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「どうして……」
真樹の顔が歪む。
「どうして分かってくれないんだ!」
真樹が咆哮する。
怒りの籠った攻撃が、木の根に絡め取られ身動きの出来ない香月に向けられる。今までと違い香月の体を真二つに出来るほどの威力がある攻撃に、心のどこかで、真樹が自分を殺すようなことはしないと思っていた香月は驚愕に目を見開いた。
木の根が唸りを上げて香月に迫る。
香月は来るであろう衝撃に目を固く閉じた。木の根が香月の体を切り裂こうとする寸前、不自然に角度を変え地面をえぐる。
香月の体は地面ごと吹き飛ばされ、地面にもんどりうって止まった。
「……っ」
激しく打ちつけた全身が悲鳴を上げる。それでも寸前にそれた攻撃に心の中でほっと安堵の息を吐き、地面に手をついて顔を上げる。
巨木の根元に居る真樹を見れば、真樹は片手で顔を覆い、傍目からも解るほどに震えていた。
「真樹……」
香月が手に力を込め、身を起こそうとした瞬間、森に冷たい声が響いた。
「とうとう香月にまで手を出したか」
一瞬にして空気が変わる。その場にどのような不浄も存在を許さないというような、ピンと張りつめた空気に全身の産毛が逆立つ。
香月が森に顔を向けると、ゆるやかな斜面を落ち着いた足取りで歩いてくる神竜がいた。
「神竜、お前どうやってここに」
洸がいなければたどり着けなかったこの場所をどうやって見つけたのかと香月がいぶかしむ。
神竜の片眉がピクリと反応した。
「お前、俺が作った呪符を追えないと思うのか?」
香月が一瞬何を言われたのか分からずに目を瞬かせる。あっと小さく呟き、自分の腹に血止めと痛み止めの呪符が張られていることを思い出した香月は、バツが悪そうに顔を逸らした。神竜はこの呪符を追ってここまで来ることが出来たのだ。
ふんっと神竜が鼻を鳴らし、真樹に目を向ける。香月も釣られるように真樹に目をやり、息を飲んだ。
真樹が何かに耐えるように、洸を抱きかかえていない片方の手を地面につき、歯を食いしばっている。
震える手がガクリと折れ、地面に倒れ込んだ。
「どうしたんだ、真樹」
香月は痛む体に顔をしかめながら起き上がり、ふらふらと真樹に近づいていく。
真樹にもう少しで手が届くといった距離で、香月の体が見えない何かに吹き飛ばされた。
「うわっ」
地面に倒れ込む。
何があったのか分からずに茫然と真樹がいる方向を見つめていると、香月の所までまだ距離のある神竜が声を張り上げる。
「香月、あまり近づくな。真樹の周りに呪縛の結界が張ってあるのが分からないのか」
「結界?」
香月が辺りの気配を探ると、森の中に五か所、強力な霊力を発している何かがあることに気がついた。その一つに目を凝らせば、それは霊力が練り込まれた呪符だと気づく。
いつの間にこんなものを貼り付けたのだろうと思い、目を瞬かせる香月の耳に真樹の掠れた声が聞こえてきた。
「ひとふたみよいつむななやここのたり、ふるべゆらゆらとふるべ」
地を這いつくばるようにしていた真樹が顔を歪ませ、白骨化した遺体に手を伸ばす。
真樹の言葉に呼応するように、微かに骨が浮き上がった。それに気がついた神竜が駆け出したが、真樹との間にはまだ距離があり、間に合わない事を悟った神竜は、香月に視線を向ける。
「香月! どこでもいいから骨を奪え、反魂の術を止めるんだ」
「へっ……う、うん」
何が起こっているのか分からなかったが、神竜の怒鳴り声に香月が反射的に動く。根に絡まっている白骨化した死体に飛びついた。
根が香月を振り払おうと左右に揺れる。
振り回されながらも、かろうじて骨の一部を掴んだ香月が、根を蹴って後方へ飛び退いた。
神竜の傍に着地し、腕の中に視線を落とした香月の顔から血の気が引いていく。所々に肉片を薄らと残した頭蓋骨が、空洞になった目でこちらを見ていた。
思わず顔を背ける。
「うわあぁぁー、気持ち悪い」
「この、ヘタレ」
神竜が香月の頭を小突き、頭蓋骨を奪うと、それに向かって人差し指と中指を立てた刀印を組み、口早に九字を切る。
「臨兵闘者階陣在前」
手の中にある頭蓋骨が砕け散った。
手の上に残った骨の破片を無造作に放り投げ、神竜が不敵に笑う。
「残念だったな、真樹。全ての骨が揃っていなければ反魂の術は行えないだろう。他の遺体が完全な骨になるのはもう少しかかるようだし、諦めるんだな」
地面に肘をつき、顔を上げた真樹が一気に殺気立つ。咆哮を上げた。
「陰陽師!!!」
空気がビリビリと震える。巨木の枝が風もないのにざわざわと揺れ、真樹から溢れた妖力が結界を壊そうと縦横無尽に暴れまわった。猛烈な反発に、木に張り付けた呪符に亀裂が入る。
結界が破られようとしていた。




