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「洸ちゃん!」
地面に倒れ込んだ洸に香月が慌てて岩の上から飛び降り、洸を抱えあげる。揺すり起こそうとしてギクリと体を強張らせた。
洸の体が透き通り、消えかかっていた。
洸の瞼が微かに震える。手足がピクリと動き、胎児のようにうずくまるようにしてからゆっくりと瞼を開けた。
「洸ちゃん?」
どこか焦点の合わない洸に香月が恐る恐る声を掛けるが、洸は聞こえていないように辺りを見渡して地面に手を這わせる。先ほど落とした物に触れ、ほっと安堵の息を吐いた。
大事そうに両手に包み込んだそれを後ろから香月が覗きこむ。洸の手にあったものは、緑色の小さなネックレスだった。
「洸ちゃん」
この声かけには反応があった。
洸の瞳が急速に焦点を結び、香月を捕えると大きく震え、香月の服を掴んで顔を埋める。
「どうしたの?」
「怖い夢を見ました…………私が死ぬ、夢」
洸の震える小さな声に、香月が息を詰める。
「クラスメイトが私のネックレスを取って、私、取り返そうとするんですけど、どうしても取り返せなくて、クラスメイトの一人が窓の外に投げ捨ててしまうんです。だから私ネックレスを追って窓の外に身を乗り出して……落ちて………………死んでしまう夢です」
「そっか……怖かったね。でも、もう大丈夫だから」
震える洸の背を優しくなでる。
洸がか細い息を吐き、強張っていた体を緩めて行く。
香月は洸が落ち着きを取り戻すのを待ってから、そっと体を離し顔を覗き込んだ。
「洸ちゃん、君はここで待っていて。この先は俺一人で行くよ」
香月の言葉に洸が瞠目する。一拍の後、激しく首を横に振った。
「嫌です。絶対に嫌」
「洸ちゃん、君の体力は限界だよ。大人しくここで待っていて」
透き通り、消えかかっている洸の身を案じてここで待っているように言ったが、洸は香月の服を掴んで首を横に振るばかりで一向に離れようとはしない。
「洸ちゃん」
「連れていってください。私は大丈夫ですから、頑張りますから」
震える声でしがみついてくる洸に香月が深い溜息を吐く。何を言っても離れてくそうにない洸に香月は苦笑いを浮かべながら、優しく頭をなでる。
「うん、分かった。でも、もう洸ちゃんの体力は限界だろうから、少し手荒な方法で進もうと思う」
洸が目に涙をいっぱい溜めたまま、こちらを見上げてくる。
「俺が洸ちゃんを抱えて走るよ。ここら辺は足場も悪いし、木の枝もいたるところにあってとてもじゃないけど全部は避けきれない。きっと走っているうちに枝や葉っぱでいっぱい怪我をするし、痛い思いもすると思う、それでもいいかい?」
こちらを見上げていた洸が頷く。拍子に目に溜まっていた涙が零れ落ちたが、満面の笑みを浮かべてくれた。
「はい。怪我しても痛くても我慢します」
「よし。じゃあ行こう」
香月は頷くと洸のひざ下と背に手を回し、すくい上げる。膝を曲げ、地面を蹴った。
枝の間をすり抜ける際、避けきれなかった枝が容赦なく洸と香月に当たり、枝の折れる音と共に、小さな切り傷を付けていく。
香月は枝で頬に傷がついてもひるむことなく前を見据え、岩を蹴ってさらに跳躍していった。




