第19話:虚空の首脳会談
ゼクス魔導工房の静謐な闇の中で、数枚の受像水晶が淡い光を放ち、連結されていた。映し出されているのは、大陸を統べる最高権力者たちの顔だ。かつては数ヶ月の準備と数千の護衛を伴わなければ実現しなかった首脳会談が、今、小さな工房の片隅で、一個人の気まぐれによって開催されようとしていた。
ゼクスは手元の結晶器を傾け、琥珀色の液体を喉に流し込む。
「さて、皆さん。お集まりいただき感謝します。こうして顔を合わせるのは初めての方も多いでしょう」
ゼクスの声が、距離を超えて各地の受像石から響き渡る。
アステリア王国の玉座に座る国王、ヴァルガ帝国の軍司令部に佇む将軍、セレスティア教皇国の奥の院にまします教皇、そしてフェルディナ商盟の密室で計算機を叩く会頭。彼らの目の前にある受像石には、他国の首脳の顔が、まるで鏡を覗き込んでいるかのような鮮明さで映し出されていた。
「……これが、奴の技術か」
帝国の将軍が、目の前の画面を指先でなぞり、苦々しく呟いた。
従来の魔導通信であれば、声が届くだけでも多大な魔力と時間がかかり、映像となれば陽炎のように乱れるのが常識だった。しかし今、画面越しの教皇の眉間の皺までが、瞬き一つの遅延もなく捉えられている。数千キロの物理的な距離が、ゼクスが提供したこの箱一つで完全に消失していた。
「技術的な驚嘆は後回しにしましょう。今日集まっていただいたのは、混乱する市場の秩序……いえ、新しいルールの確認のためです」
ゼクスの言葉に、画面越しの指導者たちの表情が強張る。
その中には、本来ならこの場に招かれるはずのない人物も混じっていた。今回の一等当選地である、極小国ルナール公国の代表だ。
「ルナール公。貴国が手にした装置を、我がアステリア王国の管理下に置く用意がある。協定価格の数倍を積もう。どうだ、悪い話ではないはずだ」
アステリア王が、震える声を抑えて切り出した。
本来なら、ルナール公国のような小国は、アステリアにとっては属国同ぜんの存在だ。武力で脅し、一律価格で強制的に買い叩くのがこれまでの外交だった。しかし、今この場では、王の言葉には必死の懇願に近い響きが混じっている。
「王よ。その提案はありがたく存じますが、お受け致しかねます」
ルナール公は、緊張で顔を強張らせながらも、はっきりと拒絶を口にした。
画面の向こうでアステリア王の顔が怒りに染まる。だが、その怒りは次の瞬間、ゼクスの静かな声によって凍りついた。
「無駄ですよ、アステリア王。第一交渉権。それが、今日私が皆さんに提示する、新しい世界の理です」
第一交渉権。その言葉が、仮想の会議室に重く沈み込む。
「今後、景品が排出された際は、まずその国、あるいはその個人の所有者が、自国内での運用を選択する権利を最優先とします。所有者が拒絶しない限り、他国が不当に干渉し、強制的に接収することは認めません。もし力ずくで奪おうとするなら……その場所のガチャは、二度と回らなくなるでしょう」
ゼクスの冷徹な宣告。それは、大国が結んでいた一律価格による独占協定への、完全な死刑宣告だった。
設置型という装置の制約上、装置がある場所こそが価値の源泉となる。そして、その運用権を末端の所有者が握り続けることを、ゼクスが保証したのだ。
「……はは、はははは!」
不意に、ヴァルガ帝国の将軍が乾いた笑い声を上げた。
その笑いは次第に大きくなり、やがて他の首脳たちの間にも、力のない失笑が伝播していく。
「我々は、一律の価格を決めれば奴を、そして世界を管理できると信じていた。だが、どうだ。会談の場すら奴に用意され、ルールの主導権すら握られている。我々は王でも将軍でもない。ただ、奴が回すガチャの出目に一喜一憂し、そのおこぼれを奪い合うだけのプレイヤーに過ぎんのだな」
指導者たちは、自分たちが築き上げてきた国家という権威が、ゼクスの持ち込んだ乱数と技術の前に、いかに脆い砂の城であったかを痛感していた。
「ご理解いただけて光栄です。第一交渉権が決裂した際のみ、他国への売却や移譲が認められる。つまり、今後は自国民に選んでもらうための努力が必要になるということです。金貨を積むのか、爵位を与えるのか、それとももっと実利を見せるのか」
ゼクスは椅子から立ち上がり、受像水晶を一つずつ遮断していく。
「平等という名の鎖を壊し、欲望という名の競争を用意しました。さあ、次は誰の幸運を、どうやって口説き落とすおつもりですか?」
最期の画面が消える直前、指導者たちの顔に浮かんでいたのは、王としての威厳ではなく、次にいつ自国へ当たりが落ちるかを案じる、一人の賭博師のような焦燥だった。
工房に再び静寂が戻る。ゼクスは空になった結晶器をテーブルに置き、満足げに微笑んだ。
第一交渉権。このたった一つのルールが、これから世界中で凄まじい引き抜き工作と、国を挙げた当選者への接待合戦を引き起こすだろう。
「管理しようと抗う姿こそ、最高の余興です。……さて、次はどのあたりに、特等という名の劇薬を落としましょうか」
ゼクスの瞳が、まだ見ぬ乱数の渦を捉えて、怪しく輝いた。
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