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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

トランス・ブラッドヒューマン 

作者: 永戸我名

「いい加減諦めたらどうですか? 幾ら好みのド直球の子でもそこまで抵抗されると、激昂して不可抗力に突撃しちゃいますよ……っ」


少女が俺の上にマウントをとり馬鹿力であるモノを押し付けて迫るが俺は全力で押し返し隙あらば逃げようとするが迫る少女の隙が窺えない。

可愛い女の子とベッドの上で絡まり合うこの状況、本来ならこんなにも熱烈なアプローチはそのまま受け入れてもよかったと思うが、生憎この少女の性癖を知り、そして何よりも今の俺の状態からして断固として拒絶の意を示す。


「今まさにそれだよ、善からぬ性癖の持ち主が清き乙女を犯そうとしているこの状況が的に当たっているんだよ!」

「まだ何にもしてないじゃないですか安心してください、さっきはちょっと興奮してエロい気分になっただけで今はするつもり有りません……から……!」

「“今は”と強調して言ったなコラッ! 嫌だあーこんな奴に虐められてヤラれるなんて嫌だーっ!」


例え肉食系男子からしたらこれは愚かな選択肢だとしても、俺の男としての尊厳とプライドと見栄の尊命の為に、これを譲り委ねる訳にはいかない……ッ!


「喧しいぞドアホ共がーっ!!」

「「タコスッ!!??」」


第三者からの鉄拳制裁が下り少女との戦いは一旦打ち切られる。つーかマジで拳骨が痛い、この第三者たる暴力ヤブ医者よりも優しいお医者様がほしいです。


「たくガキ共が、たかだか服を着るだけで騒がずにやらねえと出来ねえのか?」

「スミマセン、けどやっぱり、女物の衣服はハードルが高いですし」

「駄目です。今の内に慣れないと痛い目に合うのはあなたの方なんですよ」


正論なのかどうか判断が今の俺にはつかないんだが、とりあえず反論。


「いや、やっぱりオカシイだろう。男が女物の服を着るとか」

「なーに言っちゃってるんですか、貴方は今――女じゃないですか」





冬特有の肌寒い季節で冷えきった風が体温の奪っていく、心身ともに家の暖房で暖まりたいと心待ちに思った時だった。学校からそれなりに仲の良い同級生と他愛もない世間話をしながら帰宅の下校途中、鼻孔を貫く微かな、されど強烈な臭いに俺は立ち止まる。


「んー? どうした大武?」


大武赤誠(おおたけせきせい)、親のネーミングセンスが窺い知れる変わった名前だが結構気に入ってたりする。


「あーごめん。ちょっと用事思い出したから急いでいかないと」


一緒に帰宅していた同級生達に別れを告げる。そーか、じゃーなーと淡々とした別れの挨拶を返す同級生達に手を振りながらその場を後にした。


高鳴る好奇心という名の原動力で寒さすらも気にせず跳ね除けて進む。


――不可解で不快な臭い。


俺の嗅覚を今も刺激して止まない微かな臭いは鼻孔を通り抜け口内に広がり、無意識に眉間に皺を寄せてしまう。口直しに唾液を集め飲み込む……喉に違和感を感じるも仕方がないと我慢する。道端で吐く訳にはいかないし。

病院とか動物肉の解体なら結構臭いを漂わせてる時もあるけど、親しみ深いこの町にそんな施設はないし、ましてやこの臭いの濃度、とても人命救助の為とかの為に使われるモノを大量に投入したような臭いじゃない。何かの事故か、事件か。殺人事件とかこんな平和同然の町じゃ滅多に起こらないぞ。

ちょっとした偽善感のようなモノと人の生死が関わっているかもしれないのに興味が沸き胸に灯した好奇心と衝動心に突き動かされた。

だが人目に付かないよう考慮しながら無駄にハイスペックな俺の身体能力をフルに活用して同級生と離れて間のなく事件の臭いがする現場に駆けつける。

跳躍し塀を飛び越え、現場付近に着地し強くなる臭いに我慢しながら物陰に隠れて現場の様子を窺う。


本来なら、警察や消防署などに連絡を入れるべきだった。

だが、並外れた身体能力を有する俺は下手な事をしなければ大丈夫だと自信があり、その自信が安心感のようなものに繋がって珍しいもの見たさに危機感も薄く、率直に言うなら高を括っていたんだ。

後から後悔するモノを見る事も知らずに。


そこは余りにも、恐怖で産毛から身の毛まで弥立ち、平和ボケした頭を酷な現実を叩き付けられる。


(あ、な、何だ……これは……)


衝撃的な光景だった。俺にとっても、此処まで近くだと常人の鼻でも、嗅げば気分が悪くなり吐き気を催す程の濃く重い――血の臭い。



胃の中にある消化物が逆流して口から嘔吐しそうな程の人一人の大量のが充満する空間。

巨大な何かに引き裂かれたような惨殺の無残な死体と傷跡を深く刻み込まれ破損した建物の壁。

惨殺死体の返り血を全身に浴びたのだろうフードで深く被った人物が死体を執拗に何度も足蹴にする異常者。

目前に広がっている当たり前の“日常”から逸脱した“非日常”の現実に圧倒された。


(うっ……吐いちゃ駄目だ)


テレビで見るフィクションに少しだけ憧れていた非日常の光景は俺には刺激が強すぎ、胃から逆流した嘔吐物を抑え込み何とか胃に飲み戻した。精神許容量を超えるモノ見せられて冷静で普通に居られるわけがない逃げろと訴えかけてくる。

だがその一方、ハッキリ言って今の俺の精神状態はどうかしている、それ以前に今この瞬間反射的に逃げなければいけない筈だ。

怖いのならささっと逃げればいいのに、怖いもの見たさにもう一度見たいという自分も居る。こんな異常な光景を見たいと思っているのだ。もう一つの感情に傾いてしまい息の呑み、気配を忍ばせ覗き込んだ。


「フー、フーッ、ウゥウ……ッ!!」


フードを被った人物と面に向かって合っていないし離れた位置に俺は居るが此処からの距離でも視力も聴覚も高い俺は容易に見聞き出来た。まるで怒りが有頂天に達したが如く怒気を孕ませ、鼻息を荒くして呻き声を上げるのが伝わってくる。どっからどう見ても興奮して理性とか無さそうな正気なのかどうか疑わしい雰囲気だ。

さっきよりも俺の何かが重くなった。ヤバい、もしかしたら殺人鬼と相対するかもしれないと冗談半分に思ってはいたが、まさか此処までヤバイ事態に遭遇する事になるなんて思わなかった!


