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ゼクス魔導工房の異世界ギャンブル配信 ―異世界をギャンブル漬けにする救済の物語―  作者: ituswa


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第2話:狂熱の始動

王都アステリアの中央広場。その中心に鎮座する巨大な三色縞の特設天幕は、もはや一つの巨大な生き物のように脈動していた。


天幕の内部は、外観から想像するよりも遥かに広い。そこにはゼクスが設計した運命分配機が複数台並び、その無機質な銀色の筐体が、魔法灯の光を反射して怪しく輝いている。それぞれの機械の前には、欲望を剥き出しにした人々が列をなし、背後に設置された公式の固定カメラは、その一挙手一投足を世界へと中継し続けていた。


「……いいですね、この空気。吸い込むだけで肺が焼けそうなほどの射幸心だ」


ゼクス魔導工房の最深部。ゼクスは手元のコンソールを操作し、天幕内に設置された複数の公式チャンネルの視点を切り替えていた。画面の一つでは、下級冒険者の男が、震える指で**銀貨1枚**を投入口へと滑り込ませている。


『おい、さっさと引けよ!』

『一万枚だぞ! 一撃で人生上がりだ!』

『どうせ外れだ、銀貨をドブに捨てるだけさ』


リアルタイムで流れるコメント欄の罵声と期待が、天幕の外から漏れ聞こえる群衆の怒号と共鳴する。男が意を決してレバーを力任せに引き下げると、機械の内部で魔導回路が駆動する重低音が響いた。


「さあ、見せてください。そのたった一枚の硬貨が、あなたの魂をどれほど激しく揺さぶるのか」


ゼクスは椅子から身を乗り出し、食い入るように画面を見つめた。表示窓が目まぐるしく発光し、やがて――排出口から、小さな硝子瓶が転がり出た。瓶の中で揺れていたのは、透き通った鮮やかな青色の液体だ。


「な……これは……中級ポーション……!?」


男の掠れた声が、集音魔導具を通じて配信にのる。銀貨一枚の対価としては、明らかな勝ちだ。店で購入すれば数倍の価格はする代物が、たった一枚の硬貨から産み落とされた。


瞬間、配信のコメント欄が爆発した。


『本当に出たぞ!』

『詐欺じゃねえ! マジで当たりが入ってやがる!』

『どけ! 次は俺だ! 大銀貨で行くぞ!』


一度「実在」が証明されれば、疑念は一瞬にして猛烈な欲望へと転換される。

天幕内では、別の台でも次々とレバーが引かれ始めた。下級の傷薬に肩を落とす者。高価な解毒薬を引き当て、狂喜乱舞する者。そして、手元にある大銀貨を全て注ぎ込み、連続でレバーを回し続ける者。


受像水晶の端には、天幕の入り口で必死に群衆を押し留めようとする、銀の甲冑を纏った騎士たちの姿が映り込んでいた。


「おい、押すな! 順番を守れ!」

「下がれ! 剣を抜くぞ!」


必死に叫ぶ騎士たちの声は、欲望に狂った人々の咆哮にかき消されている。かつては威厳の象徴であった王国の騎士たちが、今やたった一枚の銀貨を握りしめた平民たちに揉みくちゃにされ、防波堤としての機能を失いつつあった。


「ははっ、いい気味です。力で抑え込もうとしても無駄ですよ」


ゼクスは、混乱の極致にある現場の映像を眺め、愉快そうに肩を揺らした。

王国側は、自分たちが管理できない場所でこれほど巨額の富と感情が動いていることに、恐怖しているはずだ。彼らにできるのは、せいぜいこの熱狂の尻拭いだけ。


「理性を守る剣よりも、一万倍の幸運を約束するレバーの方が、よほど人を動かすということ。……さあ、もっと。もっとその身を焦がしなさい」


ゼクスは、熱狂の渦の中心で無機質に輝き続ける銀の箱を、愛おしげに見つめていた。


複数台並んだ運命分配機のレバーが、絶え間なく引き下げられる。そのたびに鳴り響く魔導回路の駆動音と、排出口から転がり出る硝子瓶の音。


「……ははっ、見てください。この短時間で、王都の一年分のポーション流通量を上回る勢いですよ」


ゼクス魔導工房の最深部。ゼクスは、多画面に分割された受像水晶を眺め、悦に入っていた。

画面の向こうでは、銀貨一枚を投じた男が、手に入れた下級傷薬を床に叩きつけていた。彼が求めているのは実用的な薬ではない。銀貨一枚を一瞬にして金貨一万枚へと跳ね上げさせる、たった一つの奇跡だ。


その時、天幕の奥に置かれた一台の分配機の前で、ひときわ大きな絶叫が上がった。


『出た……! 本当に、銀の瓶だ!』


固定カメラの映像が、その場に崩れ落ちる一人の商人の姿を捉える。

彼の震える手の中にあったのは、一般的なポーションの透明な瓶ではなく、繊細な銀の彫金が施された特殊な硝子瓶。

中には、星屑を溶かし込んだような黄金色の液体が揺れている。


「そ、それは……万能治癒薬か!?」


周囲の群衆が、波のようにその商人へ押し寄せた。

エリクサーではない。だが、それは手足の欠損すら繋ぎ合わせると言われる、平民には一生縁のない超高額の秘薬だ。銀貨一枚が、一瞬にして家が一軒建つほどの価値へと変貌した瞬間を、数万人の視聴者が受像水晶越しに目撃した。


配信のコメント欄は、もはや判読不能な速度で流れていく。

『パナケイアだ! 銀貨一枚で!』

『嘘だろ、本当に最高級品が入ってる!』

一万枚エリクサーも、絶対にあの中に隠れてるぞ!』


この実例が、群衆の最後の一線を焼き切った。

天幕の外にいた人々が、衛兵の制止を力ずくで突破し、銀貨を握りしめて分配機へと殺到する。もはや順番待ちの列など存在しない。金貨一万枚という、王家が保証した「人生の上がり」を掴み取るための戦場と化していた。


「素晴らしい……。これですよ、私が求めていた景色は」


ゼクスは手元のコンソールを操作し、プラットフォーム上でのチップの動向を確認した。

現場でレバーを引けない視聴者たちが、自らの高揚感をぶつけるように、配信画面へ大量のチップを投げ込んでいる。熱狂が熱狂を呼び、この仕組み自体が、王都の経済すら飲み込まんとする巨大な渦へと成長していく。


「理性も、身分も、法も。たった一瓶の薬の輝きに、すべてが焼き尽くされていく。……アステリアの騎士様たち、少しは手伝ってあげましょうか?」


ゼクスは、群衆に飲み込まれ、兜を剥ぎ取られて必死に助けを呼ぶ騎士の姿を別の水晶に映し出し、愉快そうに肩を揺らした。

彼らにとっての秩序は、ゼクスが提供した可能性の前では、羽毛ほどの重みも持たなかった。


「さあ、祭りはまだ始まったばかりです。誰がその一万枚を手にし、そしてその瞬間に世界がどう壊れるのか。……一秒たりとも、見逃せませんね」


ゼクスは、狂乱の渦の中心で無機質に光を放ち続ける運命分配機を、至高の芸術品を眺めるような目で見つめ続けていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

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