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「あの、香月さん」
「ん?」
「昨日の植物って妖怪ですよね」
どこか上の空で星を見上げていた香月がぎょっと洸を振り返る。
「へっあ……えっと……」
あたふたと手と目を不自然に泳がせる香月に、洸は嘘がつけない人だと苦笑する。
「あの……昨日のはね……」
「昔……」
どうにか取り繕うとしていた香月の言葉を遮り、洸が言葉を紡ぐ。
「母によく聞かされていたんです。この町には妖しが住んでいるって」
「そうなの?」
「はい。この町には妖しが住んでいて、お姫様と恋に落ちたそうです。でも人と妖しの恋は誰も認めてはくれなくて、妖しはお姫様をさらって行くんです」
洸の穏やかな声で語られていく物語に香月が目を瞬かせる。
「でも、お姫様は妖しが出す瘴気あてられて、すぐに死んでしまうんです。妖しは今もそのお姫様のことが忘れられずに夜、女の人が一人で歩いていると連れ去ってしまうそうですよ」
ふふふっと口元に手を当てて小さく笑う。
「夜遅くまで出歩くと母に、妖しにさらわれるってよく言われました」
「んーでも、愛していたなら他の誰かとお姫様を間違えたりしないよきっと」
そう答えた香月をきょとんと洸が見つめる。
「確かにそうですね。私だって好きな人と他の人を見間違えたりしないと思うし……」
洸が小首を傾げる。次いで小さな笑いを漏らした。
「どうかした?」
「いえ、この話をしたらみんな子供じみてるって笑うだけで、香月さんみたいに真面目に答えてくれる人なんていませんでしたから。それに、この話あまり知られていないみたいで母の作り話だろうって……各言う私もそう思っていましたし……」
最後の方の言葉は声が小さくなる。
はぁ…っと長い溜息を吐いて顔を上げた。
「ありがとうございます。香月さんもうここで大丈夫ですので」
「え?」
気がつけばここは昨日洸と別れた外灯の近くだった。辺りを見渡せば、民家の明かりがぽつぽつと見える。
香月が朗らかな優しい笑みを浮かべる。
「ん。気をつけてね」
「はい」
軽く頭を下げた後、走って行く少女を見送り、香月は空に浮かぶ月を見上げた。
そう言えば、真樹が昔愛する人間の女がいたと言っていた。
本当に目も眩むほど遠い昔……、
『愛しい人がいるんだ……』
真樹の切なげな声が蘇る。
『もうこの世にはいないけれど……逢いたくて、ずっとこの場所で待っているんだ』
風が吹き香月の髪を揺らす。あの日、真樹は泣きそうな顔で笑っていた。




