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芸者芳乃

作者: yosibahirosi

会津若松からの帰り道、時計はまだ2時半であった。宿は普通3時からである。まして私は行き当たりばったりに宿を捜すのである。旅慣れたと言えばそうである。

 今日も何処にするか考えながら運転していた。9月の後半である。東北とは言えまだ紅葉には早かった。これからなら鬼怒川までは行けるとも考えていた。そして芦ノ牧温泉を見ていた。鬼怒川まで行っては家に帰りたくなるかもしれない。

 私はここに泊ろうと考え車をUターンさせた。

 宿に行くには少し坂道を下った。初めて泊る場所であったから、ゆっくり走った。6,7軒の宿が確認された。私は時間稼ぎにまた戻った。それを見ていたのか、宿の袢纏を来た男が手招きをしていた。私はそのあいずに自然と誘われた。

「お泊りですか」

「まだ早いけど入れてくれる」

「どうぞ、食事は6時になりますから、風呂にでもごゆっくり」

 私は皮鞄を持って宿に入った。そこには30万円が入っていた。10号の絵を売った代金である。宿のカウンターに預けた。名前を記帳し終わると部屋に案内された。

 山がすぐそこに見え、川の流れる音が聞こえた。

 テレビでも見ようかとスイッチを入れたが、関東とは番組が全く違っていて、見る気にはなれなかったから、風呂に行くことにした。

 浴衣の上に袢纏をはおり、男湯と書いた暖簾を見て脱衣かごに脱いだものを入れた。

 三つのかごが使われていた。

「こんな早い時間でも客はいるのか」

と思いながら、曇りガラスの戸を開けた。湯船には三人の女性が浸かっていた。

湯気が立ち込めてはいたが解った。

 私は慌ててタオルで前を隠しながら

「間違えました」

と言った。そして戸を開け様とする時

「ここは男湯よ」

と女の声がした。

「いっしょにどうぞ」

私は迷ったが裸でもあると思い

「お願いします」

と言った。さすがに湯船には入れなかったから、体を洗い始めた。

「背中流してあげる。お兄さん」

一人の女が私の傍に来た。

「いいです」

 緊張した。女の手はすでに私の背中にあった。

 私は平静を装って

「どうしてここに」

と訊ねた。

「女湯は狭いのよ、こんな早い時間の客はめった来ないから」

私は近所の人たちかと思ったが、結構綺麗に見えた。

「芸者さんですか」

「良く解ったわね、玉代まけるから声かけて」

女は私の耳を軽く舐めていた。




 私は三人は呼べないからと2人を呼んだ。カラオケで歌を歌い。

結構派手に遊んだ。金では負けられないからと時間を延長してくれた。

私は規定の二時間で沢山になっていた。あと一時間も酒を飲んだら、明日は家に帰れなくなると思った。

「もう適当に上がっていい」

すると年配の芸者は

「芳乃はきちんと残るのよ」

と言って自分は引き揚げた。

私は二人になるといままでの酒がどこかに行ったように緊張した。

 まだ若い。二十そこそこに見えた。背中を洗ってくれたのは誰だか見る事は出来なかった。

でも芳乃のように思えた。

 「この後はないから外で飲まない」

 私は酒はこれ以上は飲めないと思ったが

「いいよ」

と言ってしまった。

 芳乃との約束はそれから一時間後であった。

 芳乃は洋服になっていた。

「この近くにはあまり店ないから会津か鬼怒川に行く」

「そこまで行ったら帰り明日になるよ」

「いいでしょう」

既に10時を回っていた。私は芳乃が車を待たせてあるからというので、判断のつかぬまま車に乗った。

「仕事があるから近くにしよう」

私は2万円を渡した。どうせ金が欲しいのに決まっていると感じた。

「ここでいい」

芳乃は5分も走ったところで車を止めた。

「ここが私の家」

思いもかけなかった。小さな1件屋であった。周りに灯りは灯ってはいない。

私は手をひかれて中に入った。

芳乃の手は暖かく感じた。

「フロントには電話しておくから、ここに泊って」

そう言いながらビールを運んで来た。

このようなことは過去に経験した。

私は芳乃とこの夜を過ごそうとは思わなかった。私は30少し前であったから、他人が見たらきっと夫婦に見えると感じた。

芳乃のしぐさはあまりにも妻とは違っていた。好きになってしまいそうな予感を感じていた。




「宿に帰るから車呼んでくれないか」

「帰らないで、ここにはタクシーがないの。さっきのは母さんの知り合いよ」

「そうか歩いたら遠いよな」

「私母さんから30万円借りているから、早く返さなくてはならない」

「何でそんな金を借りたんだ」

「父ちゃんがオートレースにのめりこんで、サラ金から借りてしまった」

「まだ若いだろう」

「19よ。定時制高校を出たばかり、繊維会社に勤めていたのだけれど、5万円の給料ではなかなかなせないし・・・まだここにきて3日目なんです」

「来たばかりか」

「お客さん優しそうだからって、母さんが初めてにはちょうどいいって」

「そんなこと聞いたらさ、考えちゃうよ。経験あるんだろう」

「好きな人いなかったから・・・」

「ないのか」

「・・・・」

「じゃ今夜は30万円の価値があるな」

芳乃の顔色が変わったように見えた。

「冗談だよ」

慌ててそう言った。芳乃を軽蔑してしまったように感じた。

「宿に帰るよ」

「仕方ないね。歩きより自転車の方がいいね」

 芳乃は自転車を転がしてきた。

「さっきのお金」

2万円を返して来た。

「取っておきな」

「すみません」

私は芳乃を乗せて暗い夜道をよたよたと自転車をこいだ。

 芳乃は横乗りのためしっかりと私の体に抱きついていた。その部分だけが夜風の冷たさを感じさせなかった。

「耳冷たそう」

彼女は片手で私の耳を温めていた。

宿に着き、私は芳乃に待つように言った。

 フロントで預けたカバンを手にした。

「これを母さんに渡して欲しい」

「はい」

と芳乃は答えた。

 私は走り書きで自分の住所とこれで家に返してやってくださいと書いた。

 封のなかには自分の残りの金を加えた。

 翌朝、朝食もとらずに宿を出た。

 私は芳乃に何かしてやりたかった。

 それから15年位経って1通の手紙が舞い込んだ。




 いまになって初めて母さんに知らされました。

あなた様に会った翌日家に返されました。どうしてなのか解らないまま今日まで来ました。

何とお礼をしたら良いものかと思っております。

 看護婦として働いています。結婚もして二児の母です。この幸せはいまさらですが、感謝感謝の気持ちでいっぱいです。

 出来ればお助けいただいたお金をお返ししたいと思いますがお会いできる日をお知らせください。



 すでに忘れかけていた事であった。

 私は彼女の体に触れられなかったことを幸せに感じていた。

 私が芳乃に与えた10倍くらいは、この手紙のなかに有る様に思えた。

 いまになり思い出すとあの金は彼女の指に飾った指輪のように思えた。

 見えないけれどいつまでも芳乃の指に有る様に思えた。

 会う約束はしないと手紙に書いた。そしてお金のことは記憶にないとも書いたのであった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 心暖まる作品ですね。優しさが滲みでるような… 15年の年月が想い出をいっそ美しく儚くしますね。じーんときました(;_;)
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