第17話:主権の再充填
ゼクス魔導工房の最深部は、物理的な静寂と、受像水晶から溢れ出す視覚的な騒乱が奇妙に同居していた。アステリア、ヴァルガ、フェルディナ、そしてセレスティア。四大大国の思惑を嘲笑うかのように、今回から新たに参加した中立地帯、**ダンジョン都市国家**の映像が激しく明滅した。
ゼクスは手元の結晶器を揺らし、その瞬間に立ち会った。
「おめでとうございます。ついに出ましたね。世界の均衡を物理的に粉砕する、本日最初の特等です」
ゼクスの声が世界中に中継されるのと同時に、ダンジョン都市国家の広場で爆発的な光が弾けた。筐体から吐き出されたのは、不気味なほどの魔力密度を内包した黒い台座。魔石再充填機。当選したのは、その都市の片隅で日銭を稼ぐ、しがない魔石磨きの職人だった。泥と油に汚れた前掛けをした男は、手にした機械の重みに耐えかねたように、その場にへたり込んでいる。
広場に待機していた各国駐在武官たちは、その光景を前にして、言葉を失い立ち尽くした。
彼らが用意していたのは、あくまで自国内で排出された景品を一律価格で円滑に回収するための事務的な手続きに過ぎなかった。だが、ここは中立地帯。他国の公権力が及ばぬ、迷宮の主たちが支配する土地だ。
「……特等、確保。この装置は直ちに都市の重要資産として登録する。所有者である彼には相応の待遇を約束し、厳重に保護せよ」
各国の武官が動くより早く、ダンジョン都市国家の守備隊が職人を囲むように円陣を組んだ。彼らは他国の外交官たちの視線を、分厚い盾の壁で物理的に遮断する。都市国家の代表者が冷徹に言い放ったその宣言は、大国たちの決めた一律価格というルールが、この地では何の強制力も持たないことを冷酷に示していた。
彼らにとって、この装置は国家の運命を左右する心臓だ。迷宮から産出される空の魔石を、その場で動力源へと復帰させられる力。それを手にすれば、ダンジョン都市国家は資源の輸出元という立場を超え、エネルギーを自給自足し、周辺諸国を圧倒する拠点へと変貌する。
武官たちは、職人と装置が守備隊の手で奥へと運ばれていくのを、ただ唇を噛んで見送るしかなかった。他国が勝手に決めた一律の金貨をいくら積んだところで、その場所を動かぬ装置そのものの価値には、到底届かなかったのだ。
ゼクスは工房のモニター越しに、呆然と立ち尽くす指導者たちの姿を眺め、愉快そうに喉を鳴らした。
「おやおや。一律の値段を付ければすべてを管理できると思いましたか? 残念。ダンジョン都市国家は、そのまま運用するという至極当然の選択をしました。金貨に換えるまでもない、圧倒的な実利を前にしては、皆さんの協定などただの紙屑ですね」
この結果、各国が結んでいた一律価格の協定は、その前提から崩れ去った。
どれほど金貨を準備しようとも、特等という最大の戦利品が中立地帯に流れ、大国の干渉できない場所で燃料として燃やされ始めたという事実は、力の均衡を根本から破壊してしまったからだ。
「おや、公爵閣下から、苦渋に満ちた新たな通達が回っていますね。皆さん、察しが早くて助かります」
ゼクスが読み取った最新の外交電文には、敗北を認めた各国の新たな合意が刻まれていた。もはや、一律の価格で管理することは不可能だ。
今後、景品が排出された際は、まず**排出された国が第一交渉権を持つ**。そして、その国との交渉が決裂した場合にのみ、他国が接触を許される。
「平等という名の鎖が弾け、交渉権という名の序列が生まれました。これでようやく、一律なんて退屈な管理ではなく、本当の意味での価値の殴り合いが始まります」
ゼクスは椅子から立ち上がり、工房の冷たい空気の中で、不敵に口角を上げた。
次はどの国が、誰の幸運を自国に繋ぎ止めようとするのか。あるいは、誰がその交渉権を盾に、国家を揺るがすのか。
「さあ、新しい時代の稼働を始めましょう。皆さんの欲が、より激しく、より美しく乱れるのを期待していますよ」
ゼクスの眼光が、乱数の渦巻くモニターの海へと注がれた。
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