさ。そうだろ、私の初代親友?」


 言って笑ったその新荷の顔に、穂高は一瞬、言葉に詰まってから、目線を逸らして、答えた。


「……ああ」


「おいおいなんだい、今の間は」


「なんでもない」


 新荷の表情に見とれたとは、口が裂けても言えなかった。ここらへんの性格は、いくつになっても変わらない。


   ※


 そんなわけで、『センパイ』あらため新荷冬芽は――相変わらず、図書部部室でユキに絡んでいた。


「……『センパイ』、成仏したんじゃなかったんですか?」


「はっはっは。残念ながら、私にはまだまだ未練がたっぷり残ってるんだ。私はまだまだ話し足りないし、なにより……親友との約束があるからね」


「約束……」


「そうそう、約束と言えば、ユキちゃん。例の王子様作戦は結局……いや、もう、いいのか。くっくっく」


 新荷冬芽はユキの顔を見て、含み笑いを漏らした。


 顔を耳まで真っ赤にしたユキはそっぽを向いた。


   ※


 そして、それから十数年後の入学者名簿に「穂高愛美」という名前が載ることを、新荷冬芽はまだ知らない。その名前が新入生として記録に載る前の日に、彼女と新荷は、図書室で出会うことになることも、今はまだ誰も知らないことだった。


そして、物語は「一年生になったら(http://ncode.syosetu.com/n8073cx/)」に続きます。

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