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マモルの作戦とトワの登場、それと悪い魔女とその親友の再会

「君……まさか……トワ君か!」


 一声と共に、ずるり、と天井に潜めていた下半身を抜き出して、『新荷冬芽』はその全身を現した。その表情には先ほどまでの悪夢のような迫力はない。むしろ、旧知との再会を喜ぶ若者の喜びがあった。


「あはは、なんだいなんだいトワ君、ずいぶんと老けちゃってまあ。よおく見たら面影が無いでもないが、しかしほとんど別人じゃないか。おやおや、その足はどうした、怪我か、衰えたか。なんにせよこんなに嬉しいことはない。くっくっく、今までどうしていたんだい。――60年もの間、さ」


 全身を空中に浮かばせて、中途半端に背泳ぎじみた姿勢で、怒涛のように言葉を畳み掛ける『新荷冬芽』に、男――突いた杖に体重を預けた老人――は苦笑いを浮かべた。


「相変わらずだな、新荷……。お前は昔のままだ。うらやましいぐらいだよ」


 『新荷冬芽』は背泳ぎの姿勢からくるりと反転し、うつぶせに寝ころぶ姿勢でふわふわ浮かんだまま、にやりと笑った。


「わはは、言ったろう、トワ君。忘れてしまったのかい? 私は変わらない。変われない。なぜなら私は……おっと」


 『新荷冬芽』は言いかけて口をつぐんだ。


「あぶない、あぶない、ついうっかり教えてしまうところだった。ねえ王子様。高みの見物も飽きたろう、どうだいここらで謎解きでもしたら」


 いつのまにか老人『穂高』氏の後ろに下がっていたマモルは、その言葉に反応して、顔を上げた。


「感動の再会はもういいんですか?」


 笑みを浮かべて皮肉で返すマモル。


「大事なお客さんを放置する方が失礼さ。トワ君には悪いが、少々お待ちいただくとするさ。――さあ王子様、悪い魔女の謎解きの時間だぜ」


 『新荷冬芽』は、くるりっ、とそこで突然上下逆さにひっくり返って、頭を地に足を天にし、両腕を広げて、宣言した。


「私の正体を、七不思議を――七つ目の怪異の正体を、王子様、解いてみせたまえ!」


 宣言した『新荷冬芽』の背中から、幾本もの影色の腕が伸び、辺りを覆い、そして手当たり次第に掴みかかり始めた。『ポルターガイスト』のために図書室中に散らばった本棚や文具や机、本といった物が次々とその黒い掌に掴まれ、無残な音と共に握りつぶされていく。ばきばきばきと鳴り響く破壊音。


 捕食じみたその破壊のさまに、老人『穂高』は押されるようにして一歩よろめいて下がった。その穂高をかばって前に出るマモル。影色の腕はその二人の方にも伸びて行った。


 四方八方から迫る影色の手に、しかしマモルは落ち付き払って、静かに口を開いた。


「あなたの正体は、言うまでもありませんよ、新荷冬芽。あなたは――」


 びしり、とただ一点。『新荷冬芽』に左手の指先を突き付けて、宣言した。


「『神』だ!」


 影色の腕は止まらない。『新荷冬芽』は唇の端を引き上げ、にやりと笑った。そして推理の説明を促す様に、顎を少し上げる。マモルはその様子を睨みつけながら、言葉を続ける。


「――べとべとさん、保健室の斧男、すねこすり、背後霊、天井下がり、隙間女。この学校に有る七不思議である6つですが、これらには奇妙な偏りがあり、おかしな共通点があります。普通なら学校の七不思議は、その特性上、少なくとも舞台は、その現場ははっきりしているものなのに、保健室の斧男以外は場所を問わない点、そして、すべてに共通する特徴は、視界の外にいるモノ、ってことです。誰にも見えずただそこにいる、死角への恐れに対して生み出された怪異、それがこの6つの共通点です」


 マモルは、そこでひと呼吸を置いて、そして断言した。


「誰にも見えず、ただそこにいるもの。そこに居ると思われていて、同時にそこに居ないと思われているもの。誰もが知っていて、誰も見たことがないもの。だから、七つ目はおのずとわかります。七不思議の七つ目の、誰も知らない七つ目である貴方の正体は―――この学校の『神』だ」


 彼女は動きを止めた。マモルの目前まで迫っていた影色の腕ごと。そして。


「――アハ。アハハハハ!!」


 哄笑。狂ったような、愉快でたまらない、というような。遠慮ない大笑い。


 同時に全ての影色の腕が溶けるように消えて行く。


「クククク……!! 私が、神だって? ずいぶんな過大評価をいただいたもんだ。私は、ただのおばけさ。神なんてそんな大層なものじゃない。――ちょっとばかり子どもを脅かせるのが精いっぱいの、いたずらな実に無害なお化けにすぎないよ」