汗がいつの間にか出て来るし恐怖で寒気がより一層冷たく感じ精神をも凍らせかねない。だが、恐怖で固まっていた手は汗ばみ体重が掛かっていたせいもありつい寄りかかっていた壁からマヌケにも手を滑らせてしまい、身を乗り出し身体の重心が傾き無意識に足が動いてしまった。

そして運悪く地面の出っ張りに躓きその拍子に体勢を崩してしまい転倒。普段の俺ならあんまりない失態! 焦りながらもすぐに立ち上がって物陰に隠れよう思ったが。


「フウウッ、グーーゥッ」


フードを被った殺人鬼が転んで倒れた音にすでに気づいており、こちらに顔を振り向かせていた。


「やばーい凄くこっち見ているよ」


面貌は予想より酷く、血走った殺意の籠った眼と怖い獣の方がまだ可愛げがあるほど鬼の形相を見てしまい怖じ気づいて一歩後方に後退った。

ここまで殺意と怒りの身に受け、平常心で居られるほど俺の精神力は強くはなく流すすべを持っていない。殺気と怒気に飲まれに一瞬だけまともに思考ができず、逃げるという考えが頭の中から霧散した。


その真っ白になった一瞬だろうか。気がつけば殺人鬼は俺に向かって腕を伸ばして鬼気迫っていた。目撃者の処分の為か、それとも血肉を欲する鬼の性か、だがそんな事は今はどうでもいい。

俺に向かって伸ばしてきたその腕は、とても同じ人間の手とは思えない、人の手と動物の手とも違う全く別の血に濡れた異形の手腕。

これであの死体と壁を切り裂かれたのか、視線に映っている死体が語っているように常人であれば間違いなく、この手の腕力に紙のように引き裂かれて死ぬッ!


「――うわわわわわっ!?」

「アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


間地かに迫る死に直面して強制的に俺を現実に引き戻し遅くながら悲鳴を叫んだ。

殺人鬼は吠えながら腕を振り上げ命を切り裂き死へと誘う手腕を振り下ろす、俺はその手を最後まで目を瞑らず見続け――自身の腕を伸ばした。


「がァ……? ゴフェハラッ!?」


自慢の身体能力と肉体機能のスペックでその殺人鬼の腕を自身の伸ばした腕で払い除け、殺人鬼の腹部に拳を思いっ切り殴打する。殺人鬼は予想だにしない反撃に驚いたのか呆けるような声を出した後、拳撃に妙な奇声を上げた。


「あっぶねえ……一応は効いてるみたいだな」


その奇声には苦痛が混じっているが分かり、少しだけ心が楽になり安心を得たがすぐ気を引き締める。


「俺の攻撃が効く、てっいう事は問題なく倒せない相手じゃないんだ、よな?」


思った事を相手に尋ねるように声に出した。常人なら腰を抜かして逃げる所、まだ冬なのに嫌な汗が出るし今でも少し気が緩めば足が竦みそうだ。

だけど俺は内にある感情の昂ぶり、どうしても今やりたい事を試さずにはいられない。別に戦闘狂というわけでもない。ただ常人には無い俺しか持たない『特異性』をこいつで試してみたい、殺人鬼を前に異常な感情、所謂チャレンジ精神が昂ぶった。



 @ @ @



物心がついた時から、俺は周りとは違う自分の『特異性』に気付いた。

小さい頃に近所の子供達と遊んでいる途中、俺は転んでかなり擦り剥いてしまい怪我をしたのだが、怪我が翌朝になれば完全に治っていた。

同じように戯れが過ぎて転んでしまった子供達は絆創膏を張っていたり痣があるのに、俺だけ傷が癒えていたのだ。

あと病気にも強い体質だけど病気になる時はなる、だけどこれも同じく安静に寝ていれば治る。


次に、周りの子供よりも身体能力が大きく勝っていた。子供の頭位はある重い石や大木を苦にもなく持ち上げたり、子供なのに一、二キロ位を全速力で走っても切れず体力も並の大人よりもあったり、脚に力を籠めて跳べば跳躍力も軽く三メートルは行き、生で見たプロ野球の試合でピッチャーの剛速球に目を凝らすと動体視力で簡単に見切れた。

明らかに常人よりも身体機能が逸脱しているのが計り知れた。


他にもある、というかこれが一番気掛かりだ。俺の鼻はある匂いを敏感に反応する。

警察犬の嗅覚に勝るかどうかは分からないが、その匂いだけは数メートル離れてもそれ以上に遠くからでも匂いを嗅ぐ事ができる。


どの生物にも大半は等しく体内で循環し命に欠かせない生命の脈拍“血”もしくは“血液”。

何故かその匂いだけに関しては俺の鼻は異常に感知しやすい。しかもやたら細かく嗅ぎ分ける事ができ、何の血なのか、どんな生物の血のなのか、誰の血なのか、一度臭いを嗅いで覚えれば事細かく判別分別ができる。

例えばの大袈裟な話。もしも誰かが大怪我してしまい生死に関わる状態の場合、血の臭いを辿りその人の所まで医学知識を有する人を案内したり連れて行ったりすれば、幾分か人命救助の役に立つだろう。

だがそんな良い事ばかりではなく、如何せん感性は普通の人と同じで臭いを嗅ぎ続けると気分が悪くなったり、口内に鉄分の味が広がるなんてザラによくあり、日常生活する辺り色々と不便な事が多い。


幼いながらも自分は変だと感づき、小さいながら底知れない謎の力に何処か恐怖していた事もあり、抱え込み周りにはこの秘密を漏らさなかった。

子供の割に大人しかった性格も相まってよく子供達のまとめ役に抜擢され周りより責任感のようなものを抱いていた子供時代の自分。

子供だったのに人離れした力を自慢もせず周りに相談せずよく自制心とかで保てたと思う。そしてよく今までばれなかったと自分の身の事ながらも驚愕に値すると思う。


今思えばそれは誠に良い判断であり功を奏した。思春期真っ盛りの俺だが子供の時より成長し物事がより理解できるようになった今の俺には判る、これは他の人には無い異常な特異性モノなのだと。

だが、こんな異常な特異性、病院など施設など検査して調べれば自分は周りとは違うのだと一発で判明し自分の特異性がバレると思った。


だから病院とかに行くのが幼い頃とてつもなく怖かったが、なんて事は無かった。

寧ろ俺の身体は正常で純粋な人間、何処にでもいる普通の人類とまったく同じであり異常は見受けれないと判断される。ついでに言っておくと親も一般的な普通の人類だ。


結局、俺の身体は医学でも気付かれる事のない特異性にも程がある、大げさに言うと一種の神秘だと俺は思う。単刀直入に何が言いたいのかというと、“俺の身体は本当に摩訶不思議”だ。

表現力のある洒落た語彙など知らないから、それしか例える言葉が見つからない。



 @ @ @



それと幼い頃からある事・・・でそれなりに度胸は備わっているおかげで、何とか精神に一旦余裕も取り戻し落ち着きを取り戻した。普通の暮らしをしている常人ならあのまま恐怖に固まって引き裂かれていただろう。

一瞬だけ忘れていたが俺には普通の人にはない特異性な能力があるんだ、普通じゃない殺人鬼だろうとそれ位のならば恐れは抱くも遅れは取らない。


(けど……攻撃したのもなんだけど、滅茶怖かった)


未知の異形の腕で殺意と怒気の感情を剥き出しにして襲い掛かって来られるの何て平凡な人生には中々無い初めての経験だったから肝が冷えた、動悸も中々治まらない。


(ふぅ、爺ちゃん婆ちゃんの山で熊とか猪とかと力比べした経験が活きたなー)


普通の人からツッコミが来るだろうなこの事実。実は幼い頃、それなりの自制心がついてもやっぱりそこはまだ子供だったし、人前では絶対に明かさないけど山の中なら人目につかないからって理由でよく一人で田舎で暮らす祖父祖母の山の中で動物達とよく遊んでいた。

動物と駆けっこしたり、捕まえてみたり、時偶にさっき言った通り本気で力比べしたり、凡そ常人の子供らしからない遊び。人外スペックが唯一バレる心配もなく発揮できて楽しかった幼き日の思い出だ。


(と、今は思い出に浸っている場合じゃなかっ、たと!)

