第21話:道なき道の証明
ゼクス魔導工房の最深部、無数に浮かぶ受像水晶の一つが、険しい岩肌が続く北方の峠道を映し出していた。
ゼクスは椅子に深く腰掛け、手元の卓上に置かれた冷えた果実水を口に含んだ。モニターの向こうでは、一台の鋼の塊が、山道を塞ぐ巨大な関所の手前で足を止めていた。先日、王都の広場で魔導四輪を引き当てたあの若い商人だ。
「……さて、あの関所の役人たちは、今日も随分と熱心に通行人の懐を検閲しているようですね」
ゼクスが呟くのと同時に、受像水晶から怒鳴り声が漏れ聞こえてきた。
関所に陣取るのは、この一帯を治める領主の徴税役人たちだ。彼らは街道という唯一の通り道を塞ぎ、通りかかる商人の荷を一つずつ暴いては、通行料と称して利益の半分近くを毟り取っている。その強欲さは周辺でも悪名高かったが、他に道がない以上、商人たちは泣き寝入りするしかなかった。
魔導四輪の操縦席で、若い商人が役人たちと押し問答をしている。
「……おい、そこの妙な箱を持った小僧。その荷台の中身をすべて出せ。検閲だ」
「これは魔導具で、中は空間が繋がっているんです。勝手に開けることはできませんよ」
「口答えをするな! 従わないというなら、通行は許さん。この道は領主様の慈悲で通らせてやっているのだ」
役人が槍の柄で車体を叩こうとする。その瞬間、魔導四輪の表面に走る幾何学的な術式が淡く発光し、役人の腕を弾き返した。
ゼクスはそれを見て、小さく口角を上げた。
「無礼な手出しを拒むように組み込んではありますが……彼らには、自分の支配が及ばない存在があるという理が理解できないのでしょう」
若い商人は、これ以上の交渉は無意味だと判断したのか、大きく深呼吸をした。彼は操縦桿を強く握り、車体の核となる魔石に魔力を流し込む。
魔導四輪が低く唸りを上げた。だが、その機首が向いたのは、関所の門ではない。
街道を外れた、急勾配の獣道。馬車どころか、熟練の猟師ですら足を踏み外せば命はないといわれる、泥濘と岩場が入り混じった断崖だった。
「なっ……正気か! あんな場所に突っ込めば、荷物ごと粉々だぞ!」
役人たちの嘲笑を置き去りにして、魔導四輪が動き出した。
巨大な車輪に刻まれた滑走の術式が、泥を噛み、岩を掴む。車体下部で明滅する魔導駆動の輝きが、物理的な重力すら置き去りにするほどの推進力を生み出していた。どんなに深い泥濘も、どれほど険しい段差も、四つの独立した懸架装置が衝撃をいなし、平地であるかのように突き進んでいく。
「……いいですよ。道なんてものは、そこを通らざるを得ない者の弱みにつけ込むための、古い仕組みに過ぎない」
ゼクスは、モニターの向こうで斜面を力強く駆け上がっていく車両を、楽しげな眼差しで追った。
役人たちが慌てて馬に跨り、追いかけてくる。彼らにとって、この道を通らずに山を越えられることは、自分たちの富を支える既得権益の崩壊を意味していた。
「止まれ! 止まらなければ破壊するぞ!」
役人が抜いた剣を、追い抜きざまに車体へ叩きつける。だが、車両を覆う防御結界の膜が、その刃を無造作に弾き飛ばした。金属の弾ける音が響き、役人は落馬して泥の中に転がった。
矢を射かけようとした兵士もいたが、その矢は車体の数センチ手前で見えない壁に阻まれ、力なく地面に落ちた。攻撃という意思をすべて拒絶しながら、鋼の箱は山を越えていく。
役人たちの怒号が遠ざかり、代わりに高地の冷たい風の音だけが響く。
「彼らにとっての常識が、ただの不便な思い込みに変わる。その瞬間の顔は、何度見ても飽きませんね」
ゼクスは手元の集計板を確認した。
数日後。王都の市場には、これまでは一週間はかかっていたはずの北方の特産品が、予定より遥かに早く山積みにされていた。それも、関所での掠奪(検閲)を一切受けていない、極上の品質を保ったままで。
「……あれはルナール商会の若造じゃないか? 山の向こうから、どうやってこんなに早く着いたんだ」
「関所の連中に聞いたぞ。あいつ、道を通らずに山を飛び越えていったって……」
市場に集まる商人たちの間に、静かな、だが逃れようのない戦慄が走った。
道という概念に縛られ、通行料を払い、長い時間をかけて荷を運んでいた彼らの商売が、銀貨一枚で手に入れた一台の車両によって否定されようとしている。
商品の価格はわずかに、だが確実に動き始めていた。独占されていた販路が風通しを良くし、既得権益という名の澱みが、ゼクスの放流した鋼の車輪によって掻き回されていく。
「さあ、次は誰がこの速度に追いつこうとするでしょうか。あるいは、追いつけない恐怖に震えるのか」
ゼクスは空になったグラスを置き、新たな乱数が描き出す世界の揺らぎを、満足げに見届けた。
次は、この状況に危機感を覚えた大手商会連合が、魔導四輪の所有者に対して物理的な略奪、あるいは法的な差し押さえを試みるも、ゼクスが事前に設定した権利保護の術式に阻まれて自滅する様子を描写しましょうか?
