第8話:狂熱の裏側
ゼクス魔導工房の地下階層には、地上の喧騒を冷徹に支えるための広大な空間が広がっている。
規則正しく並ぶ十の作業机。そこでは、大陸全土の魔法大国や聖教国から派遣された、十人の若き精鋭たちが黙々と手を動かしていた。彼らは自国では神童と謳われ、次代の宮廷魔導師を約束された逸材ばかりだ。その彼らが今、この工房で取り組んでいるのは、およそその才覚には見合わない、奇妙なほど安価な大量生産作業であった。
一人が手掛けているのは、排出された瞬間に微かな光を放つだけの石ころ。また一人が手掛けているのは、手触りだけを調整された乾燥した枯れ枝。地上の箱に充填される膨大な数の外れは、こうした若き天才たちの手による徹底した管理の下で、あえて無価値なものとして仕上げられていた。
「……またこのスクロールか」
一人の青年が、手元の羊皮紙に術式を定着させながら溜息をついた。彼が作っているのは、二等の景品となる上位魔法のスクロールだ。
「これ一枚で銀貨五十枚……平民が数ヶ月は汗を流さずに済む額だ。それをこの数日間で何枚作らせるつもりなんだ、師匠は」
隣の席の同僚が、苦笑いを浮かべながら応じる。
「銀貨五十枚。俺たちの国なら、これ一枚を仕上げるのに熟練の魔導師が三日はかける。それを師匠が構築したこの術式と装置を使えば、1時間もあれば完成してしまう。理の密度が違いすぎるんだよ」
「ああ。魔導具師として、師匠が導き出す論理には一点の曇りもない。だが、その知恵の使い道がこれだ。銀貨一枚を投じる民衆に、束の間の幸運を見せて、残りの九割以上をこの枯れ枝で突き放す。……理解できないな」
弟子たちが抱くのは、純粋な崇拝と、それと同等の困惑であった。彼らにとって魔導とは世界の真理を解き明かすための崇高な営みであり、ゼクスがそれを娯楽の部品として消費させている現実は、到底受け入れがたいものだった。
彼らの献身的な労働、すなわち十人分の天才という資源があるからこそ、王都全域に展開された箱の中身を短期間で補充し続けるという、物理的な不可能が可能となっている。
「おや。手が止まっていますよ。集中力が切れたのなら、少し休憩して外の空気でも吸ってきますか?」
背後からかけられた声に、十人の弟子たちが一斉に背筋を正した。
ゼクスは上層の回廊から、地下を見下ろすようにゆっくりと階段を下りてきた。壁面に投影された術式の流れを眺めながら、彼は弟子たちの進捗を瞬時に把握していく。
「師匠……。この二等のスクロール、銀貨五十枚という価値は、平民にとっては劇薬すぎませんか。これだけの物量を市場に流せば、巡り巡って既存の価値体系が崩れかねない」
「五十枚程度、ちょうど良い塩梅ですよ。手に届かないほど遠すぎず、かといって一日で使い切るには惜しい。手に入れた者が、次の一歩をどう踏み出すか迷う程度の、心地よい刺激です」
ゼクスは手元に置かれた原石の魔力密度を確認し、僅かな術式の歪みを調整した。
彼にとって、魔法とは情緒的な奇跡ではなく、あくまで論理的に導き出される現象に過ぎない。異世界という別の場所の記憶を持つ彼にとって、理とは積み上げるものであり、分解可能な数式と同じであった。
かつて、スラムの孤児院で泥水を啜り、明日をも知れぬ日々を過ごしていた頃。自分を拾い、その異質な知性に教育という道を与えてくれたのは、孤児院の職員たちと、そして若き日のシルヴェルド公爵だった。彼らへの恩義は、今のゼクスが持つ数少ない行動原理の一つだ。
だが、彼は受けた恩をそのままの形で返すつもりはない。
「いいですか。私は博打そのものを愛しているわけではありません。人間の心が、運命という理不尽に直面し、その境界線を踏み越える瞬間の熱量を愛しているだけです。そのためには、手の届きそうな希望と、それを引き立てるための圧倒的な数の絶望が必要不可欠なのですよ」
ゼクスは、地下で唸りを上げる触媒炉の振動を背中に感じた。
この十人の弟子たちが交代で作り続ける膨大な景品と、それ以上の外れ。これらがあって初めて、王都全体を一つの盤面へと作り変えるゼクスの目論見は維持される。
「さて、王都の渇きはまだ癒えていません。特等が出たことで、彼らはより深い陶酔を求めている。そのアイテムボックスが満杯になるまで外れを用意しておいてください。……その後、二等の増産に移ります」
ゼクスは満足げに目を細め、再び自身の執務室へと繋がる回廊を歩き始めた。
背後では、弟子たちが再び溜息を吐きながらも、その圧倒的な技量差に抗えず、再び道具を握り始める。
彼らが編み出す術式が、明日の朝、誰かの人生を劇的に変え、そして数万人の期待を無残に粉砕する。その残酷なまでの循環こそが、ゼクスの求めている世界の在り方であった。
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