「ウバアァァアッ!」


発狂しながら起き上がった殺人鬼が涎を垂らしながら両腕を振り回してきた。空かさずバックステップで後方に距離を取りながら攻撃を躱す。


「何だ、最初はビビったけど案外大した事ねーじゃん。これじゃ」


殺人鬼の懐に迫り、左足を軸にし右脚を振り上げ胴体を蹴るッ!


「動物と同じか少し上くらいのレベル、案外余裕だ!」


蹴り飛ばされた衝撃に殺人鬼はそのまま壁に叩きつけられた。俺の人並み外れたの肉体機能と身体能力ならこいつの攻撃は見切れる、移動速度も反応速度もそれと力もこっちが多分上、断然に俺が有利だ。蓋を開けて見れば拍子抜けだな。


(余裕が出てきたから頭が回るけど、こいつ何なんだ? 人だけど腕が化け物だし)


考えてみれば、こいつの腕って、いや見れば誰でも分かるけど普通じゃないよな。もしかして俺と同じ突然変異のような肉体を……?


「ぐぅ……ッ、……す」

「ん?」

「殺す殺すコロスころすコロス、殺スタッテンデヤラッ――!!」

「のわっ!?」


怖っ、怖いよ! 殺人鬼に狂ったように殺すと憎しに溢れた言葉を連語する。けど最後何言ってるのか分からん、それが逆に怖い。

バネのように起き上がった殺人鬼は大きく口から息を吸う、すると血管が浮き上がり肉体が一瞬の内に膨張し自分を見下げるほどの巨体に変貌した。宛らボディビルダーような肉体に一瞬で早変わりだ!


「そんなのアリかってうわ!?」


膨張した拍子に衣服が弾け飛ぶ肉体を露わにした瞬間、丸太のような異形の腕が薙ぎ払われ慌てて躱す。風切り音が半端じゃない、明らかにさっきよりも威力が上がっている! 一撃なら大丈夫だと自負はあったがこれだと分からない。

自分の肉体の強固差など計った事もないし未知数、何より死ぬほどの痛いのを食らうのは嫌だ。


「あ、見えるから問題ないや」


身体を横に反らし殺人鬼の腕から逃れ、懐に入り込み拳に力を込めもう一撃腹部に殴り抜く。殴った衝撃に怯まず、殺人鬼は横から身に迫る大振りな平手打ちが繰り出された攻撃をしゃがみ込んで回避、続けて二撃目の踏みつけを免れつつその場から距離を取った。


(当らなければどうという事はないとはこの事だな)


威力や速度は一般人を基準にすれば半端ないけど余裕で殺人鬼の攻撃が見切れるし躱せるから今の所は問題無しだな。


「ウンッヌアアアアアアアッ!」


攻撃が当たらない事に煮立ちが積もったのか、殺人鬼は吠えながら両腕を上段に構えて押し迫り、振り下げた。俺は地面を蹴り後方に避けて大振りな攻撃はそのまま地面へと向かう。ハンマーように振り下げられた両腕は地面を砕き、轟音を鳴らし、地面を貫通し減り込んだ。

想像以上に凄まじい威力。もし俺が常人で避け切れず当ってしまえば首から上が確実に粉々に吹っ飛んでいた。無駄にそんなイメージが鮮明に浮かびゾッとする。

だが、何時までもこのまま生死に関わりそうな戦闘を続けるつもりはない。今までの小手調べでこいつの脅威を充分把握した、さらに腕がめり込んで簡単に抜け出せなくなって大きな隙が出来ていた。


(片を付けるなら、今――ッ!)


空かさず体重移動を加え距離を詰める。

脇を締め、腰を回し、肩を回し、脱力していた拳を握り締め前に突き出し殺人鬼の胸元に当った瞬間、捩じり込む。手加減抜きの全力を込めた一撃がぶち当たる!


「ゴバハァアアアアアアアアアアア――!!」


人並み外れた俺の打撃は轟音を響かせ、拳越しに伝わる肉が減り込み骨が砕ける感触を後に殺人鬼は死体のある壁際の方まで吹き飛び衝突する。

殺人鬼は口から血反吐を吐きながらまた起き上がろうとするも、力尽きたかのように前のめりに地面に向かって倒れた。


「ふぅ~終ったぁ」


深く息を吸い込み肺に溜まった嫌な空気を吹き出す。緊張の糸を解いた瞬間、小刻みに足が震えて力が入らずそのまま地面にへたり込む。死ぬかと思った、まさか殺人鬼が此処まで異常だったなんて、軽率な行動は暫くは自重しよう。

全力を出すのなんて久し振りじゃないかな、成長するのに比例して身体的にも肉体機能的にも強さは増して出すに出せなかったからな。


(……化け物になった殺人鬼を倒した俺って一体何なんだろう)


どういう仕組か身体が異形な形をしていたり突然肉体が膨張したのも気になるけど、それ以上に俺の身体の方が気になった。今まで有耶無耶にしてきた俺自身の存在。対して知る努力もしないのに、いざこういう時改まって考えさせられる。


化け物と化した奴を打倒する程の秘めた力を有する俺は――何者なんだ?


