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ほんの少し欠けた月が雲の間から覗いている。
柔らかな草の上で目覚めた香月は、穏やかな月の光に目を瞬かせた。
首を巡らせれば、街道から少し外れた林の中だと分かる。近くに外灯も立っているのだろう、林の中を自然のものではない光がぼんやりと照らし出していた。
草むらに大の字に寝転がったまま、暗い林から夜空へと視線を戻し、ぼんやりと月を眺める。
ゆっくりと流れていた雲が途切れ、綺麗に月の姿が浮かび上がる。その月を横から現れた黒い影が遮った。
「何しているんですか?」
唐突に月の光を遮って顔を出した少女に、香月が慌てて上半身を起こす。
「洸ちゃん」
覗きこんで来た、制服姿の少女がにっこりと微笑み、香月の側にしゃがみこむ。
「こんばんは、香月さん。こんな所で寝ていると風邪ひきますよ?」
「あっ……うん」
ポリポリと頭を掻く。好きで寝ていたわけではなく、神竜に置いて行かれたのだが……そのことを思い出し、むっと顔をしかめる。香月の表情の変化に気がついたのか洸が首を傾げた。
「どうしたんですか?」
「いやーちょっと、性格の悪い真黒い猛獣に襲われてね……」
「真黒い猛獣ですか」
洸が眉を潜めて、暗い林の中を見渡す。
「あぁ、ごめん。今のは冗談。ちょっと性格の悪い知り合いに会ってね、ここにおいてけぼりをくらっただけだから」
「はぁ……」
曖昧に頷く洸に、香月が苦笑いを浮かべる。
「洸ちゃんはこんな夜遅くにどうしてここに?」
きょとんとした顔で洸が頬に手をあてて首を傾げる。
「……さぁ……どうして私ここにいるんでしょう?」
本当に解らないと言った感じで、辺りを見渡す。
「私、気がついたらここにいて、歩いていたら香月さんがここに倒れていたんです」
「……」
「あはは。すみません、私変なこと言ってますね」
頬をポリポリ掻きながら困ったように笑う洸に、香月が何と言っていいか解らず、複雑な目を向ける。
洸が肩をすくめると立ちあがった。
「私、帰りますね。早く帰らないと母に怒られちゃう」
「送って行くよ」
香月は慌てて立ち上がると服に付いた汚れを手で払う。たいした汚れはなかったが、葉や枝がパラパラと落ちた。
「いいですよ。一人で帰れますから」
慌てて手を振る洸に香月がポンと頭に手を乗せ、髪をくしゃくしゃと撫でる。
「だーめ。昨日襲われたばかりだろう? 一人で帰らせるわけにはいきません」
おちゃめっけたっぷりに片目をつぶって見せる香月に、洸が少し頬を染めて笑う。
昨日、洸が真樹に襲われたことは神竜に話したが、虫の音だけしか聞こえない暗い林に他の気配は感じられない。気配を消しているのかもしれないと、洸に気付かれないようにチラリと林に目を走らせたが、人影は見当たらなかった。
まだ護衛を配置できていないんだろうと、香月は心の中で嘆息を漏らす。
(さっきの今じゃ無理……か)
洸を促し、二人で暗い林の中を街道の方に向かって歩いて行く。
「ねぇ、洸ちゃん」
頭二つ分ほど背の低い洸が、上目使いに見上げてくる。
「昨日の夜、変な植物に襲われただろ、襲われた理由とか心当たりない?」
「いえ、ありません」
首を振り、俯いてしまった少女に、余計なことを思い出させてしまっただろうかと香月が頭を掻く。
そのまま無言で暗い林の中を歩き、街道に出た二人は緩やかな坂になっている道を下っていく。どれくらいそうやって歩いていただろうか、月の周りに漂っていた雲も風にさらわれ、満点の星が奇麗に見え始めた頃、洸がグッと手を握りしめ意を決したように顔を上げた。