ゼクス魔導工房の最深部、無数に浮かぶ受像水晶の一つが、険しい岩肌が続く北方の峠道を映し出していた。
ゼクスは椅子に深く腰掛け、手元の卓上に置かれた冷えた果実水を口に含んだ。モニターの向こうでは、一台の鋼の塊が、山道を塞ぐ巨大な関所の手前で足を止めていた。先日、王都の広場で魔導四輪を引き当てたあの若い商人だ。
「……さて、あの関所の役人たちは、今日も随分と熱心に通行人の懐を検閲しているようですね」
ゼクスが呟くのと同時に、受像水晶から怒鳴り声が漏れ聞こえてきた。
関所に陣取るのは、この一帯を治める領主の徴税役人たちだ。彼らは街道という唯一の通り道を塞ぎ、通りかかる商人の荷を一つずつ暴いては、通行料と称して利益の半分近くを毟り取っている。その強欲さは周辺でも悪名高かったが、他に道がない以上、商人たちは泣き寝入りするしかなかった。
魔導四輪の操縦席で、若い商人が役人たちと押し問答をしている。
「……おい、そこの妙な箱を持った小僧。その荷台の中身をすべて出せ。検閲だ」
「これは魔導具で、中は空間が繋がっているんです。勝手に開けることはできませんよ」
「口答えをするな! 従わないというなら、通行は許さん。この道は領主様の慈悲で通らせてやっているのだ」
役人が槍の柄で車体を叩こうとする。その瞬間、魔導四輪の表面に走る幾何学的な術式が淡く発光し、役人の腕を弾き返した。
ゼクスはそれを見て、小さく口角を上げた。
「無礼な手出しを拒むように組み込んではありますが……彼らには、自分の支配が及ばない存在があるという理が理解できないのでしょう」
若い商人は、これ以上の交渉は無意味だと判断したのか、大きく深呼吸をした。彼は操縦桿を強く握り、車体の核となる魔石に魔力を流し込む。
魔導四輪が低く唸りを上げた。だが、その機首が向いたのは、関所の門ではない。
街道を外れた、急勾配の獣道。馬車どころか、熟練の猟師ですら足を踏み外せば命はないといわれる、泥濘と岩場が入り混じった断崖だった。
「なっ……正気か! あんな場所に突っ込めば、荷物ごと粉々だぞ!」
役人たちの嘲笑を置き去りにして、魔導四輪が動き出した。
巨大な車輪に刻まれた滑走の術式が、泥を噛み、岩を掴む。車体下部で明滅する魔導駆動の輝きが、物理的な重力すら置き去りにするほどの推進力を生み出していた。どんなに深い泥濘も、どれほど険しい段差も、四つの独立した懸架装置が衝撃をいなし、平地であるかのように突き進んでいく。
「……いいですよ。道なんてものは、そこを通らざるを得ない者の弱みにつけ込むための、古い仕組みに過ぎない」
ゼクスは、モニターの向こうで斜面を力強く駆け上がっていく車両を、楽しげな眼差しで追った。
役人たちが慌てて馬に跨り、追いかけてくる。彼らにとって、この道を通らずに山を越えられることは、自分たちの富を支える既得権益の崩壊を意味していた。
「止まれ! 止まらなければ破壊するぞ!」
役人が抜いた剣を、追い抜きざまに車体へ叩きつける。だが、車両を覆う防御結界の膜が、その刃を無造作に弾き飛ばした。金属の弾ける音が響き、役人は落馬して泥の中に転がった。
矢を射かけようとした兵士もいたが、その矢は車体の数センチ手前で見えない壁に阻まれ、力なく地面に落ちた。攻撃という意思をすべて拒絶しながら、鋼の箱は山を越えていく。
役人たちの怒号が遠ざかり、代わりに高地の冷たい風の音だけが響く。
「彼らにとっての常識が、ただの不便な思い込みに変わる。その瞬間の顔は、何度見ても飽きませんね」
ゼクスは手元の集計板を確認した。
数日後。王都の市場には、これまでは一週間はかかっていたはずの北方の特産品が、予定より遥かに早く山積みにされていた。それも、関所での掠奪(検閲)を一切受けていない、極上の品質を保ったままで。
「……あれはルナール商会の若造じゃないか? 山の向こうから、どうやってこんなに早く着いたんだ」
「関所の連中に聞いたぞ。あいつ、道を通らずに山を飛び越えていったって……」
市場に集まる商人たちの間に、静かな、だが逃れようのない戦慄が走った。
道という概念に縛られ、通行料を払い、長い時間をかけて荷を運んでいた彼らの商売が、銀貨一枚で手に入れた一台の車両によって否定されようとしている。
商品の価格はわずかに、だが確実に動き始めていた。独占されていた販路が風通しを良くし、既得権益という名の澱みが、ゼクスの放流した鋼の車輪によって掻き回されていく。
「さあ、次は誰がこの速度に追いつこうとするでしょうか。あるいは、追いつけない恐怖に震えるのか」
ゼクスは空になったグラスを置き、新たな乱数が描き出す世界の揺らぎを、満足げに見届けた。
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