はあ、分からない事を考えても仕方がない。取り合えず今頃になって警察という存在を思い出しポケットから携帯を取りだして通報する。


「あ、そういえばこの辺り大分荒らしちゃったけど、修理代とかどうなるんだろう」


今更だけど、壁とか地面とか戦いで小規模だけどモノを壊しちゃったな。

器物破損とかで逮捕とかされたり弁償代で請求を迫られたりとかされないだろうか、ヤバいこれからの事考えると本気と書いてマジで不安になってきた。


「ってあれ? 電話が繋がらない?」


中々繋がらない携帯をもう一度見直すと、電波の所に圏外を知らせるマークがあった。

あれあれ? 何で圏外になっているんだ、十分受信範囲内だろう此処。不安がより一層積もり一旦この場から離れようとした、その時。


「助……けて……くれ」


霞んだ声が耳に届く。すぐさま声のした方向、殺人鬼の倒れている方に振り向くとそこには憔悴しきった中年オヤジが救いの手を求めていた。


「な!?」


先程までボディビルダーようなマッチョな体形から冴えない中年オヤジそのモノに変貌した殺人鬼と思しき人物に驚き身構える。一瞬別人かと思ったが中年オヤジから漂う血の臭いは間違いなく殺人鬼と同じモノだ。

まともに戦えそうにない状態でしかもあのドス黒い殺気や怒気は微塵も感じず、純粋に助けを求める弱った様子。疑問や不信感を抱きながらも慎重に相手に近づきいつでも反撃できるよう警戒する。


「た……すけて……くれ……頼……む」

「……どういう訳か知らないけど、アンタ、俺を殺す気じゃないのか?」

「……な……んの……事だ? ……殺す気……なんて……ない……お願い……だ……助けてく……れ」


さっきまでの事を憶えていないのか? 嘘を言ってるようにも見えない。さっきまで殺しに掛かってきた相手だけど、ここまで弱弱しく助けを求める姿を見て助けない、なんて薄情な事は俺の良心と精神が耐えられない。この衰弱状態、何れにしろ早く病院に連れて行かないと手遅れになる。

電波も何故か届かないしこの辺りに電話ボックスとか民家も無いし救急車も呼べない。助ける猶予は刻々と減っていく。

まだ警戒を解いたわけじゃないけど、助ける事にした俺は中年オヤジを背中に背負って病院に連れて行こうと決め込んだ。



――刹那、騒々しい発砲音が俺の耳に届くのと同時に無数の何かが身体中を貫いた。



「ぐふ、げぼほごふっ!」

「があああああああああっ!?」


何だ、何が、一体何が起きた!?

貫かれたと気付いた時には突如として襲う激しい痛みで反射的に悲痛な叫び声を喉奥から捻り出されていた。拍子に身体は倒れ地べたに転がり、背負っていた中年オヤジを地面に投げ出してしまう。

大丈夫か一瞬心配するがすぐに自分事で頭が一杯になる。痛い、痛いけど痛いなんてもんじゃない言葉では形容しきれない痛みが全身に駆け巡り、追い打ちとばかりに俺の特異性が災いして俺自信を苦しめる。


(クソ、こんな時に特異性が、呼吸が……っ!)


“血”限定の優れた嗅覚なのに感性はまったく普通な俺の鼻は勿論の事鼻腔を通って口内までも汚染する。まるで血溜まりを顔に突っ込んだような息苦しいしさ、言うなれば呼吸困難とでも言うの、血に溺れて窒息死しそうだっ! 畳み掛けて吐き気が増し、胃に戻した筈の嘔吐物がまた逆流しそうになった。

もういっその事吐いた方が楽になるではと邪念が横切ったが、嘔吐物だけじゃなく血反吐を吐いてはさらに臭いが酷くなり兼ねない。何とか今絞れるだけの根気で押し込める。


(まさか、銃弾、か、ごふっ)


痛みをこらえ満足に思考できない頭を無理やり回し現状を何とか把握する。先程の発砲音、テレビの映画で聞く銃声とよく似ていた。恐らく、紛れもない銃弾をぶち込まれたに違いない。

それを受けて生きてる俺もアレだけど、何でそんなモノが俺に。


「チッ、まだ生きてやがるこのガキ。オイ、さっさと実験対象の確保して戻れ。ガキは俺が処分する」


中年オヤジの倒れている方へと向かう数人の足音と粗暴な言葉遣いをする声が苦痛で渦巻く頭の中に驚くほどクリーンに耳に届いた気がした。気のせいか、処分という不安要素の込められた単語が、処分? 殺すって事か?


「死ね」


どうやら本気(マジ)らしい。顔を横向きに声のする方に視線を向けるとプラモデルと違って黒光りして重量感のある本物の銃を俺に向ける人物が居り、淡々と冷酷な死を告げられる。


「死、ぬぅかぁああああああああああああああああっ!」


何が何だか急展開過ぎて分からないけどとりあえず今現状の危機から逃れる、考えるのはそれからだ!

痛みを堪え、全身に鞭を打つ気持ちで跳ね起き風切る弾丸を何とか紙一重で避わし跳ね起きた反動をそのまま勢いに変えて駆け出し二発目の弾丸は的外れに壁に着弾した。

凄まじいまでの重傷者とは思えない俺の人間離れした機動力は容易く弾丸を撃ってきた人物の懐に入り込み、硝煙を振り撒く銃を蹴り飛ばした。


「な、まだここまで動けるのか!? あれだけ撃たれて!?」

「あぁああああああ!」


相手が人間だろうと手加減などという考えは蚊帳の外に放り出し俺は本気で、もしかしたら殺すつもりで放ったかもしれない拳撃は――手応え無く空を切らす。


「な、居な、痛い!?」


拳を振った勢いのまま俺は地面に二、三度転がり込みながらも踏ん張って転ぶ勢いを止め即座に立ち上がり周りを見渡す。地面に身を放り出されるように横になる銃を撃ってきた人物と、悠然と余裕を持った立ち振る舞いを感じるもう一人の人物が俺から離れた位置に立っていた。


「危ないですね。油断はいけませんよ班長」

「糞が、黒鳩! テメエ余計なことしやがって……っ」


三下風な今も文句タラタラに騒ぐ銃を撃った男より、隣に立っている“黒鳩”と呼ばれた鳥の形をしたガスマスクを被った人物に俺は見据える。相手の力量差を測る事は俺にはできないけど感じからして奴は三下風な男よりも警戒すべき奴だろう。

弾丸を何発か貰ったがそれでも常人より動ける俺の人並み外れた身体能力なら負けないだろうと思うが、さっきまでこの場に居なかった筈なのに急に現れた。

視野や意識が狭まったとはいえ俺に気付かれることもなく奴は三下風な男を助けた。何かのトリックか単純な技術か偶々か、何にせよ俺の目的は戦う事じゃなく今この場から逃げること、頭に血が上った状態のままでは奴に突進するのは危険だ。隙を見て逃げる事に徹する。


「ふむ、いい判断ですね少年。班長、実験対象も確保しましたし撤退しますよ」

「あァ? ふざけんな! やられたままで帰れるかゴラッ」

「もう一度言います、撤退しますよ。私はこれでも良心的ですが、気が短いのです。さっき助けたのは私の細やかな気紛れと良心を思っての事……依頼の範疇にも含まれていませんし見殺しにしてもよかったのですよ? それに彼の少年の状態を見る限り放置しても死に絶えましょう」

「……チッ、おい糞ガキ! 生き長らえたらこの俺をコケにした借りは必――」


男が典型的な悪役台詞を吐くも空しく切られた。何故なら黒鳩が男の肩に触れた瞬間、間入れずに姿をけしたのだ。真っ先に今目の前で起こった未知の現象にあり得ないという感情が先立ち呆然としながらも今の状況を思い出し今起こった現象は一先ず隅に置き周りを警戒する。