「ユキをさらったのも無害なお化けの悪戯だと?」


「おばけだって友達が欲しくなることもあるサ……ぐっ?!」


 新荷の言葉が止まる。軽口をたたきかけた新荷の身体に、間髪いれず、マモルは抜いた細雨を突き立てたのだ。予備動作も、予兆さえもない、不意打ちだ。


 びきり、と辺りの空間がひずむ。図書室だったはずの場所が、書き割りのようにひび割れ、崩れ落ちていく。空間がぼろぼろと砕けていく様子を背景に、『新荷冬芽』は――にやりと笑った。


「はっはー。ちょっと手が早すぎるんじゃないかい、少年。女性を口説くには手順てものがあるだろうに」


 空間を維持できないほどのダメージのはずだが、致命傷と言うわけでもないのか、新荷はマモルを『少年』呼ばわりして、からかう。腹に刀を突き立てられたままの少女が発する、実にシュールな物言いだ。


「……けっこう、切り札だったんですがね」


 諦めたように細雨を引き抜き、鞘に納めるマモル。そのまま細雨を壁に立てかけてしまう。



 マモルの技は、『社』の『剣』系列2位、都筑つづきの受け継ぐ刀だ。系列としては天方の直系でも、“青眼”の雨宿あまり、その魂刃の秘技を継いでいるので“隠し刃”の長月ながつきに近い。特徴はただ一点、『相手の虚を突き、獲物を突き立てる』ことができる。むしろそこにこそ都筑の勝機はあった。神である新荷にどれほどの“調伏”や“祓い”“除霊”が役に立つというのだろうか。そうであるならばせめて、人である新荷冬芽のその精神構造に希望を持つしかない。神でありながら人を――それも、在学していた女子生徒を――人格の核とする彼女は、これまでのユキとのやり取りのみならず、マモルや、穂高とのやり取りでもはっきりわかるように、『驚く』ことができる。これは彼女のおそらく唯一の弱点と言えた。つまり神の虚をつこうというのだ。それがどれだけ危険で確率の低い賭けであるか、誰よりもマモルが一番よく知っている。


 だからこそ、その手に頼る前に、あらゆる手を講じた。蒼緑堂の仲間の助力はもちろんのこと、霊を視るためのマモルの切り札である青眼をあえて失い、“一ッ目”となることでむしろより神に近づいた。そしてその眼を魔女に捧げてその最強の得がたい協力を得た。さらに、彼の最も得意とするところは、調べることだ。『調』系列4位の“空木”にコネがあったこともまた幸いしたし、なによりその空木こそが鍵を握っていたのだ。人格としての新荷冬芽の心に訴えかけるという作戦もまた手札のひとつだった。


 人としての新荷冬芽に訴えかけるには、生前の知り合いを探し出すしかないという結論を出す直前に、『死後の』知り合いを見つけ出すことができたのも、僥倖だった。彼女の死は昔過ぎてもはや生前の知り合いなど誰も生きてはいなかったからだ。彼女の生前当時の後輩であったセン君こと都筑仙人もまた、近頃鬼籍に入ったばかりである。けれど、死後の彼女に出会い、話をし、そして――親友となっていた人物がいた。なんのことはない、その彼と新荷を結びつけたのはまさにその空木の一人だった。


 そうして見つけた“彼”――穂高永久は、病に侵され伏せっていたが、空木が話をしに行くとためらいなく快諾した。「あいつには貸しがある」とそう言って、病を押して同行することを了承したのだった。

穂高永久に再会させることで、新荷冬芽を『神』から『人』に戻そうという、そういう作戦だった、のだが。再会の喜びに、一時七不思議を演じることをやめたはずの――穂高永久と語らっていた当時に戻ったはずの――新荷冬芽は、しかしすぐに怪異に逆戻りした。人としての記憶を呼び覚まし、怪異から引き落とすという作戦の効力はあっという間に無くなってしまった。



 がらがらと音を立てて、図書館は崩れ落ち、代わりに現れたのは階段の踊り場だった。


 ただ、階段の踊り場としては奇妙に広く、また、下への階段はあっても、上へ向かう階段はない。のぼりの階段があるべき場所にはドアがあり、そこは今は施錠されているようで、武骨な南京錠がほこりをかぶっていた。そして、その反対側、広い壁には大きな金属のプレートが埋め込まれている。金属プレートの向こうからかすかに、規則正しく重く響く金属音が聞こえてくる。うっすらと煙った、そこは、学校の校舎で最も高い場所、時計棟の最上階だった。


そして舞台は時計棟最上階へ。

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