第1話:運命の天幕
ゼクス魔導工房の最深部。
壁一面を埋め尽くす受像水晶には、今日も無数の配信が流れている。
ある画面では、迷宮の入り口で獲物を待つ冒険者が、視聴者のチップを求めて熱弁を振るっている。これらはすべて、ゼクスが提供したプラットフォームの上で、人々が自らの意志で発信し、誰かの注目を奪い合っている光景だ。
ゼクスは椅子に深く腰掛け、手元のコンソールを操作しながら、それら多種多様な配信をザッピングしていた。
「いいですね、皆さん。実に見事な工夫です。……ですが、今のトレンドは少々、健全に過ぎる。努力が正当に報われるだけの物語なんて、予定調和で眠くなってしまいますよ」
ゼクスは独りごち、不敵に口角を上げた。
彼が求めているのは、富でも名声でもない。自らが仕掛けた仕組みによって、人々の心が激しくかき乱され、予測不能な熱狂が生まれる瞬間。その世界の揺らぎを特等席で見届けることこそが、彼にとっての報酬であった。
「さあ、始めましょうか。停滞した世界に、最高の劇薬を投下してあげますよ」
ゼクスがコンソールの一角を叩くと、プラットフォームを利用するすべての受像デバイスへ、一通の告知が通知された。
王都各地の街頭スクリーンに、そして人々の手元にある受像水晶に、鮮やかなバナーが躍り出る。
『薬品ガチャ、中央広場にて本日解禁』
その挑発的な文句に惹かれ、人々は次々とその配信チャンネルへとアクセスし始めた。
画面に映し出されたのは、中央広場の特設天幕。その中心で鈍い銀光を放つ無機質な箱――運命分配機だ。
固定カメラが捉えるその無機質な映像に、ゼクスの芝居がかった軽妙な声が重なる。
『皆さん、ご機嫌よう。日々、変わり映えのしない幸運に飽き飽きしていませんか? 本日より、この薬品ガチャを開始いたします。ルールは単純。銀貨1枚を投じ、そのレバーを引くだけです。大銀貨1枚なら、10回分の運命を一気に買い取ることもできます』
視聴者数が爆発的な勢いで跳ね上がっていく。コメント欄には「なんだこれは?」「新しい店か?」といった言葉が猛烈な速度で流れ始めた。ゼクスは淡々と、しかし決定的な一言を付け加える。
『中身は下級薬草から、伝説の秘薬まで。……そう、一点だけ「エリクサー」も混ぜておきました。あなたの運を、価値に変換する装置です。さあ、あなたの魂は、一体いくらで売れるでしょうか?』
その瞬間、コメント欄は「詐欺だ」「ありえない」「エリクサーを出すわけがない」という罵倒と疑念で埋め尽くされた。あまりに突拍子もない、非現実的な宣言。
だが、その騒動を王宮が見逃すはずもなかった。
数分後、ゼクスが眺めるモニター群の一つに、慌ただしく立ち上がる「王家公式」の配信通知が割り込んできた。
画面に現れたのは、演台の前で服の乱れを直す暇もなく、冷汗を拭いながら立つ内務大臣の姿だ。王都中を揺るがすゼクスの配信に、国側が急遽、対応を迫られたのは明らかだった。
『……全市民に告ぐ! 王命である! 現在、王都に出現したガチャにおいて、特賞たるエリクサーを的中させた者に対し、アステリア王家は金貨10,000枚での買い取りを公式に保証する! 重ねて言う、これは王の意志である!』
金貨10,000枚。
その数字が画面に躍った瞬間、それまでゼクスを嘲笑していたコメントがピタリと止まった。
一人の平民が一生をかけても届かない巨富。銀貨1枚が、一瞬にして金貨10,000枚に化ける可能性を、国が認めたのだ。
次の瞬間、コメント欄は狂乱の叫びで爆発した。
「ははっ、いいですよ。王様も、よほど寿命が惜しいと見えます」
ゼクス魔導工房の椅子で、ゼクスは通知の嵐を眺めていた。
高齢で病床にある国王は、エリクサーという釣り針に、なりふり構わず食いついてきた。ゼクスの告知に対し、国は止める術を持たず、ただその結果を買い取るという形で追随するしかなかったのだ。
ゼクスがカメラを切り替えると、中央広場の天幕の前には、配信を見て殺到した群衆が既に地鳴りのような足音を立てて集まりつつあった。
「さあ、始めなさい。運命すらもチップに変える、最高にヒリつく祭りを。……ああ、やっぱりこの景色、最高にゾクゾクしますね」
誰も、ゼクスを制御できていない。
世界は今、彼が設計した熱狂の渦へと、自らの意志で飛び込み始めていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
もし「続きが気になる」「面白い」と思っていただけたら、下の評価欄から★★★★★(星)で応援していただけると、執筆の大きな励みになります。