周囲を気配るが周りには謎の人物も化け物と化したおっさんも居ない、今までの戦闘と騒ぎが嘘のような人気の無い場所に静まり返っていた。


「はあ、は、何だったんだよ。ゴホッ、ゲホッ!」


肩を上下させ呼吸をすると上手く整えれずに咳を溢す。クソ、さっきから撃たれて出た自分の血の匂いを嗅いでからとても調子が悪い。身体から出る自分の含めて周りの大量の血の臭いにやられて気が遠くなる。というかこのまま倒れて今まで我慢に我慢を重ねたモノを吐き出させてしまいそうだ。


「とにかく、怪我、怪我を治さない、う、っ」


前に向かって歩くが何やら前に進まないが、どうやら俺は地面に倒れたらしい。倒れた際に身体中を鈍い苦痛が駆け巡ったから何となく分かった。それでも這い蹲りながらも進もうとしている意思があるが朦朧として平衡感覚を失っているのか、感覚は無く倒れているのか進んでいるのかすらよく分からない。


“――あー、目の前が暗いよく見えない”


不味い、視界が暗くなってきた。頭が働かない癖に嗅覚は余計な仕事をしてくる。混濁しているのに思考も実際はハッキリしないのに血の臭いだけは鮮明に漂ってくる。何だろう、死期が迫っているせいか頭が馬鹿になっている。常識的に倫理的に忌むべきモノで恐怖するべきなのに、あってはいけない感情が芽生える。この匂いが恋しいと感じてしまう。


“――あー、なんだろう細かい事はこの際置こう”


死んで終わりな訳じゃない、例えるならお伽話の眠り姫。ただ少し長い休眠を取るだけ、そして満足したら少し遅い目覚めの時を待とう。今はただ休もうか。血という人として忌むべきモノに誘われて微睡の中に俺は沈むように意識を預けた。



 @ @ @



深い微睡から目覚め瞼の内側に僅かな光が差し込む。倦怠感に身動きするも熟睡から覚める事を無意識に拒みまた眠ろうとした所で、俺は寝る前の自分の状態と起こった出来事を思い出し瞼を開き思わず体を起こした。


(――痛ッ)


上半身を起こそうとすると身体から痛みを訴えかけられ、そのまま温もりが残るベットへ逆戻り……ベット? おかしいな俺は文字通り生死の境を泳いでいたような気がしたんだが、何で安静にベットに寝ていて、俺は冷たい地べたに寝転んでいた筈なんだけど。


(もしかして、助かったのか?)


若干薬品の臭いがする室内、カーテンに囲まれているから周りは分からないが恐らく医療機関の病室。どうやら、あの状態で助かったみたいだ。目に浮かび思い出すのは俺を襲った謎の怪物とその共犯者と思しき集団。そして死に体だった自分。

しぶとい生命力だこの身体そして何とも悪運強い、あれだけの銃弾を浴びてまだ生きていけれるのか。死ななかったから僥倖、良かったという気持ちはあるが、自分の体の出鱈目具合に少しばかり不気味で純粋にに喜べない。死にかけても結局俺の身体の分からず仕舞いどころか謎が増える一方だ。


(……本格的に研究しようかなー俺の身体――ん?)


頭まで布団に包まろうと身じろぎ身体を擦った拍子に違和感があちこちに襲う。主に胸の突起やら股間の喪失感やら髪の伸び具合やら普段ない筈いや決して男にはない筈のものを感じる。

おかしいなまだ俺は本調子じゃないせいだろうか。確かに意識はまだある程度眠気が残っているし正常な認識が出来ていなくもないと思うけど今の感触は間違いなくアレでありアレである。


何を言ってるのか自分でも分からないっ!


強迫観念に駆られた俺は身体の痛みなんか知るか! という勢いで包まっていた布団を翻して上半身を起こす。まず最初に胸に手を伸ばす。胸は慎ましいくも張りのある膨らみ、発展途上の柔らかみが俺の胸に在った。衝撃的な事実に愕然としながら今度は股間に手を揃える。

俺は半場確定した未来を不定、或は認めれず股に在ったものを探そうと冷や汗かいて恐る恐る手を差し向け――



「おお、目覚めたかって何してるんだ」


俺から見て右の方のカーテンが開かれると、人目で奇妙な格好だと分かる人が立っていた。長身の体格で無精髭を生やした中年位に見える男性。一先ず危うく危行に向かう所だった手を戻して何事もなかったかのように急いで姿勢を正して正座になる。


「……誰ですか」

「しがいないお医者様だ。気分はどうだ?」


人の危行を無かった事にしてくれる患者に優しい医者だ。けど、白衣を羽織る姿は医者に見えなくもないが、左目に巻かれた眼帯はともかく両腕に巻かれた黒い包帯に手に嵌めてる赤い指貫きグローブは何なんだろう。普通の医者の恰好ではないのだが、その服で医者なのか? どっちかって言うと邪気眼とか闇の炎とかアレ的なような。いや、人の格好をどうこう言うのは間違っているか。

それよりこの人が医者ってことはやっぱり此処は病院? 医療施設? その割には血の匂いが少ないけど、この際疑問は置いておくけど見回すとそれっぽい医療器具や薬品棚が並べられているな。


「少し、いや、何が何やら、戸惑っているというか混乱しているというか」


気分とは別問題で悪いのですが、事情が事情であり説明できないしどうしたらいいのか分からないし。医者に不審な感情を気付かれないように様相を表に出さないがこう見えて焦燥感に苛まれてるんですけど。

あと今頃気づいたけど俺の声高っ! 声質まで変わっているとかこれじゃあまるで、いやいや今現在ただの推測で憶測でしかない。

まだ不確定要素一部ある、それが分かるまでは断じて認めない。認めてたまるものか!


「まあ、そうだな。とりあえず直接見た方が早いだろうし」


医者? の人が唐突にベットを囲うカーテン全体を開いた。ベットの前には等身大の鏡が置かれておりベッドとその上に正座して座る患者服を着た人物が映し出される。


「――ほぇ?」


間が抜けつつも可愛らしい女性の声音が耳から通して遅くながら頭に届いた。だがこの病室に俺と彼の医者しか居ない。それもその筈だ、鏡に映し出されている人物が発したのだから。

艶やかで流麗な肩まで届く髪に何処か身近で心当たりのある顔を女性寄りにした面貌。その顔は鳩が豆鉄砲でもを食らったと例えるのが正確な表情を浮かべている。


「……ちょっと失礼」


一言医者に告げてカーテンを閉めて最後の確認作業に移る。頭と心はさっきまで混雑していたのに妙に落ち着いてるのに気付いた。おかげで早くも決心が尽き、俺は手を揃えて脚と脚の間に手を通し触れる。

服越しながら分かる、そこにある筈の起伏はなく長年共にしてきた相棒は完全に面影を残さず消え失せていた。


「……ふっ」


俺は一種の悟りを啓き、脱力した。あー分かっていたさ、けど認めたくないじゃん、現実突きつけられても事実なんて認めたくないモノは認めたくない。だがここまで確定要素があるなら俺も男だ、潔く受け入れよう。しかしこれだけは言わせてほしい。



「――俺が女になっているだとぉ……っっっ!?」



稲妻を落とされたような衝撃と共に身体が白く石化するほど戦慄き、懇願の想いを込めた言霊を喉奥から嘔吐物ではない別の霊的な何かを吐き出だした。仰々しいがまさしくそれ位度し難いショック! 比喩だけど比喩じゃない、本当と書いて本気な感傷表現だ!


