第六話 黄金の小麦畑(下)<帝国歴570年9月19日>
「リザードキングを倒してからやたら強い魔物と遭遇するわね。……あたしたちに残された時間はないのに」
と英雄(ワイバーン100体を倒した少年)にアニタと呼ばれた妖精は物憂げに上空をみている。
ああ、よくみると遠くにワイバーンの屍の山があるでやんす。
「ねぇ、トム……逃げましょう。正直お金が足りないわ。壊滅した隊商からお金を掻き集めるのは向こうさんが待ってくれないでしょうし」
「アニタ……最後まで好きな女の子の前ではかっこつけさせてくれよ」
「……ばーか」
そう言ってから妖精は英雄の懐に潜り込むと――英雄の姿が消えた。
「へ?」
ワープか何かでやんすかね?――と思ったら上空で物凄い爆発音がする。
黄金の何かに覆われた英雄と真っ黒な瘴気?に覆われたワイバーンがぶつかり合っているのが――いや、速すぎて視認できなくて一人と一体の姿がぶれてみえる。
(「なんか神話の出来事みたいにみえるでやんすね」
とりあえず、ニサのところまで移動するといつの間にかポールもその場にいた。
あれは――火の精霊やんすかね?
魔法使いでもないあっしでもわかるくらいのマナを纏っており、
紅色を基調とした民族衣装着ており、
ポニーテールといった髪型、
人間で言えば10代半ばの少女は宙に浮いてポールのすぐ横にいる。
(「中級精霊以上の存在でやんすかね。なんだか妖精殿は不穏なことを言っていたでやんすし、戦力が増えるのはやぶさかではないでやんす」
ここは第一印象が肝心と丁寧に精霊殿に話しかける。
「あー、お初にお目にかかるや「黙ってて」……んす……」
(「で、出鼻をくじかれたやんす」
「わたしはあなたたち人間に協力する気はないから」
と睨むようにこちらをみる。
「それにしても……」と言って上空をみる火精霊は――
「普通、妖精型の精霊はわたしのような人型に成長してマナを蓄えるのに――それにこの力は精霊王さまクラス?」
火精霊は自分の言ったことになにか納得しない様子だ。
「でも、あの魔物は異常ね」
あ、それはあっしにもわかるでやんす。
魔物ランクに当てはめるとあのワイバーンはSSクラスはいくのではないかと思う。
本家本元のドラゴン並みでやんす。
上空での戦いは徐々にワイバーンに不利になっていき、瘴気らしきものが減っているように感じる。
英雄が纏っているものは闘気――<マナとは違う気のようなもの>だろうか……普通視認できるほどのものではないはずでやんすが。
英雄は動きの鈍くなった漆黒のワイバーンから離れると、纏っていた黄金の闘気がさらに大きくなり、
――剣を上段に構え一閃――
――黄金の剣閃がワイバーンを襲う!!
「うはっ」
と閃光が辺りを照らし、あっしの目がやられてしまう。
大きな爆発音が遅れて上空から聞こえてくる。
(「や、やったでやんすか?」
視界を取り戻したあっしの目にはこちらから50mは離れた場所――ちょうど普通のワイバーン屍の山に頭からつっこんでいる漆黒のワイバーンがみえる。
「いえ」
と火精霊の少女が言うより速かっただろうか――ワイバーンの姿が消失する。
きっとフラグみたいなことをさっき言ってしまったからだろう。
咄嗟に嫌な予感がしてあっしの前にいたニサの襟首を掴んで自分の元に引き寄せる。
でも、それは僅に届かなくて――
ざしゅっと音と共にあっしの身体は宙を舞う。
「くぅっ!!」
背中に衝撃が走るが先程と落ちた距離が違うため、打ち身程度の痛さしかない。
ニサは大丈夫でやんすか?!
少し離れた場所で火精霊に抱きしめられるように宙に浮いているポールがみえる。
いや、あいつじゃないでやんす!!
「うぅ……」
というあっしの足元からニサの呻き声が聞こえる。
ニサは――ニサの両腕の肘から先がなく――血が漏れていた。
サフィはニサの左腕の肘あたりを懸命に舐めている。
(「こ、これはまずいでやんす。回復薬は持ってないでやんすし」
とりあえず、止血しようと思ったそのとき――絶望がやってきた。
目の前で大きな音がして、石が飛んできてあっしの頬をかすめる。
土煙上がっており、
次第に腹の辺りに大きな傷跡残しつつ、いまだ健在の漆黒ワイバーンの姿がみえる。
ワイバーンの血がついた口には英雄の両腕が、
その両腕の両手に守られるように黄金の羽の妖精がみえる。
――英雄は敗北したのだ――
漆黒のワイバーンがこちらに向かってくる。
ニサの前に立ちたいのに、
先程みたく怪我で動けないわけでないのに、
あっしの身体は動かない。
縋るようにニサをみてしまう。
荒い息を吐きながらニサもこちらをみていた。
最初、きょとんとした顔をしていたが、
――笑顔をみせてくれた。
――きっと大丈夫ですよ――
声にならない声であっしに答えてくれる。
でも、そんなものは気休めにしか過ぎなくて、
ぼとっと英雄の両腕がニサの前に落ちる。
ああ、あっしは――
何か思おうとしたとき、黄金の小麦畑が
――ニサの髪がワイバーンに向かっていくのがみえる。
行かないで――
そんなことを思っていると漆黒のワイバーンの姿が次第と崩れていく。
呆然とその様子をみていたあっしに――こちらを振り向きながらニサが笑顔で”左手”を差し伸ばしてくれる。
”右手”には英雄が持っていたミスリル剣を持って、その剣の近くには黄金の羽の妖精の泣き顔がみえる。
あっしは訳が分からないままその手を掴み、
(「本当によくわからないでやんすが、助かったみたいでやんすね」
とようやく安堵するのだった。