第九話 非常事態(帝国暦570年9月21日)
あっしの帰るべき場所(町)に青いドーム上の膜のようが覆っている。
本来のあっしなら見なかったことにしてどこか他の町にホームを変えるのだが……
(「ニサがあの中にいるとなると話は別でやんすね」
何故に女性に惚れてしまったのか……好いた惚れたは身の破滅の最有力候補なんでやんすがなぁと思いつつ、青い膜に近づく決意をするのだった。
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青い膜の直前まで移動するのに特に妨害とかはなかった。一応警戒して術士が近くにいないか探ってみたのだが、周辺にはいないようだ。
(「まあ、こんな高度な魔法を使える魔導士なら隠蔽魔法されたらあっしなんかでは気づけないでやんすし……ここは実験をして疾く離脱でやんすな」
生半可に周囲を探るようなことをすればやぶ蛇になる恐れを考えるとそれが最善手の一つに思えた。
この青い膜――結界のようなものは町をすっぽり覆っており、多少は町以外の敷地をも含んでいる。結界から3mほど離れた場所で実験をすることにした。
「とりあえずは……せっ!!」と思いっきり石を投げる。
石は結界にぶつかると急に力を失ったように落ちてしまった。
「う、うーん。これはどういうことでやんすかね?」と疑問に思う。きっとはじかれると思ったでやんすが……。
「今度はもったいないでやんすが……せやっ!!」と先程狩ってきたブルーラビットの毛皮を投げつける。
これまた石同様にぽさっと下に落ちてしまった。この毛皮は一応生き物が通れるかどうかの実験のつもりだった。あっし自身で実験にして囚われの身になっては元も子もないでやんすしなぁ。と思っていると門番らしき男性がこちらに向かってきた。
「おーい。そこの者!!冒険者か?!」と結界の境界線で慌てたように話かけてくる中年の門番兵。
「そうでやんすが……この結界みたいなものはなんでやんすか?」
「それが全くわからないのだ。声は向こう側に伝えられるようだが人など通れず、通信魔導具系統は軒並み町以外の通信が不可となってしまった。それに……」
「それに?」
「ぷれいやーと名乗る連中がおそらく転移魔法のようなもので大勢……町の人口の3分の1ほどやってきてな。町は大混乱でこれから代表者で話し合いがあるそうだ」
「よくわからないでやんすが大変そうでやんすね」
(「この門番にニサのことを頼みたいでやんすが……それどころじゃないみたいでやんすしなぁ」
「町の領主からこの町に近づいた者に、救援を呼んでくるよう依頼するように言われている。引き受けてくれるか?」
「ちなみにほう……いや、引き受けるでやんす」
こんな非常時だと依頼料をもらい損ねることがあるのではっきりしようと思ったがそんなことで時間とるわけにはいかない。報酬としてはニサの笑顔ということにするでやんすかね。
「依頼を届ける先はどちらでやんすか?」
神妙な顔で門番の男は「帝国軍へ頼む。詳しい内容は今、口頭で説明する」
あっしは門番からの言葉をバックから取り出した色石で木の皮のメモに書きしるしながら、血公将軍が動かなければいいなぁと思うのだった。
下手をすれば、町ごと火の海になりかねない。
帝国軍最強にして最凶戦力――敵やそれに付随するものを殲滅するためには守るべき帝国民すら灰燼に帰すという恐るべき御老体。
一番有名な話は四十年前に異例の出世をした現血公将軍は地公将軍という位を与えられることになった。
当時は地公将軍・人公将軍・天公将軍の三将軍で帝国軍が仕切られていた。
だが、地公将軍の任命式で彼は人公将軍、天公将軍を殺害し、自分が軍を取り仕切ると発表。鎮圧しようとした帝国軍はたった一人のこの男の所為でほぼ壊滅というひどい有様だったそうだ。時の皇帝がこの横暴を認めなければもっとひどいことになっていたのかもしれない。よって付けられた新たな将軍名は”血公将軍”。
(「前皇帝なんかは血公将軍を排除しようとして殺されたらしいというのは真しやかに言われていることでやんすしなぁ……くわばらくわばら」
そんなことを思いつつ、メモとったあっしは帝国軍と魔導具通信できる町に向かうのだった。
(「待っているでやんすよ。ニサ」
あれやこれやいろいろしたい気持ちはあったが、これが最善手と思い、行動するあっしであった。