「何でだ! 何でだ! 何故女体化してるの俺!? 俺の身体は毎回い予想外だらけで免疫付いてきたけど今回ばかりは天地がひっくり返る、いや男女性別がひっくり返ったけど気が動転するぞ俺の身体!? 

性別から容姿まで激変するなんて卒倒しちゃうよ俺!? せめて予兆とか前兆みたいな前置きをしろよ!!」


「前置きならいいのかおい」


カーテンの向こうからツッコミ染みた返事を返された。ハッしまった! 人が居る前で色々と暴露してしまった! 女体化したなんて喚く変人だと医者の目にはさぞ馬鹿に見えたんじゃないだろうか。

いやその前に、狼狽していたとはいえ十年以上隠してきた秘密がこんな事、いや充分重いけどつい口走ってしまうなんて。これは今までにないほどの失態、かくなる上は!


「記憶消去法術!」


すみません、歯痒いながらこれも自分を守る為だと割り切って決断し軋む体に鞭を打つ。医者の脳にダイレクトに当てれば記憶も少し飛ぶだろう、割と本気に且つ繊細な掌底を医者の頸椎に向けて放つ。


「危なっ!? いきなり蹴りを飛ばしてくるんじゃねえよ馬鹿!」


避けた!? 医者に放った掌底は紙一重で避けられ外した。避けられたことに少々驚くも瞬時にならばもう一発とベットから跳び足先で上顎を狙って蹴りつける。


「おいコラ、早とちりすんな馬鹿! 落ち着け!」


何だと! 軽やかなステップで俺の死角に回り込まれ距離を離された。蹴りは無人の場所を空を切るだけに終わった。女体化して肉体は変わったが少し痛みが奔って動きずらいが力の変化はそんなにないと直感で感じている。由々しき事態とはいえ相手は人だから割と本気でも細心の注意を払って制御して手加減しているけど、常人じゃまず避けられない俺の肉体機能と身体能力をこの医者は躱したのだ。


「貴方は何者だ。普通じゃさっきの足蹴りで終っているのに」

「はぁ、チッたあ落ち着いたか。けど話をする前にまず一つ」


何だ? 医者は指を立てて前足を出し、


「病室であばれるんじゃねーよ馬鹿野郎っ!!」

「バビロンッ!?」


チョップ、もしくは手刀を額にぶつけられた。かなり痛い。

一歩踏み込んだまでは分かったけどそこからは俺の人並み外れた視力でも早すぎて何も見えなかった、やっぱり常人じゃないぞこの人。だけど粗暴ながら尤もな説教だ。


「たく、てめえの耳はお飾りか。それとベットから跳ぶんじゃねえ頑丈だがてめえの力で壊れたらどうすんだ」

「えっと、スミマセン。けどそれにしたって怪我人を叩くのは」

「口応えすんな。悪いのはお前だ」


あうわ、確かにそうだから無意味な反論もこれ以上出来ない。けどどうしよう、このままじゃ秘密が。


「一先ず俺の話を聞け。ろくにてめえは今自分の状況を把握してないだろ」


そういって医者は近くにあった椅子に腰を掛ける。……何だこの医者。まるで俺の今の状態を知っているような口ぶりは。いやその前からも何か俺が女体化したのを知ってる風な、そんな口ぶりだったような。


「単刀直入に言うとだな。見物したんだよ、怪物に変貌した野郎とてめえが戦う所」

「なっ!」


驚いて思わず声が漏れた。つまりこの医者はあの戦いで俺の常人外の力を見たのか、ますます俺にとって存在が危うい医者だ。それにもしかしたら、あの謎の集団の関わりのあるヤバい奴って可能性も。


「雰囲気からしてまた勘違いをしているようだなてめえ、この馬鹿。てめえを襲った怪物人間や奴らと俺に直接関わりは無い。俺は偶々独自の偵察情報映像網に引っ掛かったから暇つぶしに戦闘を見物していた傍観者、それだけだ」

「……色々ツッコミたいけど、その話が本当なら何で俺を助けたのですか。危険かもしれないのに赤の他人である俺を」


訝しげに問いを投げかける。俺の経験則上にただ好奇心だけで深追いしたら藪蛇をつついてしまって痛い目にあった事がある。戦闘が見たかったからの傍観者で薄情者なら良心で助けたなんてあり得ない、下手に関わったりすればあんな非常識な集団に八つ裂きにされるかもしれない危険が伴うのは目に見えて明らかだ。


「理由は強いて言うなら、俺も一人の学者だからな。知的好奇心を大いに刺激されたからに他ねえよ」

「どういう事です?」

「そりゃお前、怪物と素手でタイマンなんて普通なら無謀な戦いだってのに挑んで余裕のよっちゃんで勝ってよ。加えて鉛玉を何発もぶち撃たれても死なねえ生命力で即時大部分の肉体を修復する治癒力。

極めつけに男が女体化すると来たもんだ。こんなマニアックな珍種、俺の学者としての性は調べたいと疼いて仕方ねえよ」


成程、俺自身同意しなくもないな。さっきも自分の肉体を調べたいと知りたいと思い考えていてたし。人の数ほど個人差は差異あるも、珍しいモノ、未知なるモノ、謎を探求したくなるのは人に共通する大本の性だ。すべて信用したわけじゃないけどある程度は得心がいく。

というかこの人が俺を治したんじゃなくて俺の身体が自己修復したのか軽傷なら寝て治るのは知っていたけど流石に命が関わるほどの大怪我負った事ないからこれでも驚いている。


まだ警戒に越したことはない人物だが、少なくとも現時点で俺の敵という訳ではないと分かったので、折角だから聞きたい事を聞こう。


「それじゃあ俺の身体について何か分かった事ってあります?」

「分からん」

「おい」


分からないのかよ。この医者の言ってる事からして、それにこの短い間である程度分かった医者の性格からして俺が寝ている最中に身体を勝手に調べたと思いその辺りについて問いかけてみた。


「勝手に調べたのは不定しねえが癪に触るなおい。分からんモノは解らん。一朝一夕で分かるような構造をしてないんだよてめえの身体。今現時点で分かることは足の先から脳細胞の隅々まで、てめえは女みたいな構造をしてやがる。遺伝子レベル的にも性別は女性だ。

俺も直接映像を見ていなかったら手術した訳でもなく、ニューハーフって訳でもなく、突然男から女になりました、なんて変態現象なんざ前例があるとはいえ半信半疑だった自信はあるな」


だよなあ、と首を縦に振って肯定。今でも俺は全く女になった事が本当は幻ではないのかと思う、幻であればどれだけ良かった事か。認めて受け止めようにも余りの不意打ちと精神的な重荷で潰れてしまいそうだ。


「――あれ? 今、前例があるって言った? 言いました?」

「ああ、言ったぞ」

「マジですか……っ!?」


思わず前のめりになって医者に掴みかかった。前例があるということはもしかしたら元通りになる術も!


