第3話:虹色の決着
薬品ガチャの稼働から、三日が経過した。
ゼクス魔導工房。壁一面に配置されたゼクスの魔導回路のプレビュー画面には、正常に機能し続ける情報インフラの末端から、淀みない映像信号が送り届けられている。
中央広場は、三日三晩、途切れることのない活気に包まれていた。
特等が出ない間も、排出される下級・中級の薬品は即座に周囲の商人や冒険者の間で取引され、広場は巨大な即売会のような様相を呈している。銀貨1枚の夢は、たとえ特等に届かずとも確かな実利を生み、それが人々の熱量を絶やさぬ燃料となっていた。
「いいですね。システムは安定している。この期待値が維持される限り、人々の熱狂は腐ることなく循環し続けます」
ゼクスは椅子に深く腰掛け、管制盤としての魔導水晶を眺めていた。
これは監視ではなく、彼が構築したインフラが、どれほどの密度で情報を伝達できているかを確認するための工程だ。
その時、一際鮮烈な光の信号が、一つの水晶を焼き切らんばかりに輝かせた。
天幕の奥。数多の視線が注がれる中、一台の運命分配機のレバーを引いたのは、疲れ果てた表情の、どこにでもいるような**初老の男**だった。
排出口から転がり出たのは、これまで誰も目にしたことのない、虹色の輝きを放つ特異な硝子瓶。
「……あ、あ……」
男の震える声が、魔導回路を通じて世界中に響き渡る。
瞬間、それまで活発な取引が行われていた広場が、水を打ったような静寂に包まれた。
『出た……!』
『虹色だ! エリクサーだ!!』
静寂は一瞬で、地鳴りのような驚嘆の声へと塗り替えられた。
だが、群衆が男に殺到するよりも早く、天幕の影に控えていた銀の甲冑の一団が動いた。アステリア王国の騎士団である。
「そこまでだ! 道を開けよ!」
騎士たちは洗練された動きで男を包囲し、物理的な障壁を築いた。だが、その剣は抜かれていない。
隊長格の騎士が進み出ると、驚きで固まっている**初老の男**に対し、敬意を込めて声をかけた。
「貴殿に、王からの至急の伝言がある! その霊薬を、約束通り金貨10,000枚で買い取りたい。同意いただけるなら、直ちに王宮にて取引を完了させよう。道中の安全は、我ら騎士団が全力を以て保証する!」
金貨10,000枚。
国家の予算に匹敵するその額が提示され、男は夢でも見ているかのように頷いた。
騎士団の手厚い護衛を受け、男を乗せた馬車が王宮へと駆け抜けていく。その様子は、公式の配信として全ての受像水晶に映し出され、一人の平民が伝説となった瞬間を世界に知らしめた。
数時間後、プラットフォーム上のアステリア王国・公式チャンネルが緊急ライブ配信を開始した。
その配信に瞬く間に数十万の視聴者が集まり、コメント欄が白熱する様子が映し出されている。画面の中では、先ほどの初老の男が、王宮の重臣から金貨10,000枚の預かり証を恭しく手渡される様子が、最高画質の魔導カメラで克明に中継されていた。
『……ここに、正当な取引の完了を宣言する! この霊薬はアステリア王家の至宝として、永劫に受け継がれるであろう!』
重臣の厳かな宣言とともに、コメント機能がかつてない速度で回った。男の幸運を祝う者、その富に嫉妬する者、そして王家の決断を称える者。膨大な感情のログが、ゼクスの構築したインフラを駆け抜けていく。
「素晴らしい。公式チャンネルがこれほどまでの同接を叩き出すとは。王家もようやく、情報の流し方を理解し始めたようですね」
ゼクスは椅子に深く腰掛け、満足げに目を細めた。
これは単なる売却の報告ではない。一人の平民が一万倍の逆転を掴み取った瞬間を可視化し、アーカイブとして世界に刻み込む儀式だ。この動画は、明日以降も次は自分かもしれないと願う人々の心を繋ぎ止める、最強のプロモーション映像となるだろう。
「システムは正常に稼働し、期待通りの結果を世界に提供できた。……完璧なインフラ・チェックです」
ゼクスがコンソールのスイッチを静かに落とすと、プレビュー画面が次々と消灯し、工房に心地よい静寂が戻ってきた。
広場の天幕は一旦その役割を終えるが、人々の脳裏に刻まれたガチャという名の可能性は、もはや消えることはない。
「薬品ガチャはこれでおしまいです。さて、次はどんな可能性をこの盤面に投下しましょうか。……楽しみですね」
ゼクスは、熱狂の残り香を惜しむように、暗闇の中で深く息を吐いた。
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