「至近距離で大声出すな耳が痛いわ、あと急に近づくなボケ」


掴む前に今度は軽めの、しかし先程よりも速い俊敏な指先チョップで御でこを弾かれた。やっぱりこの人速いよ見えないYO。はっ、いかん、自分でも思った以上に冷静さを欠いている!

沈まれ~~俺の精神、元に戻りたい一心で積もる不安と沸く焦燥感は分かるがこんな事で一々驚いては話が進まない。目を瞑り軽く鼻から息を吸って吐いて心を落ち着かせる。よしバチ来い。


「……忙しい奴だなお前、そんなキャラか」

「いや自分でもここまで冷静さを欠いている自分に驚いています。女になってから俺の性格に歪みが出来ているような気がします」

「ああ、やっぱ身体の構造が男から女に変わった影響だな。女は男より不安になりやすい性質だからな」

「そうなんですか?」

「何だ、最近の若い奴は保険体育の授業や教科書を見聞したりしねえのか。俺はしなかったけが、まあ男と女の身体じゃ別物だ。魂までは判らんがな」


それくらい習っているし覚えているわ。最近の学生を舐めるなよ、知らなくていい事結構マニアックに知っているもんだぞ。ふーん、肉体と精神、そして魂……この二つの単語ワードで何となくふと思い出す詩がある。


「ある古代ローマ時代の風刺詩人の、健全なる精神は健全なる身体に宿るってやつですか。この場合は肉体は精神に影響し精神は肉体に影響を及ぼす、て解釈になるけど」

「てめえ中々雑学を心得ているじゃねえか、ユウェナリスの詩の一節だな。だが、そんな大層なもんじゃなく本来は大きな事は願わずただ心身共に健康を願うだけの詩だがな。軍国主義共が勝手に改竄してそんな解釈にしただけの風潮だ」


成程、そんな一節もあるのか、ちょっとした豆知識を習った。おっとつい雑談に走って話が脱線してまった、けどこの人意外と話のノリが良いな。良い人かどうか別として。


「でだ。そんなちょいとした社会の勉強はほっといて前例の事について話す。なに別段無かったわけじゃないしあり得ない話でもない、数多くの神話やらに出てくる英雄や神様だって男が女に化けてたなんて変態も居るもんだしな」

「いやそんな話、初耳ですけど」


俺もそこまで勤勉じゃないし博識な訳じゃないから当然知らない。


「学が足りんぞ、見識や視野を広めなガキ。白ける」

「不機嫌にそう目を細められて言われましても。その知識、一般的にも知りもしない筈だけど知らない俺が悪いの?」


あからさまに不満がある雰囲気が読み取れる。理不尽だ、まるで年寄りの話についていけなくて置いてけぼりにだったのに俺が悪いかのように感じてしまうあれだ。というか早く前例について教えてほしい。


「まあまずは一般的な方からだ。さすがに他の人様がてめえのようなビックリフャンタジー現象じゃなくてもガチで女体化する現象は実在するんだよ。細かい話は省くがホルモンバランスに影響が起きて遺伝子も関係なく女性化する半陰陽、一般的にはあんまり知られてないが性分化疾患ってのがある。

表向きの医学名称ではそうなっているが裏じゃ魂魄逆転化現象なんて名称ものもあるぜ、裏豆知識だ」


何その魔法的な中二臭い名称、カッコイイな。まあ若干遠回しだった気もするがこの人の話は分かった。

要するには、俺もその半陰陽ってのに当て嵌まる存在。身体の構造から遺伝子レベルの突然変異ってわけか。俺みたいな女体化する存在はあり得ない程珍しいけど、極論を言うと俺がこうなるのもあり得ない訳じゃ無いし常識の範囲内にもあるから万に一つは無くはないと。得心がいくけど、


「って正直今そんな雑学どうでもいい! 結局俺の女体化した原因分からないって事でしょう!」

「話はまだ終わってねえよ。これは一般的な常識の範囲内だ。表向きのな」


表向き? どう言う事かと話を促すと。


「一般的な世界の医学じゃ、てめえの身体の正体なんざ九分九厘分かる筈がねえ。てめえは明らかに人間に似た構造をしているが人間じゃねえ、それもその筈だてめえは人間似た構造をした別の存在――人外の類だ」



――頭の中で医者の衝撃的な言葉が何度も反復して繰り返される。俺が……人間、じゃない?



「あれはあくまでも“人間”の為の医学だ。てめえは人間の常識外だ」


……驚く事におれはその事実を不定する事無く素直に受け入れ納得がいった。何故こうも非常識な真実を告げられても動揺もしないのか寧ろ合点がいってしまう自分が居る。

今まで悩んできたパズルが少し考え方を変えればストンと納まった、俺の今の気持ちはまさにそれだ。人に言われてやっと明確に自分の身体の認識を改めれた気がする。


「そっか。常人の人間とは思えない不思議な身体だなって何度も思ったけど、そもそも人間じゃなかったんだ俺。何で今までそんな簡単な発想に気づかなかったんだろう」

「自分が何者かも知らずに生きていくなんざよくある、そういう身近な答えに気付かないまま一生を終える事もあるもんさ。知っても知らないままで良かったと嘆く野郎もいる、てめえはどっちが良かったか興味はねえがな」


知らぬが仏、か。だけど、確証も得られないままで居るの小骨が喉に引っかかるようにむず痒いと思っていた自分も居る、積極的に調べようとする性格じゃない事は自分でも分かっているからな。自分の正体に一歩近づこうにもどう調べればいいのか分からないし、一介の学生レベルの俺が調べてもこの神秘の塊が解明できるとは思わなかった。

自分を知れてほんの少しだけでも俺がどういう存在か分かり、例え小さい進展だろうとも理解出来たのは嬉しい。


「それじゃあ俺はお医者さんにも分からない人外者だから女体化の原因も分からないって事ですか」

「ああ、こればっかりはお前さん次第だ」

「…………」

「でだ」


「お前、これから女として過ごせ」


「………………………………ハああアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!??」





設定集


あらすじ


血の匂いに敏感に嗅ぎ取る特異性を持つ大武赤誠は帰宅途中、その特異性により殺害現場に遭遇する。何かに引き裂かれた惨殺の死体と傷跡が残る壁、明らかに異常な殺害現場に犯人と思われる人物と赤誠は相対し、犯人に襲われ交戦するが持ち前の能力で返り討ちにする。

だが、犯人の仲間と思しき人物の手により犯人達を逃してしまい、さらに戦闘の途中から不調だった具合が悪化し意識不明に陥った。

赤誠が次に意識が目覚めると彼の身に――何故か女体化するという異変が起きていた!


彼を助けた粗暴な闇医者、ドクターが様々な考察をするも赤誠の特異性に関係しているが詳しい詳細は不明。結局は仕方なしに男に戻るまで女体で過ごす事になる。慣れない女体に淡白な性格の赤誠ですら意識してしまい女難の数々の羞恥と悶絶を見舞われドクターの助手兼弟子、葉隠 舞の手助けを借りるも逆に神経をすり減らす事になり苦汁を重ねる。


赤誠と舞は一緒に出掛けフャ―ストフード店まで行き近畿を報告し合い他愛もない世間話を始める。その話の至りで偶然、舞の想い人が男の時の自分であることに気付く。奇遇な事に想い人が自分で女になってしまった自分を思うと何とも言えない罪悪感を抱く赤誠。

だが、罪悪感を解決する間もなく赤誠を襲った犯人達と偶然ばったり合ってしまい、犯人の一人が暴走して交戦する。戦いは犯人側の勝利に終わり倒れた赤誠の前で舞を連れ攫われてしまう。


甲斐甲斐しく世話をして貰い助けてもらった恩すらも仇で返す始末、さらには初恋の自分が女だとこの上ない事実に複雑な気持ちに陥り悩む。が、ドクターの助言を受け悩みを一蹴に伏し舞を救出に向かう。




登場人物・


主人公


名前・大武おおたけ 赤誠せきせい

年齢・十五歳

見た目・男性時、赤黒い髪、赤い瞳(覚醒すると黒ずんだ金眼) 中性的な容姿、身長158㎝

女性時、髪が少し伸び肩にかかるほど、中性的だったがより女性に近づいた顔、身長150㎝、胸がC位

性格・性に対して淡白、若干不愛想、良心的、温厚、天然、いざとなったら非情に冷酷になりきる、好奇心、テンションの上がり下がりが激しい、打たれ弱い、

種族・人間・人類種の上位互換

能力・血の匂いに敏感な嗅覚の持ち主。誰の血なのかその人の血の匂いや味で識別できる。人並み外れた身体能力を有し、軽快な身のこなしが出来る。定期的に男の鮮血を吸わないと男性化を保てない。女性の血を吸うと自己治癒力が異常なまでに速まる。


謎の殺人鬼と交戦の際、大量の血を浴びそれが要因で人間でありながらも吸血鬼の特性を用いる新種の人類に成り上がる。

それにより定期的に吸血しないと女性化に性転換してしまうようになった受難者。常識人でありツッコミ役。女性化するとしっかり者の弄り甲斐のあると好評(非評?)。母性愛。

好奇心と衝動心に突き動かしてしまう事がある。過去に熊や猪など何度か遭遇しており熊と力比べをするなど一般人より肝がそれなりに肝が据わっている。

持ち前の人間離れした身体能力に頼った戦闘スタイルで戦闘技術はほぼ素人、パルクールのような似た技術を用いる。人外の一般人と本人は称する。


本人の証言

「血の匂いが異常に嗅ぎ取れるだけで感性は人と同じだよ。血が美味しい訳じゃないし吸血病でもない、筈だと思う」



名前・葉隠 舞

年齢・十四歳

性別・女

見た目・黒髪黒目、右頬と両腕と腹部に火傷の跡、

性格・マイペースに見えて切れ者、ヤンデレ

種族・人間(強化人間)

能力・卓越した剣術と武術の戦闘スキル。。


赤誠の後輩、恋する乙女な子、それゆえか行動力は人一倍ある。過去に赤誠に火事から救われる経緯を持ちそれを機に一途な好意を抱いている。好意は発展して行き恋心へと変わるのだがあるキッカケで赤誠への恋心は歪み、赤誠を自分だけに束縛したいと抱くようにまでなった。

強化した身体能力と卓越した剣技や武術などの戦闘技術は高レベルで赤誠レベルの人外スペックでは正面からでは歯が立たない。他にも並程度には幅広くマニアックな事まで知識を有する。火事で親を亡くした彼女をドクターは亡くなった祖父との付き合いと恩があり、彼女を引き取り養子として迎える。現在はドクターの秘所のような役割を担って付き添う。

同性好きの一面もあり赤誠が女体化すれば変態度に拍車が掛かる。緊縛系変態ヤンデレ。


「この火傷はね。赤誠と私に繋がりを結んでくれた証だよ」



名前・ドクター・バン

年齢・四十代(見た目年齢三十代前半)

性別・男

見た目・三十代、黒髪、無精髭、眼帯、身長190㎝、引き締まった肉体、両腕に巻かれた黒い包帯、赤い指貫グローブ。

性格・粗暴、ぶっきらぼう、気紛れ屋、熱血、知的好奇心、子供っぽい、

種族・人間

能力・情報収集、医療手術、両腕に封印されし邪炎と水魔の刻印魔法、空間転移、


経歴

個人的な興味と善意で赤誠を助けた自称闇医者。赤誠と葉隠の師を務める。幅広いコネ持ち。妻子持ち。無免許医者。人類最強一歩手前の実力者。粗野な口調で手が出るのが早い。ぶっきらぼうで掴みどころなさそうに見え良い印象は見えないが根はお人良しで面倒見が良い、良識を兼ね揃えてる。悩める若い子に年長者として助言することも。


趣味、中二衣装のファッションを好む。





名前・菊澤 太郎

年齢・三十歳

性別・男

見た目・痩せ細った中年オヤジ

性格・理性を殆ど失くした廃人狂人

種族・人間(生物兵器)

能力・肉体の一部を膨張し巨大化し、人だった頃よりも数倍も筋力が増強し最大限に力を出すと容易く石造りの壁だろうと車体であろうと硬い地面であろうと破壊する。


経緯

働いていたブラック企業が倒産し働き口を失くした挙句、金を払えず大家に家を追い出されホームレスになり不幸続きの災難に煽られ遂に心が折れ、ネガティブな性格も相まって自棄になり自殺しようとしていた所、ある組織の甘言に誘われバイオ兵器の実験体となり自我と理性をほぼ失った。

憎しみに突き動かされ手始めに自分を何かと見下していた会社員を殺した所を赤誠に目撃される。赤誠との戦いにより奇跡的に自我と理性を取り戻すが、用済みと判断され殺処分される。





名前・バクストン・アッカーソン

年齢・二十代後半

性別・男

見た目・金髪イケメン、ダッフルコート、

性格・ロマン主義、ナルシスト、

種族・人間(イギリス人)

能力・自身の半径十メートルの個体、液体、気体を操作する、近接格闘術、剣術、レイピア、ブロードソード&バックラー、サーベルを好む、


経歴

赤誠を撃ち瀕死だからと慢心し危うかった所傭兵に助けられ屈辱を味わったやられ役的かませ。








注意@何もありませんよ?






[壁]_・)チラッ (゜∀゜)!

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